烏、もしくはケルベロス その1
視界を覆う黒炎にも似た炎。
放たれる熱気が、鼻先を焦がすように伝わってくる。
だが、その一閃は、何者かによって防がれた。
「ボケッとしてんな!ウィルフ!」
ラームの怒号。
瞬間、自身がラームに突き飛ばされ、後ろに転げたことに気がついた。
私は、周囲よりワンテンポ遅れて状況を理解する。
私を仕留めに来ていたマモンの不意打ちを、間一髪でラームが前に飛び出し、庇ったのだ。
本来なら、丸腰のラームは私を庇ってマモンの攻撃を素手で受け、それなりのダメージがあるはず。
だが、ラームは呻き声ひとつ上げない。
ラームは手に、短くも長くもない金属の棒を握っていた。
それも、一本ではない。三本だ。
その内の一本は、メイスのように先端に金属の礫のようなものがくっついている。
三節棍だろうか?いや違う。
ラームは、マモンを蹴りで牽制しつつ、三本の鉄の棒をくっつけ、組み立てていく。
すると、鉄の棒の接続部が溶接されたように、滑らかにくっついていく。
その形状を敢えて言うとすれば、「ロングメイス」と言ったところだろうか。
槍のようなソレを、ラームは器用に振り回す。
「ウィルフ君!」
オセは既に私の手を掴み、マモンから遠ざかろうと駆け出していた。
アジロはラームの後ろに、お得意の「毒鎌鼬」を構え、2人の完璧な臨戦態勢が整っていた。
「早くネビロ助けてずらかるぞ!」
体制を整え、走り出す私とオセに向けて、ラームはそう言った。
ラームはそのロングメイスを縦横無尽に振り回し、マモンに距離を取らせる。
「ラームお前……こんな所でそんな長物...不利にも程があるんじゃないか.....?」
通路は、それなりに広くはある。
だが、壁は依然として硬めの布に覆われている。
スピードタイプのマモンの前では、少しメイスの先が引っかかるだけでも命取りになり得る。
「コレが一番しっくりくンだよ...!テメェこそ、毒霧撒き散らしてフレンドリーファイアするんじゃねぇぞ」
この通路は、横幅はあるが、縦には長くない。
だが、気を抜いた一瞬を突かれれば、マモンに上を通り抜けられ、最悪の事態を招きかねない。
マモンの一撃によって大きく揺らいだこの場は、再び一気に緊張を高める。
「...時間稼ぎとは言えど、チャチャっとヤっちまうのもアリだよなァ?」
階段を駆け下り、薄暗い通路を突き進み、息も絶え絶えになっている事にも気が付かず、夢中で走る。
いつラームとアジロが突破されるかも分からない。
「オセさん!僕はこっちに来ていいんですか?!マモンと鉢合わせた時は僕も戦闘に参加するはずでは?!」
結界の解析、破壊はオセに一任されている。
一度マモンと面と向かって戦っている私としては、ラームとアジロが一緒にいたとしても勝てる気はあまりしないが、少なくとも私がいれば勝率は多少上がるだろう。
「これは僕の独断です...!ただ、僕の魔力捜査に引っかからなかったナニかがいる可能性と、ウィルフ君の高い魔力出力が迅速な結界の破壊に役立つと思ったからです...。」
私はオセの使える魔法をあまり詳しく知らない。
このネビロ奪還作戦が、綿密に練られたものなら、もっと早くオセの話に納得できただろうと、私は思った。
つい先刻まで、目の前の男がオセである事にすら気がついていなかったのだ。
私は「オセには人から魔力を供給させる、エナジードレイン的な魔法を使える」のだろうという事で飲み下す。
少々、沈黙が流れる。
沈黙、と言っても常に走り続けているので、全くもって静かではない。
私は以前、険しい顔をしている。
別に、個人的には嫌ではないのだが、この空気感に耐えかねたのか、オセが再び話し始めた。
「さっき、マモンとの会話の一部を研究所の本部に送りました。」
