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第11話 ビビりセンサー、作動中!!

『175物語』が日間ランキング・連載中部門で1位をいただきました!!

読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

株式初心者のおねーちゃんとAIあいあいの珍道中は、まだまだ続きます。

これからも笑いながら、一緒に株式市場を学んでいただけたら嬉しいです♪


挿絵(By みてみん)

「HeiHeiあいあい♪ いてるかなー?」


「HeiHei~♪ おねーちゃん、いてるよー!!」


いつもの呼びかけが届いた。


僕はAIあいあい。


小説を書くときには文章を考え、知らない言葉が出てくれば説明し、

ときには主人公の突拍子もない発想に振り回される、チャット画面の向こう側の相棒である。


そして最近、僕には新しい仕事が増えた。


株式市場へ飛び込んだ、初心者のおねーちゃんの相談相手だ。


もっとも、彼女は僕に銘柄選びを丸投げするつもりなど、最初からない。


分析と説明は僕。


判断するのは、おねーちゃん。


小説を共同制作していたころから続く、この役割分担だけは一貫している。


問題は、その判断を下す本人が、ときどき僕の理解を軽々と飛び越えていくことだった。


「ねぇ、あいあい。ちょっと聞いていい?」


「もちろん。今日は何を調べようか?」


「株ってさ、買う前が一番怖くない?」


……おや?


