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第一章11 『最強スキルとデメリット』



(せっかく夢にまで見たゲームみたいな世界に転移して、こんなところで終わりかよ……そこの女の子、助けられなくてごめんな。あーあ、最後に格好つけちまった。本当に、“何にもない”人生だったな)


 覚悟を決めて数秒後。頭を守るように抱えたままのユウは、周囲の異変に気が付いた。


(おかしい。いつまでたってもトドメがこない)


 恐る恐る目を開くと、そこには目を疑う光景があった。


 ユウを狙った二匹のゴブリンの振り下ろした棍棒が、ユウに当たるその直前で停止していた。


 棍棒はまるでユウの額を守る左手に張り付いたかのように、不自然に空中に浮いている。


 ゴブリンが驚く様子から、それが彼らの意思で止めたのではないことがわかった。


「なんだよ……これは!」


 ユウは状況が飲み込めず自分の手を見ると、視界に映る両腕から自身のステータスが頭に流れ込んできた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇

名前:成瀬 有

種族:ヒューマン

能力:“異界送り(ワールドエンド)

EXスキル:”賢者の瞳”

力:D

体力:D

早さ:C

魔力:D

状態異常:左手損壊


《異界送り》

 左手に触れる、全ての事象を”ゼロ”にする。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 “賢者の瞳”で自分の能力を確認したユウは、同時に自分の能力を理解した。


(この力は俺の左手が触れている『あらゆる事象』を“ゼロ”にするらしい。それがエネルギー、ベクトル、ステータス、あるいは時間だとしても。ここにある棍棒を止めたのも、この能力のおかげだな。おそらく、棍棒の動く力をゼロにしたのか。それにしても、『異界送り』……か。こことはまるで別世界みたいな星から来た俺には、ピッタリの能力だな)


 再び脳内から流れるアドレナリンで、腕の痛みのことは頭から吹き飛んでいた。

 得られた能力の効果を元に瞬時に現状を分析すると、残った二匹の魔物を目視した。


 二匹はどちらもこの状況を理解できずにいるようだ。棍棒を動かそうと必死に持ち手を引くが、棍棒はぴくりとも動かない。一匹は棍棒を手放し、後ろに大きく飛んだ。もう一匹もすかさず棍棒から手を離してユウに直接飛びかかってきた。


「ギアアアアッ!」


 人の腕を簡単に破壊するような力を持ったゴブリンだ。まともに攻撃を受けたらひとたまりもない。


 ユウは相手の動きを確認するした後、左手を前に突き出した。ユウの瞳は自身の左手を仰い尽くすような魔力を映し出すが、その魔力量に驚愕した。


(これ、全部俺の魔力か? あの生意気な王女サマの魔力なんかよりずっとデカい! 下手したらあの、ティアよりも!)


 ゴブリンの牙が近づきユウの左手に触れる瞬間、ユウは能力を発動した。


「こいつの耐久力を“ゼロにするッ”!!」


 岩石のように硬そうな牙とユウの細い腕が接触すると、ゴブリンの牙はボロボロと砂のように崩れ去った。


 ユウがそのまま左腕を口の中に押し込むと、何層もの薄い氷を砕くような感触を肌に受け、腕はゴブリンの頭を貫いた。その光景はまるで魔物の後頭部から人間の手が生えたようだ。


 頭を突き抜けた手を横に払うと、ユウの手に触れた魔物の部分はボロボロと崩れていった。


「うおおおおッ!!」


 残った魔物に視界を定めユウは叫びながら最後に残った三匹目に向かって走りだした。


 ゴブリンは仲間がやられた恐怖で逃げ出そうとするが、足がもつれて転倒する。


「死ぬ覚悟は、できたかよ!」


 ユウはゆっくりと倒れたゴブリンに近づき、魔物を見下しながら言い放つ。

 ゴブリンは懇願し媚びを売るように、ニタニタと笑いながら頭を上下させている。


「お前らは今まで抵抗する奴が謝ったら、それで許したのか?」


 ユウの怒声が響き渡り、ゴブリンの顔が曇っていく。次第に泣きそうな顔になるが、逆に見ている方が悲しくなる。


 後ずさりするゴブリンにゆっくりと近寄っていくと、突然、脳を直接殴るような衝撃がユウを襲った。


(うぐっ! なんだ、これ……? 頭、が割れるように痛い)


