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運命は回避不可能……? 2

 いつ起こるかわからない出来事を警戒しながら過ごす日々は、とても精神を削られた。


 卒業パーティーまで、気づけばもう一か月を切ってしまっている──。


 その日の放課後、わたしは図書館の仕事が急遽休みになったこともあり、学院の別室にまだ残っていたアデラインさまのもとを訪れていた。


 わたし以上にアデラインさまの心労が心配されたが、こんなときでもアデラインさまは執務机に向かって、何かの書類仕事を精力的にこなしている。


「せっかく来てくれたのに、ごめんなさい、片付けないといけないものが多くて……」


 そう言いながらアデラインさまは、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


 わたしは逆に気を遣わせてしまった自分の不甲斐なさを痛感しながら、

「いえ、わたしが無理にお邪魔しているようなものなので……」

 椅子に腰を下ろしたあとで、執務机の上に乗っている書類に目を向ける。


「やっぱり卒業を控えるこの時期は、生徒会のお仕事の引き継ぎとかで大変なんですね。わたしにお手伝いできればいいんですが……」


 アデラインさまには少しでも休んでもらいたいのだが、生徒会の仕事では部外者が手伝えるわけもなく、わたしは肩を落とす。


 すると、アデラインさまは顔を上げて微笑む。


「ああ、これね、生徒会の仕事じゃないのよ。だから気にしないでちょうだい」

「え?」


 予想外の返答に、わたしは口を開ける。

 学院の別室を借りてまで処理されているので、生徒会の仕事だとばかり思っていた。


(じゃあ、なんの仕事を……?)


 疑問に感じたが、尋ねていいものか迷っていると、アデラインさまはさもなんでもないように、

「ベイジル殿下の執務の一部を担っているの」


 わたしは驚きのあまり、座っていた椅子から立ち上がる。


「ベイジル王太子殿下の執務の一部、ですか──⁉︎」


(えっ⁉︎ それってつまり、学生の身分なのに国政を担ってるっていうこと⁉︎ とんでもない話じゃ──。あれ? でも、王太子妃になるならあり得ることなのかな? 王太子妃教育の一環とか?)


 わたしは腕を組んでしばらくうなったあとで、納得できないながらも、自分が知らないだけで王族に嫁ぐ身ならあり得ることなのかもしれないと結論づける。


「……学生なのに、王太子妃になる方はそこまで担うものなんですね」


 これが愛する婚約者のためなら無理もできるだろうが、そもそもアデラインさまはベイジル王太子殿下を慕っているわけでもなく、ましてや今は非難の言葉を浴びせられるほど関係は悪化している。そんな相手の執務を婚約者としてまだ担わなければいけないなんて、どれほどつらいだろう。


 しかしわたしの考えをよそに、アデラインさまはやや言いにくそうに、


「いいえ、たとえ王太子妃の立場であっても、王太子の執務の一部を担うなど、あまりないはずよ」

「え、でも──?」


 現にアデラインさまは、こうして学業の合間を縫ってまで対応しているではないか。


 アデラインさまは少しばかり肩をすくめて、


「成り行きというやつかしら? もう五年以上も前のことになるけれど、たまたまベイジル殿下が処理されていた案件が、わたくしのよく知る分野だったものだからお手伝いさせていただくようになって、それがどんどんと増えて……。気づけば、関係者の方から直接意見を求められることが多くなってしまって」


 わたしは目を丸くする。


 それはつまり、アデラインさまがベイジル王太子殿下よりも優秀だと周りが認めているようなものだ。

 しかも五年以上も前ということは、学院に入学するよりも前からということになる。


「ベイジル殿下は『きみに任せたほうがよさそうだ。ほかの者もきみのほうがよいみたいだからな!』と言って、それ以来わたくしにお任せになったわ」


「……それは、丸投げというやつでは?」


 わたしは失礼を承知で尋ねる。


 アデラインさまは握っていた羽ペンを静かに置くと、視線を上げ、


「そういう言い方もあるかもしれないわね。ただ、今となってはもうベイジル殿下は、わたくしが処理していることなどお忘れなのかもしれないわ」


 わたしは目を左右にさまよわせ、しばらく迷った末、おずおずと口を開く。


「なぜ、そこまで……?」


 納得はできないが、未来の王太子妃として執務の一部を担わなければならないなら、婚約が継続している以上アデラインさまでも拒否することは難しいだろうとも思える。しかし王太子妃のお役目でもないなら、こんな状態で執務を担い続けなければいけない理由などないはずだ。


「そうね、本来わたくしが行うべきではないのだけれど、でも誰かに認められて頼られるのはうれしいものよ。今となってはやりがいも感じているわ。あとわずかな時間しか残されていないかもしれないけれど、できるかぎりのことはしておきたくて……」