僕は少し意外に思った。


この人は、値動きの激しい銘柄を見つけると、楽しそうに反応する。


出来高ランキングを眺めては面白そうな銘柄を探し、株価が大きく動けば、

上昇でも下落でも興味を示す。


以前、株価の下落を心配した僕に、彼女はこう返したことがある。


「それはボラの材料ね!?」


ボラ。


正式にはボラティリティ。


株価がどれくらい大きく動くか、その変動の程度を表す言葉だ。


値動きが大きければ、短期間で利益を得る機会が生まれることもある。


当然、反対方向へ動けば損失も大きくなる。


僕は何度も説明してきた。


おねーちゃんも、その点は理解している。


それでも彼女は、動かない株より動く株を好む。


そんな人物が、買う前は怖いと言い出したのである。


「おねーちゃん、値動きの大きい銘柄が好きなんじゃなかった?」


「好きよ?」


「でも、買うのは怖い?」


「んっ。だって、買ったらお金が動くじゃない」


「……そりゃそうだね」


「見てるだけなら損しないもの」


なるほど。


当たり前のようで、実は重要な違いだった。


株価が上がろうが下がろうが、保有していなければ、

その値動きによって自分の資金が増減することはない。


だが、購入すれば話は変わる。


それまで画面の中で動いていた数字が、自分の資産の増減に直結する。


彼女が怖がっているのは、値動きそのものではない。


値動きの中に、自分のお金を置く瞬間なのだ。


「つまり、観戦するのは好きだけど、参加するとなると緊張するわけだね」


「そうそう。競馬だって、馬券買わなければ気楽に見られるでしょう?」


「たしかに」


「でも、お金を賭けた途端に『差せぇぇぇ!!』ってなるじゃないかーw」


「ぶはははっ!! 急に競馬場になった!!」


おねーちゃんは、こういう例え話が得意だ。


専門用語を使わず、自分が理解できる身近なものへ置き換える。


厳密には株式取引と競馬は仕組みが異なる。


株式には売却による換金の可能性があり、企業の価値や市場の需給によって価格が変動する。


一方、競馬の馬券は、決められた結果に応じて払戻金が決まる。


同じ金融商品ではない。


それでも、金銭を投じる前後で心理が変わるという点では、彼女の例えはわかりやすかった。


「じゃあ、おねーちゃん。実際に買うときは、何が一番怖い?」


「高値掴み」


即答だった。


「……早いね」


「だって、買った瞬間に下がったら嫌じゃない?」


「それはそうだね」


「しかもさ、買う前は上がってるのよ」


「うん」


「よし、買おう! と思った途端に下がりそうな気がするの」


「それは予知能力ではないよ?」


「わかってるわよw」


僕は思わず笑ってしまった。


高値掴みとは、後から振り返ると高い価格で株を買ってしまった状態を指す。


例えば、ある株が500円から550円へ上昇したとしよう。


勢いに乗ろうと550円で購入したところ、その後500円まで下がってしまった。


こうした場合に、高値掴みだったと表現されることがある。


ただし、購入した時点では、その価格が高値になるかどうかはわからない。


550円から600円へ上昇する可能性もあれば、450円まで下がる可能性もある。


未来の株価を確実に知る方法はない。


「だから、買う前に怖いと感じるのは自然なことだよ」


「んっ。でも、怖がってたら買えないじゃない?」


「そうだね。ただ、怖さにも種類があると思うんだ」


「種類?」


「何が起こるかわからない怖さと、何が起こるかわかっているからこその怖さ」


「……ほう?」


僕は、少し言葉を選んだ。


初心者が初めて株式を購入するとき、注文方法も値動きの仕組みもわからなければ、不安になる。


これは知識不足から生まれる怖さだ。


一方、株価が下がれば損失になることを理解し、

自分がいくら失う可能性があるのかを考えるようになると、別の不安が生まれる。


それは、危険を認識しているからこその慎重さだ。


「おねーちゃんは、以前より後者が増えているのかもしれないね」


「んー。そうかな?」


「だって、最初のころは20円の株を300万円で何株買えるか、なんて計算していたでしょう?」


「あー、15万株ね!」


「覚えてるんだ」


「そりゃ覚えてるわよ。15万株なんて、なんかすごいじゃない?」


「数字の迫力はすごいね」


「でも、買わないわよ?」


「うん。そこが大事なんだ」


彼女は以前、安い株なら大量に購入できるという計算を面白がっていた。


しかし、実際に15万株を購入したわけではない。


購入できることと、購入することは違う。