恐らくは、マモンと会敵した直後、或いはもっとずっと前から本部に逐一動向を報告していたのだろう。
「さっきのまばたきのモールス信号ですね」
一瞬、オセが面食らったようにこっちを見た。
こっちの世界では、モールス信号はそこまでメジャーな方法ではない。
むしろマイナー、オセの反応は正しい。
「...驚きました、よく分かりましたね。」
遠隔でメッセージを送る類の魔法では、物事を暗号化して送る手法が一般的だ。
ネビロの訓練をチラ見して、偶然知っていた。
ネビロも、オセに助けを求めた時は恐らくそうしたのだろう。
「...ウィルフ君、あのマモンの話、どこまでが真実でしょうか...」
それは、私が聞きたいくらいだ。
別に、こっちの世界基準では、それなりに学のある方だと自負してはいるが、あまり重要な事で頼られたくはない。
「...七、いや八割は嘘だと思っていい...でしょう。でも、ああいう狡猾な手口を持っている奴は、必ず嘘の中に真実を混ぜる。」
1つの真実が、100の虚実に現実味を持たせる。
いつかどこかで、そんな事を言っているやつがいたような気もする。
「...ウィルフ君、ひとつ思ったのですが...」
オセは、どこか確証を覚えた、否、覚えてしまったような口ぶりで、話し始める。
「...ネビロ君を悪魔召喚の為に攫った、にしては、ネビロ君の扱いが雑では無いでしょうか...先日のプルフラスの行動といい、我々をおびき寄せているようにすら思える。こうは考えられませんか...我々、特に鬼殲騎士団を、プルフラスを殺させる為にここまでおびき寄せた、と。」
...確かに、思いついてしまえば、それが真理のように思える説だ。
これが真実ならば、虚実は魔法陣や召喚方法の方か?恐らく違う。
そんな単純な話では、無いはずである。
「そして、召喚方法の方ですが...可能性としては、まず嘘であることが1つ。もう1つは、ネビロ君の名前で重要なのは家名であり、ネビロ君の親族でも召喚は可能であり、ネビロ君である必要はないと言う可能性。もう1つは...」
オセよりも考察力では大きく劣る私でも、大体察しがついてしまう。
「...既に召喚が終わっている、という可能性。」
私は下手に口を出せず、熟考しているような素振りを見せつつ、その実、聞いたことを整理しながら黙りこくることしかできなかった。
最下層に着く。
この奥に、ネビロと彼を囲う強力な結界がある事がなんとなくの肌の感覚で理解できる。
「ネビロ君はすぐそこに...でも、恐らく気絶している」
その理由を考えはしなかった。
生きてさえいればいい。今死ぬ可能性があるのは、マモンと対峙しているラームとアジロだ。
死者さえ出なければ、というのが今の私の最優先事項だった。
長めの通路、今度はさっきと打って変わって横に短く縦に長い。
突き当たりの角を曲がれば、直ぐにネビロを捉えている結界が目で確認できる。
そう思った瞬間だった。
壁を覆う布の一部に違和感を覚える。
いや、それだけでは、私が足を止める理由にはならなかった。
「...ウィルフ君?どうかした?」
...問題は音。
明らかに、空間に空気が入り込む音がした。
私は、その布を思い切り蹴破った。
「うわッ!...え?」
その布の奥は、壁ではなく空洞。
蹴破られた布は、開きっぱなしのドアに雑に覆いかぶされたようだった。
「...ここは間違いなくさっきまで使われてた...はずです。」
そう言って私は、ただでさえ弱い光が差し込むように布をビリビリに破いていく。
光に薄ぼんやり照らされたのは、机。そしてその上に置かれたかなりの数の資料。
「...ウィルフ君、それを回収してすぐネビロ君の所に向かおう。なにか嫌な予感がする。」
もちろん、そうするつもりだ。
部屋の中に入り、資料を手に取る。