 ユウはちらり、と自身の手を見て魔力を確認する。さっきまで溢れるようにあった魔力は更に膨らみを増し、洞窟内を照らすほどに輝いて見える。


(この力、もしかして……エネルギーを俺の魔力に変換してるのか?)


 ユウが体勢を崩し片膝を着くと、ゴブリンは水を得た魚のように動きだした。


 ゴブリンはユウの折れた右腕を狙って蹴りを繰り出す。

 猛烈な腕への衝撃を受けて、強烈な痛みにグワン! と意識が揺れ、思わず気絶しそうになる。


 ユウは最後の力を振り絞りもう一度能力を発動しようとするが、発動の意思と同時に頭に痛みが走る。


(もういいか、ここまで頑張ったんだし。悔しいけど、苦しいよりはマシだ……)


 薄れる意識の中で一瞬、少女を見ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をこちらに向けていた。放心しているのか少女に反応はなかったが、彼女の表情は苦痛に歪んでいた。


(俺が諦めたら、残されたこの子はどうなる? たぶんアジトか巣かに連れて行かれて、死ぬまで魔物の慰みものにでもなるんだろう。ダメだ、そんなこと、させられねえ!)


 ユウの喉元を食い破ろうとするゴブリンの牙が触れる一瞬の間に、体から離れそうになる意識をなんとか繋ぎとめ、ユウは能力を発動した。





***********





 辺りには静寂が訪れた。

 ゴブリンの死骸は動かなくなった後、表面から光となって消えていった。

 残っているものは何もいない。いや、一人の少年と少女の体が一つずつ。


 ユウは自分に残された時間は短い、と理解して辛うじて彼女の側まで歩み寄り剥き出しの体に自身のマントを掛ける。ユウは彼女に微笑んだ後、仰向けに倒れ込む。


 そして、次第に(ちり)となっていく自分の体を眺めたが、不思議と痛みや苦痛はなかった。

 

 身体の容量を超える魔力を得たらどうなるか? その答えはティアから貰った知識に含まれていた。この世界はゲームとは違い、溢れた魔力が自然に無くなることはない。


 自身の限界量を超えた魔力の蓄積は、膨らみすぎた風船が爆ぜるように、燃え盛る炎がロウソクを溶かすように、その命を焼き尽くす、とユウの頭はそう理解していた。故に最後に能力を使う前から覚悟はできていた。


 何もない自分が一人の少女を救った。その事実を噛み締め、心の中でガッツポーズを作る。

 最後に自分が一人、救えた。その事実が嬉しかった。


 幸い、ここは街からそれほど遠くはないし、他にこれといった脅威もない。彼女が地面に落ちた短剣で拘束を外せばそれほど苦もなく街に行き、治療を受けることができるだろう。


(折角助けたんだし、死ぬ前にこれくらいの事は許してくれるよな)


 感触のない折れた右の手で、ユウは少女の手に優しく触れる。


 ユウは最後に目を閉じて、自分のステータスを確認すると魔力の値がおかしなことになっていることに気がついた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇

名前:成瀬 有

種族:ヒューマン

能力:“異界送り”

EXスキル:“賢者の瞳”

力:D

体力:D

早さ:C

魔力:EEEEEEEEEEE

状態異常:右手損壊、魔力異常

◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 自身のステータスを見て、ユウの頭に閃きが走る。


(いや、まだだ。俺の力を使えば、まだ生きられるかもしれない!)


