第五話
戦場の恐怖。
薫はマウントレールに備え付けられたダットサイトを覗き込み、敵『不死人化』兵士の胴体を狙う。自ずと知れず、フォアグリップを握る手に力が籠る。
鉄の塊となった車から身を乗り出しての射撃。
トリガーを弾くと『7.62mm対不死人弾』の弾頭が三発発射され、敵兵のボディーアーマーを穿つ。銃撃を受けた敵兵は、悲鳴を上げて仰向けに倒れた。
撃破確認もそこそこに、銃口をスライドさせ次の標的を狙う。
言うまでも無いが、銃撃を行っているのは薫だけではない。敵もまた『カラシニコフ AKシリーズ』の最新兵器『AK-308』突撃銃を駆使して、薫達へプレッシャーを掛けてくる。
薫は銃撃を行いながら、これが前回のように悪い夢か何かであることを祈った。
まさか自分が気絶させられている間に、本物の戦場に運ばれていたなど冗談でも笑えない。
「敵の航空兵器が接近! 総員、退避しろ!」
けれども、今この瞬間は薫にとっては現実であった。
この臭い、この肌触り、そしてこの恐怖。全てが戦場のそれである。
すると、薫の頭上に巨大な鳥が姿を現した。
鳥の背中には機銃を持った『不死人』が搭乗しており、地上の兵士達へ向け発砲を始めた。
「右だ! 右の建物に入れ!」
薫は青年の言葉に即座に反応し、右手側にあるビルへ向け駆け出した。
その後ろを火線が追う。
不運にも薫より一足遅く駆けていた兵士が数名、蜂の巣となって悲鳴ごと銃殺されていった。薫はと言うと、飛び込むように屋内に逃げ込んだ事で難を逃れた。
「くそっ、制空権が敵にある限りメインストリートは使えない。ビルの間を渡るしか無いか」
青年は一人ごちると、「よし、ミシェルとクレイ、それから二等兵、付いてこい。他の者は残存兵を纏めろ」と三人を指差した。
その三人の中に、薫も含まれていた。
返事をするより早く、青年はさっさと駆け出して行った。
「こうなりゃ、自棄だ!」
薫は『M8A2』のマガジンを交換し、青年の後に続く。
夢だろうと現実だろうと、何もしなければ何も解決しない。ならば、やれる事をやるまでだ。
それに何よりも、雨竜毬耶の事が気掛かりであった。もしかすると、彼女もここへ連れてこられている可能性がある。ならば、先ずは彼女を捜さなければならない。
誓いを新たに、薫は青年の後を追ってビルの非常階段を駆け昇るのだった。
木製のドアを慎重に開ける青年に続き、薫を含む三人はオフィス内へ雪崩れ込んだ。
オフィス内は照明が落ちており昼間と言うのに薄暗く、不気味な程の静寂の中には人の気配の一つも感じられなかった。
「右クリア!」
「左クリア!」
他の二人が声を上げる。
薫は荒い息を整えるように深呼吸をし、ダットサイトから目を放した。
「オールクリアか?」
「いや、奥から何か来るぞ」
不意に青年がそう言って、小銃を構える。薫も倣うようにもう一度ダットサイトを覗き込む。
すると、先程までの静寂を破るように、卑しい化け物の鳴き声が響き始めた。
「■■■■■ーーーー」
薄暗くて姿はよく見えないが、薫にはそれが何なのかはっきりと分かった。
よたよたとした泥酔した酔っ払いのような挙動、地獄の底から響くような呻き声。そして暗闇でも分かる赤い眼。
間違いなく“ゾンビ化”した『不死人』である。
「Open Fire!」
青年が声高に言い放つや、四つの火器から銃声が轟いた。
四つの火線がゾンビを穿つ。
しかし、感情も無ければ痛覚など当然無いゾンビは、銃弾などものともせず四人の肉を貪らんと迫り来る。
どうやらゾンビはオフィスに勤めていた従業員が変貌した姿らしく、スーツや私服姿がその名残を見せていた。
「リロードだ!」
「リロード!」
順次、弾切れを起こしマガジンを交換する。
バースト射撃にセレクターを合わせていた薫は、他の三人より弾の減り方が少なく、必然的に最後に弾切れを起こした。
最後の一発まで撃ち尽くした薫は、「リロード!」と叫びながら即座にマガジンリリースのボタンを押して空となったマガジンを排出する。そしてポーチから新しいマガジンを取り出し、『M8A2』へと叩き込んだ。
