春を寿ぐ街道 Ⅲ
「ユケイ様、こちらをお使いください」
アセリアが俺にそっと近づき、騎乗したままで器用に外套を取り付けてくれた。
「ありがとう」と答えると、そのまま下がり立ち位置をアゼルと入れ替わる。
上等な皮のマントは、夜風に体温が奪われるのをしっかりと防いでくれる。
正直マントなんて、手渡してくれれば自分で付けれる。
しかし王族という立場の俺は、自分でマントを付けることすら許されないのだ。
マントはもちろん着替えですら自分ですることは出来ず、さらに言うなれば部屋の窓を開けることすら許されないのだ。
もし自分で日常の雑事をしようものなら、王族に窓を開けさせた侍従は責任を負わされ、厳罰の後に仕事を失うことになるだろう。
だから面倒くさいと思いながらも、おいそれと自分でするわけにはいかないのである。
かつての村上拓哉は、俗にいう子供部屋おじさんだった。
黙っててもご飯が出てくるのだからある意味王族と言えなくもないが、流石に朝から晩まで全て身の回りの世話を焼かれては嫌になる。
30才間近になってもオカンの「部屋掃除しといたからね!」に、恐れ慄く日々だった。
前世の記憶が色濃く残る身で、それこそ入浴や下の世話まで手を出されるのは屈辱でしか無いが、立場上それを自分でするわけにはいかないのだ。
もちろん下の世話も一言で済むのだが、魔法使いを目指す俺はそんな命令を下す事はない。今のところ。
「思ったより旅程が遅れているな...... ユケイ様、いかがいたしましょう?食事を取る余裕はありませんが、少し休憩を入れましょうか?」
アゼルは諦めた様に振り向きながら、そう言った。
どうやら先を行く旅人が残した、炭の跡を見つけたらしい。
本心は一刻も早く進みたいのだろうが、俺の体調も考えて無理させられないと思っているのだろう。
アゼルは俺以上に俺のことを解っている。
ここで休憩を勧めるということは大人しく休憩に従った方がいいということだし、炭跡があれば簡単に火が起こせるから手早く休憩の準備を整えることができるだろう。
炭跡の側には、この炭を起こした人のものだろうか、使い古した火打ち金が落ちていた。
「そうだな、すまないが少し休憩を取ろう。休んでから進めば、遅れは取り返せるさ」
俺の声に反応して、隊列が一斉にキャンプの準備に入る。
車軸のトラブルがあったとはいえ、予想以上に遅れていた。
長旅も8日目にもなれば自然と歩みも遅れる。
馬にも疲労が溜まっているのだろう、馬の歩みの変化は意外と気付きにくい。
「では、お茶を入れましょう」
「街の門はもう閉まっているだろうな。ほんとうに入れてもらえるのかな?」
「この地上で、王の前に開かぬ扉はございません」
王の権威を例えるのに良く使われる慣用句だ。
静かな平原に、話し声はどこまでも広がって行く。
アセリアは荷車の一つに向かい、お茶の準備を始めた。
「火種はどうしますか?火打ち金を使いますか?発火シリンジを使いますか?」
「いえ、魔法を使いますので」
別の侍従が、炭跡に魔法で火を灯す。
炭跡はすぐさっきまで使われていたようで、火を灯すのに全く苦労はなかった。
落ちていた火打ち金は、そのまま炭跡の側に捨てて置かれる。
そのうち誰かの役に立つだろう。
発火シリンジとは、俺が現代知識を使って開発した、空気圧を利用して簡単に火種を作ることができるアイテムだ。
手の中に収まる程の小さななの筒だが、簡単に火を起こすことができるので、同行している者は皆使い方を知っている。
アゼルは他の護衛騎士に指示を出し、見張りと休憩の番を割り振っていく。
すぐに炭から火が上り、くべられた薪がパチパチと心地よい音を立て始める。
魔法は見れなくても、魔法でつけられた炎は見ることができるのだ。
ずっと暗い中を進んでいたので、少しホッとした気分になる。
焚き火の火の粉が届かない位置に、簡易的な椅子とテーブルがセットされ、そこへ案内された。
(確かに、思ってたより体が疲れてるみたいだな......)
椅子に座ると、どっと疲れが出る。
アゼルの判断はやはり正しかったみたいだ。
「ユケイ様、お茶の準備が整いましてございます」
そう言うと、アセリアは用意したお茶とパンを一口くちに入れ、用意されたテーブルへ並べる。
用意されたパンは、俺が異世界での硬い無発酵パンに我慢が出来ず、発泡酒の酵母を活用して開発したエールパンだ。
一口入れたのは毒見のためだが、王位継承権も持たない俺を毒殺しようとする奴なんていないのに。と、毎回思う。
俺が軽食を終えると、侍従達が順に軽食を始めた。
一緒に食べればいいのにと、つくづく思う。
食事は常に家族と取っていた村上拓哉時代が懐かしい。
今となっては、一緒に食事をしようなどと口にするだけで大騒動になってしまう。
休憩を取らずに護衛を続けるアゼルが、周りに厳しい視線を向けたまま語りかけてきた。
「今回の件、ユケイ様はどうお考えでしょうか......」
今回の件というのは、もちろんこのヴィンストラルドへの移動のことだろう。
まあ思い当たる理由は何個かある。
「取り敢えず座ってくれないか?上を向いていては話しづらいんだ」
にっこり笑って、アゼルに椅子を勧める。
こうでも言わないと、アゼルは絶対に休んでくれない。
「......それでは失礼します」
俺はアセリアに、視線でお茶のおかわりとアゼルの軽食を要求する。
その意図を理解したアセリアが、すぐに温かいお茶を用意してくれた。
「よくあることだ。珍しい話でもないだろう......」
俺は一月程前に、アルナーグを訪れたヴィンストラルドの使者のことを思い出す。
地の国ヴィンストラルド。それは国王バイゼル・ヴィンストラルド、そして賢者エインラッドが治める大国であり、地の国の他に魔術の国とも呼ばれている。
風の国アルナーグは、かつて世界が乱れ多くの国同士が争っていた頃、ヴィンストラルドに保護を求めて属国になったのだ。
厳しい選択ではあったが、当時のアルナーグ王、つまり俺の祖父は、荒れて行く国土に心を痛め苦渋の選択を取った。
俺が産まれる前の話だ。
母、シスシャータがまだ子どもの頃で、音の国リュートセレンから嫁いでくる前の話。
城の年嵩達に取っては、まだ風化していない記憶だろう。
一応アルナーグは独立した国という体を取ってはいるが、アルナーグ王家はヴィンストラルド王家に従属している立場であり、その待遇はヴィンストラルドの地方領地の一つと大きく変わらない。
だから、ヴィンストラルドからの申し出は、一応お願いという形を取られていても、決して断ることはできないのだ。
そして訪れた使者が告げたのは、アルナーグ王家の誰かをヴィンストラルドへ移住させろということだった。




