旧友ラヴラフト
叔父が死んだ。
親よりも、否、親代わりと言ってもいい程親しかった叔父が、つい先日唐突に死んだ。
今日はピアノのコンクールだった。
優勝者に与えられる10万円の賞金を目当てに、私は出場した。
親は、優勝はおろか、私がこの大会に出ていることさえ知らない。
あの舞台で観客の注目を独り占めした、あの気分の高揚は既に冷え去って、全員帰った荷物置き場には静寂と指先に硬い鍵盤の名残惜しさが薄く残っている。
部屋に唯一残された自身の荷物を手に取り、電車に遅れないように帰りの支度をする。
ボロボロのクリアファイルに、さらにボロボロの楽譜たちがバッグの中から顔を出している。
「いやぁ、良かったよ。ほんとにさ、この大会が全国規模じゃないのが、もったいないくらい。」
突然、背後から声をかけられた。
振り返ると、私と同じくらいの年齢、15歳くらいの青年。
整った真っ黒のスーツとは対照的に、顔は少々やつれたような、隠さず言えば酷い顔だった。
しかし、どこか見覚えのある顔だ。
「あぁ、俺の名前知らない?去年も同じクラスだったのに、酷いなぁ。」
私は思い出した。
彼は小中と同じ学校で過ごした、同級生。
特段私と仲がいいことも無い、クラスでも大人しく地味で印象に残らない、所謂「陰キャ」の人間。
苗字は確か、ミワだったはずだ。
字は分からないし、下の名前も覚えていない。
「なんだ、覚えてるんじゃないか。でも、嬉しいなぁ、君のような立派な人に名前を覚えていてもらえるなんて。」
夢を見るのは、眠りが浅い時らしい。
その割には、最近はネビロの起こす声でしか起きることができない。
あの一件が終わってから2ヶ月が経った。
黄泉竈食の花の事が気がかりで色んな人に聞いてみたが、あのメモを見た2人以外は、聞いたことも無いそうだ。
それと、出し忘れていたシアへの手紙を出した。
私とシアは元々捨て子で、正確な誕生日が分からない。
だから、孤児院に拾われた日を誕生日としているのだが、私とシアの拾われた日が同じなので、大抵セットで祝われていた。
手紙には、ちょっとした誕生日プレゼントも封入しておいた。
私がシアなら、泣いて感動するだろう。
「おーいウィ……って、今日は起きるのが早いな」
朝風呂に入っていたネビロが、部屋の扉からひょっこりと顔を出している。
そういえば、随分前のテストの打ち上げでネビロが「ひょっこりはん」をやっていたなぁと思い出した。
結局アレは何だったのだろうか。
こちらの世界に来てもう16年経つが、意外と分かっていないことが多い。
私のように、他にも転生してきた人間はいるのだろうか。
この国の街並みは、転生モノにありがちな、いわゆる中世ヨーロッパのような見た目だ。
東の島国には日本と中国をくっつけたような文化の国もあるようだし、元の世界の文化を踏襲したような形跡は多くある。
そんな事を考えていると、着替えているネビロが話し始めた。
「聞いたか?今日新入生がくるんだとさ。」
私は特に気に止めることもなく、「ふーん」と返した。
そしていつものように、魔法で出した温風でネビロの頭を乾かす。
最近のネビロは、自身の天然パーマを直すといって、早起きして朝風呂にはいっている。
直っていないし、治る気配もない。
新入生、というと、私が入学して以降は初めての入学者になる。
研究所の大人の話によればここ2年、入学者数を研究所が制限しているそうだ。
つまり、優秀な子供だけを生徒に取っているということだろう。
そんな中で選ばれた者、一体どんな奴だろうか。
ネビロの髪の毛が一通り乾いた後、廊下でアガリア、レティと合流し朝礼に向かう。
いつも通り、ドストフが壇上に立ち、端にはアルカンがいる。
ただ、いつもと違うところがひとつある。
「諸君、いい朝だ。秋が始まり、時期に山も森も深い朱色に染まるだろう。そして、だ。」
ドストフの隣に、見慣れないピンクがかった金髪の、童顔の青年がいる。
「紹介しよう!1年と数ヶ月ぶりの新入生だ。ラヴラフト君、挨拶をしてくれたまえ。」
壇上で、青年が「ええっとぉ……」などと言ってキョドっている。
ラヴラフト、それが彼の名前。
それなりに珍しい名前だが、私には聞き覚えがあったような気がする。
「はいっ、えーどうも!名前がね、ちょっと珍しいんですけれども、「ラヴラフト」って言います!諸事情で姓の方はないんですれども……前いた所ではね、皆からラフティって呼ばれてましたが、好きに呼んでくれても大丈夫っす!」
ラヴラフトは気まずそうにしている。
コイツは緊張や空気感を若干ヘラヘラすることで誤魔化すタイプだと分かる。
そして頭があまり良くなさそうだと言うことも分かる。
「えーっと、ドストフさん?なんか、好きな食べ物とか言った方がいいっすかね?」
「スキル名だけでいい。」
ドストフも、あまり気分が良くなさそうだ。
ドストフの対応を見る限り、私の時の方がまだマシだったように思える。
いや、トントンだろうか。
隣のネビロはいたたまれないような顔で見ている。
「あっ、そうですか。じゃあスキルの方を言わせていただきますね?えっと、俺もあんまし詳しくないんですけれども、何だったかな、〈植物マイスター〉っつったかな?なんかそんな感じなんですけれども。」
私の体がピクりと反応する。
