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第一章12 『ステア』

 


「離れないで!」



 男なら誰もが一度は言われてみたいセリフ。そんな言葉が、辺り一帯に響き渡る。



「離れたら、死ぬから!」



 ユウはそう叫び仰向けで寝ている体を起こした。ふと気がつくと手のひらから伝わってくる熱で、自分は手を繋いでいるのだと理解した。


 繋いだ手には触れるだけで折れてしまいそうな華奢な腕。しかし、どこか艶めいた雰囲気を放っていた。


 今まで経験した事の無いような柔らかな感触を肌に感じ、心臓はドクン、ドクン、と張り裂けんばかりに鼓動する。


 その手の主を見ると、目の前には蒼い瞳で透き通るような白い肌の少女が視界に入る。身長百五十センチほどの小柄な少女は、腰まで伸ばしたピンク色の髪と、ボロボロになった服を身に纏っていた。

 いや、服と呼んでいいのかはわからない。上半身は首の周りに布があるだけで、二つの大きな膨らみはほとんど露わになっている。下半身は秘部を守る布が一枚、心もとなく主張をしている。どの布も彼女の体液にまみれてぐしゃぐしゃだ。


 少女の瞳はうっすらと涙を浮かべこちらを見ずに、あちこちを泳がせながら小動物のように体を震わせている。


 何秒間かの沈黙の後、蚊の鳴くような小さな声がした。


「そんなこと言われても……困ります。助けていただいたことには感謝しますが、ずっとこうしているわけには……」


 少女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにもじもじと体を動かした。両手両足を縛られ、肌が露わになった彼女を見ればこのままでいる訳にはいかないことは明白だ。


「悪い、今外すから」


 そう言うとユウはなるべく少女を見ないように、拘束されていた布を外した。

 二人は立ち上がり話を続けた。


「本当にありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、今頃私は……」


 少女はもしもの可能性を思い浮かべて顔を青くする。


「助かったんだし、もう心配なんてするなよ。そういえば君の名前は? なんでこんなところに一人でいたんだ?」


 ユウは暗い雰囲気を変えるため、少女に問いかけた。


「私の名前はステアです。私がお世話になっている孤児院からの雑事で、この近くにあるおばさんの家を訪ねるためここに来ました。普段は魔物に会うこともないのですが、なぜか今日に限って……。私も、あなたの名前を聞いてもいいですか?」


「俺はナルセユウ、十六歳だ! 度胸はあるけど金はない! 訳あってこの手は離せない、ヨロシク!」


 がっしりと繋いだ左手を上げユウが精一杯明るい口調で答えると、「ふふふ」とステアは軽く笑った。


「あの、ずっと気になっていたんですが、手を離せないってどういうことなんでしょうか? 先程のユウさんはかなりお体が優れないようでしたが……」


「信じて貰えないかもしれないけど、さっきからキミの手と俺の手が磁石みたいにくっ付いて離れないんだ」


 そう説明するユウに対して、ステアは顎に手を当てて少し考え込むように地面を見たあと、顔を上げた。


 少女はユウの手を握る力を弱めて手を離そうとする。しかし、ユウの手はそれを追うように付いていく。


「ふざけてる訳じゃ、ないですよね?」


「もちろん、大真面目だ」


 今度はユウが手を開いて自分の方へと腕を引く。少女の手はやはりユウの手について来た。さっきは離すなとは言ったが、これでは離したくても離れない。


「うーん、先ほどの苦しむユウさんの姿を見ても、嘘をついているようには思えませんし、アナタが悪い人にも思えません。どういうことでしょうか?」


「俺にもわかんねーけどさ。気がついたらこの状態で……。一つだけわかっているのは無理に離そうとすると、俺は死ぬってことだけだ」


 ユウが話していると、少女の手がユウの手のひらから腕に沿ってつつーっと、上がって来た。手ではなくとも体の何処かが触れていれば問題ないようだ。


(吸収しすぎた魔力をゼロにした時に、ついでに表れた状態異常の副作用か? この子と手が離れたとき、死よりも恐ろしい苦痛を味わった。おそらく、俺の体がそれを防ぐための安全装置のようなものだろうか)


