キミが最強になることを、今から証明しようか。――EP.3
[You'ill be invincible.――EP.3]
迷宮都市ゲーテ。
都市という名前だが、遠目には巨大な樹だ。
巨大と言っても常軌を逸している。
先端が雲をかすめるほどの高さなのだ。
約850メートル。
墨田区にそびえるスカイ・ツリィを軽く超える。
しかし、主役はこの樹ではない。
大樹の根に抱かれながら、地下に広がる大迷宮。
その入口に俺はいた。
「じゃ、行こうか」
コンビニでも行くような調子でツヅリは言う。
「待て待て待て。準備は?」
「要らんよ」
「要るよ!」
「エンはウサギちゃんだなー」
「どういう意味だよ?」
「ウサギちゃんって意味」
「この迷宮、1線級のプレイヤでも死ぬんだろ?」
「深層ならね。大丈夫、大丈夫。今日はお試しだから。潜っても2層までかなぁー」
「それなら……」
最難関ダンジョンに足を踏み入れる。
「ここがゲーテの地下迷宮……」
これまでに発見された迷宮の中で、最大にして最難関。
「ふあぁー」
しかし、隣であくびをする少女が1名。
緊張感の欠片も無い。
冒険の高揚というか、覚悟というか、そういう感情を返して欲しい。
「ん。どーかした?」
「別に……」
地下へと続く迷宮を歩く。
そこは複雑に絡まった根の隙間だ。
隙間と言えども、巨大樹の根。
人が通るのに十分な空間があった。
「深い森って感じだな……」
「1層はねー」
「2層は?」
「それはまた後で。来たよ。お客さんだ」
根の間には無数の泉が湧いていた。
溢れる水は川はとなって地下へと流れていく。
そんな川の水面が盛り上がる。
突如、水中から現れる巨大な生物。
「ザリガニ!?」
振り上げるのは巨大なハサミ。
「宣言:関数 早業」
出現する巨大な剣。
壁となってハサミを受け止める。
轟音。
そして、火花。
ツヅリは動じない。
俺がその一撃を止めると分かっていたかのように。
凛と立ち、目の前の敵を見据える。
そして、言った。
「大丈夫。湖女王蟻の方が強いから」
「当たり前だろ」
アレより強い動的対象《MOB》がほいほい湧いたら困る。
「宣言:関数 早業 鋼鉄の短剣」
愚者の剣がナイフに変える。
跳んで下がる。
「どうするの?」
遠くから眺めるツヅリは、からかうように問う。
俺の身長を超える巨大なザリガニ。
イボだらけでヌメヌメとした茶色の体表。
動物特有の白い部分が無い目。
改めてみると不気味な生物だ。
宇宙人のみたに。
正直、何をしてくるか分からない。
ならば、
「先手必勝!」
短剣を投げる。指先が離れる直前――
「宣言:関数 早業 鉄槌」
関数を呼び出す。
短剣は巨大な鎚に変化。
一直線に飛翔。
ザリガニの胴体を捉える。
甲殻に放射状のひび割れ。
やはり、固い殻には打撃が有効だ。
「宣言:関数 鉄槌」
追加の鉄槌が飛ぶ。
その時だ。
「しゅーーーー」
ザリガニが泡を吐いた。
飛翔する鉄槌が泡と衝突。
瞬間、どす黒く変色。
まるで砂のようにボロボロに崩れ落ちる。
この泡、腐食性の強毒か。
「しゅーーーー」
ザリガニはさらに泡を吐く。
気づけば、周囲に漂う泡、泡、泡。
空間を埋めつくす。
俺は身動きが取れないでいた。
「ん-、詰みだねぇ」
そんな様子を見てツヅリは呟く。
そして、
「宣言:関数 劫火―」
そっと囁く。
――引数:温度上限」
穏やかな声と裏腹に、現象は強烈。
ツヅリを中心に燃え盛る炎が渦を巻く。
「うおっ!?」
熱で肌が痛い。
炎が起こす風で身体が浮く。
熱で目を開けることも困難。
そんな大火が周囲を舐め尽くす。
気づけば泡は消えていた。
川が沸騰している。
そんな即席の鍋の中、真っ赤に茹で上がったザリガニ。
何本も生えた節足をピクピクと震わせるばかり。
「エン。とどめ」
ツヅリが言う。
「お、おう……」
ハンマーを何度も叩きつけて頭を潰す。
コンソール画面に通知。
[>>> 392(JPY) aquired]
392円獲得。昨日のアリの約10倍。
「今の、中ボスとか?」
「まさか。雑魚だよ」
「これで……」