私のスキルと同じだ。
ここの生徒で最も多いスキルは〈植物魔法使い〉のスキルだが、〈植物マイスター〉は、多少の方向性の違いはあるものの、基本的に〈植物魔法使い〉の上位互換スキルと認知されている。
もっと詳しく言えば、〈植物マイスター〉は〈植物魔法使い〉と〈植物学者〉の両方の技能を習得できるのだ。
だが、体が反応したのはきっと、そのせいではないんだろう。
あの男の事は忘れようと思っていたが、どうしてもこういうタイミングでは嫌でも思い出してしまう。
ネビロが肘でトントンと小突いてきた。
私と同じスキルだと気づいたようだ。
「まぁそういう事だ、仲良くしてやってくれたまえ。」
ドストフは、あとはアルカンに任せると言わんばかりに壇上から降り、はける。
在校生の私たちは新入生を特に気にかける事もなく普段通り訓練部屋に戻っていく。
ラヴラフトはアルカンに促され、ラーム達と同じチームになったようだ。
初日なのに、気の毒だ。
「ウィルフ、あといくら残ってる?」
「銀貨11...12枚くらい?次のクエストまでは十分持つよ」
私は風呂上がりにネビロとそんな話をしていた。
髪を乾かし、夕飯を食べに食堂に向かう。
ここに入学して数週間は食堂にある食べ物だけでも活動出来ていたが、やはり保存食のようなものばかりでは飽きがきてしまう。
今日は燻製した鶏肉と、ニワトリの足を揚げたやつを食べる。
ニワトリの足、前の世界で言うところの「モミジ」というやつだ。
見た目はグロテスクだが、美味いし慣れた。
「……何にそんなお金使ってんの?」
ネビロは尋ねた。
ネビロはどうも、お金を計画的に使うタイプのようで、家計簿のようなものを書いていたのを何度か見たことがある。
「楽器の整備、食費、あとはたまに本を買うくらいか。最近は読む時間ないけど。」
雑談していると、すぐに食堂に着いた。
普段の食堂では、たまにアジロと同じチームの女の人がアガリア達と話してたり、あまり関わってきていないチームの人達が静かに食事をとっていたりする。
だが、今日は意外な人達が騒がしくしていた。
「わかるぜ、鼻ピはクソ。間違いないね。」
ラーム達だ。
フォルネ、最初のテストの打ち上げで知り合ってから度々話すようになったシャックもいる。
そして、新入生ラヴラフトもだ。
「牛っぽいっスからねー」
4人は一つのテーブルを囲んで座っている。
初日にしては、妙に仲良さげだ。
「うーん、男の子がするとちょっと下品かもね。友達に開けてる子いたけど、その子は似合ってた。」
フォルネはコップの縁を撫でながら話す。
どうも、ラームとフォルネは同郷で、ここに入る前からの仲らしい。
我々の誇るべき熱々ヤンキーカップルだ。
「あれはどちらかと言うとフェチズムッスよね。俺の姉ちゃん鼻ピ開けてたッスけど、化膿して大変だったみたいスよ。」
シャックが机に置かれたスナックのようなものを一つ手に取り、口に運ぶ。
シャックはかなり童顔、なんならラヴラフトより年下にすら見えるが、実は私より十ヶ月、ラヴラフトとならまる二年程年上らしい。
トゲトゲの金髪と、口と耳のピアスが目立つ。
4人はピアスの話をしているようだ。
ネビロが話しかけに行く。
私としては、誰か1人、単体ならともかくとして、あの集団にはあまり絡まれたくないというのが本心だ。
「よぉラーム、そっちの子新入生だろ?」
ラームがニヤつきながらこちらを見た。
「よぉネビロ、紹介するぜ。コイツが「ラヴィ」ことラヴラフトだ。」
ラームの向かいに座ったラヴラフトがこっちを見ている。
中々、可愛らしくも整った顔立ちをしている。
髪で隠れかかっているが、よく見れば左耳の耳たぶにピアスが付いている。
「あぁ!ネビロ、ネビロ先輩。ラムジー先輩から聞いてますよ。「ラムジー先輩の」命の恩人!」
「え?俺そんな得の高いことしたっけ?」
ネビロが首を傾げる。
「違ぇよ、「俺が」「ネビロの」命の恩人な。」
ラヴラフトは「ええ〜そうでしたっけ」となどと笑っている。
空気は和んでいる。
「あぁ、あれはマジに感謝してるよ。ラームにも、ウィルフにもね。」
恐らく、2ヶ月前の作戦の事を言っているのだろう。
あの後は、少なくとも身近な人の命が脅かされるような事は起きていない。
ネビロとラヴラフトが握手している。
ネビロが私を紹介してくれようとしている。
「えっと、じゃあこっちも友人を紹介させてくれ。「ウィルフ」こと……」
ネビロが私の名前を言おうとした瞬間だった。
「ウィルフリード」
ラヴラフトが、ネビロの言葉を遮るようにそう言った。
初対面である彼知っているはずのない私の名前。
「ウィルフ」から推測した、とは思えない、確信を持っているような言い方。
ラヴラフトは私に近づいてくる。
「知ってますよー。朝、顔を見た瞬間に気づいたのに。ウィルフは気づいてくれないなんて。」
ラヴラフトは朝の自己紹介で、諸事情で姓がないと言っていた。
姓とは、家系、親から受け継ぐもの。
この世界で姓を持たない人間は、魔術的な意味合い、自分からそう名乗っていない限りは
正確な親が分からない「捨て子」だろう。
完全に思い出した。
孤児院時代、シアや私の後ろを、クマのぬいぐるみを抱きしめながらトコトコ着いてきていた、金髪の少年。
「お前、ラッフィーか……!」




