04. 母 シェリー
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もうすぐエントワの13歳の誕生日だという頃にアビリートがくしゃみをしたという報告が届いた。
たまたまアビリートの部屋の前を通ったメイドがくしゃみを聞いたと伝えてきた。
「嫌だわ。後数日でエントワの誕生日なのに熱を出したら可哀想ね。エントワの部屋を暖かくして今日はベッドに寝かせるわ」
双子だからなのか、エントワとアビリートは同じ頃に病気になりエントワは重症になってしまう。
なのにアビリートはエントワより軽く済んで数日早く元気になる。
けれどエントワは長生きできないと言われていたのでその瞬間を大切に育てていた。
アビリートは死ぬ心配はないのだからたまにはエントワが苦しむ分を引き受けてくれればいいのにとすら私は思っていた。
エントワの些細な変化も見落とさないようにとエントワの部屋へと急いだ。
ブルーノではやはり細かなところまで気が付かないので、アビリートがくしゃみをしたならエントワをブルーノに任せておくわけにはいかなかった。
「シェリー。どうしたんだ? 仕事があったのだろう?」
「ええ。けれどアビリートがくしゃみをしたそうなの。エントワが心配で」
「そうか。⋯⋯エントワ。熱が出たら誕生日を楽しめないから今日は予防のためにベッドに入っていなさい」
「え〜〜⋯⋯。エントワはどこも悪くないわ」
エントワには自分のことは『私』と言いなさいと教えているのだけれどエントワは自分のことを名前で呼ぶ。
少し年齢より幼く見えるのに余計に幼く見えてしまうので自分のことを名前で呼ぶのは止めてほしかった。
「エントワ。お願いよ。アビリートがくしゃみをしていたそうなの。エントワが熱を出したら大変だわ。だから言うことを聞いて。ね? ベッドの中で一緒にご本を読みましょう?」
「じゃぁ【お星様とお月様と王女様】を読んで!!」
「ええ。大人しくベッドに入っていてくれるなら良いわよ」
いそいそと着替えてベッドに入ってくれたのでホッとしてエントワの横にブルーノも一緒に並んで横たわった。
最近のエントワは王女様のセリフをエントワが読み、夫が王子様とお月様の役、私がお星さまとその他の役を読み上げることを楽しんでいる。
エントワの調子が悪くなっていかなくて今はホッと息を吐けたけれど、これから熱が上がってくるかもしれないと不安で仕方なかった。
今度熱が出たらエントワは私たちを置いて逝ってしまうかもしれない。
毎日そう怯えて暮らしている。
どうか、どうかエントワが熱を出しませんように、エントワが明日も元気でありますようにと神に祈る。
本を読んでしばらくするとエントワは眠りについた。
「あなた。お仕事をしてらして。私がエントワを見ていますから」
「そうか? なら頼んだ」
夫がそっとベッドから降りて執務室へと向かった。
万が一病気をうつされることがないように、エントワと人との接触は禁止している。
エントワの部屋に入れるのは私とブルーノだけ。
そして3日以上外出していなくて外出した人との接触をしていない人だけ入室の許可を与えている。
当然私もブルーノも同じように人との接触をしないように気を付けている。
エントワの部屋の掃除は私がしている。エントワの為なら苦にもならない。
埃で噎せたりしないように丁寧に掃除している。
エントワと病原菌を近づけない。
これがとても大事なことだと私は思っている。
そしてほんの少しの時間でもエントワと一緒に生きていられるように私もブルーノもエントワの部屋で仕事をするようにしているのだけれど、エントワの部屋でできることはやはり少ない。
ガービン執事長とマリカメイド長が頑張ってくれているからこの家はなんとか回っていると言っても間違いではないと思っている。
エントワの可愛い寝顔を見てこの子が長生きできないなんてそんなことは信じない!! そう思っていてもこの子が生まれた日に言われた『長生きできない』という言葉が頭の中をぐるぐる回る。
