表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/38

幕引きとそこに新たな恋の予感? 4

 レイとの話が終わったあと、学院の正門前、街頭の明かりの下に立ってわたしはアデラインさまを待っていた。


 卒業パーティーの参加者のほとんどは無事に帰ったようだが、学院の敷地内は事態の収集のためか、まだ大勢の騎士たちが忙しなく行き交っている。


 しばらく待っていると、

「リゼ」

 と名前を呼ばれ、肩を優しく叩かれる。

「アデラインさま!」


「……リゼ、本当にありがとう」


 アデラインさまはわたしの手を両手で強く握ると言った。


 目には涙が浮かんでいる。

 わたしたちは断罪という最悪の結末を回避できたのだ。こんなにうれしいことはない。


「いいえ、わたしだけの力ではありませんから」


 今回のことは、アデラインさまの取り巻き令嬢たちの協力があったことも大きい。それだけ彼女たちにとって、アデラインさまが大切な存在だったということだ。きっとこれから先もアデラインさまのよき味方になってくれるだろう。


「それでもリゼがそばにいてくれたおかげよ、感謝してもしきれないわ……。あなたをあんな目に遭わせたのはわたくしなのに、それでも最後の最後までそばにいて助けてくれた……。本当にありがとう」


 アデラインさまの涙を見ていると、わたしまで泣きたくなる。


「いいえ、本当に無事でよかったです」


 わたしは涙をこらえ、明るく笑った。アデラインさまもふふふと柔らかく笑う。

 そこでわたしは、あ! と思い出す。


「そういえば、わたしもアデラインさまに助けていただいたんでした!」

「え?」

「ミレイさまが持っていたナイフを、アデラインさまが見事な扇子さばきで、こう、バシッ! と一瞬で払い落としてたじゃないですか」


 そう言いながら、わたしはあの瞬間に見た動きを真似する。


「もしかして何か訓練とかされてたんですか?」


「ああ、あれね。弟が剣の訓練をしているのだけれど、始めた当初はいやがってわたくしと一緒じゃないとやらないって駄々をこねて、それで気づけばわたくしも剣の訓練をするようになったの。さすがに弟はもう駄々をこねることもなくなったけれど、役に立つこともあるだろうと思って、わたくしはわたくしで今でも時々訓練は続けているのよ。とくに今夜は用心して、少し加工した扇子を持っていたの」


 それを聞いて、わたしは目を丸くする。


(才色兼備に加え、武力までとは……!)


「リゼにけががなくて、本当によかったわ」

「はい、アデラインさまのおかげです。本当にありがとうございました」


 わたしはにっこり笑って頭を下げる。

 しばしふたりで笑い合う。


 その後、少し迷ったあとで、わたしは気になっていたことを口にする。


「あの……、ミレイさまのことなんですけど……」


 わたしが何を言おうとしているのかわかっているのだろう、アデラインさまは小さく頷き、わたしの次の言葉を待ってくれる。

 ややあってから、わたしは言葉を続ける。


「ミレイさまがナイフを手にしていたあのとき、”悪役令嬢”って言葉が聞こえた気がするんですが……。でもそれってアデラインさましか知らないはずですよね? それでふと思ったんですが、もしかしてミレイさまも前世の記憶があるとか……?」


 突拍子もない想像だと思うものの、それしか考えられなかった。

 アデラインさまはそっと目を伏せ、なんとも言えないような複雑な表情を浮かべる。


「ええ、わたくしも、もしかしてと思ったわ……」

「では、ミレイさまが叫んでいた『元の世界に戻して』とは……?」

「おそらく、わたくしの記憶にある前世の世界のことかもしれないわ。もしかしたら彼女にとっては、この世界は一時的に迷い込んだ世界だと思い込んでいるのかも。ただそれでも、なぜわたくしを悪役令嬢にすることで元の世界に戻れると思ったのか、本当のところはミレイ嬢自身に訊いてみないとわからないけれど……」

