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【連載版】お尻にスライムが突き刺さったまま、魔王討伐へ向かうことになった件  作者: 友理 潤
プロローグ 勇者のお尻にスライムが突き刺さった!
3/9

開幕! 勇者様救出大作戦会議!


 勇者のお尻にスライムが突き刺さった――

 

 そんな事実を世間に知られるわけにはいかない。

 そう考えた一行は、勇者の背中を守るように隠しながら、街の宿屋に戻った。

 今後の対策を練るためだ。

 そして部屋に入ったとたんに、勇者は仲間の方を向いて顔をしかめた。

 

「どうでもいいけど、どうしてお前らまでついてくるんだよ?」


 そう彼が口を尖らせた相手は、4体のピンク色のスライムだ。

 

「自称勇者の変態男がアカネに変なことしないか監視するためよ!」

「私見たのよ! アカネの『敏感なところ』を鷲掴みしてたのを!」

「えっ!? それマジ? ちょーきもいんですけど」

「しっ! 聞こえるわよ! 『種族を超えて襲いかかる男に、ろくな者はいないから近寄るな』って、おばあちゃんが言ってたわ! だから目を合わせない方がいいわよ!」


 タイシは青筋を立てて彼女たちに詰め寄る。

 

「てめえら……。今すぐここでしばいてやる!」


 しかしそこにリリアンの鉄拳が飛んだ。

 

――ドゴン!


「いってえ! なにしやがる!」


「あんたね! 前々から野獣のような男だと思ってたけど、よりにもよってスライムを襲うなんて、見損なったわ!」


「バカを言うな! 俺がそんなことをするわけねえだろ!」


 リリアンとタイシが言い争っている間に、ソフィアが優しくアカネに問いかけた。

 

「本当のところはどうなのかな?」


「私……。私……。言えません! びええええん!」


 顔を真っ赤にしながら大泣きを始めたアカネ。


「ちょっ! てめえ! 誤解を招くようなことを……!」


 しかし勇者の反論などリリアンの耳に届くはずもない。


「死んで詫びなさい、このド変態勇者め」


 電撃魔法が、タイシの顔面に容赦なく浴びせられる。


――ズガアアアン!


「ぎゃあああああ!!」


 言ってみればこれが勇者たちのお決まりのシーンなのだ。

 


………

……


 ようやく場が落ち着いたところで、みんなでタイシとアカネをどうやって引き離すかを話し合うことにした。そこでタイシは全員を見渡しながら、鋭い口調で告げた。

 

「空気の読めない発言をした奴は痛い目に合わせるからな! 注意しろよ!」


 一番注意しなくてはならないのはお前である。


「よし! では『勇者様救出大作戦会議』をここに始める!」


 高らかと宣言しながらポーズを決めるタイシ。

 しかしそんな彼を無視するように、議長役であるリリアンが淡々とした口調で皆に言った。

 

「誰か意見のある人は?」


「はいっ!」


 真っ先に手を上げたのは、『ザ・脳筋』ことダニエルだった。

 無論、彼を知る者は誰一人としてその意見に期待などしていない。

 なぜなら彼の脳みそも筋肉でできているのだから。

 しかし周囲の冷たい視線などものともせずに、彼は自信満々で言った。

 

「引いてダメだったんだろ?」


「ああ、引き抜こうとしただけで変態扱いされたからな」


「だったら押すしかねえだろ!! 引いてダメなら押してみろ、てやつだ! 我ながら名案だ! がははは!」



――はあ……。



 スライムたちも含めて全員が大きなため息をついた。

 そして皆の視線を一手に集めたタイシが、しぶしぶダニエルに問いかけた。

 

「んで、押したらどうなると思ってるんだ?」


「えっ? そこまでは考えてなかったわ」


 眉をひそめるダニエル。タイシは何も言わずに、「自分で考えるように」と目で訴えた。

 するとダニエルは、はっと何かを思いついたように大きな声をあげたのだった。

 

「尻から腹に入り、そのまま突き破って出てくる! おおっ! そうすれば見事にタイシとアカネは自由だ! われながら名案だ! がははは!」


「んで、尻を破壊され、腹を突き破られた俺はどうなる?」


「死ぬ! がははは!」


「うん、却下」


「えっ!? うそ……。そんなぁ」


 あっさりと名案を却下されて、しょんぼりするダニエル。

 しかし誰も同情しなかった理由を、ここで説明する必要はないだろう。

 