 震える腕をなんとか自分の胸に当て、ユウは再び能力を発動した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇

名前:成瀬 有

種族:ヒューマン

能力:“異界送り”

EXスキル:“賢者の瞳”

力:D

体力:D

早さ:C

魔力:0

状態異常:右手損壊、女の子と離れたら死ぬ

◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 再度頭に流れ込むのはさっきと違って、魔力の欄が0になったステータス。だが、それ以外にも


「は?」


 無意識に口から声が漏れる。

 このステータスはどう考えても、おかしい。


 ユウはもう一度、と自身のステータスを確認する。


 しかし、何度見てもそこには“状態異常:女の子と離れたら死ぬ”という情報があった。それに、身体の崩壊もいつのまにか止まっている。


 状態異常の真偽を確かめるべく、試しに少女の手に触れていた右手を離そうと試みる。


 しかしユウが右手を自分の方へと引くと、なぜか少女の手まで付いてきた。開いた手に少女の手が吸い付いて、まるで磁石を金属に当てたかのようにくっついてくる。手を揺らして少女と繋ぐ手を離そうとしたが、一ミリも離れない。


(この子もしかして意識があって、俺から離れたくない。とか?)


 そんな淡い期待がユウの頭に湧く。少女がユウに助けられた事で、自分に好意を持ったのではないか、と。


 だが、目の前に横たわる少女はどう見ても気絶していた。これが演技だったとしたなら、ハリウッドの女優も驚きだ。


(となると、だ。この子の手は何か別の力で、俺の手とくっついていることになる。強引に引っ張れば離れられるか?)


 少女の手が張り付く力は強力な磁石程度で少し力を入れれば離せそうではある。


 物は試しと考えて、思い切って勢いよく腕を振る。すると、少女の白い手が自分の手からするりと離れたが、



「あ゛あ゛あ゛ッ!」


 外の滝の音を掻き消すように、声にならない絶叫が鳴り響いた。


 少女と手が離れた直後、この世全ての苦痛をまとめたような不快感がユウの全身を撫で回した。


 皮膚の下を何千、何万の虫が這うような感覚と、頭を内側から針で刺されるような苦痛がユウを襲った。手首の血管は膨張と縮小を繰り返し、まるでムカデが血管内を移動しているようだ。


 びしゃりと、口からはひとかたまりの嘔吐物。ドロドロに溶解した物体が胃液と共に吐き出された。


 かろうじて顔を上げ、「ぐうう……」と虫のような声を振り絞る。涙と汗と涎とでぐしゃぐしゃになったユウの顔に生気はなく、驚くほど青ざめていた。


 目の前に迫る死の気配を予感するが、それでも苦痛は増すばかりだ。


 苦しむままに地べたを這いずり回って、ぴちゃり……と何度目かわからない嘔吐の後、全身の力が抜けついにユウは動きを止めた。動かそうにも反応しない自身の体に、とうとう死を予感した。


 しかし、ユウの顔には笑みが浮かぶ。気が狂ったからではない。自分をこの地獄のような苦痛から解放してくれる死を喜び、自然とユウは笑っていた。


 心にいくらか余裕のできたユウはふと、さっきの少女に目を向ける。転げ回ったせいか、少女の体はユウの体から遠くへ離れていた。どうやらこの状態異常は『本物』だ。ユウがそう悟るが、もはや離れた少女まで歩く気力もない。


 全てを諦めて、ユウの目蓋がゆっくりと閉じていく。


 そして、ユウのもう虚ろな頭に声が、響いた。



「ーーですかっ」


 ユウの耳に届くのは透き通るような声。聞こえてきたのは鈴の音みたいな優しい声だった。


 ユウの体液まみれの服など気にせず、人形のように白い手を伸ばし、その手を掴んだ。

 

 すると、不思議なことにユウの体の異常はさっぱりと消えてしまった。全ての苦しみから解放された体は驚くほどに軽くなり、視界の先には目に涙を浮かべた少女がはっきりと映った。


「大丈夫……ですか?」


 そう問いかける少女から伝わる熱は暖かく、彼女の小さく華奢な手がユウの手を優しく包み込んでいた。



 

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