王都ヴィンストラルド Ⅳ
「ごめんなさい、いきなり声をおかけしてしまいまして。だって、久しぶりだったのですよ?近くの者以外にお会いするのは」
「あ、ああ。失礼しました。私は風の国より参りました、ユケイ・アルナーグです。もしや、リュートセレンの姫君ですか?」
「あら、どうしてお判りになったのかしら?仰いますとおり、わたくしはイザベラ。リュートセレンの第三王女でございます」
イザベラは頬に手を当てて少し首を傾げたが、すぐに笑顔でそう答えた。
「私の母と似ていると思いまして。私は第三王子で、母はリュートセレンから起こしいただきました」
「......え?」
イザベラの指が、ぴくりと動いたのが見えた。
「あら、という事は、シスシャータ様でございますね?シスシャータ様は、わたくしの叔母にあたります。ということは、えーっと......」
「そうですね、私達は従兄妹ということになるのでしょうか」
イザベラの顔が微笑む。
「そうでございますね。まさかこんな所で血縁の者にお会い出来るだなんて。運命の神に感謝いたします」
「そうですね、私も心強いです。今日来たばかりで、状況も何もわからないもので」
「あら、そうなのですね。わたくしもうこちらに来て20日程になりますの。もう、ずっと退屈しております。よろしければ、今度お茶会に誘わせていただきたく思います」
部屋の中から女性の声が聞こえる。
イザベラの侍従の声だろうか。
「イザベラ様...... そろそろ風が冷えて参ります。お部屋へお戻り下さい」
イザベラはハッと部屋を覗き込むと、罰が悪そうに此方へ向き直った。
「怒られてしまいました。それではまたいずれ」
そしてイザベラは部屋に戻り、扉が閉じられた。
日が落ちて、あたりが急に冷えてきた気がする。
「ユケイ様も中へお戻り下さい」
俺は言われるままに、部屋へ戻った。
(従兄妹ってことは、母上の姉か妹のどちらかがリュートセレン王の夫人ってことだよな。アルナーグ王家へ嫁いで、リュートセレン王家にも嫁いでいるわけだから、母上は上位の貴族の出だったんだな)
こんな所で母の実家のことを知るなんて。
ディストランデでは、嫁いで行った場合は完全にそちらの家族として扱われる。従兄妹の名前を今まで知らないというのは、前世の感覚だと不思議な感覚だ。
「しかし、20日経っていて音沙汰がないというのは困るな......」
「......そうですな。いや?まあ、そうでもありますまい。謁見しても何かが変わるとも限りません。せっかくお知り合いがみえたのですから、先に謁見を受けて頂いて、様子が分かると助かるのですが」
「あの、ユケイ様。よろしいでしょうか?先程お茶会の話しをしておられましたが、わたくし1人ではお茶会を開くことも、お呼ばれすることもできません」
ウィロットが困った様にこちらを見上げる。
お茶会とは、前世でする喫茶店へお茶を飲みに行くという様な簡単なものではない。アフタヌーンティーと呼ばれるもので、時間も7の刻から8の刻までと決まっている。内容や作法も決まっていて、形は違うがホストがゲストを様式にそってもてなすあたり、日本の茶道に実は非常に近いものだった。
上流階級の間では情報交換の為に頻繁に行われ、そこでの無作法は大きな失点になる。
ユケイも王族の端くれなので、一応の教育は受けているが、離宮生活の身であるために実際の経験は家族と行った数回だけだった。
それ以上に、ウィロットは教育はされてるものの実際の経験は無く、アセリアがいない今ではどうすることもできない。
「まあ、それはそんなに慌てることもありますまい。先程の様子ですとイザベラ姫が一方的に仰っていた様子。リュートセレンの方も人数がこちらと同じでしたら、そうそうに準備をすることもできないでしょう。どちらにせよ、人を増やしませんとお茶会どころの騒ぎではありません」
「確かにそうだな。......そういえば、この中で一番お茶会の経験があるのはアゼルじゃないか?」
アゼルは面々の顔を見回して、
「そうかも知れませんが、私に頼らないで頂きたい。それよりユケイ様、無事の報告も含めてアルナーグへお手紙を書くべきです。アルナーグ王へはもちろんですが、お母様へもイザベラ姫のことをお伝えするべきではないですか?お茶会には情報も必要です」
確かにその通りだ。
俺は早速手紙を用意した。前世と違い、手紙は送るのには非常にコストがかかり、また正確に相手へ届く確率も100%ではない。
もしかしたらこの手紙も、帰ってくるまでにお茶会が終わっているかも知れない。
つくづく、魔法より科学の方が便利だと思う。
それから部屋へ食事が用意され、1日を終える準備をする。
やはりウィロット1人では俺の身の回り全てをこなすのは難しそうで、このままだとどれだけ彼女が持つのかわからない。
けど、アセリア1人だったら、なんとかなったんじゃないかとも思う。
アセリアはどうなったのだろう。
少なくとも、無事にアルナーグへ返されたことを願う。




