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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
11/204

キミが最強になることを、今から証明しようか。――EP.2

[You'ill be invincible.――EP.2]

「やあ。おはよう」


 【計画】にログインすると、そこにツヅリがいた。


「なんで居るんだよ……」

「君を強くするために来ました」


 清々しい笑顔で、迷惑極まりないことを宣言した。


 【計画ザ・プロジェクツ】におけるログアウトは意識が途切れるだけ。

 ログアウト中は無防備な身体が晒され続ける。

 だから、その間の安全確保が重要だ。


 俺は井戸の枯れた集落に一室を借りた。

 NPCは協力的。

 少なくとも寝込みを襲われることは無い。

 危険が迫れば可能な範囲で守ってもらえるだろう。


 しかし、問題は地下水路の近くということ。

 案の定、こうしてツヅリに見つかってしまった。


「帰ってください」

「却下」


 彼女は断言する。


「嫌なら、逃げるなり追い払うなりすれば良いんじゃない?」


 どちらも不可能。

 巨大なMOBを意のままに操り、複数の原典を使いこなす。

 そんな彼女を撃退するどころか、逃げることすら難しい。

 分かっているからツヅリはそう言うのだ。

 うっすらと笑いながら。

 だから、こうして彼女と話し続ける他にない。


「何の用だよ?」

「ん? 言った通りだよ。君を強くしに来たんだって」

「勘弁してくれよ」

「あー、違う違う。本当に君を強くしに来ただけ」

「……相棒がどうこうって話は?」

「それは諦めてないけどね」

「諦めてくれよ」

「や!」


 迷いのない否定。


「……怪しいんだよな」

「どうして?」


 小首をかしげるツヅリ。


「あんたさ、無理矢理でも俺を従わせられんだろ?」

「できるね。しないけど」

「何でだよ?」

「ボクが欲しいのは相棒からさ。力づくで言うことを聞かせても、それは奴隷だ」


 キミが奴隷になりたいならするけどね、と付け足す。

 笑えない。


「先義後利ってやつだよ」


 胸を張ってツヅリは言う。


 センギコウリ。

 ああ。先義後利か。

 日常で使わない言葉なので変換に時間を要する。

 つまり、


「信頼を得たいならば、まずは相手の役に立ちなさい」


 という意味の有難いお言葉。


 彼女はおもむろに手帳を取り出す。

 見た目は小汚い紙の束。

 しかし、ここは仮想現実。

 表紙をめくれば、滑らかな画面にテキストエディタが現れる。

 ほとんど携帯端末と同じ。


「何それ?」

「「死ぬまでに言いたいセリフ」リストだけど?」


 歯ブラシですけど何か、みたいな調子で答えないで欲しい。

 「死ぬまでに言いたいセリフ」リストは一般的な代物ではない。

 少なくとも俺は知らない。


 首だけ動かしてに覗き込む。

 ツヅリはせっせと「先義後利」というセリフに線を引いていた。

 言った直後、人前で実績を開放するのはどうかと思う。


「……それ、減ってんのかよ?」

「むしろ増えてるね」

「使う機会も無さそうな言葉だよな」

「そもそも、ボクは人と喋る機会が無いからね……」


 最後に話したのは何か月前だったかな、と思い返している。


「大丈夫かよ?」


 と、問いかけて止める。

 現実世界のことを詮索するのはマナー違反だ。


「会話が久しぶり過ぎて夢中になってしまったよ。話題が逸れたね。じゃあ、強くなりに行こうか」


 そう言って立ち上がるツヅリ。


「待て。何であんたについていく前提で話が進んでんだよ?」

「強くなりたくないの?」

「なりたいよ」

「じゃ、なろう」

「リスクは冒せない。言っただろ? 生活懸かってんだよ」

「うん。行こう」

「おい!」

「キミはアレだね? 強くなりたいけど危険は冒せない。そう言ってるんだね?」

「だからそうだって」

「それなら大丈夫だって」


 飄々《ひょうひょう》と、ツヅリは答える。


「強くなれるし、リスクも無いから」


 この上なく怪しい。

 ネットで見かける


「1日5分で月収50万円」


 とかいう宣伝と同じくらい怪しい。


「エンは臆病だね。ウサギちゃんって呼んで良い?」

「嫌だ」

「分かった。ウサギちゃん」

「おい」

「見て。これ」


 彼女はコンソールを開く。


[>>> total complexity: 108,924,119(JPY)]