 

「では、次いこうかしら?」

 

「はいっ! 私にいい考えがあります!」


 と、前に出てきたのは、スライムの一体だった。

 

「いいわ。ところであなたお名前は?」


「はいっ! イチゴっていいます!」


「イチゴちゃんね。どうぞ」


「おばあちゃんから聞いたんですけど、私たちスライムは『一定の条件』を満たす場所にいくと、体ごとしぼむんです!」


「なんだと!? なぜそれを先に言わないんだ!」


 タイシがぐいっと体を乗り出して、イチゴに詰め寄る。

 

「ちょっとやめてください! 『都合の良い時だけ前のめりになってくる男に、ろくな者はいない』っておばあちゃんが言ってたもん!」


「もうお前のおばあちゃん自慢はどうでもいいから、その条件とやらを早く教えてくれ!」


 噛みつかんばかりに前に出てくるタイシの頭を「スコン!」とリリアンが叩いたところで、イチゴが口を開いた。

 

「温度が1000℃以上の炎の中にいると、私たちスライムは縮むんだそうです。だからアカネと変態さんを1000℃以上の炎の中にぶっこめばいいと思うの!」

「賛成!」

「むしろ反対する方がおかしくない?」

「さっすがイチゴのおばあちゃんね!」


 スライムたちの称賛の嵐が巻き起こる。

 しかし。

 

「うん、却下」


 と、タイシは即答した。

 途端にスライムたちから罵声が浴びせられる。


「ええ!? どうして!?」

「いるよねー、すぐに人の意見を反対したがる奴」

「ちょーきもいんですけど」

「『素直に人の意見を受け入れられない頑固な男に、ろくな人はいない』っておばあちゃんが言ってたもん!」


 タイシはイライラを抑えながら、大きな声で嘆いた。

 

「どいつもこいつも俺を殺そうとしやがって! ふざけた意見はもうこりごりだ! 誰かまともなものを出してくれよ!」


 おならでスライムを吹き飛ばそうとしたお前が言うな、である。

 

 すると今度はソフィアがゆったりとした口調で、とんでもないことを言い出したのだった。

 

「ならばタイシさんには一度死んでもらうというのはどうでしょうか?」


「はっ?」


 全員の目が点となったが、ソフィアはとても冗談を言っているとは思えないほど真剣な面持ちだ。

 

「アカネさんの角は『相手が死ぬまで抜けない』とうかがいました。ならばタイシさんが死ねば抜けるということです。違いますか?」


「え、ええ。それはそうですが……」


「ならばお話は早いですね。やっぱりタイシさんには、死んでもらいましょう。なるべく苦しまないように」


 アカネも驚きを隠せないようだ。そりゃあそうだろう。あろうことか仲間の一人が、勇者に『死ね』と言っているのだから……。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が死んだら魔王討伐はどうなるんだ!?」


 タイシが慌ててソフィアの意見に口を挟む。さすがに心臓に毛が生えたような図太い勇者タイシでもビビっているようだ。

 しかしソフィアは聖職者らしからぬ、ぶっ飛んだことを言い始めたのだった。

 

「大丈夫です! タイシさんのことは私が蘇らせますから!」


「もしや……それって……」


「ええ、『リヴァイヴ・キス』。死者にキスをすることで、蘇生させる魔法です」


「なにいぃぃぃ……!? ソフィアが俺にキスしてくれるだと……!?」


 ソフィアのふっくらした柔らかそうな唇を凝視しながら、ゴクリと唾を飲み込むタイシ。

 この男、エロと己の命を真剣に天秤にかけているようだ。

 そんな彼を冷ややかな目で見ていたリリアンがソフィアにたずねた。

 

