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年下の友達はぶっきらぼう

「──おい、なんで今日の昼、来なかった?」


 放課後、貴族学院に隣接する王立図書館で、背後から声をかけられたわたしは数冊の本を抱えたまま振り返った。


 書架の間の通路に立っていたのは、まだ幼さの残る顔立ちをした黒髪の少年。髪色とは対照的なほど淡く澄んだ空色の瞳が印象的だ。


「レイ」

 わたしは彼の名前を呼ぶ。


「あ、えーっと、ちょっと先生に用事を頼まれちゃって」

 と事情を説明する。嘘ではない。


 本当は真っ先にアデラインさまのあり得ない出来事が頭に思い浮かんだが、話せるわけもなくすぐさま頭から追い出す。


 その間にもレイはズカズカと大股でわたしに近づくと、

「はぁ、なんでもかんでも引き受けるな」

 と目の前で盛大にため息をつく。


「……なんでもかんでも引き受けてるわけじゃないけど」


 わたしは少し訂正しながら、抱えている本を一冊ずつ書架に戻す。


(わたしだって断るときもある、多分)


 しかしレイは、

「頼まれたら断れないのは事実だろ。なら、なんでも引き受けてるのと一緒だ」

 わたしのささやかな訂正を見事に真っ二つに切り落とす。


「うっ……!」


 わたしは言葉を詰まらせる。


 レイとは半年ほど前に、この図書館で知り合った。


 そのときの彼は、梯子(はしご)を使って書架の上段にある本を取ろうとしていたのだが、バランスを崩して落ちるところだった。それをちょうど通りかかったわたしが、とっさに手を伸ばして助けたのがきっかけだったと記憶している。


(あのときは焦ったなー、でも助けたはいいけど、ベタベタ触りすぎてすごいいやそうな顔されたけど) 


 それでもそれ以来、何かと声をかけてくれるようになり、会えばこうして話をする仲だ。


 レイは態度や言葉遣いはややぶっきらぼうだが、それでも教養を感じさせる言葉選びやしぐさ、きちんとした身なりなどから、どこかの貴族子息だろうとは思っている。ただ、本人が語らないので詳しいことは知らない。


 唯一知っているとすれば今十四歳で、あと二年もすれば貴族学院に入学できる十六歳を迎えるはずだが、今のところ入学するつもりはないらしいということだけだ。


 このイーズデイル王国に属する貴族の子息子女のほとんどは、十六歳で王立貴族学院に入学し、三年間勉学や奉仕活動に励む。


 そして、卒業することで一人前とみなされる。だから学院に入学していない者は、健康状態がよくなくどうしても通えないか、よほど本人に問題があるか、家が没落するなどして入学できなくなったかのいずれかだった。


 しかし、レイの場合は見た目は健康そのものだし、さらに過去に彼が語った言葉から察するに、学院に通える資格も財力もあるものの、本人の意思で通う気はないという意味だろうと思えた。


 わたしは少し視線を下げて、少年ながらすでに整った顔立ちをしているレイをうかがい見る。


(でもなんで通う気がないんだろ? あ、そうか、友達付き合いとか苦手そうだもんね)


 すると、わたしの心のうちを読んだように、

「今なんか失礼なこと考えてるだろ」

 と言ってレイが上目遣いでにらみつけてくる。


「へ⁉︎ まさか!」


 わたしはブンブンと頭を振って否定したものの、

(友達できなかったら、悲しいよね……)

 聖母のような微笑みで、少しばかり慰めるような視線を向ける。


 レイはますます眉間のしわを深くするが、わたしはそっと心の中で頷いてみせる。


(大丈夫、年は離れてるけど、わたしは友達だよ)


 本当は口に出して伝えてあげたいけど、きっと気持ち悪がられるのはわかっているので控えておく。


 しかし、

「なんだよ、気持ち悪いな」

 と言われてしまい、わたしのほうがダメージを負うはめになった。


(友情ってなんだろう……)


 わたしは遠い目で向こう側を見つめる。


(まあ、そういうわたしも友達が多いほうじゃないけど……)


