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第52話 約束

この作品はフィクションです。

 春陽の父、敦と継母の睦美さんが、綾香の母、真由美に連れられて和室へと入ってきた。



「私は愚息の父で榊敦サカキアツシと申します。妻の睦美です。初めまして」



 父、敦が恭しく綾香の父、昇へと頭を下げる。同時に睦美さんも礼をする。



「よく来てくださいました。今、春陽君と私の娘、綾香と話していた所でした。お父様からも常識を教えていただきたい」



 綾香の父、昇は春陽の父である敦が春陽を止めに来たものと思っている。


 綾香の母、真由美も昇の隣に座って頷いている。


 敦と睦美さんは春陽と綾香の両側に座り、真直ぐに綾香の両親を見る。



「申し訳ございません。私達が来た理由は、綾香さんのご両親が求められている逆の理由でして」



 敦が綾香の両親を見つめて静かに微笑む。



「それはどういうことですかな?」



 何を言っているのかわからないという風に昇が首を傾げる。



「息子の春陽が嫁をもらおうと言うのに、両親である私達が挨拶に来ないのも失礼と思い参った次第でして、綾香さんをもらい受けに参りました」



 敦が言っている意味を理解した昇が顔を真っ赤にする。



「何を言ってるんだね。あなたの息子はまだ17歳ではないか。法律でも結婚は18歳以上と決まっている。あなたは何を言ってるのだ」


「法律では確かに18歳からですね。来年になれば春陽も18歳になります。今から嫁を確保していてもおかしくないでしょう」


「そんな常識は聞いたこともない。冗談を言うにも、いい加減にしてもらいたい」



 敦は昇が激怒しているにも拘わらず、涼しい顔で聞き流す。



「はあ? 常識? 常識とは一体何でしょうか?」


「常識とは不文律な規律ではないか!」


「そういう捉え方もあるかもしれませんね」


「違うというのか!」



 昇がテーブルに手を置いて、身を前に乗り出す。


 しかし、敦は静かに微笑んでいるばかりだ。



「常識とは、最大値の者達が右向け、右で進んでいる方向のことだと思っていました。全員が右を向いているなら、左を向いてはいけないのでしょうか?」


「何を言ってるのだ!」


「先生と生徒が恋愛禁止ということであれば、綾香さんには嫁に入ってもらいますので、教師を辞めていただくことになりますから、ご安心ください」


「どこを安心しろというんだ! 何を言ってるんだ!」


「ですから、綾香さんにはすぐにでも教師を辞めてもらって、春陽のマンションで家事見習いになってもらいましょうと言ってるんです」


「話にならん。子が子なら、親も親だ。全く話が通じん」



 敦はにっこりと笑う。



「私は綾香さんのご両親と話に来たわけではないのですよ。和解するつもりで来たわけでもありません。綾香さんを息子、春陽の嫁にもらい受けに来ただけです。そのご挨拶です」


「そんなことが常識で通じると思っているのか!」



 とうとう昇は立ち上がって肩を震わせている。



「実は私、睦美と結婚したばかりでして。睦美はまだ27歳です。睦美のご両親も怒っていましたね。我が榊家では、嫁は頭を下げてもらうものでして。ご両親には挨拶するのみです。それが榊家の常識です」



 睦美さんが優しい目で綾香の両親を見る。



「夫は少し常識から外れたところがございまして、誠に申し訳ありません。しかし、そこが夫の魅力ですので、ご理解ください」



 綾香の母、真由美は額に手を当てて、目を白黒させている。


 睦美さんはゆっくりと綾香のほうへ顔を向ける。



「世間的には生徒と先生の恋愛は禁止。これが常識となっていますから、結婚するまでの間は、綾香さんも教師を辞めてもらえるかな。それだけでも常識を守ったことになるわ」



 綾香は睦美さんの提案を聞いて、目を大きくして驚く。


 敦が優しい眼差しで綾香を見る。



「綾香さん、もう就職先は決めてきたから。俺の友人が経営している大学進学塾の講師をしてくれると良い。ジョディ先生も勤めている塾だよ」



 綾香は涙を溜めて、小さく頷く。



「常識を破ったのは私ですから、私は学校に辞表を出して、先生を辞めます。私は春陽君を選びます。塾の講師になります」



 昇は両手を出して慌てて綾香を止めようとする。



「せっかく小さな頃から望んでいた教師になれたんだぞ。それを簡単に捨てるというのか。綾香、考え直しなさい」


「私、教師よりも春陽君を選びます。ゴメンなさい、お父さん、お母さん」



 それを聞いた昇は力が抜けたように床に座り込む。


 しかし、綾香の母、真由美は諦めていなかった。



「春陽君はまだ17歳の高校生。同棲させるわけにはいきません。綾香の身柄はどうしていただけるんでしょう?」



 京香先生が真由美に顔を向ける。



「それでしたら、綾香は私が1年間預からせていただきますわ。春陽君と休日のデートぐらいは許してあげてくださいませ」



 まさか京香先生がそんな提案をしてくると思っていなかった真由美も全身を脱力させる。


 少し目を泳がせて昇が春陽を見る。



「どうしても綾香と結婚したいのかね?」


「はい! 俺が18歳になったら、綾香先生をお嫁さんにもらいたいです! 絶対に諦めません! 申し訳ありません」



 春陽は綾香の両親の前で頭を床につけるほど礼をする。


 昇と真由美は顔を見合わせて、どうしたものかと思案している。


 敦がすまし顔で髪の毛を掻く。



「綾香さんのご両親が守りたかったのは常識ですよね。教師を辞めたことで常識は守られました。京香先生のマンションで綾香さんが暮らすことで、常識は守られました。2人を許してやってもらえないですか」



 昇は首を回して、座りなおす。真由美も隣にきちんと座りなおす。


「確かに、常識は守られた。これ以上、反対しても、2人共、私達の意見を受け入れることはないだろう。親としては許せない部分もある。そこは後々、話し合っていこう」


「私もまだ許しきった訳ではないわ。でも教師を辞めてでも春陽君を選ぶというなら、綾香の自由にすればいいわ」



 綾香は涙を流しながら、両親へ頭を下げる。



「ありがとう。お父さん、お母さん。私、春陽君と幸せになります。ワガママな私を許してくれてありがとう」



 昇は綾香の泣いて喜ぶ顔を見て、複雑な顔をしている。



「さあ、用事が済んだら、綾香を連れて帰ってくれ。私と母さんは少しの間、2人だけになりたい。まだ頭が混乱している」



 敦と睦美さんがスッと立ち上がる。そして京香先生も立ち上がる。


 春陽と綾香は顔を見合わせて、もう一度深々と綾香の両親へ頭を下げた。



「必ず、綾香先生を幸せにします。失礼いたします」

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