「ねえ、一応聞いておくけど、その『リヴァイヴ・キス』ってのは、成功する確率はどれくらいなの?」


「うーん。半分くらいかな」


「もし失敗したらどうなるの?」


「死体が一瞬で灰になっちゃうわ」


「つまり二度とこの世に帰ってこれなくなるってことね」


「ふふふ、リリアンったら。そんなの当たり前じゃない。おかしいこと言うわね」


 僧侶ソフィアよ。おかしいのはお前の頭だ。

 だが、もっとおかしなおつむの勇者タイシは、まだ真剣に悩んでいる最中だった。

 

「キス、キス、灰、キス、キス、灰……」


 しかもキスに大きく気持ちが傾きかけているではないか。

 どこまでも本能に正直な男だ。恐らく灰になってもキスさえできれば本望なのだろう。

 仕方がないと言わんばかりに首を横に振ったリリアン。

 

「はい、却下。目の前で人が灰に変わっていくのを見るのは趣味じゃないの」


 彼女は至極真っ当な結論を出したのだった――

 

 

………

……


 その後もいろいろと意見が出されたものの、いずれもタイシの口からは「却下」の言葉しか出てこなかった。

 

――お尻の肉をえぐり取って……。

――却下!


――全身の筋肉がゆるゆるになる毒を飲んで、お尻の筋肉も緩めれば……。

――却下!


――勇者を氷漬けにして黙らさせたところで……。

――却下!


――いっそのこと勇者を辞めてもらって、別の勇者を……。

――却下! 却下! 却下!!


 

 そして一通り意見が出尽くしたところで、タイシがしびれを切らして大声を上げた。

 

「ああ! もう! 一つも良いアイデアが出てこないじゃないか!」


 顔を両手で塞ぎながら天をあおぐ。見た目だけは整っているだけに普通なら絵になる光景だが、その尻にはスライムが突き刺さっているので、残念ながら全く見栄えがしない。


「何かもっとグッとくるアイデアはないのか!? 何かあるだろ!? カモーン!」


 両手を全員の前に突き出して意見を仰ぐが、皆疲れ切った表情でぐったりしていた。

 もう何をやってもアカネはお尻から抜けない……。

 誰もがそう感じていた。だが、タイシだけは諦めることを許さなかったのである。

 

「みんな! どうしたんだよ!? こんなことで心が折れてしまったら、魔王討伐なんて夢のまた夢だぜ! ほらっ! 諦めるな! 俺たちなら何でもできる!!」


 暑苦しいほど燃え上がっているタイシ。

 普段からこれくらいの情熱があれば、大事な鍵を宿屋に置き忘れるなんて失態もなく、お尻にスライムが突き刺さることもなかったはずである。

 リリアンですら疲労困憊でつっこみが入れられない。ただ冷ややかな視線を彼に向けるしかなかったのであった。

 

 ……と、その時だった。

 

「もういい!! もうやめて!!」


 と、澄んだ声が部屋中に響き渡った。

 その声の持ち主は、それまで黙って皆の意見を聞いていたアカネだった。

 

「なんだよ、アカネ。お前、もう諦めるって言うんじゃないだろうな?」


 タイシが顔をアカネの方へ向ける。

 それまで床の方へ顔を向けていたアカネは、くるりと体を反転させてタイシと顔を合わせた。

 彼女の鋭い眼光に、タイシが思わずたじろぐ。

 そして彼女は力強い声で答えたのだった。


「私だって諦めない! でも、今は感謝の気持ちでいっぱいなの!」


「感謝? なんだそりゃ?」


「ええ、これだけ多くの仲間が私のために、真剣に悩んでくれて意見を出してくれた。それだけ私はじゅうぶん幸せよ。みんなに感謝してもしきれないくらい感謝してる。本当にありがとう!」


 アカネの熱弁に皆聞き入っていた。4体のスライムたちに至っては、涙を浮かべているではないか。

 だがタイシにはその様子が面白くないようだ。

 

「けっ! 綺麗事なんか聞きたくねえよ! それに諦めないことと、こいつらに感謝することに、どんな関係があるって言うんだ!」


 明らかに棘のある物言いにもアカネは揺らぐことなく続けた。

 

