突然のお誘いは好意? それとも……? 2
「あの、これはいったい……」
豪奢な馬車の中で、わたしは向かい側に座るアデラインさまに尋ねる。
しかしアデラインさまは、
「すぐ着くわ」
そう言ったきり、黙ってしまう。
その日の休日のお昼過ぎ。図書館の午前中のみの仕事を終えて下宿先に帰ろうとしていたとき、わたしは昨日の放課後と同じような光景を目にして、一瞬時間が巻き戻ったのかと思った。
図書館の門の前にはなぜか、またもや豪奢な馬車が停まっていて、その馬車に乗っているアデラインさまがこちらを見下ろしていたのだ。
なぜと問いかける間もなく、わたしは馬車に乗せられた。
そうしてしばらくして着いた先は、学院の令嬢の間でも話題になっているカフェだった。
人気店なだけあって、店の前には行列ができている。
(急に甘いものでも食べたくなった、とか……? ははは、まさかね)
そんなことをわたしが思っていると、馬車の到着と同時にお店の店員らしき制服姿の人が現れ、行列に並ぶことなく、あっという間にアデラインさまとわたしを店内へと招き入れる。
そして通されたのは、特別な個室だった。
白を基調とした室内、カーテンやソファーの座面には淡いエメラルドグリーンが差し色として使われ、爽やかさもありつつ全体的に品よくまとまっている。
気づけば、わたしはゆったりとした座り心地のソファーに腰かけていた。
目の前のテーブルには三段重ねのスタンドがあり、それぞれの段にはこれから旬を迎えるベリーなどのフルーツやクリームがたっぷりとのった数種類のケーキに、香ばしい焼き目がついた焼き菓子、サンドイッチなどがあった。
どう考えてもティータイムの雰囲気だった。
しかし貧乏男爵家の娘であるわたしには、こんなにも豪華なティータイムを楽しめるだけの金銭的余裕はもちろんない。そのことをどう伝えたものか迷っていると、
「誘ったのはわたくしよ。どうぞ、遠慮なさらないで」
アデラインさまは手のひらを軽く掲げ、促すように言った。
おそらく支払いは気にするなと言ってくれているであろうことは、なんとなくわかったのだが……。
(誘った……? いえ、わけもわからず強引に連れてこられたというほうが正しいのですが……?)
わたしは首をひねる。しかし身内でもないのに、はいそうですか、と簡単にごちそうになるわけにはいかず、「でも……」と言い淀む。
アデラインさまはフォークでスッとケーキを切り、口に運ぶ。上品に口を動かしたあとで、
「話題のお店だから気になっていたの」
それだけ言うと、また次の一口を口に入れる。
わたしはアデラインさまのさりげない心遣いに申し訳なさを感じながらも、ここまで来てしまった以上ひとまずケーキをいただくことにした。
そして口にしたが最後、ケーキだけでなく、焼き菓子もサンドイッチもどれもおいしくて、あっという間に平らげてしまった。
その後、しばらくしてカフェをあとにすると、また馬車に乗り込み、気づけば下宿先まで送り届けられていたのだった。
なぜアデラインさまが自身の取り巻き令嬢たちではなく、わたしをカフェに連れて行ってくれたのか結局わからないままだったが、おいしいものをご馳走になったことは事実なので、わたしは何度もお礼を言った。
「──では、また明日」
別れ際、アデラインさまがそう言ったようにも聞こえたが、わたしは聞き間違いだろうと思って深く気にしなかった。
しかしその翌日の休日、アデラインさまは下宿先にいるわたしを迎えに来たのだ。
何がなんだかわからないまま、今度は昨日の話題のカフェとは正反対の老舗のカフェに連れて行かれ、そのあとはアデラインさま御用達の高級衣装店で、驚くほどなめらかな肌触りのドレスに着替えさせられ、気づけば王都で最も格式の高い歌劇場で話題の演目を鑑賞して、再び下宿先へと送り届けられたのだった。
分不相応なドレスを身につけたわたしを見た宿屋の女将さんは、何事かと驚いていた。
当然理由を尋ねられたがわたしに答えられるわけもなく、あいまいに笑ってごまかすと、急いで自室へと続く階段を駆け上がった。
こじんまりとした自室に入るやいなや、わたしはバタンとベッドに倒れ込む。
頭の中で、あのあり得ないアデラインさまの独り言の暴言を聞いてしまってから、今日までの三日間を振り返る。
どれくらい時間が経っただろう。
わたしはハッとひらめいて、勢いよく起き上がった。
「──そうか! 口封じのための賄賂だ!」
わたしはようやく納得した。