国境の街リセッシュ Ⅶ
「犯人を捕まえるも何も、やっと火を付けた方法が解っただけだ。しかも、また新しい疑問が出てきた。」
ウィロットが「どういうこと?」と言わんばかりに、小さく首を傾げる。
「賊は危険を犯して倉庫へ侵入したにも関わらず、わざわざ俺たちの荷車から火口箱を探して火を付けた。放火のために侵入したのに、自分の火種を持っていなかったということか?俺たちの荷車に、火口箱が無いという可能性もゼロでは無い。おかしいじゃないか?」
俺は一同を見回す。
カインは「確かに......」と、一応相槌の姿勢を見せるが、何も考えていないだろう。
そうこうする内に、街中に6の刻を告げる鐘が鳴り響く。
それと同時に、アゼルが部屋へ入ってきた。
「ユケイ様、残念ですがこれ以上門を封鎖し続けることはできません。ヴィンストラルド側の門に、ヴィンストラルド王庇護の商隊が到着しております」
たとえ門が開いても、兵が詰めているのだから不審な人物が脱出するのは難しい。
しかし、門が解放された以上、もしかしたらもう既に街を出たかもしれないという仮定が付き纏う。その時点で、俺たちは安全策を取らざるを得ない。
残された方法は、犯人を捕まえるしかない。
「アゼル、情報交換だ」
俺とアゼルは、持ち寄った情報をすり合わせた。
何件か不審者の情報が入っており、目撃情報や捕まえられた酔っ払いの話し、しかしどれも事件の手がかりになりそうなものはない。
俺が少し気になったのは、本日の朝、開門時間の直前に、遠くからヴィンストラルド側の門の様子を眺める少女を見かけたという目撃情報だ。
見た目からするとおそらく12、3才くらいではないだろうかということらしい。
ディストランデでは成人前の女性は階級に関わらず髪を伸ばすのが一般的だが、少女の赤髪は肩のあたりで切りそろえられていたらしい。
服装も、はっきり記憶しているわけではないが、この辺りの一般的なものからするとだいぶ奇異な印象を持ったという。
少女を見かけたのは街の平民の男で、今までにこのような少女を見かけた記憶がないという。
「少女か......」
以前に見たことがないというのが確かなら、最近街を訪れた可能性が高い。
特徴のある外見だから、門の番兵に当たれば誰か覚えている可能性がある。
同行者が誰であれ、少女を連れての旅というのはそうそう見るものではない。
「門の兵士に、少女が街に入ったのがいつだったかを聞き込んでくれ。他にも、怪しいやつが街に入ったという情報も確認して欲しい」
「怪しいやつなら、そもそも兵が街に入れないのではないですか?」
「......わかってるよ。話しは聞かないのに、突っ込むところは突っ込んでくるんだな」
俺はカインを軽く睨む。
だが、確かにその通りだ。
それから間もなく昼食を取り、部屋から出ることができない俺は何をすることも出来ず、ただ時間が過ぎるのを待つ。
アルナーグの離宮であれば本を読むなどできるが、そんな高価な物をそうそう旅に持ち歩けるはずもない。
一応数冊持ってきてはいるが、今読むべき本はない。
もしかしたらヴィンストラルドへ行った後、書斎や工房がない、完全な幽閉生活を強いられるかと思うと気が沈む。
それからしばらくして、追加で集まった情報はといえば、赤髪の少女を街に入れた兵士はいなかったこと、しかし今日の朝方、赤髪の少女を見たという情報が数件あった。
あとは、出店で物取りがあったという報告と、市で喧嘩があったという報告があがっている。
気になったのはやはり少女の情報で、門を通ったという報告がないのに、目撃されたのはいずれも今日の昼までだという点だ。
「街中で目撃されたのは今日で、しかし門を通った形跡がない?」
そんなことありえるだろうか?
門の出入りは全て管理されている。人目につかずに街へ入ることは不可能だ。
協力者がいて、荷物に紛れるという方法もあるが、もちろん荷物もチェックされる。
「まだ情報が集まっていないいだけかもしれませんが、6の刻以降の目撃がないのも気になりますな」
アゼルは何かを悟ったような表情をしている。
俺はアゼルが言いたいことを理解した。
「もしその少女が関係してるとして、いや、関係していなくても、門が開いてしまっては手遅れかもしれない。そもそも犯人は、警備の付いた、閉められた倉庫に気づかれずに侵入したんだ。開いている門なら、気づかれずに通れる方法を何か持っているのかもしれない」
そして、少女の目撃情報は、昼に門が開いた以降上がることはなかった。
それぞれが街を駆け廻る中、時間だけは無常に過ぎて行き、やがて9の刻を迎える。
砦の入り口が、何やら騒がしくなって来た。
ギルドから派遣されたの冒険者が現れ、そしてアセリアの面接が始まった。
カインは護衛としてアセリアに付き添って行ったため、部屋には俺とアゼル、ウィロットが残された。
部屋に重い空気がのしかかる。
「時間切れ......ですな......」
「この場合、アセリアにはどんな罰が妥当なんだ?」
「ヴィンストラルド王が下した命令の重要度によりますが。前にも言われた通り、他国の貴族に厳罰ということまではいかないでしょう。しかし、少なくともユケイ様の前に現れることは二度と無いでしょう......」
思わず俺は、拳で机を叩いた。
ウィロットが両手で顔を覆い、俯くのが見えた。