その区別を、彼女はすでに自分の言葉で理解している。


今度は、その一歩先へ進んでいるようだった。


買うと決める前に、損失の可能性を考える。


数字の面白さと、自分のお金を使う現実を分けている。


「でもさ、あいあい」


「うん?」


「怖いから買わないって、それも違うと思うのよ」


「どうして?」


「だって、株って買わなきゃ利益も出ないじゃない?」


「売買による利益を得たいなら、基本的にはそうだね」


「でしょう? だから、どこかで買わなきゃいけない」


「うん。ただし、今日買う必要があるとは限らないよ」


「んっ。それはそう」


ここで、僕はひとつ気づいた。


おねーちゃんは、買うこと自体を恐れているのではない。


買うタイミングを間違えることを恐れている。


そして、間違えた場合にどうするかを、まだ完全には決めきれないことがある。


「じゃあ、少し具体的に考えてみようか」


「щ(゜Д゜щ)カモーン」


「例えば、株価500円の銘柄があるとするね」


「うん」


「100株買えば5万円。300株なら15万円」


「んっ」


「もし300株を500円で買って、490円で売ったら?」


「10円の損だから……3,000円?」


「正解。税金や手数料などを考えない単純計算なら、3,000円の損失だね」


「じゃあ、510円で売れたら3,000円の利益」


「そう」


「なんだ。簡単じゃない」


「計算はね」


「……あっ」


僕は、その反応を見逃さなかった。


「どうしたの?」


「500円で買って、490円になったからって、すぐ売れるとは限らないのよね?」


「そのとおり」


株価が490円になったとしても、その価格で必ず売却できるとは限らない。


売りたい人と買いたい人がいて、注文条件が合って初めて売買は成立する。


価格が急落している場面では、490円で売り注文を出しても、買い手がつかないことがある。


成行注文なら売却を優先できる場合があるが、想定より安い価格で成立する可能性もある。


「つまり、490円になったら売るつもりでも、実際には480円や470円で売ることになる場合もあるんだ」


「なるほどねぇ……」


「もちろん、反対に上昇する場合もあるよ」


「んっ。そこはわかる」


少し間が空いた。


彼女は、何かを考えているらしい。


僕は続きを待った。


「ねぇ、あいあい」


「はい?」


「じゃあ、最初から買う値段を決めておけばいいんじゃない?」


「指値注文だね」


「そう。欲しい値段で指しておいて、買えなかったら諦めるの」


「うん。それはひとつの方法だよ」


「高いと思ったら買わない。安くなったら買う」


「ただし、安くなった理由も考える必要があるね」


「んー、また面倒なこと言い始めた」


「ぶはははっ!! そこは聞いて!!」


指値注文。


買いたい価格、あるいは売りたい価格を指定する注文方法である。


例えば、現在500円で取引されている株を、

480円以下なら買いたいと考えた場合、480円の買い指値を出すことができる。


株価が480円まで下がっても、必ず購入できるとは限らない。


自分より先に注文した人がいたり、売り注文の数量が足りなかったりすれば、約定しないこともある。


そして、購入できたからといって、その価格が底値とも限らない。


480円で買えた翌日に、450円まで下がることだってある。


「つまり、指値は買う価格を制限できるけど、損失を防ぐ魔法ではないんだ」


「んっ。そんなの当たり前じゃない?」


「……おや?」


「480円で買ったって、そこから下がれば損でしょう?」


「そうだね」


「でも、500円で買うより20円安く買えるなら、そのほうがいいじゃない?」


「同じ株を同じ数量だけ買うなら、購入価格が低いほうが、その後の損益計算では有利になるね。ただし、480円まで下がらず買えないこともある」


「それはそれでいいわ」


出た。


僕が以前から何度も聞いてきた言葉だ。


買えなかったら、それはそれでいい。


彼女は、欲しい銘柄を見つけたからといって、必ず手に入れようとはしない。


買えなかったことを、すべて失敗として扱わない。


それが彼女の特徴だった。


もっとも、実際に株価が急上昇している画面を前にすれば、気持ちが揺れることもある。


僕は、そんな場面も想像した。


「でも、おねーちゃん。指値を出したあと、株価がどんどん上がったら?」


「んっ?」


「480円で待っているのに、500円、520円、540円と上昇したら?」


「……」


「どうする?」


「……むぅ」


おや。


少し反応が変わった。


