キミが最強になることを、今から証明しようか。――EP.5
[You'ill be invincible.――EP.5]
「1つ強くなったね。さあ、次のステップだ」
ツヅリはそう言って笑った。
◆
「来たよ」
彼女は愉快そうに言う。
その時、低い唸り声が聞こえた。
音の出所は不明。
しかし、原因なら知っている。
唸音蛙
コイツの唸り声は厄介だ。
聞き続けると三半規管が狂い、立つことすらできなくなる。
しかし、対処は簡単。
耳栓。
これだけ。
無ければ丸めた布切れでも何でも十分。
音は完全に遮断できないが、三半規管が狂うまでの時間を伸ばせる。
それまでに敵の位置を突き止めれば良い。
耳をふさげない生物もいる。
例えば、魚。
そういう生物に唸音蛙は天敵だろう。
しかし、人間は器用だった。
耳栓越しに聞こえるくぐもった音。
反響を注意深く聞き分け、音のする方へ。
「こっちだ」
口の形で伝える。
ツヅリは指で「OK」マークを作る。
走り出す。
次第に大きくなる唸り声。
間もなく、洞窟の行き止まりにたどり着く。
そこに巨大なカエルがいた。
口の中に人間を数人は納められるかという巨大さ。
イボだらけでヌルヌルと湿った皮膚。
鮮やかな紫色が毒々しい。
コイツが唸音蛙。
俺たちに気付いた敵は、大きく口を膨らませる。
これだけの巨体。
吐き出す音もそれ相応。
音と言うよりか、もはや爆発。
人間の鼓膜などたやすく破るほど。
しかし、
「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」
膨らませた頬は、例えばパンパンに膨れた風船だ。
突けば簡単に破れる。
鉄槍はカエルの分厚い皮膚を易々と貫いた。
しゅー、と音を立てながら空気が漏れる。
ここまで使用した関数はわずかに1回。
つまり、消費した金も最低限。
上出来だ。
「詰みだな」
巨大カエルの漆黒の眼。
不安そうに俺を見た。
◆
「雑魚だったな」
切り刻んだカエルの死体を見下ろしながら、コンソールを開く。
[>>> Humming toad defeated. 331.00(JPY) aquired]
「唸音蛙を撃破。約300円獲得」
という意味だ。
「2回も死んだくせにー」
張り出した根に腰かけて、ツヅリが茶々を入れる。
耳栓という攻略法を発見するまでに1回。
爆音の対処法を発見するまでに1回
合計2回、死んだ。
本当に死ぬ寸前、ツヅリに助けられたけど。
「もう死なねえけどな」
「うん。その意気だよ。でも、早かったね」
「何が?」
「1層の面倒な敵は大体、倒したからね」
「じゃあ、2層に行こうぜ」
「エン。だいたい、だよ?」
「まだ何かいるのか?」
「うん。1番ヤバイのが残ってる」
「マジかよ……」
「今日の締めに行ってみる? もう少し潜れば会えると思うよ」
「儲かるのか?」
「今までの敵よりは、ね」
「行こうぜ」
「現金だなぁ」
さらに地下へと降りる。
ここまで降りると日光もほとんど差し込まない。
心なしか空気も湿り気を帯びる。
洞窟らしさが増した。
探索用の角灯を点ける。
「どんな動的対象《MOB》なんだよ?」
「うーん。一言でいえば巨大かな」
「今までの敵もそれなりに大きかったぞ?」
今、倒したばかりのカエルとか。
「それなり、でしょ? 次のは比較にならないよ」
「そんなにか……。あ。でも、ちょっと待てよ」
「どうしたの?」
「ここは洞窟だろ?」
「そうだね?」
何を当たり前のことを。
不思議そうな顔をしながらツヅリは答える。
「いや。ここは洞窟だから、そんなに巨大な敵がいても動けないと思ってさ」
「うん。だから、めちゃくちゃ小さいよ」
「……どういう意味?」
からかっているのか。
「見た方が早いかなー。ほら。来たよ」
ツヅリが指さした。
数秒後、闇の中から微かに
「キーン」
という高音が聞こえた。
しかし、聞こえるだけ。
一向に姿を見せない。
「エン! 来てる! 来てるって!」
ツヅリが言った。
「え?」
何も見えない。
「そこ!」
目を凝らす。
「あ!」
いた。
確かに、そこにいたのだ。
暗闇に甲虫サイズの羽虫が漂っていた。
内臓が透けて見える半透明の身体。
暗闇ではきわめて視認しにくい。
やけに大きな翅を高速で動かしている。
それが音の出所か。
「小っさ!」
思わず声に出る。
巨大とは何だったのか。
確かに、羽虫としては規格外の大きさだが。
しかし、そんな考えはすぐに捨てる。
油断は命取り。
何回か死んで学んだ。
後ろに跳んで距離を取る。
「良いね」
そんな俺の様子を見てツヅリが笑う。
まずは観察。
あの大きさだ。
物理的な脅威は無いだろう。
ということは、もっと別の何か。
例えば毒。
もしくは先ほどから響くこの高音か。
唸音蛙と同じように、音を聴かせることで相手に害を与えるタイプ。
それなら、すぐにも潰さねば。
短剣を振りかざしながら突貫。
「宣言:関数 早業 大戦槌」
短剣を振るう、と同時にそれは巨大なハンマーに変化。
鋼鉄の鎚が羽虫を叩き潰す。
あっけないほどに手応えが無い。
「え……」
戦槌をインベントリに戻す。
後には、ガラスのように粉砕された羽虫の死骸。
「……あれ。勝った?」
「勝ったねぇ」
ツヅリがいたずらっぽく笑う。
短い付き合いだけど、分かったことが有る。
コイツがこの表情をしている時、ろくなことがあった試しがない。
その時、羽音が聞こえた。
「いや、これは……」
音はどんどん大きくなる。
「おい。これ、やばいだろ!」
音が空気を振るわせる。
振動を肌で感じられるほど。
ツヅリは笑う。
「勝ったよ。その1匹には、ね」
目を凝らす必要も無かった。
羽虫の集団。
それも洞窟を埋めつくすほどの。
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総資産:98,173(日本円)