腐食性の泡で周囲を埋めつくす攻撃。
それでいて固い装甲。
おまけに力強いハサミ。
これで普通の雑魚。
しかも、最も浅い階層の。
「これがゲーテの地下迷宮……」
思わずつぶやく。
すると、ツヅリはあり得ないことを言う。
「うん。これがゲーテの大迷宮。キミの目標はその最下層まで行くことだね」
「ふざけてんのかよ!?」
「本気」
「本気?」
「本気本気。キミならできる。大丈夫。その手順を今から説明するから」
当たり前のようにツヅリは言う。
「で、今の敗因は?」
「……泡かな」
怪物が吐く腐食性の泡。
おかげで身動きが取れなくなった。
「そうだけど、ちょっとズレてるかな」
「ズレてる?」
「キミさ、さっきのザリガニの口、見てた?」
「いや……」
振り上げた巨大なハサミに目を奪われて、口まではきちんと見ていなかった。
「実はね、泡を吐き出す前、口が妙にモゴモゴ動いてたんだよ」
「……きちんと見ていれば、あの泡は避けられたってことか?」
「そゆこと。キミ、やっぱり賢いね」
ツヅリは満足そうに笑う。
そして、胸を張って語り始める。
「動的対象《MOB》の口はね、攻撃の起点になる場合が多いんだよ。それから弱点にも、ね」
「なるほど……」
確かに、牙が生えていたり、毒液を吐くのも口だ。
そして、モノを食べるという性質上、極端な甲殻で覆うことはできない。
弱点にもなり得るのだ。
「なるほど……」
その時だ。
「じゃあ、行ってみようか。リベンジマッチ」
ツヅリが言う。
目の前に2体目が現れた。
ザリガニの死体に釣られたらしい。
彼らからすれば同族の死体もエサなのだ。
「勝てるよねー?」
ツヅリはとぼけたように言う。
「上等!」
目を凝らす。
確かに、ザリガニの口元がモゴモゴと動いている。
泡を吐く前兆だ。
短剣を抜く。
「宣言:関数 早業 鉄槌」
投げた瞬間、巨大な槌に変化。
勢いそのままに飛翔。
ザリガニの口を直撃。
ボタボタと体液と腐食液が零れ落ち、地面を溶かす。
「っし!」
攻撃を封じることに成功。
しかし、致命傷には遠い。
ハサミを振り上げる敵。
先ほどの負けは、口元の泡に気づけなかったこと。
つまり、きちんと相手を観察できなかったこと。
教訓を活かすのだ。
だから、今度は見る。
そして、気付く。
確かに、ザリガニの甲殻は頑丈。
しかし、間違いなく弱い部分も在る。
脚だ。
稼働させる以上、節、つまり装甲の薄い部分を造らざるを得ない。
「宣言:関数 早業 鉄槌」
勢いよく飛ぶ鉄槌。
数本まとめてザリガニの脚を砕く。
「いいね」
ツヅリは口の端を吊り上げる。
「百点満点」
彼女は言った。
脚を砕かれて体勢を崩すザリガニ。
すかさず距離を詰める。
その頭部が良い高さにあった。
片手には短剣。
「宣言:関数 早業」
振り下ろす瞬間、巨大な剣に変化。
俺は10万円プレイヤ。
最弱の部類だ。
STR(筋力)も無い。
しかし、あとは重力が仕事をしてくれる。
大剣はその重みで、ザリガニに墜ちる。
断頭台。
首の無い頭部が、胴体と泣き別れる。]
「勝てた……?」
思わず呟く。
とんでもない強敵だと思った。
しかし、戦い方を工夫すれば、勝てない相手ではない。
(いや。ちょっと待てよ。これ、すごいんじゃないか……?)
【計画】の攻略法は、ほとんど公開されていない。
当然だ。
このゲームでは、敵を倒せば本物の金が手に入る。
【計画】の攻略法とは、つまり、金を稼ぐ方法だ。
そして、確実に金を稼ぐ方法が在ったとして、それを公開するだろうか。
怪しいネットの広告ではないのだ。
普通は独占する。
仮に共有したとしても、本当に親しい身内だけ。
しかし、彼女はそんな情報を教えてくれるらしい。
出会って間もない俺に。
一体、彼女の狙いは……?
ぱちぱちぱち。
ツヅリは無邪気に拍手していた。
「おめでとう。1段、強くなったね。……最強は遠いけどねぇ」
ツヅリは笑う。
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総資産:95,309(日本円)