涙が零れそうになってぐっと堪える。
「死なせたりしないわ。ほんの些細な変化も見逃したりしないからね。だからエントワも頑張るのよ」
眠っているエントワの頬に口付けて頭を撫でる。
「愛しているわ。エントワ」
その日、酷く心配していたけれどエントワは熱を出すことも、くしゃみをすることもなかった。
頬は紅色に染まっていていつもより元気そうだった。
エントワの13歳の誕生日が病気で寝込むなんてことにならなくて本当に良かったと思った。
エントワにプレゼントを渡して三人でケーキを食べる。
エントワが最近ナッツを気に入っていてここのところナッツ味の食事とデザートが続いている。
私は少し飽きてきたので他のものを気に入ってくれるといいのにと思い始めているほどエントワは気に入っていた。
この年の誕生日プレゼントは【お星さまとお月様と王女様】の第二巻で、ブルーノが作者に頼み込んで書いてもらったこの世にたった一冊だけの本だった。
エントワが頬を染めて喜んでいるのが本当に嬉しくて涙が零れそうになるのを頬の内側を噛んで堪えた。
ブルーノも私と同じ気持ちなようで私と同じような顔をしているのが可笑しかった。
エントワのお願いで誕生日の夜は夫婦の寝室で三人並んで眠った。
「もう13歳なのだから本当は駄目なのよ」
そう言ったけれど来年もこうやって一緒に眠れればいいのにと思っていた。
エントワがいてその向こうにブルーノがいる。
これ以上ない幸せだと思った。
長生きできないと言われた時は明日は生きれるのか、毎日毎時間毎分毎秒と心配だった。
私たち夫婦の心の方が壊れてしまうのではないかと思うほど想い悩んだ。
でもエントワに心配させてはいけないと、夫婦で何度も話し合って支え合って今日まで来た。
今も明日が怖いけれどエントワの「おはよう」という一言で救われる。
誕生日の翌日。
エントワがアビリートに会いたいと言い出して困ることになった。
私たちは常日頃エントワをアビリートに近づけたくないと思っているのにエントワにはその親心が通じない。
親の心子知らずとはよく言ったものだと思っていた。
エントワを宥めていつものように三人で朝食を取り、三人で昼食を取った。
エントワの状態はいいようで、アビリートがくしゃみなんてするからしなくていいエントワの心配をしたじゃないのとアビリートに腹を立てていた。
私たちはエントワの様子を見ながらエントワの部屋で仕事をしていた。
なんだか屋敷の中がざわついている感じがして扉の方を見ていると慌ただしく扉がノックされた。
ブルーノが不機嫌に「何だっ!!」と言うとガービンがエントワの部屋だと言うのに押し入ってきた。
いつもは部屋の扉の前で要件を伝えるだけだと言うのに、エントワの部屋に入ってくるなんてと腹を立てているとブルーノが「冗談を言うな!」と怒鳴り「冗談ではありません!!」とガービンがブルーノの胸ぐらを掴むという愚行を犯した。
私は咎めようとしたけれどブルーノが何も言わずついて行ったので私はとりあえず黙って二人を見送った。
エントワがブルーノとガービンのやり取りに怯えていたので仕事は諦めてエントワと遊ぶことにした。
屋敷の中がなんだかバタバタしているようでエントワが落ち着けなくて可哀想だった。
ブルーノが居ないので部屋を空けるわけにいかなくて使用人たちに注意することもできなくて本当に腹立たしいことだわ。
ブルーノもガービンからも何の連絡もないまま何が起こっているのか解らなくて笑顔でエントワと遊んでいても心の中は怒りと不安が綯交ぜになっていた。
実際には1時間ほどのことだったけれど、体感的には3時間にも感じるほどの長い時間が経ってやっとマリカとメイドがやって来た。
「旦那様がお呼びです」
そんなふうに言われたけれどエントワを一人残していくことなんてできない。
「エントワを一人にはできないわ!!」
怒りも顕あらわに伝えると「メイドが付いていますので大丈夫です。旦那様のところへお願いします」とマリカが言った。
