新たな友情と同盟
ミレイさまの手提げ袋が中庭の噴水で水浸しになった一件から、三日ほどが経ったその日。
学院での午前の授業が終わったあと、昼休憩をとろうと教室から廊下に出たところで、わたしはひどく狼狽していた。
「あの……」
目の前には、険しい表情をしたアデラインさまの取り巻き令嬢三人組。
その令嬢たちが、わたしの逃げ道をふさぐように取り囲んでいる。
同じクラスの生徒たちが、何事かと見ている視線がとても痛い。
(あれ、今日って、わたしの命日か何かかな……)
わたしは心の中で、神に祈るように両手を組み合わせる。
先ほどから令嬢たちは、チラチラとお互いの顔を見ながらも何も言葉を発しないので、余計にわたしは困り果ててしまう。
(いったい、第二学年の建物まで来て、どういうつもりですか……⁉︎)
そう叫べればいいのだが、小心者のわたしは心の中で吐き出すしかできない。
いつまでこの状態が続くのかと思えたとき、
「……これ、食べなさい」
口を開いたのは、気の強そうな北部の侯爵令嬢だった。
「……へ?」
ぐいっと差し出されたのは、何やら高級そうなラッピングが施された小箱だった。
(あ、これ、クラスの子たちが話してた、人気のチョコレート屋さんだ)
小箱の表面に書かれた店名らしき金色の文字を見て、わたしは気づく。
(でも、なぜわたしに……?)
意図がわからず、わたしは恐る恐る侯爵令嬢を見上げる。
しかし、侯爵令嬢はすぐに受け取らないわたしにしびれを切らすように、
「いいから、受け取りなさいよ」
と言って、強引に手のひらにのせる。
それを皮切りに、かわいいものが好きそうな西部の伯爵令嬢が、
「……これ、あげるわ。わたくしのお気に入りだけど」
そう言って、かわいらしい小花柄が刺繍された淡いピンク色の絹のリボンを差し出す。
そのあと、人一倍気位が高そうな南部の伯爵令嬢が、
「……あなたには不相応でしょうけれど、これ、差し上げてもよろしくてよ」
と、きれいな琥珀色の液体が入ったガラスの小瓶を渡してくる。ほのかなバラの甘い香りがして、香水だとわかる。
ついこの間は、わたしのことを男爵令嬢だと小馬鹿にしていた高位貴族の令嬢たちが、なぜかわたしにさまざまな贈り物をくれる。
予想外の異常事態に、わたしはポカンと立ち尽くす。
「……その、前に男爵家だなんて言って、差別して悪かったわね。この間のことであなたを見直したわ」
北部の侯爵令嬢が腕を組み、そっぽを向いたまま言った。
”この間のこと”とは、ミレイさまの手提げ袋が水浸しになったあの出来事だとすぐにわかる。
「わたくしも……。ちょっと、言いすぎましたわ」
「アデラインさまを慕う仲間として、一応、認めてあげなくもないわ」
西部と南部の伯爵令嬢がそれぞれ言う。
「はぁ……、ええっと……?」
わたしは首を傾げながら頷くしかない。
「ありがとう、ございます……?」
若干気まずい空気が流れる。
「──じゃあ、失礼しますわ!」
北部の侯爵令嬢がぷいっと顔を背け、スカートの裾をひるがえす。それに続くように、西部と南部の伯爵令嬢もくるりと回って歩き出す。
さまざまな贈り物を両手に抱えたわたしは、遠ざかる令嬢たちをいまだ信じられない思いで見つめる。
しかし、ふいにある考えを思いつき、
「あの! 待ってください──!」
急いで引き止める。
そしてわたしは令嬢たちに駆け寄り、あるお願いをしたのだった──。