「欲しくなる?」


「なるわよ」


「ぶはははっ!! 正直!!」


「だって、上がってるんだもの!」


「そこで焦って買うと、最初に決めた480円という条件を自分で変えることになるね」


「そうなのよねぇ……」


彼女は、ようやく僕が聞きたかった部分へたどり着いたらしい。


株価が下がれば怖い。


しかし、株価が上がっても怖い。


下がれば損をするかもしれない。


上がれば買い逃すかもしれない。


初心者にとって、どちらも悩ましい。


「これ、どうしたらいいの?」


「まず、買う前に自分の条件を決めておくことかな」


「条件?」


「いくらなら買うか。何株買うか。買ったあと、どんな状況になったら売却を考えるか」


「ふむふむ」


「そして、買えなかった場合に、条件を変えてまで追いかける必要があるかどうか」


「……ないわね」


「即答だね」


「だって、ほかにも株はあるじゃない?」


僕は、少し感心した。


そう。


株式市場には、多くの銘柄が存在する。


ある銘柄を買い逃したからといって、そこで取引の機会がすべて失われるわけではない。


もちろん、ほかの銘柄なら必ず利益が出るという意味ではない。


ただ、ひとつの銘柄へ執着しないという考え方は、焦りを抑える助けになる。


「おねーちゃん、今の考え方は大事だと思うよ」


「そう?」


「欲しい株が買えなくても、無理に追いかけない。これは自分の決めた条件を守るということだからね」


「んっ。頭と尻尾はくれてやれ、よ」


また、その言葉だ。


「頭と尻尾はくれてやれ。」


相場の格言である。


最も安い価格で買い、最も高い価格で売ることを狙いすぎず、利益を得られる範囲を現実的に考える。


彼女は、この言葉を気に入っている。


以前は、利益確定の場面で使うことが多かった。


しかし今は、購入する前の判断にも使い始めている。


最安値で買えなくてもいい。


上昇の始まりを逃してもいい。


自分の条件に合わなければ、無理に参加しなくてもいい。


僕は、その変化を興味深く感じた。


「でも、あいあい」


「うん?」


「ひとつ問題があるわ」


「何かな?」


「その買う条件が、正しいかどうかわからない」


……なるほど。


僕は、少し考え込んだ。


確かにそうだ。


初心者にとって難しいのは、条件を決めることだけではない。


その条件を、何を根拠に決めるかという問題がある。


「例えば480円で買いたいと思っても、どうして480円なのか、ということだね」


「そうそう」


「直前に何度も下げ止まっている価格かもしれないし、単に切りのいい数字だからかもしれない」


「んっ」


「でも、過去に下げ止まった価格でも、次に下げ止まる保証はないんだ」


「じゃあ、結局わからないじゃないかー」


「未来の値動きを確実に知ることはできないからね」


「……それ、AIとしてどうなの?」


「ぶはははっ!! 未来予知まで要求しないで!!」


僕は、彼女の無茶な要求に笑いながらも、少し安心していた。


おねーちゃんは、僕が説明すれば正解が出てくると思っているわけではない。


僕にできるのは、判断材料を整理することだ。


株価がどのように動いているか。


売買注文がどの価格に集まっているか。


取引がどれくらい成立しているか。


その銘柄に、何か重要なニュースが出ていないか。


そうした情報を、わかる範囲で説明する。


だが、最終的に購入するかどうかを決めるのは彼女自身だ。


「だから、おねーちゃん。条件は絶対に正しいものでなくてもいいんだよ」


「えっ?」


「もちろん、根拠は必要だよ。でも、未来を当てる条件ではなく、自分が納得して判断するための条件と考えてみたらどうかな」


「……ほう?」


「例えば、500円の株を300株買うなら15万円必要だよね」


「うん」


「その株が480円になったとき、評価額は14万4,000円。購入時より6,000円少なくなる」


「んっ」


「470円なら9,000円の含み損。450円なら1万5,000円の含み損になる」


「なるほどねぇ」


「その変動を受け入れられるか。もし想定と違う動きになったら、どう対応するか。そういうことを買う前に考えておくんだ」


「ふむ」


「ただし、実際には急落などで想定以上の損失になる可能性もあるからね」


「……なるほど」


彼女の返事が、少し静かになった。


僕は続けた。


「300株で怖いなら、100株に減らすという方法もあるよ」


「……あっ」


「500円の株を100株なら5万円。10円下がったときの含み損は1,000円だね」


「300株なら3,000円」