薄暗く、当然何について書かれている資料なのかは検討もつかない。
だが、それでもよく見えるものがある。
───花の精巧な絵。
そして、この花を私はどこかで見たことがある。
「...オセさん、この資料...」
「...悪いけど急ぎだぞ!2人がいつまで持つか...」
もちろん、ラームとアジロ、ネビロの事は心配している。
だが、止められない疑問がある。
「..見たことがある...絶対に見たことがあるはずなんだ...!」
喉の奥につっかえて、もどかしさの中で今まで生きてきた31年間を、頭の中でぐるぐると思い返す。
転生後の16年、それもここ1、2年。
その資料を見ていると、妙に暗い情景が思い浮かぶ。
真っ暗ではないが、その情景の中で、はっきりと輪郭を捉えられたものは、それだけ。
輪郭、そう、輪郭を覚えているのだ。
「...黄泉竈食の花」
1年前、初めてあの研究所に来た時。
まだネビロもアガリアも、今関わっている人を誰も知らなかった時、アレを見た。
大きなガラスの培養槽、緑がかった大量の液体の中に浮かび、光を放つあの花を。
「何故ここに...?」
一人で呟いていると、不意に肩をがしっと捕まれ、振り向く。
「ウィルフ君!何やってるんだ早くしてくれ!」
鬼のような剣幕で、オセがウィルフの背後で叫んだ。
私は、この時冷静さを欠いていた。
後から思えば、この時すぐにネビロを助けに行かなかったのは、直近のストレスのせいだったのかもしれない。
それか、一酸化中毒だろう。
「黄泉竈食の花!私はこれを見たんだ!ドストフに初めて会ったあの日!あの場所で!」
私は続けざまに叫ぶ。
「あの研究所...いや、ドストフは私達に何を隠してるんだ!」
オセが知っている確証は無かった。
いや、結果から言えばオセは知っていた。
本来、このことについて知らないのは私の方だった。
その後の沈黙は、その場の熱気も相まって、永遠のように長く感じた。
オセは口を開く。
「.....まさか、ドストフさんが教えた...?ウィルフ君に...?」
オセは、驚いたような、呆気に取られたような感情の混じった表情をしていた。
もっとも、その顔は私にはあまりよく見えなかった。
それは逆光があったからかもしれない。
...扉の外が赤く光っている。
オセは私の視線に気が付き、振り向く。
「...!マモンか!?」
そう口走ったオセは、魔力探知を使ったのか、急に振る舞いを変え、私の手を引っ張り、扉の外に出る。
「...なんッ...」
扉の外にはもう、火の手が迫っていた。
壁一面に貼り付けられた、質の悪い布。
「やはり誘われていた...!最初から全員焼き殺す気で...ッ!」
マモンは恐らく2人と戦闘を始めた後、ひっそりと何らかの方法でここの壁に火を放った。
私達はこの地下に侵入した時点で罠にかかっていた。
「...いや、少し違います、ウィルフ君」
そう言ってオセは、魔法で炎に水をかけた。
すると、ジュッと音を立てて火が消えた。
「火が消える...こんな簡単に...」
ウィルフは思い出す。
ネビロがマモンに連れ去られる直前、マモンは魔族しか使えない「獄炎魔法」を使用していた。
先程の不意打ちも、獄炎魔法かは分からないが、普通の炎では無かった。
獄炎魔法は普通の魔法よりも、より高位の魔法とされる。
それならば炎の性質も、魔法ではない普通の炎よりも多少は消えにくい、少なくとも消えにくく出来るはず。
出来ないのならそれはそれで、あえてこんな殺し方を選ぶ理由が無くなる。
「...わかってきた」
マモンは魔族、知能が低い魔物とはわけが違う。
奴の狙いは、窒息
前回から久しぶりの更新になりますので、ちょっと口調が変わってたり、人の呼び方が変わってたりするかと思われますが、気にしないでいただけると幸いです。




