春を寿ぐ街道 Ⅱ
「ユケイ様、ほんとうに申し訳ありません......」
そう言って顔を伏せるのは、筆頭侍従のアセリアだった。
侍従、つまりはメイドさんだが、王家に仕える彼女もまた、れっきとした教育を受けた貴族だ。
アセリアも長く仕えてくれている。そして、彼女も俺の人質旅行への同行を進んで買ってくれた一人だ。
年は確か34になったくらいだっただろうか?筆頭守護騎士であるアゼルより少し上だったと記憶している。
長い銀髪を頭の上にまとめて普段は優雅なメイド服に身を包むが、今は馬上の旅だ。動きやすい騎乗服を着ている。
「気にすることはないよ、アセリア。どんなに確認しても、この道だからね、車軸が折れることだってあるさ」
俺はヒラヒラとアセリアに手を振って見せた。
出発直後だったらまだしも、もう何日も荷車は動きっぱなしだ。消耗品に近い車軸が折れたとしても仕方がない。
アセリアは確かに移動隊の責任者ではあるが、そんなことまで責任は問えない。
「確かにそうではありますが、日程は既に差し迫っております。ただですら遠回りの道を選んだのですから、もし期日までにヴィンストラルドへ到着しなければ、在らぬ疑いをかけられかねない」
「大丈夫だよ、アゼル。差し迫っているが、間に合う旅程だ。廻り道だが不足の事態が起こらない様に春を寿ぐ街道を選んだんだろう?」
特にトラブルに見舞われた訳では無いが、既に当初の予定よりまる1日遅れている。
アゼルの心配ももちろんわかる。車軸の取り替えは本当に大変だし、日が沈むまでに国境の町リセッシュに入れなければどんな危険があるかわからない。
今回は森が近くにないルートを選択しているが、平原でも日が沈めば世界は妖魔の縄張りになる。
さらにこれ以上日程が遅れれば、盟主国の王からどんな言い掛かりを付けられるかわかったものではない。
アルナーグはヴィンストラルドの属国で、俺の立場は羽根の様に軽いのだ。
そうこうしているうちに、あたりにはより一層夜の深みが増していく。
雪解けの候とはいえ、日が沈めばあっという間に気温は落ちていく。
「仕方ありません、明かりをつけます」
「......あぁ、やってくれ」
一瞬だけアゼルは俺に気を使う様な視線を送り、左手にした指輪に魔力を込めた......のだろう。
「遥か高き光の王よ、光に使えし十四の精霊たちよ、闇の帳を払う祝福を与え給え」
アゼルの指輪に光の精霊が宿り、あたりを照らしていく。
それを見て、他の侍従たちもそれぞれ光魔法の光を灯していった。
俺の乗っている馬が、急に灯った光を嫌って微かに足取りを乱す。
「......はは、こいつには少し眩しい様だな」
そう言って俺は、馬の首筋を軽く叩いた。
そう、馬でさえ眩しいのだ。
しかし、魔力の目を持たない俺にはアゼル達が灯した光は全く見えず、変わらず瞬く満天の星のみがあたりを薄く照らすだけだった。
魔力の目を持たないことによるバットステータス「魔力感知不能」は、この世界において致命的だった。
例えば夜道。供の者が魔法で明かりを照らしたとしても、その明かりを見ることができない。
そして魔力の目を持つ者であれば、その明かりから微かな熱を感じ取ることもできるだろうが、それも感じることができないのだ。
高い所から物が落ちる、火に水をかければ消える、風が吹けば埃が舞う、それと同じくこの異世界の中で当たり前に世界を構成する要素、魔力から一切の無視を食らっているのだ。
(もしかしたら、アゼルはこれに気を使って道を急いでたのかな......)
俺にとっては正直慣れっこだが、その気遣いは少し嬉しくもある。
(よく考えたら伝説の転移魔法があったとしても、俺には関係ないな)
今更劣等感が一つ増えたって、どうということはないさ。
魔力が無いおかげで、今の立場でも多少好き勝手出来ているというところもある。
俺が産まれたのは、風の国と呼ばれるアルナーグ。
父である国王オダウ・アルナーグと当時第二王妃であったシスシャータの間に、第三王子として産まれた。
そして俺が物心つく前には既に魔力の目を持たないことが明るみになっており、母は第三王妃へと格下げ、俺と一緒に王城の隣に作られた離宮で生活をすることとなった。
アルナーグには4人の王子、そして一人の王女がいる。
第一王妃ユクルトの子供である兄達、第一王子のウィルクと第二王子のノキア。
第二王妃ヨークの子供である妹の第一王女、フラウラと第四王子、ノッセだ。
母は魔力の目を持たない俺を産んだため、生涯離宮へ幽閉されることになった。
再度魔力の目を持たない子を成さぬよう、第三王妃へ降格されたのも仕方がないことなのかもしれない。
しかし、なぜ一生あの離宮の中で暮らさなければいけないのだろう?
俺が魔力の目を持たないのは、俺に責任があるというのに。
俺も一生、あの離宮で暮らす筈だった。
しかし、離宮生活も満更ではなかった。
王子としての扱いもされ、特に嫌がらせをされたわけではない。
三食昼寝付きの、国王公認ニート生活だ。
書斎や工房も与えられ、俺は趣味にした研究や開発に没頭することもできた。
現代知識チートを使って、いろいろ世間に影響をもたらす発明もした。
兄達も優しく、特に第二王子のノキアは発明にも興味を持ち、色々な事案を経て国外の貴族へ養子に出されるまでは、特に優しくしてくれていた。
魔力の目を持たないことによる離宮生活、しかし、そこからこうやって出れたのも、皮肉にも魔力の目を持たないからだとは......
正直、アケミちゃんとの件が俺の魔力の目に関係しているかどうかはわからない。
しかし、そこに一つの希望があるかもしれないのだ。
少なくとも、俺が異世界から転生しているのが原因ではないだろうか。
(俺はこのまま、30才まで童貞を貫いて魔法使いになる!)
そしてあの離宮から、母を救い出すのだ。
その頃には、母も年老いている。
けど、いつかきっと、母と二人であの離宮を出るのだ。