「ここまで仲間たちが意見を出し合っても、今はどうにもならないことが分かった。だから、私はその運命を受け入れようと思うの!」


「お前……。自分の言っている意味が分かっているのか!?」


 つまりアカネは『勇者の尻に突き刺さったまま生きていこうと決意した』ということだ。

 その場の全員がど肝を抜かれたのも仕方ないだろう。


「そうよ! アカネ!」

「アカネ! この変態男の臭いお尻にひっついたままを意味するのよ!?」

「えっ!? それマジ? ありえないんですけどー!」

「おばあちゃんも言ってたわ! 『臭いお尻の男に、ろくな人はいない』って。だから諦めちゃだめよ!」


「そうだ、そうだ! 俺の臭いお尻に突き刺さったままでいい訳ないだろ……って、おい! 勇者のお尻が臭い訳ないだろ! ラベンダーの香りがするっつーの!」


「ちょっとあんたは黙ってて!」


「おぶっ!」


 いきり立つタイシの顔を押しのけて、アカネに近寄ったのはリリアンだった。

 二人が視線を合わせたところで、彼女は問いかけた。

 

「本当にそれでいいの?」


 覚悟を試すリリアン。

 だが、アカネは一歩も引くことなく答えた。

 

「もう決めましたから。でも諦めはしません! きっといつか、ここから抜け出してみせます!」


 アカネの断言にスライムたちがわんわんと大泣きを始めた。

 ソフィアとダニエルの二人もまたもらい泣きをしている。

 

 しばらくアカネと向き合っていたリリアンは、彼女の不退転の決意を確認したところで、今度はタイシに向き合う。

 その眼光があまりに鋭く、タイシは顔を引きつらせた。

 

「な、なんだよ? 俺は嫌だからな! 絶対に諦めるもんか!」


「タイシ。今、私たちがなさねばならないことは何かしら?」


 意外な問いかけで、答えに窮するタイシ。

 だがすぐにはっとした顔になって答えた。

 

「そりゃ、魔王を討伐することだろ!」


「そうね。ならこれ以上、余計なことに時間を費やしている場合じゃないわよね」


「余計って、お前! 俺のお尻にスライムが突き刺さってるんだぞ! 余計ってことはないだろ!」


「余計よ!! 魔王討伐への道以外は、全てが余計なことよ!!」


「そんな馬鹿な! お尻にスライムが突き刺さったまま冒険を続けるなんて無理に決まってるだろ!」


「あんたが言ったのよ! 『俺たちなら何でもできる』って! お尻にスライムが突き刺さっていたって、魔王討伐はできる!!」


 一人の男の尻をめぐって、仲間同士の熱いやり取りが繰り広げられる。

 そしてリリアンは宿中、いや街中に響き渡る大声で締めくくったのだった――

 

 

「私はタイシのお尻がどんなことになろうとも、勇者タイシを信じてるんだから!!」



 しーん……。

 

 はあはあ、とリリアンの荒い息遣いだけが部屋にこだます。

 

 しばらくした後、口を開いたのはソフィアだった。

 

「ね、ねえリリアン。声、大きすぎ……」


「げっ! しまったわ!」


 急いで宿の窓から外を見るリリアン。

 その目には、こちらを見てくすくすと笑っている街の人々の姿がばっちりと映っていた。

 

「そんなぁ……」


 リリアンは、がくりとうなだれる。……と、背後に立ったタイシが、とんとんと肩を叩いた。

 リリアンが振り返る。

 彼は彼女と目を合わせたところで、にかっと笑って親指を立てた。

 そして爽やかな口調で告げたのだった。

 

「リリアン! 誰でも失敗の一つや二つあるものさ! 気にするな! あはは!」


 勇者タイシよ。思い出せ。

 

 空気の読めない発言をした奴は、痛い目にあう。

 

 そう言ったのは自分だということを――

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

 リリアンは全身に怒りの炎をまとい始める。

 タイシは未だにその怒りが自分に向けられているとも気付かずに続けた。

 

「リリアン! ドンマイ!」


「うるさいっ! 死んで詫びなさい! このド変態勇者め!」


――ズガアアアアン!!

 

「ぎゃああああああ!!」


 

 こうして勇者タイシは、スライムのアカネがお尻に突き刺さったまま冒険を再開することになった。

 もちろん彼らの前途は多くの困難が待ち受けることになるのだが……。

 

 これはお尻にスライムが突き刺さった勇者と、そのスライムの数奇な運命の物語である。



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