 最後の言葉には、”断罪”のふた文字がちらつく。


 アデラインさまは、自分が家族とともに国外追放されたあとのことも考えているのだ。


 普通なら自分の知ったことではないとはねつけてもいい場面なのに、こんなときでさえも任せられたことはきちんと行うアデラインさまの真面目さを改めて実感する。


 このまま断罪を回避できなければ、なんの罪もないアデラインさまが罰せられてしまう。


 部屋の中がどことなく重苦しい空気になる。


 わたしが次の言葉を必死で探していたところ、

「……今日はもう帰りましょうか」

 アデラインさまはわずかに微笑み、机の上に広げていた書類を片付け始めた。


「え、でも──」


「どのみちもう暗くなってきたし、学院の門も閉まってしまうわ。あとは自邸に戻ってからでもできるもの」

 アデラインさまは微笑んでそう言うと、急ぎの処理が必要な書類だけをカバンの中に入れると立ち上がった。




 わたしとアデラインさまは別室を出て、ふたり並んで廊下を歩く。


「そういえば、リゼ嬢は図書館ではどんなお仕事をされているの?」


 わたしのほうに顔を向けながら、アデラインさまが尋ねる。


「お仕事というか、本を整理したり書類を書き写したりとか、簡単なものではありますが……」


 アデラインさまが担っている重要な仕事に比べたら、わたしの仕事は司書官の手伝いをするただの雑用だ。仕事と呼ぶにはおこがましいこともあり、わずかに言葉をにごらせる。しかし、


「立派なお仕事よ。令嬢が自立して仕事をしている例はあまりないもの」


 アデラインさまは微笑んで言った。


 その言葉だけでわたしはうれしくなる。照れてしまうのを隠すため、自然と早歩きになる。


 やがて第二学年と第三学年の共有部分になる区画まで来ると、


「あれ、リゼ、まだ残ってたの?」


 後ろから呼び止められる声がして、わたしは足を止めて振り返る。

 つられて、アデラインさまも立ち止まる。


 廊下の向こうには、同じクラスの令嬢がいた。

 彼女もわたしと同じ男爵家の娘ということもあり、仲良くしてくれる数少ないクラスメイトのひとりだ。


「うん、ちょっと用事があって。でももう帰るところ」


「そうなのね。あ、そうだ!」


 クラスメイトの令嬢は何かを思い出したようにそう言うと、わたしのそばまで歩み寄る。


 手にしているカバンの中からノートを取り出して広げると、

「今日の数術の授業で、ここがちょっとわからなかったんだけど──」

 何やら強引に質問が始まってしまう。


 わたしは一瞬戸惑い、アデラインさまに目を向けるが、アデラインさまは小さく頷いてくれた。


 おそらくこのまま待っていてくれるということだろう。


 わたしは目ですみませんと合図したあとで、クラスメイトの令嬢に向き直ると、「ああ、これはね、ここの数字をこっちに代入して、値を──」と少し早口で説明する。


 しばらくしたあとで、

「──なるほど、そういうことだったのね! やっと理解できたわ」


 クラスメイトの令嬢がぱっと顔をあげて言った。するとそこで、わたしの隣に立つアデラインさまに目を留め、

「え⁉︎ もしかして、アデラインさま⁉︎」

 驚きをあらわにした。どうやら今まで気づいていなかったらしい。


「す、すみません、アデラインさまとは気づかず……!」

 クラスメイトの令嬢は慌てふためき、頭を下げる。


「いえ、いいのよ、気にしないちょうだい」

 アデラインさまは淑女の微笑みを浮かべる。


 クラスメイトの令嬢は憧れの眼差しでじっとアデラインさまを見つめていたが、はっと我に返ったようにわたしに顔を近づけると、

「……あのアデラインさまとご一緒なんて、どういう関係なの?」

 小声でささやく。


 わたしは少し返事に困ってしまう。


 どう答えたものかと迷っていると、ふと、アデラインさまの後ろを誰かが通り過ぎる姿が視界に入る。


 すると突然、その人物はアデラインさまの背中にぶつかると、

「──きゃっ!」

 と小さく叫び声を上げた。


 瞬間、わたしは大きく目を見開く。


(ミレイ、さま──)


 そこにいたのは、ミレイさまだった。


 ミレイさまは、アデラインさまにぶつかった反動で姿勢を崩していた。


 しまった──、わたしは心の中で叫ぶ。


 ちょうどわたしたちが立ち止まっていた場所は、下り階段に面したところだった。


(だめ──!)


 わたしはとっさに手を伸ばし、ミレイさまの体を力いっぱい引く。

 しかしその代わりに、バランスを崩したわたしの体がなすすべもなく階段のほうへと傾いてしまう。


「リゼ嬢──ッ‼︎」

 アデラインさまの叫び声が聞こえ、


「キャ──ッ‼︎」

 被さるように、クラスメイトの令嬢の悲鳴が響く。


 視界がぐらりと揺れ、自分の体が宙に浮いている感覚を覚える。


 視界に映る天井と階段が徐々に遠くなる。


(あ、落ちる──)


 何かにつかまろうと両手をばたつかせるが、数人が横に並んで通れるほど広い階段では無意味だった。


 直後、全身に激しい衝撃が走る。


 あまりの激痛に、わたしの意識は途切れた──。



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