運命の卒業パーティー 1
王立貴族学院に併設されている舞踏会場の大広間は、シャンデリアのまばゆい光に照らされている。
白い壁と等間隔に並ぶ柱に施されているのは、幾何学模様や草花をモチーフにした金色のきらびやかな装飾。それぞれの柱のそばにある大きな花瓶には生花が飾られ、会場をより華やかにしている。広間の壁際には、立食用に趣向を凝らした料理やデザート、飲み物がずらりと並ぶ。
今夜、ついに卒業パーティーの日を迎えていた。
今夜の主役である第三学年の令息令嬢たちは、この日のために仕立てた燕尾服にホワイトタイ、色とりどりの華やかなドレスをそれぞれ身にまとい、飲み物を片手に談笑しながら、パーティーが始まるのを今か今かと待っている。
わたしは背景にまぎれ込めそうなほど地味な白と黒のお仕着せ姿で、飲み物が注がれたグラスをのせた真鍮のトレイを手に、広間の中を忙しなく行ったり来たりしていた。
卒業する生徒と教師などの一部の関係者、会場を警備する王都騎士団の者たちしか入場が許されていないこの会場に、部外者であるわたしがどうやって侵入するか、直前までその方法に悩んでいた。
最悪、見つかって処罰を受けるのも覚悟で忍び込むつもりだったが、運命はわたしに味方した。
今日の昼になって、たまたまパーティーの給仕役の数名が腹痛を起こしたとかで、急ぎ代わりを探しているというのだ。
それを教えてくれたのは、王立図書館のメイソン館長だ。館長直々、図書館の仕事は休んでもいいから、そちらを優先して手伝ってもらえないかとお願いされた。貴族の令息令嬢が集まるパーティーなだけあって誰でも入れるわけにはいかず、困っていたらしい。
その願ってもない申し出に、わたしは飛びつく勢いで事前面談を受けに行ったところ、身元確認のためにいくつか質問を受けたあとですぐに採用された。
そうしてわたしは支給されたお仕着せに着替え、こうして給仕の仕事をこなしながらアデラインさまを探している。しかし、まだ到着していないのか見当たらない。高位貴族の中でも家格が高いウェイレット侯爵家の場合、最後のほうに入場するのかもしれない。
さりげなく視線をあちこちに向けながらしばらく動き回っていると、一際ざわめく声と道を譲るような気配がしてわたしは足を止める。
見れば、両開きの大きなアーチ型の扉がちょうど開いたところだった。
その扉から入場してくるのは、艶のある濃い紫色のドレスを身につけたアデラインさまだった。ドレスに施された金色の刺繍と手に持っている扇子についた細かなダイヤモンドがシャンデリアの光を受けてきらめいている。
この場にいる誰よりも洗練された身のこなしで、ゆっくりと会場へと足を踏み入れる。
その美しさに誰もが息を呑み、見惚れ、ため息を漏らす。
わたしも一瞬目を奪われてしまう。
だが、すぐにはっと意識を戻し、焦る気持ちを落ち着かせながらそちらへ向かおうとする。
しかしアデラインさまは、この最後の機会に声をかけようとする人たちにすぐに囲まれてしまう。そうなると、ただの給仕でしかないお仕着せ姿のわたしは不用意には近づけなくなる。
すぐにでも駆けつけたい気持ちをぐっとこらえながら、しばらく様子をうかがっていると、一際大きな掛け声があった。
「──ベイジル王太子殿下のご入場です!」
学院では学問の前ではみな平等を謳っているが、卒業パーティーといえど王族が入場する以上、やはりほかの生徒と区別するために入場の掛け声が必要になるのだろう。
そちらに目をやった瞬間、わたしは顔をこわばらせる。
入場するベイジル王太子殿下の隣には、子爵令嬢のミレイさまの姿があった。淡い黄色のドレスは肩を大胆に見せるデザインながら、手首まですっぽり覆う長さの袖が清楚さを醸し出している。
卒業生ではないミレイさまは、この場に出席できないはず。それなのに、いかにも親しげな様子で王太子殿下の腕に自身の手を絡めるミレイさまを見て、衝撃を受けているのはわたしだけではない。
その場に居合わせた全員が固まり、次いで本当なら王太子殿下の隣にいるはずの婚約者であるアデラインさまに戸惑いと同情、好奇心に駆られた視線を向けている。
ベイジル王太子殿下とミレイさまは舞踏会場を悠然と横切り、広間の正面、その壁に掲げられている王国の紋章と学院の紋章が描かれたタペストリーの前に立つ。
ベイジル王太子殿下は尊大な態度で、ゆっくりと広間全体を見回してから息を深く吸い込むと、力強く告げた。
「──本来なら、卒業パーティー開始の宣言をするところだが、この場を借りてみなに聞いてもらいたいことがある」
パーティーの開始を今か今かと待っていたはずの会場の人々は、さらなる予想外の出来事に大きくざわつく。
わたしはがく然とするしかない。
(本当にアデラインさまを断罪するつもりなんだ──)
ベイジル王太子殿下は、アデラインさまのところでぴたりと目を止めると、
「アデライン! きみとの婚約は破棄させてもらう!」
突き刺すような視線とともに、迷いなく言い放った。




