キミが最強になることを、今から証明しようか。――EP.2
[You'ill be invincible.――EP.2]
「やあ。おはよう」
【計画】にログインすると、そこにツヅリがいた。
「なんで居るんだよ……」
「君を強くするために来ました」
清々しい笑顔で、迷惑極まりないことを宣言した。
【計画】におけるログアウトは意識が途切れるだけ。
ログアウト中は無防備な身体が晒され続ける。
だから、その間の安全確保が重要だ。
俺は井戸の枯れた集落に一室を借りた。
NPCは協力的。
少なくとも寝込みを襲われることは無い。
危険が迫れば可能な範囲で守ってもらえるだろう。
しかし、問題は地下水路の近くということ。
案の定、こうしてツヅリに見つかってしまった。
「帰ってください」
「却下」
彼女は断言する。
「嫌なら、逃げるなり追い払うなりすれば良いんじゃない?」
どちらも不可能。
巨大なMOBを意のままに操り、複数の原典を使いこなす。
そんな彼女を撃退するどころか、逃げることすら難しい。
分かっているからツヅリはそう言うのだ。
うっすらと笑いながら。
だから、こうして彼女と話し続ける他にない。
「何の用だよ?」
「ん? 言った通りだよ。君を強くしに来たんだって」
「勘弁してくれよ」
「あー、違う違う。本当に君を強くしに来ただけ」
「……相棒がどうこうって話は?」
「それは諦めてないけどね」
「諦めてくれよ」
「や!」
迷いのない否定。
「……怪しいんだよな」
「どうして?」
小首をかしげるツヅリ。
「あんたさ、無理矢理でも俺を従わせられんだろ?」
「できるね。しないけど」
「何でだよ?」
「ボクが欲しいのは相棒からさ。力づくで言うことを聞かせても、それは奴隷だ」
キミが奴隷になりたいならするけどね、と付け足す。
笑えない。
「先義後利ってやつだよ」
胸を張ってツヅリは言う。
センギコウリ。
ああ。先義後利か。
日常で使わない言葉なので変換に時間を要する。
つまり、
「信頼を得たいならば、まずは相手の役に立ちなさい」
という意味の有難いお言葉。
彼女はおもむろに手帳を取り出す。
見た目は小汚い紙の束。
しかし、ここは仮想現実。
表紙をめくれば、滑らかな画面にテキストエディタが現れる。
ほとんど携帯端末と同じ。
「何それ?」
「「死ぬまでに言いたいセリフ」リストだけど?」
歯ブラシですけど何か、みたいな調子で答えないで欲しい。
「死ぬまでに言いたいセリフ」リストは一般的な代物ではない。
少なくとも俺は知らない。
首だけ動かしてに覗き込む。
ツヅリはせっせと「先義後利」というセリフに線を引いていた。
言った直後、人前で実績を開放するのはどうかと思う。
「……それ、減ってんのかよ?」
「むしろ増えてるね」
「使う機会も無さそうな言葉だよな」
「そもそも、ボクは人と喋る機会が無いからね……」
最後に話したのは何か月前だったかな、と思い返している。
「大丈夫かよ?」
と、問いかけて止める。
現実世界のことを詮索するのはマナー違反だ。
「会話が久しぶり過ぎて夢中になってしまったよ。話題が逸れたね。じゃあ、強くなりに行こうか」
そう言って立ち上がるツヅリ。
「待て。何であんたについていく前提で話が進んでんだよ?」
「強くなりたくないの?」
「なりたいよ」
「じゃ、なろう」
「リスクは冒せない。言っただろ? 生活懸かってんだよ」
「うん。行こう」
「おい!」
「キミはアレだね? 強くなりたいけど危険は冒せない。そう言ってるんだね?」
「だからそうだって」
「それなら大丈夫だって」
飄々《ひょうひょう》と、ツヅリは答える。
「強くなれるし、リスクも無いから」
この上なく怪しい。
ネットで見かける
「1日5分で月収50万円」