「ブルーノが来ればいいことでしょう?!」とマリカを叱りつけるように言ったのだけれど、マリカに腕を掴まれてエントワの部屋から連れ出された。
「マリカ!! エントワの部屋に入り込むなんて!! 先程はガービンもエントワの部屋に入ってきたし、その上メイドをエントワの部屋に入れるなんて!! エントワになにかあったらどう責任を取るつもりなの?!」
「奥様。すべて理解されている旦那様がお呼びなのです」
そんなふうに言われると口を閉ざすしかなかった。
階下へと連れて行かれて一階の奥へと連れて行かれた。
「ここは?」
「アビリートお嬢様のお部屋です」
「ちょっと待ちなさい!! アビリートはくしゃみをしたのでしょう? 病気をうつされたら困るわ!! アビリートの部屋に入るなんてできる訳ないでしょう!!」
「奥様!!」
マリカの手をなんとか引き剥がそうと部屋の前で揉めているとブルーノが「シェリー!! 入りなさい!!」と怒鳴った。
ブルーノは涙を流しているようで何だか気まずくて言い返すことができなかった。
ブルーノの様子がおかしいことが気になり、その後にアビリートの部屋に初めて入るわと思いながら一歩部屋に入った。
陰気な部屋ね。とまず思った。
エントワの部屋は明るく沢山の物に溢れているのにアビリートの部屋は狭くて暗く、空気が淀んでいて子供が喜びそうなものは何一つなかった。
アビリートのベッドが目に入り、アビリートが寝ているのが見えた。
「やっぱりアビリートは病気なのでしょう?! こんな部屋に入ったらエントワに⋯⋯」
「黙りなさい。アビリートの傍に行ってやりなさい!!」
「嫌よ! エントワがさみし⋯⋯」
ブルーノに腕を掴まれてアビリートの前まで連れて行かれた。
ブルーノがアビリートだという子供は8歳くらいの小さな子だった。痩せ細っていて頬が落ち窪んでいる。
あれだけ病気をしているエントワですら頬はふっくらしていて唇の血色もいい。
けれどここに横たわっている子はアビリートではない。
「この子はアビリートじゃないわ!! この子は誰なの?! なぜ我が家にいるの?!」
「この子はアビリートだ!!」
「アビリートにしては小さすぎるじゃないっ!! ありえないわ!!」
これだけ大きな声で言い合いをしているのに、ベッドに横たわっている子は何の反応も示さなかった。
眠っている? 物凄く苦しそうな表情で身動き一つしていなかった。
「知らない子の前に連れてきてどうするっていうのよ!! それにアビリートなんてどうでもいいわ!! エントワが一人で部屋で待っているのよ!! 可哀想じゃない!!」
「シェリー。⋯⋯アビリートは眠っているのではない」
「本気でこの子がアビリートだというの? こんな小さな子。ありえないって言ってるでしょう?!」
ブルーノに腹を立てている私は何も見ていなかった。
ブルーノがアビリートだと言い張る女の子の枕元に引っ張られてその子の顔を見ると確かに私たちによく似た子だった。
なんとなく気になって喉元を見ると喉を掻き毟ったような引っかき傷が無数についていて苦痛に歪んだ顔が見ていられないと思った。
「アビリートは昨夜私たち三人がエントワの誕生日を祝っていたより前には亡くなっていたそうだ」
「え?」
「なのにほんの一時間ほど前までアビリートが死んでいることに誰も気が付かなかった」
「変な冗談言わないで! アビリートは長生きできないなんて言われてないのよ!!」
「病気になった時に看病もされず、医者も呼んでもらえなかったら死ぬだろうよ」
治癒師が私とブルーノを睨みつけるように言った。
その言葉にぺたりとブルーノがその場に座り込んだ。
「ありえないわ?! この子がアビリートで、アビリートが死んでいるって言うの?」
周りを見回すと目を合わせたのは双子が生まれた時に来てくれた白衣を着た医師と治癒師だけだった。
「嘘でしょう? 二人は『泣き声をあげられなかった子は長生きができない』って言ったじゃない!!
エントワのことでしょう?!