「そう、ですか……」


 アデラインさまの断罪を回避できたのはうれしいが、その一方でミレイさまのことは心に影を落とす。ミレイさまが行ってきたことは許されることではないが、あのときの何かに取り憑かれたような必死の形相を思い出すと、そうせざるを得ない理由があったのではと同情してしまいそうになる。


(アデラインさまにはそんなこと言えないけど……)


 そっとアデラインさまの表情をうかがう。


 何を考えているのかわからないが、それでももしかしたらわたしと同じような気持ちになっているのではと思ってしまう。深読みしすぎだろうか。


 しんみりとした空気が漂い始めたとき、


「──リゼ、ここにいたのか! 探したぞ!」


 そう言って、背後から羽交(はが)い締めするくらいの勢いで抱きつかれた。驚いて振り返ると、


「に、兄さんっ⁉︎」


 そこには領地にいるはずの兄の姿があった。


 兄はずいっとわたしの体を両手で持ち上げると、小さい子をあやすようにくるくると回し始める。


「あ〜、あ〜! 兄さん! わたし、もう子ども、じゃないから〜っ!」

「あ、すまん! ついうれしくて」


 兄はわたしをストンと地面に下ろす。


「……な、なんで王都にいるの? 領地に戻ってたはずじゃ?」と、わたしはふらふらしながら尋ねる。


「それが、領地の支援のことであれからいい返事をもらえてな! 詳しい話をするために王都に一度来てくれと言われて。今日昼過ぎに到着して話をしたところだったんだ。それで支援もしてもらえそうで、なんとかなりそうだ!」

「ほ、本当なの⁉︎」

「ああ、これまで心配かけたな、もう大丈夫だ」

「よ、よかったぁ……」


 わたしは安堵の息を吐き出す。どこの誰だかわからないが、ありがたい支援に深く感謝する。


 そのとき、後ろからおずおずとした声が聞こえた。


「あの……、リゼ、その方は?」


(そうだった、アデラインさまと一緒だった!)


 わたしは急いで振り返り、

「すみません、アデラインさま。わたしの兄です。今は兄がヨーク男爵家の当主を務めています」


 わたしの紹介も気に留めず、兄は気軽な感じで、

「お! リゼの友達か?」

 と言って、ジロジロとアデラインさまを見る。


(ちょっとーっ! 相手は侯爵令嬢だから! その馴れ馴れしいのやめろっ!)


 わたしは心の中で兄の後頭部を盛大に引っ叩く。


 兄はアデラインさまを眺め終えると、ニカッと笑い、

「うん、すごいかわいいな!」

「か、かわ──ッ⁉︎」


 アデラインさまが声を上げる。その顔が真っ赤になっているのは、わたしの見間違いだろうか。


「どうかこれからも、リゼと仲良くしてもらえるとうれしい」


 そう言って、兄はアデラインさまの手を握り、ブンブンと上下に振り回してから離す。

 本人は握手のつもりなのだろうけど、そもそも侯爵令嬢の手に勝手に触れるなど無礼にも程がある。

 しかも相手は高位貴族の筆頭ウェイレット侯爵家のご令嬢だ。この国で敵に回しては生きてはいけない。


(おい──っ! 家門を潰す気か、このバカ兄ッ!)


 わたしはあわあわと両手をばたつかせる。


 アデラインさまはしばらくの間、ボーッと兄を見つめたと思うと、ハッと意識を戻し、

「ええ、もちろんです! リゼは大切な友達、いえ、親友ですから!」

「え──!」


 わたしは驚いて声を上げる。


 アデラインさまは恥じらうようにもじもじし始め、

「ずっと前からわたくしはそう思っているわ。リゼは……?」


 わたしはうれしさのあまり、勢いよくアデラインさまの両手をぎゅっとつかみ、

「アデラインさまはわたしの大切な親友です! うれしいです! よろしくお願いしますっ!」


 そう言って、気づけばはち切れんばかりに手をブンブンと振り回していた。



次話で、いよいよ完結です!

引き続き、ラストまでご覧いただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