セイレーンの歌 Ⅷ
俺は出されたお茶に、口をつけるのを躊躇った。
もちろんエスティアに何か疑いを持っているわけでは無いのだが、出されるお茶に関しては多少のトラウマもある。
「どうぞ香りだけお楽しみ下さいませ。ユケイ様にはいろいろございましたからね。それより、わたくしユケイ様といろいろお話しがしたいんです」
エスティアそう言いながら侍従に合図を送ると、侍従はハープに似た楽器を準備した。
もてなしてくれるということなのだろうが、俺にはここで時間を潰す余裕はない。
一刻も早くここを立ち去る為には、目の前のお茶を飲み干してしまった方がいいのだろうか?
そういえば今日、俺は舞踏会に向かう前、前室でウィロットが入れるお茶を飲むことが出来なかった。
それはいったい、なぜだっただろうか・・・
「あれ・・・?」
何かが頭をよぎる。
不思議そうな顔で、エスティアが俺を覗き込む。
「ユケイ様、どうなされましたか?」
「あの、このお茶はどうやって沸かしましたか?」
「それはもちろん竈門で・・・じゃないかしら?」
エスティアのような身分の人間が、当然自分で湯を沸かすことなどない。
会話を聞いていた侍従が、身振りでそっと部屋の隅を指し示した。
そこには小さな竈門があり、微かに灯る赤い光から、そこには炭が焼べられているのがわかる。
「薪ではなく炭ですか?」
今度は侍従が不思議そうな表情を浮かべ、エスティアに発言の許可を得るとこう答えた。
「前室の中で薪を使うことは無いかと思います」
たしかにそうだ。
工房や厨房ならまだしも、もしくは冬場に暖を取る場合を除いて、質の良い調度が揃った室内で薪を使うことはあまり無い。
薪は炭と違い煙が出るので、排煙がよっぽど整っていなければ煤が浮いてしまうからだ。
確かに炭よりも薪は安価に手に入るが、衣装を変える為に充てがわれた前室で、煙が出る薪が用意されることはないだろう。
しかし、俺たちが前室を出る前に、お茶を淹れようとしたウィロットは、確かにこう言った。
「ユケイ様、お茶でも淹れますか?ここには炭ではなく薪しかないので、少し時間がかかってしまいますが」と。
「すいません、その炭はエスティア様が持ち込んだのですか?」
それに答えたのは、先程の侍従だった。
「いいえ、最初からこの部屋に届けられていた物です」
この部屋には炭が届けられており、俺の、いや、俺とイザベラの前室には薪が届けられていた。
不意にあの暗闇の中で盗み聞いた言葉が過ぎる。
「もう既に、『赤と白の花』は届けてある」
赤と白の花・・・
「夾竹桃か!」
不意に、頭の中のパーツが全て組み合わさる。
あの闇の中の伯爵が、エスティアが言うウェッドランド伯爵だった場合、当然エスティアとは顔見知りになる。
ということは、「顔も分からぬ人間を探す」という言葉と矛盾する。
そもそも伯爵ほどの立場の人間が、国内で伯爵以上の立場の人間の顔を知らないということがあるだろうか?
あるとすれば最近国内に入った、そしてその中で伯爵以上の立場と勘違いしうる人物、それは俺かイザベラのどちらかだ。
赤と白の花、それはもしかしたら夾竹桃ではないだろうか?
この世界ではなんと呼ばれているか分からないが、夾竹桃は非常に強い毒を持つ木で、真夏に赤や白、そしてピンクや黄色の花を咲かす。
その毒は植物全体に含まれ、前世では夾竹桃の枝を串にして肉を焼いたアレクサンダー大王の兵が、命を落としたという逸話を聞いた事がある。
その毒は直接口にしなくても、燃やした煙にも含まれる為、薪にしてはいけないとされていた。
夾竹桃は花びらや葉の形に特徴があり、もし目にすれば一目でそれと分かるだろう。
しかし、花と葉を毟られた状態で、薪として届けられていたら、それに気づく事ができるだろうか?
ただ1つ、あの「あんな化け物と同じ力を持つ人間」というのはなんの事だろう?
あの伯爵がウェッドランド伯爵だった場合、隣接する領地は火の国フラムヘイドではなく鉄の国ライハルトだ。
もしウェッドランドにライハルトの息がかかっているとすると、化け物というのは悪魔王を指しているのだろうか?
噂を元にすれば、俺と悪魔王の間には「魔力の目」を持たないという共通点がある。
それ以外にも何か、「化け物」と形容されるほどの力が何かあるのだろうか?
「ユケイ様・・・」
アゼルの声にハッと我に帰る。
そうだ、こんなことをしている場合じゃない。
もしイザベラが前室に戻り、誰かが薪に火をつけたら・・・、そうでなくても、舞踏会が始まりだいぶ時間が経過している。
そろそろウィロットがお茶の準備をしようと湯を沸かそうとしていてもおかしくない。
「エスティア様、申し訳ありませんが失礼します!」
俺は慌てて立ち上がった。
それを見て、エスティアは慌てて静止の声を上げる。
「ユケイ様!お待ち下さい!」
「アゼル!戻るぞ!」
エスティアの声を無視し、ドアへ駆け寄る。
部屋を出る俺たちの背中に、エスティアの悲痛な声が投げかけられた。
「ユケイ様!ティファニーに!必ずお伝え下さい!」