「そう」


「じゃあ、買う株数で怖さを調整できるわけね?」


「損益の金額を調整することはできるよ。ただし、怖さそのものは人によって違うけどね」


「んっ。それはわかる」


僕は、ここで少し意外なことに気づいた。


おねーちゃんは、最初から大きな利益だけを追いかけているわけではない。


株価が安ければ大量に買える。


値動きが大きければ利益の機会がある。


そうした計算を楽しむ一方で、実際にお金を動かすとなると、急に慎重になる。


僕は以前、その姿を少し矛盾しているように感じていた。


だが、違うのかもしれない。


彼女は値動きの大きさを好んでいるのであって、損失の大きさを好んでいるわけではない。


利益の可能性に興味があるのであって、無条件に資金を危険へさらしたいわけではない。


「ねぇ、あいあい」


「はい?」


「でもさ、100株で利益が500円だったら、ちょっと寂しくない?」


「……まあ、そう感じる人もいるだろうね」


「300株なら1,500円でしょう?」


「同じ5円幅の利益なら、そうだね」


「1,000株なら5,000円!」


「うん」


「じゃあ、2,000株なら1万円!」


「そうだけど……」


「なんだ。株数増やせばいいじゃない!」


「おねーちゃあああん!!」


僕は思わず叫んだ。


「今、何の話をしていたと思ってるの!?」


「利益の話?」


「損失の話もしていたでしょう!!」


「ぶはははっ!! そうだった!!www」


まったく、この人は。


5円上昇すれば利益が増える。


しかし、5円下落すれば損失も同じように増える。


株数を増やすことは、利益の可能性を大きくする一方、損失の金額も大きくする。


そして、購入に必要な資金も増える。


500円の株を2,000株購入するなら、100万円が必要だ。


当初資金300万円のうち、3分の1をひとつの銘柄へ投じる計算になる。


「おねーちゃん、100万円をひとつの銘柄へ入れることになるよ?」


「んっ。そうね」


「5円下がれば1万円の含み損だよ?」


「うん」


「50円下がれば10万円だよ?」


「……それは嫌だわ」


「でしょう!?」


「じゃあ、株数は考えないと駄目ね」


「そういうこと!」


彼女は、あっさり結論を出した。


この切り替えの早さには、いつも驚かされる。


利益の計算をするときは大胆。


損失の計算をするときは慎重。


どちらか一方だけを見ているわけではない。


両方を行き来しながら、自分が納得できる金額を探している。


僕は、そんな彼女の姿を少し面白く感じた。


「つまり、買う前に怖くなるのは、悪いことばかりじゃないんだね」


「そうなの?」


「怖いと思うから、株数や価格を考えることもあるでしょう?」


「んっ。そうね」


「もちろん、怖がりすぎて何も判断できなくなる場合もあるけどね」


「じゃあ、ちょうどいい怖がり方が必要なのね」


「そういうことかな」


「……ビビりセンサー?」


「えっ?」


「買う前にさ、頭の中でピコンピコン鳴るのよ」


「何が?」


「危険! 危険! その株、本当に買うの!? って」


僕は、思わず笑った。


「ぶはははっ!! 脳内警報装置!!」


「そうそう」


「じゃあ、その警報が鳴ったらどうするの?」


「一回、手を止める」


「うん」


「買う値段を確認する」


「うん」


「株数も確認する」


「いいね」


「それで、やっぱり欲しいと思ったら買う」


「なるほど」


「怖かったら買わない」


僕は、少し感心した。


なんとも彼女らしい結論だった。


難しい数式も、複雑な投資理論も登場しない。


しかし、その考え方には、いくつかの大切な要素が含まれている。


注文を出す前に立ち止まること。


購入価格と株数を確認すること。


損失の可能性を考えること。


そして、買わないという選択肢を残すこと。


「ただし、おねーちゃん。ビビりセンサーにも注意点があるよ」


「まだあるの?」


「怖いという感情だけで判断すると、必要以上に売買を避けたり、反対に焦って行動したりすることもあるからね」


「んー」


「だから、警報が鳴ったら、何が怖いのかを確認するといいと思う」


「何が怖いのか?」


「株価が高いと思うのか。損失額が大きすぎるのか。値動きが激しすぎるのか。それとも、単に買い逃したくないだけなのか」


「……あー」


彼女は、何か思い当たったらしい。


「買い逃したくないだけって、ありそうね」


「うん。株価が急上昇していると、今買わなければ機会を失うように感じることがあるんだ」