それにしても多勢に無勢とはこの事だ。
こちらは四人しかいないと言うのに、ゾンビは何処から沸いてくるのか撃ち殺した傍から次々に出没する。
四人共、出来る限り頭か心臓を狙って撃っているのだが、それでも銃弾は容赦無く減っていく。このままでは尻貧である。
「フラグを使う! 退避しろ!」
ミシェルが叫ぶや、アップル型のフラググレネードを放り投げた。
薫は慌てて物陰に隠れる。次の瞬間、耳をつんざくような爆発音と衝撃がオフィスの中を蹂躙した。
やがて爆発が収まった頃、物陰から顔を出すとゾンビの一団が木端微塵になっている様子が窺えた。
「全員、無事だな?」
「くそ、何でゾンビがこんなにうじゃうじゃ居やがんだ!?」
生存確認をする青年に対し、兵士の一人、クレイが吐き捨てるように怒鳴る。
「『フリークス』は兵士にメインストリートを封鎖させ、屋内にはゾンビを放ってやがったんだ」
「俺達みたいのを炙り出す為か?」
「そうだ。あわよくば始末さえ出来るからな」
青年の推測に薫は得心した。
成る程、確かに屋内での戦闘はゾンビに任せた方が楽だろう。何せ奴等は物音に敏感な上に、そっとやちょっとでは倒れない程に頑強だ。
そんな奴等が襲い掛かって来ると思うと、外に逃げたくもなるだろう。そして出てきた所を、兵士が片っ端から銃殺するのだ。
「対空システムまでは先が長い。急ぐぞ」
手早く言い放つや、青年は駆け出した。薫を含む三人も後に続く。
その後、更に三階分ほど登った薫達は、隣のビルへと飛び移るべく窓ガラスをぶち壊していた。
隣のビルとの距離は、約五メートル。
幾らパワードスーツで強化されているとは言え、普通に考えれば飛び移る事など出来はしない。
「先行する。後に続け」
しかし、青年は何の躊躇いもなく助走をつけると飛び出した。
勢いよく飛んだ青年だが、向こう岸に届く前に落ち始めた。が、何と一階下のガラスをぶち破り着地したのだ。
青年は安全を確認すると、飛び移るよう手招きする。
「無茶苦茶だぜ…………」
クレイと名乗る兵士が、呆れ半分に呟いた。
それも束の間、彼は助走をつけると勢いよく飛んだ。そして青年と同じ軌道を取り、向かいのビルへ飛び移った。
「先に行け、サムライボーイ」
「サムライ?」
薫の事であろう。
ミシェルと名乗る兵士は、後方を警戒しながら薫に先を行くよう指示を下す。
薫は覚悟を決めて、窓ガラスから数歩離れて駆け出した。そして窓際で勢いよく床を蹴って、先に飛んだ二人と同じ様に向かいのビルへ飛び移った。
「ミシェル、早くしろ!」
「今行く!」
青年に急かされながらも、ミシェルは落ち着いた様子で向かいのビルから飛び出して来た。
順調に軌道を取りつつこちらへ向かってくる。が、後少しで辿り着けると思った瞬間、何か黒い物体が彼の体を奪って行った。同時に突風が薫の体を激しく揺さぶる。
「ミシェル!?」
青年が窓際に駆け寄る。
薫もクレイも同じく窓からミシェルの行方を探す。
そこに居たのはガルダだった。
黒い皮膚に赤い筋の入った怪鳥は、ミシェルらしき兵士の上半身をくわえ、悠々と大空を滑空していた。信じられない事だが、空中に居たミシェルをガルダは食い殺したのだ。
「畜生! よくもミシェルを!」
激昂したクレイが小銃を構える。
それを青年が制した。
「無駄だ。7.62mmじゃガルダの皮膚に傷一つ付けられん」
「だけどーーーー!」
「先を急ぐぞ。制空権を取り戻せば、ミシェルの仇も討てる」
青年はクレイの肩を叩き、ビルの中へ入って行く。クレイも悔しそうに歯を食い縛りながら、青年の後を追った。
薫はと言うと、唐突な隣人の死に驚愕と畏怖を隠しきれずに居た。
薫の事を“サムライボーイ”と冗談目かして呼んだ兵士が、今の一瞬で死んでしまった。それが恐ろしくて仕方無かった。
「これが、戦場…………」
薫は震える拳を握り締め、窓辺から離れた。




