国境の街リセッシュ Ⅷ
アセリアが冒険者の面接を行っている為、夕食の給仕はウィロットが行う。
正直食事を取りたい気分では無いのだが、王子である俺が食事を取らないと、配下の者は全て食事を取ることが許されない。
(まったく...... ほんとうに馬鹿馬鹿しい......)
食事のことだけではない。
この世界の、権力の容赦なさは、いったいなんなんだろう。
ただ単に、産まれた親が違うだけではないか?
持っている能力よりも、いつ何処で、誰から産まれたが全てを決める。
アセリアも、アゼルも、カインもウィロットも、他の5名も、アルナーグへ戻ればさらにもっとたくさんの人が俺に跪く。
それらは全て、俺に跪いているわけではなくて、俺の持つ権威に跪いているのだ。
個人の能力を見れば、例えばそう、魔力という物を基準に考えれば、俺は城の誰よりも劣る。
街角に蹲る、年老いた野良犬よりも劣るのだ。
「なぜアセリアが罰せられる?期日に遅れる事が、そんなに罪深い事なのか?」
「王の子が、そのようなことを口にしてはいけません」
「わからないものはわからない!数日遅れることに何の不都合がある?どうせ俺は向こうでも何もせずに閉じ込められるだけだ。いつ着こうが、誰にも迷惑をかけることはないだろう!」
アゼルがやれやれと言わんばかりに首を振り、その後、俺の目を真っ直ぐ見て口を開いた。
「失礼ながらユケイ様は離宮育ちです。理解されていないようなので申し上げます。アセリアが罰せられるのは、誰ぞに迷惑をかけるとか、そういった理由ではありません。理由はただ一つ、王の命令に叛いたからです」
「王の命令だと......?」
「そうです。王には王の、貴族には貴族の、平民には平民の法があります。それは、お互いが諍いなく平和に、穏やかに暮らすためのものです。しかしそれ以外に、奴隷は平民の、平民は貴族の、貴族は王の言葉を守らなければいけません。できるできないではなく、正しいかどうかすら関係ありません。上の者の言葉は、守らなければいけないのです」
「そんな馬鹿な......」
そう言葉に出かけたが、アゼルの威圧するような空気に言葉が出てこない。
「それ以上は言ってはいけません。ユケイ様、今はまだ理解できないかも知れませんが、全て必要なことなのです」
アゼルは視線を外し、そっと言葉を続けた。
「もう一度良く考えて下さい。アセリアが何を考えているのか...... そして、なぜアセリアが、この旅程の責任者を買って出たのかを......」
「......それはどういう意味だ?」
アゼルは後ろへ控えて警護の体制を取ると、それ以上言葉を発しようとはしなかった。
しばらくするとカインが部屋へ戻り、アゼルが入れ替わりで退出する。
それから半刻も経たないうちに、アセリアが部屋へ入って来た。
「冒険者は4名雇うこととしました。ギルドからの推薦状もございますし、皆身元のしっかりした、優秀な者ばかりです」
そう言うと、アセリアはにっこり微笑む。
「みな出立の準備を良くして下さいましたので、明日の朝には予定通りヴィンストラルドへ向えるでしょう。小火騒ぎの結末がわからないのが少し気がかりです。不安でしたらもう1日旅立ちを遅らしてもよろしいですが、いかがしましょうか?」
「明日の朝、英雄の街道でヴィンストラルドへ行くというのは?」
アセリアは我が儘な子を見るように微笑み、黙って首を横へ振る。
「王子として命令することもできる......」
「どうぞお好きに命令して下さいませ。それでも、旅程を預かるのはわたくしです。春を寿ぐ街道で行くことは変わりません」
一礼して後ろへ控えると、何事もなかったようにお茶の準備を始めた。
それを見たウィロットが、パタパタと慌てて手伝いに入る。
アセリアが何を考えているのか。アゼルはそう言った。
小火の事、謎の少女の事、アセリアの事、結局俺にはわからない事だらけだ。
前世でも大した人間ではなかったが、ディストランデに来て磨きがかかっているのかもしれない。
何か一つでも、本当のチートスキルが有ればと、心の底から願う。
「そういえばユケイ様、今日のお食事はいかがでしたか?」
「え?あぁ、何か食べ慣れない肉が入っていたな。美味かったが」
アセリアからの思いがけない突然の日常会話に、脱力してしまう。
「あれは兎の肉らしいですよ。お城では兎は食べませんものね。わたくしレシピを購入していこうかしら」
「兎の肉か......」
兎の肉?
何か記憶に引っかかる物がある。
「兎......」
俺の記憶の蓋が、音を立てて開いていくの感じた。




