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幕引きとそこに新たな恋の予感? 3

 今夜の卒業パーティーに参加していた令息令嬢たちは興奮と困惑がおさまらない様子だったが、騎士たちの速やかな誘導により会場をあとにすると、それぞれの家門の馬車に揺られ、帰宅の途につく。


 今夜起こったことについては緘口令(かんこうれい)が敷かれたが、これだけ大勢の目撃者がいては難しいようにも思える。

 おそらくのちのちすべてを(おおやけ)にするにしても、現時点で多少表に出るのはやむを得ないという判断もあるのだろう。明日朝一番の新聞には、今夜のことが何かしら載りそうだ。


(それにしても、レイが王子……? 本当に……?)


 わたしは大広間に隣接する個室のソファにひとり座っていた。


 先ほどの卒業パーティーがお開きになったと同時に、レイはわたしの手を握ったままこの個室に連れてくると、「ちょっと待ってろ」と言ってどこかに行ってしまった。


 このあと色々と対応すべきことが山積みなのだろう。それもそうだ、レイは第二王子殿下なのだから……。


 ふと思い出すのは、以前図書館での仕事帰り、レイがわたしを下宿先に送り届けてくれたときのことだ。自分とレイとの間にある壁のようなものを感じたが、それは気のせいではなかったのだと改めて思う。


(そっか……、とんでもなく遠い存在だったんだな……)


 しがない男爵令嬢であるわたしの立場からすると、本来なら口をきくことすら難しい相手だ。もう今までのように気軽に接することはできないだろう。


 しばらくしんみりしたあとで、そういえばと、過去のレイに対する態度や会話などが思い起こされる。それが鮮明になればなるほど不安がよぎる。


(ずっとため口でしゃべってたし、なんなら前に頭をぐりぐりしたこともあったような……。そういえば、初対面のときには梯子(はしご)から落ちそうになっているレイを助けるためとはいえ、背後から思い切り抱きしめたような……。ここにきて不敬罪とかに問われたりしない、よね……?)


 わたしは真っ青になったり、焦ったりしながら、ひとりうーんうーんと唸る。


「──おい!」


 急に大きな声がして、驚きのあまり肩が跳ね上がる。

 気づけば、ソファーの隣にはレイが座っていた。


「あの、えっと……」

「……隠してて、悪かった」


 なんて言っていいのかわからないわたしの言葉をさえぎるように、レイがぽつりと言った。


 その横顔からは、身分を隠していた申し訳なさがにじんでいるように見える。


「悪いなんて、そんなことない……!」

 わたしは勢いよくレイのほうに体を向けて言う。しかしすぐにハッと気づき、言い直す。

「──あ、えっと、そんなことないです。本来はわたしのほうが気づくべきだったところ、レスター殿下のお顔も存じ上げず申し訳ありません……」


 レイがこれでもかというほど顔をしかめる。


「その言葉遣い、やめろ」

「でも──」

「でもじゃない。気持ち悪いからやめろ」


 しばらくしたあとで、レイが深く息を吐き出す。


「リゼ、俺は何も変わらない。たしかにこの国の王子レスターだけど、その前にレイというひとりの人間だ」


 そう言って、レイは自身のことについて語り始めた。


 王位を継ぐ気はなかったこと、後継者争いが起こるのを避けるため最小限の従者とともに自ら国外に出たこと、第二王子の”レスター”ではなく、仮の身分を持つただの”レイ”と名乗っていたこと、色々な国を訪れて知らないことを学ぶのは楽しかったこと──。


 周辺諸国での経験を語り出すと、レイはとたんに活き活きし始める。


 それがまぶしく思える分だけ、気づいてしまう。


 一旦は放棄しようとまでした王位を継ぐ選択はレイにとって本当によかったのだろうか。立場上、これまでのように国外に出たきりというわけにはいかないだろう。


 わたしのヨーク男爵領が救われたのもレイの働きによるものだ。そのレイが将来王位を継いでくれれば、これほど心強いものはない。しかし、彼が自分を押し殺して決断してしまったのではないかと不安になる。

 わたしたちの立場は明確に分かれてしまったけど、せめて友人のひとりとして、王子ではない彼本人の意思を尊重したかった。


 わたしはゆっくりと口を開く。


「さっきレイが言っていた『守りたいもの』って、この国のこと? 後悔、しない……?」


 先ほどの卒業パーティーでレイが言っていた『守りたいもの』、きっとそれはこのイーズデイル王国のことだ。この国の未来を守るために、彼は王位を継承することを決意したのだ。


 しかしわたしの心配をよそに、レイはあからさまに盛大なため息をついた。


「はぁ……。全然伝わってないな……」


 顔を上げると、じっとわたしを見つめる。その視線がやけに熱を帯びているように感じるのは気のせいだろうか。


 どことなく慣れない雰囲気が漂う気配がして、わたしは目をそらしそうになるのを必死で我慢する。


「王位を継ぐ決心は必要なことだった、リゼがそばいてくれれば俺は後悔しない」


 レイは迷いのない声音ではっきりと言った。


(それって、どういう意味……?)


 わたしは激しく動揺する。何か言わなければと思うが、何ひとつ言葉が出てこない。


 しかしややあってから、少しだけ冷静になるとはたとひらめき、ひとつの結論を導き出す。


「──あ! なるほど、友人としてね! もちろん、そばにいるよ、任せて!」


 そう言って、自信満々に拳を胸に当てる。


(レイは、身分に関係なく友人になれたわたしの存在を大切だと思ってくれてるんだ! なんだかうれしいな)


「はぁ……、全然だな」


 レイは手のひらで額を覆って、再び大きなため息をつく。なぜか憐れむような残念そうな顔でわたしをちらりと見ると、

「まあいいよ、当分は。リゼだから仕方ない。ゆっくり理解してくれれば」


 年下のくせに上から目線の意味深な言い方が気になったが、変わらず友情を続けてくれそうなレイの態度がうれしいわたしは、それ以上あまり深く考えなかった。



残り2話で完結です!

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