巧みな誘導尋問?
その週明け、学院に登校し午前の授業を終えたわたしは、お昼休憩の始まりの鐘の音とともに、急いで教室を飛び出した。
先週のように、またアデラインさまと取り巻き令嬢たちの昼食の席に参加することになるのは避けたかったからだ。
食堂で手早く昼食を済ませると、図書館へ向かい、いつも座っている席に着席したところで、ようやく安堵の息を吐いた。
(別においしいものを食べさせてもらったり、何か物をもらったりしなくても、言いふらしたりしないのにな……)
わたしは考えながら、机に突っ伏す。
「はぁ……、でも、なんて言えばいいんだろう……」
「何をだ?」
突然声がしたので、わたしは驚いて顔を上げる。
「レイ!」
そこにいたのは黒髪の少年、レイだった。
「おい、ひどい顔してるな」
レイはわたしの顔を見るなり、顔をしかめる。
たしかにわたしは、身なりにはあまり頓着しない令嬢らしからぬ性格だという自覚はあるが、それでも女性に対してなんてことを言うんだ。しかし疲労困憊気味のわたしには抗議する気力も残っていない。
「何か悩み事か?」
そう言いながら、レイはわたしの向かいの席の椅子を引いて腰かける。
一瞬、わたしは言葉を詰まらせる。ごまかすように視線をそらしながら、
「あー、えーっと、授業で難しいところがあって」
「ふーん」
レイは頬杖をついて、手元に開いた本に視線を落としながら漏らす。
しかし、ページをめくる手をピタリと止めて、
「で、誰に、何を言うんだ?」
まるでごまかしは効かないとでも言うように、じっとわたしを見つめる。
数秒の沈黙のあと、わたしは諦めるように深く息を吐き出してから、かいつまんで話す。
「……ちょっと、行き違い? みたいなのがあって、気にしないでって伝えたいんだけど、なんて言えばいいのか悩んでるだけ」
「それで、相手は?」
レイはさらに追求するように訊いてくる。
とはいえ、さすがに部外者のレイにアデラインさまのことを言うわけにはいかない。
「学院の方だよ」
わたしは無難な返しをする。
「ふーん、だいぶ格上の相手なのか、厄介だな」
わたしは思わず腰を浮かしかけた。
レイはニヤリと笑って、
「言い方が悪い。”学院の方”なんて、親しい友人に使うはずがないからな」
わたしは自分のうかつさを悔やみながらも、なんだか負けたみたいで悔しくてむっと唇を引き結ぶ。少しの沈黙のあとで、
「そうだけど、これ以上はレイでも言えない」
さらに誘導尋問されてはたまらない。先に釘を刺しておく。
「まあ、いいさ。無理に言う必要はない」
レイはそう言うと、もう興味を失ったようにまた手元の本を読み始める。
わたしはほっとしながら、ふとレイが開いている本にちらりと目を向ける。
(また難しそうなの読んでるな……)
レイは大人でも手にする人は少ないであろう、難解な本をいつも読んでいる。
(学院に入学すれば、首席だって狙えそうなのに……)
そのとき、お昼休憩の終わりを告げる鐘の音が聞こえた。
「あ! もう行かなきゃ!」
わたしは慌てて立ち上がる。
このあと時間差でもう一度鐘が鳴ると、午後の授業が始まるのだ。
「じゃあね、レイ」
そう言って、わたしは図書館から出て行く。
遠ざかるわたしに視線を向けたまま、
「ウェイレット侯爵家のアデライン嬢か……」
とレイがつぶやいたその声は、わたしには聞こえなかった。
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