 少女の手がユウの二の腕まで来ると、ユウは「ひゃん!」と女の子のように声を上げた。


「わっ、すみません! 触れている場所はどこでも大丈夫なみたいですね。ただ、私の体がユウさんの体に引かれて離れない、不思議な感覚ですっ」


「変なことに巻き込んで悪いな。できれば解決するまで、そばにいてくれるとありがたいんだが」


 手を合わせて謝るユウに対して、少女は優しい声で、


「いいえ、こんな私で良ければなんだって手伝いますよ」


「本当か! ありがとう!」


「お礼を言うのは私の方です。こんなになってまで助けていただいて。でも、そろそろ私も着替えたいかなー、なんて……」


 ステアがうつむいて言うと、渡したマントの下に着る布に目を向ける。今まであまり見ないようにしていたがかなり汚れていて損傷も激しい。破れた布には露出が多く、まともに直視はできなかった。

 ユウの衣服も汗やゴブリンの返り血でベタベタだった。


「それもそうだな。とりあえず湖で汚れを落とすか」


 そう言って二人は湖へと向かっていった。




***********




 美少女との水浴びに期待したユウであったが、ステアの「ぜったいに目を開けないで、振り向かないで下さいね!」の一言と、濡らした布で体を拭き、持っていた変えの服を上から羽織って着替えただけのステアにひどく落胆した。


 少女の着替えた服は街で見たような軽装で、下半身に付けるのはまるで今から街に遊びに行くようなスカートだ。


 水浴びの時に気がついた事は、二人の体全体が引き合っているのではなく、最後に触れた一部分だけが引き合うという事だ。


 着替えの際にステアの空いた手がユウの体に当たったところ、今まで引き合っていた方の手が外れ、新しく当たった手がユウの体に吸い付いてしまった。


 また他に気がついた点は、体の触れる面積によって引き合う力が違うという事。例えば人差し指のみが相手の体に当たっている場合と、手を握っている場合では前者の方が引き合う力が強い。それでも思い切り引き離そうとすれば離すことはできそうだが。


 体と服の汚れを落とした後、二人はステアの目的地である老夫婦の家を目指していた。


 ユウに発現した『女の子と離れたら死ぬ』という状態異常。この謎の状態異常が何故現れたか、どうしたら消えるかは考えてもわからなかった。ユウの能力での消去も試したがまるで効果はなかった。このままではラチがあかなかったため、まずはステアの目的を優先することにした訳だ。


 不思議なことににあの一件以降、ユウが能力を使っても疲労感は感じなかった。自身の魔力をゼロにしたおかげか、揺れた水面が元に戻るように、はたまた振り子が次第に静止するように、能力で変換した魔力が再びゼロを目指しているような感覚を覚えた。


 途中ステアに聞いた話では、彼女は“再生”の能力を持っているようだ。そして、その再生は自分だけでなく触れている相手にも効果があるらしい。

 折れた右腕は木と布で固定してあるが、ステアの力のおかげか痛みは無かった。



 太陽の位置からして、今は三時くらいだろうか。ユウとステア歩きながら話をした。


「私の住んでいる孤児院に、何でも知っているすっごい神父さんがいるんですよ。もしかしたら、ユウさんのこの状態について解決策を知っているかもしれません」


「ああ。他に当ても無いし、一度行ってみるか」


 手の甲を引っ付けて歩いていた二人だが、急にステアがユウの手を握る。突然のことに驚き、隣を歩く顔を見ると不意に笑顔を見せる少女は、


「先程からユウさんと触れる位置が、スリスリと動いてくすぐったいんです。もし嫌で無ければ、このまま手を繋いで行っても構いませんか?」


「べ、別に構わないけど」


 手を繋ぐどころか、女性と会話をすることもあまりなかったユウにとって、彼女の行動はあまりに刺激が強かった。張り裂けそうになる心臓を抑えるため、ユウは話題を変えようと試みる。


「神父さんっていったっけ? 孤児院にはそんなやつもいるのか?」


「はい。私の住む孤児院『フォスターハウス』では神父のロイリーさんが、趣味で神父をしていまして。年長の私がそのお手伝いをしてるって感じです」


「教会と孤児院の運営ってどれだけ人の良い管理者だよ」


「そうなんですよ! とても優しい園長さんと神父さんがいて、私とそれにたくさんの兄弟がお世話になってるんです。皆親はいませんが全員、大切な私の家族です」


 嬉しそうにステアは言う。


 そう話す少女の顔を見て、ユウは思った。この笑顔を助けられて良かったと。心からそう思いユウも彼女につられて笑顔になった。


「それなら早く用事を済ませて帰らないとな」


 「はい!」と少女の元気な声が鳴り響き、二人は歩みを進めた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇

名前:成瀬 有

種族:ヒューマン

能力:“異界送り”

EXスキル:”賢者の瞳”

力:D

体力:E

早さ:C

魔力:0

状態異常:女の子と離れたら死ぬ

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