「は?」


 つまり、総資産1億円以上。


「なに、これ?」

「総資産。ボクの」


 ソウシサン。ボクノ。


「え?」

「ボク、1億円(ミリオンダラァ)プレイヤなんだ」

「これ、日本円《JPY》? 韓国ウォン(KRW)とかじゃなくて?」

「日本円。JPYって書いてあるでしょ?」

「嘘だろ……」

「本当。だから、リスクは無いよ。正確に言えば限りなくゼロ。ボクと一緒に居れば、ね?」

「何者だよ、あんた?」


 数百万円級のプレイヤで上級者と呼ばれる。

 一部のトップランカでも数千万円級。


 1億円。

 桁が違う。

 文字通り。


 ちなみに俺は10万円プレイヤだが。


「知りたいなら教えてあげる。キミがボクの相棒になってくれるならね」


 そう言われて、それ以上は何も問えなくなる。


「納得したところで行こうか」

「いや。待ってくれ」

「まだ何か有るのー?」


 明らかに不満そうなツヅリ。


「リスクは有るよ」


 俺は言う。


「どこに?」


 確かに、1億円クラスのプレイヤと一緒ならばどんな敵にもまず負けない。

 しかし、


「あんた自身だよ」


 指さす。


「がうっ!」


 その指を噛まれそうになる。


「な、何すんだよ!?」

「さっきから、その『あんた』って言うの好きくないなぁ。次は本当に噛むから」


 カチカチ、とその整った並びの歯を鳴らして見せる。


「……分かった。確かにツヅリといればまず負けない。逆に言えば、ツヅリには誰も勝てない」


 彼女に悪意が在ったとして、誰も止められないのだ。


「んー……、まあ、そうなるか。じゃあ、これで」


 彼女は言う。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション 運命の輪リング・オブ・フェイト


 ツヅリが関数を使用。

 つまり、世界を書き換える。

 一瞬、身構える。

 しかし、何も起こらない。


「何をした?」

「見てて」


 ツヅリは白い八重歯で親指を噛む。

 紅い血の雫が浮き出した。

 瞬間、ヒリリと俺の(・・)親指に痛みが走る。

 見れば、赤い血がにじんでいた。


 俺は何もしていない。

 しかし、ツヅリが親指の皮膚を切ると、俺の親指の皮膚も切れた。


「運命の輪。[巫女シュライン・メイデン]の関数だね。プレイヤの命を共有する」

「ってことは?」

「キミに何かすれば、ボクも死ぬ」


 本当か。

 短剣を抜く。

 手の甲を微かに切る。


「おそろいだね」


 ツヅリは笑いながら手の甲を見せる。

 赤い切り傷が走っていた。

 俺の手の甲と寸分違わぬ位置に。


 つまり、ツヅリの弱みを握ったことになる。

 それは俺自身。

 俺が死ねば、ツヅリも死ぬ。

 一蓮托生。

 そんな言葉が相応しい。


「他に不安が有るなら何でも言って。1つ残らずボクが消してあげるから」


 そっと、俺の肩に手を置いて、ツヅリは言う。


「……強くなるって、具体的には何をするんだ?」

「迷宮都市に行く。第7階層を目指す」


 迷宮都市ゲーテ。


 その地下には広大な迷宮ダンジョンが広がっていた。

 現在、発見されている迷宮の中では最大規模。

 難易度も最高峰。

 稼ぎもこんな辺境の洞窟の稼ぎと比べ物にならないだろう。


 ただ、その迷宮ダンジョンを目当てに多くのプレイヤが集まる。

 効率の良い狩場は上級者に占有されているのだ。

 ただ、1億円プレイヤが一緒ならそれも問題ない。

 そして、その1億円プレイヤの弱みは俺が握っている。


 子どもでも分かる。

 これ以上無い好条件。


「……どうして、そこまでして俺を?」

「言ったじゃん。キミは最強になるからね」


 ふてぶてしく、彼女は言った。





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:95,169(日本円)


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