エピローグ
──アデラインさまたちが王立貴族学院を卒業してから、早いもので一年が経った。
去年の卒業パーティーで起こったあの事件のあと、数々の悪事があきらかになり、関与していたバーリー子爵家やそのほかの家門は罪を問われ、家門取り潰しや領地の押収、罰金刑などに処された。いずれもアデラインさまのウェイレット侯爵家とは距離を置く反対勢力の家門ばかりだったようだ。
ベイジル第一王子殿下は王位継承権を剥奪され、臣籍降下した。王族が臣籍降下する場合、本来なら公爵位になるはずだが陛下はそれをよしとせず、公爵位よりもさらに位の低い伯爵位を与え、王家の領土のごく一部を継がせる形で処分を下した。
さらに、将来ベイジルさまが結婚して子どもが生まれた場合、その子どもに伯爵位を継がせられるかどうかは今後のベイジルさまの働き次第との条件もつけた。
ミレイさまはというと、父親で当主であったバーリー子爵が投獄され、家門が取り潰されたことにより平民の身分となった。住む場所も追われる状況だったが、ミレイさまの身元をアデラインさまが引き受けたため、ウェイレット侯爵家に雇われ、アデラインさまのもとで働いている。
ミレイさまはミレイさまで、アデラインさまとの対話をとおしてこの世界は一時的なものではなく、まぎれもなく現実なのだと今では受け入れることができたようだ。
わたしのヨーク男爵領が傾いていた件に関しては、代々我が家を支えてくれた者の中に、バーリー子爵家が行っていた違法賭博の罠にかかってしまっていた者がいた。
他領に嫁いだ娘とその夫が営む店が失敗し多額の借金を背負ってしまい、なんとか支援していたが次第にお金が工面できなくなった。されど傾きかけている男爵領の状況も理解していたため、とても当主である兄に相談することもできず困り果てていたところ、怪しいと思いながらも甘い話に乗ってしまったのだ。そして持ちかけられたのが、ヨーク男爵領の主な産業である薬草を狙った横流しだった。
薬草は採りすぎれば、翌年の採取量がぐんと落ちる可能性がある。だからこそ、決められた採取場所と採取量を毎年守ることで我が領地は生きながらえてきたのだが、水面下では通常の採取とは別に採取した分を横流ししていた。
さらにその後、王家の指示でヨーク男爵領に派遣された専門家の調査によって判明したことだが、薬草地の水源をたどると隣国になっており、数年前に発生した豪雨による土砂崩れで川の流れが大幅に変わってしまい、水量が減少したことも要因だった。
ヨーク領の薬草は万能薬とも言われるものになるため、王国としてもこれを機に力を入れて支援してくれていて、現在は隣国と協定を結び、水源確保に向けて動いていると聞いている。
去年、学院の第三学年に進級したわたしは最後の一年も成績上位者を維持して無事に終えることができ、明日ようやく卒業の日を迎える予定だ。
そして、その卒業生の中にはレイも含まれている。
なぜかレイは去年の卒業パーティーの事件のあと、学院に途中入学してきた。
しかも飛び級してわたしと同じ第三学年から始めるというので、驚きを通り越して何も言葉が出てこなかった。元々秀でたものを持っていると思っていたが、わたしが想像していた以上だったようだ。
とはいえ、以前学院に通う気はないと言っていたのにどんな心境の変化があったのか。
もしかしたら、わたし以外の人とも友情を築く大切さに気づいたのかもしれない。身分を隠さなくても、わたしとアデラインさまのように身分を越えて築ける素晴らしい絆もあるのだから。
またレイは入学早々、王族やその近親者が生徒会長を務め、会長がそのほかの役職を指名する慣例について異を唱え、あっさりと辞退した。
そして今後は立候補制にし、会長も含めたすべての役職は生徒からの投票で選ばれる方法に改革した。選ばれることは上位貴族にとっては箔付けとなり、下位貴族にとっては知名度を上げられ卒業後の社交デビュー時にも役立つとのことで、これまでの慣例からの脱却は大いに歓迎された。
そういえば、わたしの第二学年時のクラスメイトだった男子生徒のスミスさんはレイの従者だったことが判明したが、その彼はレイの入学とともに途中退学した。本来の仕事に専念するとのことだった。
元々とある目的があって学院に入学していたらしい。まさかそのころからすでにミレイさまの事件が起こることを予測していたわけではないだろうが、いったいどんな目的があって潜入していたのかはいまだに謎だ。
明日の卒業パーティーを前に、わたしは王立図書館へと向かっていた。
仕事は先週末で終了となっていたので、今日は在学中に働かせてもらったお礼と、卒業後も引き続きお世話になるあいさつのためだ。今日ならメイソン館長もいると聞いていた。
卒業後、わたしは図書館で働きながら司書官の資格取得を目指し、無事に取得できれば司書官として正式に採用される予定になっている。
司書官になればそれなりのお給料も期待できるので、兄に負担をかけることもなく、王都でも安心してひとりで暮らしていけるだろう。お給料の一部だって実家に仕送りできるかもしれない。
それを思えば、わたしの未来は明るかった。それなのに──。
「──じ、辞退⁉︎ どういうことですか⁉︎」
図書館に着いた早々、わたしは受付台に両手をつき、卒倒しそうなほど驚いて叫んだ。
受付台の向こうで困惑気味に首をひねっているのは、これまでわたしに仕事の指示をしてくれていた若い男性司書官だ。