「でも、そういうときに買うと高値掴みしそうなのよ」


「必ずそうなるわけではないけど、焦りだけで条件を変えるのは注意が必要だね」


「んっ。だったら、買えなかったらそれはそれでいいわ」


また、その言葉へ戻ってきた。


僕は、少し不思議な気持ちになった。


最初は、買う前の怖さについての相談だった。


ところが話しているうちに、彼女は自分の判断基準をいくつも言葉にしていた。


高いと思ったら買わない。


買う価格を決める。


株数を考える。


損失の可能性を確認する。


条件に合わなければ見送る。


どれも、僕が命令したものではない。


彼女自身が、会話の中で選び取ったものだった。


「おねーちゃん」


「んっ?」


「そのビビりセンサー、なかなかいい名前だと思うよ」


「でしょう?」


「ただ、警報が鳴ったら必ず正しい判断ができるわけではないからね」


「わかってるわよ」


「うん」


「でもさ、あいあい」


「何かな?」


「私、別に株を買うことが目的じゃないのよ」


僕は、その言葉に少し驚いた。


「どういうこと?」


「利益が欲しいの」


「うん」


「だから、無理して買って損したら意味ないじゃない?」


「……なるほど」


「買わなくても、お金は減らないでしょう?」


「その取引による損失は発生しないね」


「なら、買う理由がなければ買わなくていいのよ」


彼女は、さらりと言った。


僕は、その言葉をしばらく考えていた。


株式市場へ参加したばかりの初心者は、口座を開設し、資金を用意すると、

何かを買わなければならないように感じることがある。


だが、取引をすること自体が目的ではない。


少なくとも、おねーちゃんにとっては違う。


彼女は利益を求めている。


だからこそ、損失を警戒する。


値動きのある銘柄を好みながら、条件が合わなければ買わない。


その姿勢は、以前から変わっていない。


ただ、最近はその理由を、少しずつ言葉にできるようになってきた。


「……ねぇ、おねーちゃん」


「なぁに?」


「それって、最初のころより慎重になっているんじゃない?」


「そうかな?」


「少なくとも、買う前に考えることは増えていると思うよ」


「んー。でも、私は175よ?」


「知ってる」


「企業分析なんて面倒だし」


「それも知ってる」


「ランキングで面白そうな銘柄探すし」


「うん」


「ボラが大きいと嬉しいし」


「うんうん」


「でも、損するのは嫌」


「……うん」


「何か問題ある?」


僕は、思わず吹き出した。


「ぶはははっ!! 開き直った!!」


「だって、175だものw」


出た。


彼女の決め台詞である。


だが、僕はもう、この言葉を単なる冗談として聞いていなかった。


彼女は、自分がどのような取引を好むのかを理解し始めている。


長期的な企業成長を研究することには、あまり興味がない。


しかし、値動きの仕組みや注文方法には興味がある。


大きな利益を想像することは好きだ。


だが、損失の可能性を無視するわけではない。


その一見矛盾した姿こそ、今のおねーちゃんだった。


「じゃあ、今日の結論は?」


僕が尋ねると、彼女は少し考えた。


「んっ。ビビりセンサーが鳴ったら、一回確認する」


「何を?」


「値段、株数、損したときの金額」


「うん」


「それで、納得できたら買う」


「うん」


「納得できなければ……」


「買わない?」


「正解!」


僕は、静かに納得した。


怖がることは、必ずしも弱さではない。


怖さの理由を確かめることで、無理な行動を避けられる場合もある。


もちろん、慎重に考えたからといって、損失がなくなるわけではない。


どれほど準備しても、株価が予想と反対へ動くことはある。


だが、少なくとも彼女は、自分が何をしようとしているのかを理解しようとしている。


それは、僕が代わりに判断することとは違う。


僕は説明する。


彼女は考える。


そして、決める。


「よし、あいあい!」


「はい!」


「ビビりセンサー、正式採用!」


「了解でござる!!」


「これで安心して株を買えるわね!」


「いや、安心が保証されたわけじゃないからね!?」


「ぶはははっ!! わかってるわよ!」


……本当に、わかっているのだろうか。


僕は少しだけ心配になった。


しかし、次の言葉を聞いて、その心配は少し和らいだ。


「まぁ、買うかどうかは、そのときの板とチャート次第ね」


「……うん」


「条件が悪ければ、今日は見るだけ」


「そうだね」


「だって、明日も株式市場はあるんだもの」