 貴族学院の中でも最下位に属する男爵家、その中でも東端部にある小さな領地を持つだけの、かなり貧乏な部類に入るヨーク男爵家の娘と友達になろうという人はあまりいない。


 同じクラスの令嬢たちは放課後に友達同士でおしゃれなカフェでお茶したり、休日は友達を自邸に招いたり、観劇を観に行ったりして色々と楽しんでいるらしい。


 しかしわたしはというと、実家からの仕送りがなるべく少なくて済むよう、微力ながら学院で授業がある日の放課後と休日の一部は、この王立図書館で司書官の手伝いという雑用をこなす仕事をしている。


 正直なところ、こんなことをしているのはわたしくらいだろう。


 学費が免除される成績上位の五位以内を維持しているものの、王都で生活するためには下宿代や日々の食費などが必要になるわけで、物の値段が高い王都での生活は予想していた以上にお金がかかる。


 学院に寮があればいいのだが、ほとんどの生徒は王都滞在時の邸宅(タウンハウス)を所有している家門になるため、わたしのような邸宅がない家門の者はどこかに下宿するしかない。


(でも卒業さえできれば、お給料のいいところに就職できる確率もぐんと上がるし、そうしたら実家に仕送りすることもできるはず!)


 わたしは気合いを入れ直す。


 ヨーク男爵家は裕福ではないものの、これまでは領民が飢えることなく平和に暮らせていたが、ここ数年は一番の収入源である薬草の採取量が落ちてしまい、経営状況は厳しくなる一方だった。現在は、父から爵位を継いだわたしの五つ年上の兄がなんとか切り盛りしているが、回復するまでにはいたっていない。


 本来ならわたしが学院に通えるだけの余裕はないのだが、兄はわたしの将来を考え、無理をして援助してくれている。だからこそできるかぎり、負担はかけたくない。


 今第二学年のわたしは、秋になれば第三学年に進級し、来年の夏の半ばには卒業を迎える。


 このまま残りの学院生活を平穏に送って、無事に卒業することだけが最大の目標だ。


(だからそのためにも、アデラインさまの件はなんとしてでも、なんとかしなきゃ……!)


「おい、また何か変なこと考えてるんじゃないだろうな」


 レイが不審げな顔でわたしを見ている。


 一瞬ぎくりとしながらも、わたしはレイとの会話の途中だったことを思い出し、話をそらすように尋ねる。


「あ! そういえば、お昼は何かわたしに用でもあったの?」


 用事があったのなら申し訳ないことをした。


 とくに約束をしていたわけではないはずだが、午前と午後の授業の合間にあるお昼休憩、わたしは食堂で手早く昼食を済ませたあとは、たいてい図書館で自習しているので、本来なら会える確率のほうが高いのだ。


 レイはややそっぽを向きながら、

「そういうわけじゃないけど……」

 と言葉をにごらせる。


「そう? ならいいんだけど」


 わたしは首を傾げるが、それなら大した用事ではなかったのだろうと思い直し、手に持っている残りの本を書架に戻していく。仕事の開始直後は、いつも返却本を元に戻す業務から始まる。


「あ、ヨークさん、いたいた。来て早々悪いんだけど、ちょっとこっち手伝ってくれる?」


 そう言って書架の間から顔を覗かせたのは、この図書館の若い男性司書官だった。いつもわたしに指示をくれる上司のような存在だ。


「はい、今行きます!」


 わたしは急いで返事をする。すると、


「リゼ」


 レイがわたしを呼び止める。


 振り返ると、何かを放り投げたところだった。


 わたしは両手を広げて慌ててキャッチする。視線を手元に落とすと、白いハンカチに何かが包まれていた。


「何、これ?」

 わたしは首を傾げる。


 しかしレイはなんだか不機嫌そうにそっぽを向いているので、わたしは仕方なく、ハンカチを開けて確認する。


 中に入っていたのは、おいしそうなマフィンだった。


「やる」

 レイがぶっきらぼうに言う。


 わたしの顔が瞬時にほころぶ。


「ちょうどお腹空いてたんだ、ありがとう、レイ」


 わたしはマフィンをハンカチに包み直して、大事に両手で握りしめる。


 レイに手を振ってから、その場をあとにした。



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