「え! ヨークさん、図書館の仕事の辞退を申し出たんじゃ? それにもう代わりの人も見つかったって、そう聞いたけど?」
館長への取り次ぎをお願いし、あわせてこれまでのお礼と今後についての話をし始めたのだが、微妙に話が噛み合わず尋ねてみたところ、なぜかわたしが図書館の仕事を辞退したことになっていると知ったのだ。
「わたしは辞退した覚えなんて、誰がそんなこと──っ!」
「俺だよ」
ふいに背後から聞こえた声に、わたしはハッとして振り返る。
「レ、レイ⁉︎ はっ! いえ、レスター王太子殿下──」
そこに立っていたのは、王太子となったレイだった。
わたしよりも少し低かった身長はこの一年で急成長し、今ではこちらが見上げなければいけないほどだ。最近では声変わりも始まっているようで、時折声が裏返ったりかすれたりしている。
「代理で辞退の申し出をしたのは俺だから」
「──は?」
わたしはレイの言葉をすぐに理解できず、呆然と立ち尽くす。
しかしすぐに館内にいる人の視線を集めていることに気づくと、レイの腕をつかみ、
「ちょっと、こちらに来てください」
と言って強引に書架の間、人目につかない通路に移動させる。
周りに誰もいないのを確認したあとで、わたしは砕けた口調に変える。
「ちょっとレイ、どういうこと⁉︎」
わたしはこれまで何度もレイへの言葉遣いと態度を改めようとしたが、そのたびに顔をしかめて『気持ち悪い』と言うものだから、ほかの人が見ていないときだけはこれまでどおり接することで受け入れていた。
「だって、リゼの憧れなんだろ?」
レイはわたしの剣幕をよそに涼しい顔で言う。
脈絡のない答えにわたしは勢いを削がれ、きょとんとする。
「……?」
「王子と恋に落ちるのは」
「……??」
「ああ、リゼをいじめるような”悪役令嬢”なんてやつは存在しなから、それは心配しなくてもいいぞ」
「…………???」
疑問だらけのわたしを前に、レイがにこやかな笑みを見せ、
「いくらなんでも司書官と王太子妃の仕事を兼務するわけにはいかないだろ? リゼが優秀だっていっても、さすがにそれは大変だろうからな」
わたしは大きく首を傾げる。
(司書官と何の仕事を兼務するって……?)
かろうじて聞き取れた単語を口にする。
「……王太子妃?」
「そう」
「……誰が?」
「リゼが」
レイはさも当然といった様子で、まっすぐにわたしを見つめている。
あたりを見回すが、視界には本がびっしりとおさめられた書架が映るのみで、わたしたち以外の人の姿はどこにもない。
すると、レイはわたしの両手を取り、ぎゅっと自分の手のひらで包み込む。
その手のしっとりとした吸い付くような感触を意識してしまい、わたしは動揺する。急いで振り解こうとするが、びくともしない。
レイは懇願するような眼差しで、
「司書官よりは忙しいと思うけど、リゼなら大丈夫だ。この一年密かに、俺とアデライン嬢が王太子妃に必要な知識やマナーなんかをリゼに学んでもらう機会を作っていたけど、難なくこなしてたし。これから本格的に覚えなきゃいけないこともたくさんあるけど、引き続きアデライン嬢も協力してくれるから何も問題はないはずだ」
わたしは口を開けて、ぽかんとする。
(学ぶ、機会……?)
たしかにこの一年、レイからは面白いからと言われてすすめられた本を読んだり、彼が周辺諸国を外遊して学んだ歴史や文化、法律などさまざまなことを教えてもらったりした。
また、アデラインさまからは学院卒業後に働くうえで必要になるからと言って、ウェイレット侯爵邸に呼ばれてマナーやダンス、語学などをご厚意で教えてもらったりしたが……。
(ていうか、王太子妃とは……? 王太子はレイのことだから、えーと、その妃……ってこと? んん? それってまさか──⁉︎ いやいやいや、そんなことあるわけ……)
しがない男爵家の娘で、何の権力も財力もないわたしを王太子妃に据える利点なんてひとつもない。
わたしは混乱する頭を抱えながらも、ふと頭の片隅によぎった考えに、まさかねと思いつつ尋ねる。
「……え? レイはわたしのことが好き、なの……?」
するとレイは盛大に顔をしかめた。
わたしは瞬時に、恥ずかしい勘違いをしてしまったことを察する。すぐさま顔をブンブンと左右に振って訂正する。
「あ! だよね、勘違い! そう勘違いだった! 変なこと訊いちゃってごめん!」
「──っ。だから、ずっとそう言ってるだろ!」
そう言って手の甲を口元に当てているレイは、耳まで真っ赤になっていた。
「へ──?」
(え、え、ちょっと初めて見る顔なんだけど──っ!)
わたしの混乱をよそに、レイは流れるようにわたしの体を引き寄せると、そのまま書架に押さえつけるように陣取る。
(あれ、さっきまでのかわいい照れ顔はどこに……?)
耳まで赤くなっていた貴重な照れた顔はすでになく、代わりに見せる大人びた表情にわたしはどきりとしてしまう。
レイはわたしを囲い込むように伸ばした片腕を書架に当て、こちらを上から見下ろしている。
そこで、ふと何か面白いことを思いついたように口端をわずかに上げると、
「こう言えばいいのか? ──よろしく、俺の”ヒロイン役”」
わたしは驚きのあまり、目を大きく見開いて固まる。
「俺にはリゼしかいない。どうか司書官は諦めてくれ」
まさかの展開についていけず、わたしは思わず、
「……じょ、冗談ですよね?」
と口にしていたのだった──。
\完結しました/
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