とかいう宣伝と同じくらい怪しい。
「エンは臆病だね。ウサギちゃんって呼んで良い?」
「嫌だ」
「分かった。ウサギちゃん」
「おい」
「見て。これ」
彼女はコンソールを開く。
[>>> total complexity: 108,924,119(JPY)]
「は?」
つまり、総資産1億円以上。
「なに、これ?」
「総資産。ボクの」
ソウシサン。ボクノ。
「え?」
「ボク、1億円プレイヤなんだ」
「これ、日本円《JPY》? 韓国ウォンとかじゃなくて?」
「日本円。JPYって書いてあるでしょ?」
「嘘だろ……」
「本当。だから、リスクは無いよ。正確に言えば限りなくゼロ。ボクと一緒に居れば、ね?」
「何者だよ、あんた?」
数百万円級のプレイヤで上級者と呼ばれる。
一部のトップランカでも数千万円級。
1億円。
桁が違う。
文字通り。
ちなみに俺は10万円プレイヤだが。
「知りたいなら教えてあげる。キミがボクの相棒になってくれるならね」
そう言われて、それ以上は何も問えなくなる。
「納得したところで行こうか」
「いや。待ってくれ」
「まだ何か有るのー?」
明らかに不満そうなツヅリ。
「リスクは有るよ」
俺は言う。
「どこに?」
確かに、1億円クラスのプレイヤと一緒ならばどんな敵にもまず負けない。
しかし、
「あんた自身だよ」
指さす。
「がうっ!」
その指を噛まれそうになる。
「な、何すんだよ!?」
「さっきから、その『あんた』って言うの好きくないなぁ。次は本当に噛むから」
カチカチ、とその整った並びの歯を鳴らして見せる。
「……分かった。確かにツヅリといればまず負けない。逆に言えば、ツヅリには誰も勝てない」
彼女に悪意が在ったとして、誰も止められないのだ。
「んー……、まあ、そうなるか。じゃあ、これで」
彼女は言う。
「宣言:関数 運命の輪」
ツヅリが関数を使用。
つまり、世界を書き換える。
一瞬、身構える。
しかし、何も起こらない。
「何をした?」
「見てて」
ツヅリは白い八重歯で親指を噛む。
紅い血の雫が浮き出した。
瞬間、ヒリリと俺の親指に痛みが走る。
見れば、赤い血がにじんでいた。
俺は何もしていない。
しかし、ツヅリが親指の皮膚を切ると、俺の親指の皮膚も切れた。
「運命の輪。[巫女]の関数だね。プレイヤの命を共有する」
「ってことは?」
「キミに何かすれば、ボクも死ぬ」
本当か。
短剣を抜く。
手の甲を微かに切る。
「おそろいだね」
ツヅリは笑いながら手の甲を見せる。
赤い切り傷が走っていた。
俺の手の甲と寸分違わぬ位置に。
つまり、ツヅリの弱みを握ったことになる。
それは俺自身。
俺が死ねば、ツヅリも死ぬ。
一蓮托生。
そんな言葉が相応しい。
「他に不安が有るなら何でも言って。1つ残らずボクが消してあげるから」
そっと、俺の肩に手を置いて、ツヅリは言う。
「……強くなるって、具体的には何をするんだ?」
「迷宮都市に行く。第7階層を目指す」
迷宮都市ゲーテ。
その地下には広大な迷宮が広がっていた。
現在、発見されている迷宮の中では最大規模。
難易度も最高峰。
稼ぎもこんな辺境の洞窟の稼ぎと比べ物にならないだろう。
ただ、その迷宮を目当てに多くのプレイヤが集まる。
効率の良い狩場は上級者に占有されているのだ。
ただ、1億円プレイヤが一緒ならそれも問題ない。
そして、その1億円プレイヤの弱みは俺が握っている。
子どもでも分かる。
これ以上無い好条件。
「……どうして、そこまでして俺を?」
「言ったじゃん。キミは最強になるからね」
ふてぶてしく、彼女は言った。
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総資産:95,169(日本円)




