第九話
一方の『新撰組』。
「あら? お揃いのようですね。“『新撰組』の三人娘”さん」
三科凛子が『新撰組』の小隊待機室を訪れたのは、一ノ瀬優が暇を持て余し研究室で暴れそうになった所を、天真時雨が危惧して三人揃って居を移した直後の事だった。
一番来て欲しくないランキング一位の人物の登場に、時雨はげんなりとした表情を浮かべた。因みに、二位は雨竜毬耶である。
「何か用かよ? 生徒会長殿?」
「はい。用が無くては薫くんも居ないのにこんな場所に寄り付きませんよ」
一ノ瀬優が食って掛かるが、三科凛子は華麗に受け流した。
時雨はうんざりしながら、「用があるならさっさと済まして下さい」と促す。
「では、その様に」
仰々しく一礼した三科凛子は、三人娘全員の視線を一身に浴びながら、絵画のように美しい唇を動かした。
「薫くんの所在を知っている者は、この中に居ますか?」
「薫なら雨竜女史の家に行ってる」
これにはクララが答えた。
彼女曰く、的場薫は雨竜女史のマンションを訪れているそうだ。理由は、時雨には何と無く想像付いていた。が、それを口にはすまい。
「では、今も雨竜先生の家に?」
「はい、その筈です」
そう言って携帯端末を取り出したクララだが、その瞬間にいつも変わらぬ無表情に珍しく困惑の色を浮かべた。
「どうした、クララ?」
「薫の反応が移動してる」
時雨の問い掛けに答えたクララは、端末を眺めながらますます困惑の色を強めた。
「帰って来てるんじゃねぇの?」
「学園とは逆方向に移動してる。何処へ向かうつもり?」
的場薫が移動している。
それも学園とは真逆の方向へ。
「先程、薫くんから軍基地への出向届けが提出されました。心当たりはありますか?」
三科凛子の問い掛けに、三人は顔を見合わせてかぶりを振った。
「薫が何処か向かうなら、私達に一声あって然るべき」
「だよな。俺達に内緒でってのは不可解だ」
クララや一ノ瀬優が語る通り、的場薫なら三人娘を心配させないように行き先を知らせてくる筈だ。
それを怠ったという事は、余程の事があったということだろう。
「電話してみる」
クララは端末に指を走らせ、すかさず的場薫へ電話を掛けた。
数秒もしない内に、「繋がらない」と答えた。
「奴の身に何かが起きた可能性が高いな」
時雨は厳かに呟いた。
「何かって何だよ?」
「それは分からん。けど、律儀な奴が私らの電話に出ないのは可笑しい」
的場薫の身に良からぬ事が起こっている。それが時雨の見解だった。
すると、いつもは静かなクララが、乱暴に椅子を蹴って立ち上がった。
「クララ、どうした?」
「発信源を追ってみる」
そう言ってズカズカと待機室を出て行こうとするクララ。
的場薫の身に異変が起きた事で、普段の冷静さを欠いてしまっているようだ。三人娘の中で一番彼になついていたクララなら、分からなくも無かった。しかし、こうなると止める事は出来ないだろう。
「イチ、一緒に行ってやってくれ。クララ一人だと心配だ」
「よし来たっ」
一ノ瀬優は意気揚々とクララの後を追った。
的場薫から見れば危険な危険なコンビである事この上無いだろうが、緊急時故に仕方がない。
「発砲沙汰はなるべく避けるんだぞ!」
「うぃーっす」
気休め程度だが注意は促して置いた。
まぁ、賭けても良いが十中八九ライフル弾が放たれる事だろう。
さて、二人が出ていった事で小隊待機室には時雨と三科凛子だけが取り残された。
彼女は穏やかな笑みを時雨へ向ける。
「貴女は行かなくても良かったのですか?」
「行きたくても行けないもので。この足では」
嫌味のような問い掛けに、時雨は車椅子に乗っかる自分の足を叩いて見せた。
「それで、どういうつもりで?」
「はい?」
「何故、私達に薫の事を知らせたのですか?」
「それは、貴女達なら薫くんの居所を正確に把握出来ると思いまして」
「よくもまぁ、そんな嘘を。貴女なら私達に頼らなくても、薫の位置くらい把握出来るでしょう」
「フフッ、どうでしょうね。ーーーーそれでは時雨ちゃんは、どうして私がここに来たと思いますか?」
「質問を質問で返さないで下さい」
答えをはぐらかそうとする三科凛子に、時雨は苛立ちを覚えた。
「まぁ、面白くありませんね。ーーーーところで、その足、どうするつもりですか?」
「話題を変えないで下さい」
「真面目な話です。そのままの状態では、後方に異動するほかにありませんよ? つまり、この『新撰組』から抜けるしか無いという事です」
「そんな事……分かってますよ…………」
後方への異動。
前線から離脱するという事は、常日頃前線で戦う『新撰組』から抜けるという事に他ならない。しかし、それはーーーー
「後方に、貴女の居場所はありませんよ」
「分かってます…………」
『新撰組』から抜けるという事は、この広い学園で孤立するという事だ。
それ即ち、“学園の鼻摘み者”として扱われている時雨にとって、居場所を無くすという事である。
「分かっているなら良いのですが。では、私は失礼します」
そう言って三科凛子は踵を返した。
時雨は慌てて呼び止める。
「ちょっと待って下さい! まだ私の質問に答えて貰ってませんよ!」
しかし、三科凛子は不適な笑みを浮かべるだけで、言葉を発する事無く小隊待機室から出ていった。
残された時雨は、暫く怨めしげに戸口を睨み付けていたが、ふと我に返り自身の専用の端末に指を走らせる。そしてあるプログラムを起動させると、携帯端末を操作して電話を一本掛け始めた。




