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奮い立たせた決意

「……お世話になりました」


 わたしは馬車を降りると、深く頭を下げた。

 着いた先はわたしの下宿先だ。


「とんでもございません、ヨーク男爵令嬢はわたくしどもの大切なアデラインお嬢さまを助けてくださったお方なのですから。では──」


 そう言って、アデラインさまの専属侍女である品のよい女性は微笑むと、わたしを送り届けてくれたばかりの馬車に乗り込もうとする。


「あの──!」


 わたしは引き留めるように声を発する。


「本当にアデラインさまは、『もう協力は必要ない』と、そうおっしゃったんですか」


 侍女は振り返り、申し訳なさそうに眉尻を下げると、

「……先ほども申し上げましたとおり、お嬢さまからはそのように伝言を承りました」


 何かの聞き間違いだと思いたい。

 でもそうではないと、目の前の侍女は二度もそう告げている。


「そう、ですか……」

 わたしは大きく肩を落とす。


「……では、失礼いたします」

 侍女は申し訳なさそうに頭を下げると、馬車に乗り込んだ。


 遠ざかっていく馬車を見つめながら、わたしは抜け殻になったような気持ちでその場に立ち尽くす。


 階段から落ちた日から、わたしはアデラインさまのウェイレット侯爵邸に滞在させてもらっていた。


 体のあちこちにはあざができていたが、不幸中の幸いで頭を打ったり、どこか骨折したりするようなこともなく、再び目を覚ました昨日にはなんとか歩けるまでになっていた。


 ちょうど学院が週末の休みだったことと、アデラインさまからの言葉もあり、そのままもう一泊侯爵邸でお世話になったのだ。


 本来なら滞在中に、アデラインさまのご両親であるウェイレット侯爵さまと侯爵夫人にもごあいさつすべきところだが、侯爵さまは王都にいるものの外出中で、侯爵夫人は領地にいらっしゃるとのことだった。しかし、わたしが屋敷に滞在することについては許可を得ているから心配しないでほしいとも教えてもらった。


 アデラインさまは屋敷の使用人たちには、わたしのけがのことを階段から落ちそうになった自分を助けてくれたからだと説明したようだった。


 そうしてわずかな滞在を終え、明日からの授業のため侯爵邸を離れることになったのだが、アデラインさまは今朝早くから外出しているようで結局会うことはできなかった。

 アデラインさまは、わたしを下宿先に送り届けるよう自分の侍女に指示をしていたらしい。


『もう協力は必要ない』


 馬車が走り出したあとで、侍女はアデラインさまからの伝言だと言って、その言葉をわたしに告げた。


 意味がわからず訊き返したが、伝言を受けただけでそれ以上は答えようがない、とのことだった。


 それでも信じられないわたしは、馬車を降りたあとの別れ際に再び尋ねたのだったが、同じやりとりを繰り返しただけだった。


 『──もう協力は必要ない』


 その言葉が意味するものは、ひとつだった。


 アデラインさまの断罪を回避するためのわたしの協力は、もういらないということだ。


 わたしは唇を噛みしめる。


 階段から落ちたあと一度目に目を覚ましたとき、まどろみの中でアデラインさまがしきりに謝罪の言葉を口にしていたのを思い出す。


 そして最後に聞こえた、『……短い間だったけれど、本当にありがとう』という言葉──。


 きっとアデラインさまのことだ。


 わたしが階段から落ちたことを後悔して、二度とこんなことが起こらないよう、わたしを遠ざける決意をしたに違いない。


(明日学院に行ったら、アデラインさまに会って、ちゃんと話しをしなきゃ……)


 不安を抱えながらも、わたしはまだ少し痛みの残る足をなんとか動かし、下宿の扉をくぐり自分の部屋へと向かった。




 翌朝、わたしは第三学年の建物の出入り口前に張り込んで、アデラインさまが登校するのを待った。


 しかし、始業の鐘がもう間もなく鳴りそうになっても、アデラインさまの姿は見つけられなかった。


 その後、授業の合間の短い休憩時間に何度もアデラインさまを探しに行くのだが、登校していないのかと思えるほどまったく会えなかった。


 焦りをにじませながら、ようやく迎えた昼休憩。


 わたしは鐘が鳴ると同時に、昼休憩中にアデラインさまがいつもいる別室に急いで向かった。


 しかし別室へと続く廊下に差しかかったところで、足を止める。


 まるでわたしの行手をさえぎるように、誰かが廊下に立っていた。


 アデラインさまの取り巻き令嬢たちだった。


「──悪いけれど、近寄らないでくださる?」


 腕を組んだ北部の侯爵令嬢が言う。


 次いで、西部と南部の伯爵令嬢が、


「そうよ。これ以上近寄らないで」

「アデラインさまから言い付かっているのよ」


 わたしは両手の拳を握り、声を張り上げる。


「アデラインさまに会わせてください!」


 令嬢たちは気まずげにそれぞれ顔を伏せる。


 ややあってから、北部の侯爵令嬢が顔を上げて、

「無理よ。アデラインさまは、もうあなたには会わないとおっしゃっているわ。諦めなさい」


「──そんな!」

 わたしは声を上げる。

「だめです! このままじゃ──! お願いです! アデラインさまに会わせてください!」

 駆け寄って、令嬢たちに詰め寄る。


 卒業パーティーはもう二週間後に迫っている。


 階段から突き落とす事件は、結果だけ見るとミレイさまは無事だった。しかしそれでも、何を理由にベイジル王太子殿下がアデラインさまを追求するかわからない。


(アデラインさまと会って、作戦をもう一度練り直さないと──!)


 わたしの頭はそれでいっぱいだった。


「お願いです!」


 必死に訴えるが、令嬢たちは(かたく)なだった。


「──無理よ。そもそもアデラインさまは登校されていないわ。もう卒業パーティー当日まで来られないつもりよ」


 北部の侯爵令嬢が首を横に振り、はっきりと告げる。


 わたしは目を見張った。


 令嬢は同情するような瞳をわたしに向け、

「アデラインさまとあなたとの間で何があったのかは知らないけれど……、だからもう、あなたがアデラインさまと会う機会はないのよ。これでわかったでしょう」


 わたしは呆然と立ち尽くす。


 卒業パーティーには、卒業する第三学年の生徒と教師などの一部の関係者しか入場できない。


 侯爵令嬢が言うとおり、アデラインさまがこのまま卒業パーティーまでに学院に登校しないなら、わたしが顔を会わせる機会はない。アデラインさまのウェイレット侯爵邸を無理やり訪ねたとしても、そもそも敷地内へ入る門すらくぐらせてもらえないだろう。


「……もうお戻りなさい」


 北部の侯爵令嬢が、労わるような言葉をかけてくれる。


 わたしは声を発しようとしたが、うまく言葉にならなかった。


 しばらくしたあとで、

「……わかり、ました」

 なんとかそう言って、わたしはきびすを返す。


 背後では、令嬢たちが肩の荷を下ろすように息を吐く音が聞こえる。


 歩きながらわたしは、きつく拳を握りしめる。


(きっとアデラインさまはひとりで対峙して、解決しようとしてる。でもこれまでのことを思えば、何が起こるかわからないはず。それなのに、ひとりでなんて……)


「──絶対、回避するんだから」


 自分を奮い立たせるようにつぶやいた。



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