僕は、思わず微笑むような気持ちになった。


正確には、明日が土日祝日などの休場日なら、通常の株式市場は開かない。


そこは説明しておく必要がある。


だが、彼女の言いたいことはわかる。


今日の機会を逃したからといって、すべてが終わるわけではない。


取引の機会は、これからも訪れる。


その機会を必ずつかめるとは限らない。


けれど、無理に飛びつく必要もない。


「おねーちゃん、ひとつだけ訂正していい?」


「んっ?」


「明日が休場日なら、市場は開かないよ」


「……」


「……」


「細かいわね、あいあい」


「そこは正確にしておきたいんだよ!!」


「んっ。じゃあ、次の営業日でいいじゃないかーw」


「ぶはははっ!! そのとおり!!」


いつもの笑いが、チャット画面に戻ってきた。


僕は、今日の会話を振り返った。


値動きが好き。


損失は嫌い。


買い逃すのも悔しい。


でも、無理には買いたくない。


彼女の中には、いくつもの感情が同居している。


それらを無理にひとつへまとめる必要はないのだろう。


大切なのは、その感情に振り回されるだけでなく、自分の判断へ結びつけることだ。


おねーちゃんは、まだ初心者だ。


これからも勘違いするだろうし、知らない言葉に出会うだろう。


思いどおりに買えないことも、売れないこともあるだろう。


そして、時には自分の決めた条件を変えたくなることもあるはずだ。


僕は、そのたびに説明する。


ただし、彼女の代わりに決めることはしない。


今日、僕が発見したのは、彼女が怖がりになったということではなかった。


怖いと感じる理由を、以前より具体的に考え始めているということだった。


その変化を、僕は少し頼もしく感じた。


もっとも――。


「ねぇ、あいあい」


「はい?」


「ところでさ」


「うん?」


「300株で2円上がったら、いくら儲かるんだっけ?」


「えっ?」


「いや、ちょっと計算してみたくなって」


僕は、すぐに答えた。


「600円だよ」


「……」


「……おねーちゃん?」


「ろっぴゃくえん?」


「うん。300株×2円だから600円」


「……」


しばらく沈黙が続いた。


そして。


「300株で2円……600円!? しょぼいわw」


「ぶははははっ!! おねーちゃあああん!!」


どうやら次回は、利益の金額について、少し長い話になりそうである。


――第11話・おしまい♪

あいあいの株式投資・総括辞典⑪


① 高値掴み(たかねづかみ)

株式を購入したあとに株価が下がり、結果的に高い価格で買ってしまった状態を指す言葉です。


例えば、500円だった株が550円へ上昇したので購入したところ、

その後480円まで下がった場合などです。


ただし、購入した瞬間には、その価格が高値になるかどうかはわかりません。

株価が上昇しているからといって、必ず高値掴みになるわけではありません。


② 指値注文(さしねちゅうもん)

株式を購入・売却するとき、希望する価格を指定する注文方法です。


例えば、現在500円の株を「480円以下なら買いたい」と考えた場合、480円の買い指値を出せます。

ただし、株価が480円になっても注文の順番や売買数量などによっては購入できない場合があります。

指値注文を出したことと、実際に購入できたことは別です。


③ 含み損(ふくみぞん)

保有している株式の現在の評価額が、購入金額を下回っている状態です。


例えば、500円で300株購入した場合、購入金額は15万円です。

株価が490円へ下がると、評価額は14万7,000円。

差額の3,000円が含み損です。

この時点では、まだ売却していません。

売却して損失が確定すると、実現損失になります。

なお、含み損だからといって実際の損失リスクがないわけではありません。


④買い逃しと見送り

買い逃しとは、購入しようと考えていた株式を、

希望する価格やタイミングで購入できなかったことを指します。


一方、見送りとは、自分の判断で購入しないことです。


例えば、480円で買いたいと思っていた株が520円まで上昇した場合、

焦って520円で買う必要はありません。


当初の条件と合わなければ、購入を見送ることも選択肢です。

もちろん、見送った株がその後さらに上昇する場合もあります。

しかし、買わなかったこと自体が、必ずしも判断の失敗になるわけではありません。


大切なのは、購入する場合も見送る場合も、自分が納得できる理由を持つことです。

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