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第三話

 二人を引き裂く者。

 風呂場での情事にすっかりのぼせ上がった的場薫は、リビングに居を移しミネラルウォーターで喉を潤していた。

 色んな意味で火照った体に、冷えた天然水が心地好く染み渡る。

 こういうつもりで来たわけでは無いのだが、結局は雰囲気に流されてしまう。もう少し、しっかりせねばならない。


「ほら、薫。ちゃんと頭拭かないと風邪引くぞ」


 不意にバスタオルが頭に乗せられたかと思うと、撫でるように優しく頭を拭われる。

 振り返るまでもなく、毬耶が頭を拭いてくれているのだ。何処か母親のような優しさに、気恥ずかしさを覚えた。


「今日はどうする? 流石に泊める事は出来ないぞ?」


「夕方には帰りますよ。クララにもそう伝えてますし」


 付き合っていると言っても教師と生徒の関係だ。お泊まりなど出来る筈もない。

 ただでさえ男子生徒が女教師の家に上がり込んでるというだけで怪しまれそうなものを、お泊まりしたいなど口が裂けても言えはすまい。


「晩飯くらい食べていけば良いだろ、と言いたいところだが」


「暗くなる前に帰らないと、あの三人に怪しまれます」


「だな。ーーーー後三時間弱か。二人で居られる時間の最高記録と言ったところか」


「有意義に使いましょう」


 有意義と言っても、二人で外出などは勿論出来ない。

 家の中で出来ることと言えば、自ずと限られてくる。


「私に良い考えがある」


 すると毬耶は手を止めて、薫の頭を掴むとくいっと右へ向けた。


「あそこにベッドがあるだろ? 残りの時間をあの上で過ごすってのはどうだ?」


 そう言いながら薫の背中にもたれ掛かってくる毬耶。

 後頭部に押し付けられる柔らかい感触が、先程の風呂場での情景を思い出させる。


「…………その、左腕は痛まないのか?」


 赤面して言葉に詰まっている薫に、毬耶は心配そうに声を掛ける。


「大丈夫ですけど、どうして?」


「私はお前を危険な目に合わせた。この前の任務でも、『変異種』に酷い目に合わされた。…………すまない」


 毬耶は優しく薫の体を抱き締める。

 薫が責任を感じているように、毬耶もまた責任に苛まれていたのだろう。気にするような事では無いのだが。


「僕が決めた事で僕が傷付いたのは自己責任です。先生が謝るような事ではありませんよ」


「それでも、だ。薫、私はお前がいとおしい。前の任務で一ノ瀬や天真が怪我をしたというのに、私はお前が心配で仕方無かった。教師失格だな」


「そんな…………」


 薫は毬耶の腕をそっと撫でる。

 女性らしい細腕ながら筋肉質で、それでいてしっとりとした肌をしている。


「頭痛は? 今も続いているのか?」


「たまに、です。以前よりはマシになったかと」


「そうか。良かった」


 そう言えば、最近は頭痛に悩まされていない。

 三人娘も最近は大人しいし、心労が減ったお陰であろうか。


「薫、すまない…………」


「もう、謝らないで下さいよ」


「いや、それも何だが。その、抱き締めていたら、我慢出来なくなってきた…………」


「へ?」


 ぽつりと呟いた毬耶。

 次の瞬間、先程まで真後ろに居たというのに、いつの間にか薫の膝の上に座っていた。彼女の温もりと重みが膝に伝わり、何とも心地好い。そして白いTシャツにジーンズというラフな服装が、普段のかっちりしたスーツ姿とのギャップで可愛らしく見えた。

 そんな感想を抱いている間に、毬耶は薫の頭を抱き締め胸に埋める。


「嗚呼、薫がここに居る…………いつもは見詰める事すら叶わない薫が、私の腕の中に…………」


「せ、先生…………」


 風呂上がりの石鹸の薫りや女性特有の甘い香りに、薫の理性は崩壊寸前であった。

 やがて二人は見詰め合い、どちらかともなく唇を重ね合わさろうとした刹那ーーーー


 インターホンの無機質な電子音が部屋の中に鳴り響いた。

 まるで二人のキスを遮るようなタイミングであった。











 もう一度、インターホンが鳴る。

 薫は何気無しにドアの方向へ顔を向ける。


「誰か来たみたいですね」


「そうだな。ーーーーそれより」


 毬耶は薫の顔を両手で包み込むと、くいっと自分と対面させるように動かす。

 そして「キスが先な」と言って、再び顔を近付けて来る。が、また二人の唇が触れ合う瞬間にインターホンが鳴る。

 これには流石に毬耶は舌打ちをした。

 久し振りの二人きりの空間を、些細なものでも邪魔されたくないのだろう。気持ちはよく分かる。


「あの、出なくて良いんですか?」


「どうせ如何わしい宗教法人か何かだろう。放って置けばいいさ。居留守使えば諦めて帰るだろう」


 毬耶はそう言うが、しかしインターホンが鳴り止む事は無かった。

 嫌にしつこい来訪者に、薫は妙な胸騒ぎを覚えた。


「まさか、うちの連中じゃ無いですよね…………?」


「お前、冗談でも不吉な事を言うな」


 そう言うやり取りの最中、またインターホンが鳴った。

 毬耶は諦め半分、苛立ち半分といった風に薫から離れると、ドアモニターへと足を運ぶ。そのモニターに映る人物を確認した彼女は、ホッと溜め息を吐いた。


「宅配業者だ。何か大きな荷物を持ってる」


「宅配屋さんですか。なら良かった」


 宅配業者にしては、やたらとしつこく呼び鈴を鳴らすものだが、うちの三人娘で無くて一安心だ。

 あの三人の内、一人でもこの場に現れては折角の二人きりの空間を邪魔されてしまう。


「受け取って来るから待ってろ」


 毬耶はそう言って玄関へと向かって行った。

 薫は一息吐くように、ミネラルウォーターを口にする。


 リビングからは玄関の様子は窺えない。

 しかし、音だけはしっかりと聞こえていた。先ずは毬耶が「はい」と言ってドアの施錠を外して開いた。


「白猫宅急便です。ハンコかサイン、お願いします」


「あぁ、はいはい」


 毬耶と宅配業者がやり取りする声が聞こえる。声から察するに、どうやら宅配業者は女性のようだ。

 「ここにサインをーーーー」宅配業者の女性がそう告げるや、何かが倒れるような大きな音が玄関でした。荷物が落ちたのかと最初は思ったが、それにしては毬耶も宅配業者も静か過ぎる。二人とも声を発していない。


「先生ーーーー?」


 心配になって席を立った次の瞬間、薫の体に衝撃が走った。

 比喩でも何でもなく、雷に打たれたような衝撃が全身を貫いたのだ。そのまま呼吸困難に陥り、一瞬の内に意識が遠退いて行った。

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