第5話 安寧の転機
1
三ヵ月が経った頃、カルラシード家本邸では主であるオルトゥヌス=フォン=カルラシードが従者と話していた。
レィナータの実父にあたる人物だ。
「首尾は上々か。」
「はっ。」
壁の装飾を撫ぜながら従者に声をかける。
「あれに仕込んだ毒は消えよう。そろそろ、死せど身体から毒物は検出されぬ頃合いよ。謀りで死ぬにはあまりに高い身分よ、我ながら。
だが、レィナータの能力も、レィナータの身分も、全て厄介であるのだ。分かるな?」
「しかし…よろしいのですか?彼女はメラグアニオス様の忘れ形見の児子でしょう。」
父・オルトゥヌスは小心者でありながら、建築の才と妻への愛だけは確かだった。
かつて大侵攻により荒廃した王都を復興するのに尽力し、その功績と兄達が死んでいた為に繰り上がりでカルラシード家当主の座を手に入れた。
王となれずとも王家である。その権力は絶大だ。
本来得られぬ筈の権力でゆっくりと歪んでいった彼は、妻が死の間際の数年をレィナータだけに目をかけていた事を訝しむようになっていった。
三人兄妹の末子であり第六継承権を持つレィナータにわざわざ目をかける必要性はない。家族の事であるのに、そんな損得勘定をしてしまうのだ。
次第にそれは妻を亡くした悲しみを紛らわせる為か、レィナータへ憎しみを向ける様になっていく。
実に情けない男だ。だが、そうせねば耐えられない程の弱い男なのだ。
「殺せ。魔物を放て。
おおよそ人が扱いきれぬ存在よ。人の手なぞ誰が思おうか。ウズの村には衛兵もおらん。あの屋敷には私兵もおらん。村ごと食い殺してくれよう。」
おぞましい暗殺計画をさらりと言い放つ。
歪み切った憎しみは、これを正しいとすら思っていた。
2
その夜のウズの村は盛況だった。
一月に一度、恒例となりつつあったサリーの手料理を振る舞われる日であったのだ。
その実としては、カルラシード家より遣わされる食材があまりに多いから村人に振る舞う、というものだった。レィナータに送られた食材が多いのは、カルラシード家としては食物が少ないなど王侯貴族の恥であるからだ。
王都でも名を馳せる料理人であるサリーが、王都から来た豪華な食材で料理をするのだから村人にとっては本来死ぬまで食えぬような食事だろう。
浮かれた笑い声が夜遅くまで響き渡っていた。
「ねーねーレィナータさまー!おにごっこだよおにごっこ!」
「あはは、良いよ。じゃあ私が鬼だ!」
「わー!」
レィナータの体調がここの所すこぶる良く、死ぬどころかめきめきと回復に繋がっている事実にメイドの3人は驚愕の色を隠せなかった。
「見て。レィナータ様、鬼ごっこしてるよ。私も混ざろうかな。」
「あらあら、微笑ましいわねえ。ああしていると、まるでただの少女のよう。」
ツバキとサリーは微笑ましくそれを見守っていた。
一方で、メリアスは檄を飛ばす。
「我らレィナータ様にお仕えする者がそのような腑抜けた態度でどうする!レィナータ様は我らの主人であるぞ!」
「メリアス。なんか元気になった?」
「あらあら、どうしてかしらね~。」
メリアスは、あれから木剣を腰に差すようになった。正当な騎士ではなくとも、『ままごと』の騎士である。
サリーは何があったのか薄々理解していた。メリアスの心の傷を癒す何かがあったと、そしてレィナータならそれをやり遂げると。
そうして宴は終わり、皆帰路に着く。
それはレィナータ達も例外でなく、郊外の屋敷へと帰っていく。
不穏な足音は人知れず近づいて来ており、安寧の喉元で舌なめずりをしていた。