アビリートが死ぬなんて言わなかったじゃない!!」
「ちゃんと世話をされていたら死ぬことはなかったと思いますよ」
治癒師が言う。
「はぁっ?」
医師が治癒師の言葉の足りない部分を補う言葉を告げる。
「アビリートお嬢様はアレルギーをお持ちだったようです」
「アレルギー?!」
「はい。使用人の方々にお話を伺ったところ誰もその事に気が付かなかったようです。
エントワお嬢様がナッツがお好きで、食事によく出ていたようですね。
エントワお嬢様のお誕生日ということもあってここ最近は毎食ナッツが含まれた食事が出ていたそうですね?
料理人に聞いたところスープにまでナッツを入れていたそうです。
それでアビリートお嬢様のナッツの許容量を超えてしまったのでしょう。
アレルギーで喉が腫れあがって呼吸ができなくなって苦しんでのた打ち回ってたった一人で亡くなったようです」
「ナッツアレルギー⋯⋯?
そんな事知らないわっ!!
アビリートについていた侍女は誰?!」
「誰も付いていない」
ブルーノが首を振る。
「そんなはずはないでしょう?!」
「シェリーが知らないのなら誰も付いていなかったんだよ」
「うそ⋯⋯ありえないわ⋯⋯」
マリカを見て「アビリートには誰か付いていたでしょう?! どうしてこの子はこんなに小さいの?! エントワですら年相応に見えるというのに!!」と問い詰めるように聞いた。
「エントワお嬢様のことは事細かく指示されていましたが、アビリートお嬢様のことはエントワお嬢様に近づけなければどうでもいいと仰っておられました。
私共もお小さい頃は気にかけていましたが、いつもエントワお嬢様が重症になられていたので⋯⋯いつの頃からかアビリートお嬢様のお世話はしなくなっていて⋯⋯⋯」
私はアビリートに縋り付いて「アビリート。起きなさい!! こんな冗談は許しませんよ!!」とアビリートの体を揺すった。
激しく揺すったからか掛ふとんがズレてアビリートの肌に直接触れてしまった。
私は驚いて思わずアビリートから手を離した。
あまりにも冷たかったのだ。
そして人としての体の柔らかさがなかった。
「せめて苦しんだ顔をなんとかしてやりたいと思ったんだが、戻らないんだ」
ブルーノがポロポロと涙を流している。
アビリートが死んだことを初めて理解した。
「アビリート!! アビリートーーー!! うそよーーー!!」
アビリートとの思い出がなにもないことに気がつく。
どの誕生日もエントワのことしか覚えていない。
アビリートがどんな声だったかも解らない。
生まれたときですら私はアビリートを抱いていないことを思い出した。
「嫌よ⋯⋯駄目よ!! アビリート!!」
アビリートに名前を呼びかけたことすらなかったことにも気がついた。
「ブルーノ。あなたはアビリートとの思い出はあるわよね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ブルーノにもアビリートとの思い出はないのだと思った。
「ごめんなさい。ごめんなさい。アビリート!! これからじゃない!! どうして?!」
治癒師が舌打ちをした音が大きく響いた。
その舌打ちは『お前たちが殺したんだろうが』と言っているようだった。
ガービンがこれ以上の醜態は見せられないと思ったのか医師と治癒師を部屋の外へと誘なった。
パタリと部屋の扉が閉まると部屋の中は薄暗くて息ができないと首に手をやった。
アビリートはこれよりも苦しくて喉を掻き毟ったのだと、絶望を感じた。
ほんの少し、アビリートを気にかけてやっていれば死ぬことはなかった。
エントワが好きだからと続けて食事にナッツを使ったからアビリートは死んだ。
アビリートが死んだのは私のせいだ。
違う!! エントワのせいよ!!
そう!! エントワのせいよ!!
だって私はナッツ味の食事が嫌だと思っていたもの!!
エントワが毎食ナッツを食べたいと言ったからアビリートは死んだのよ!!
「エントワがナッツを食べたいって言ったからアビリートが死んだのよね?」
ブルーノが目を見開いて私を見て「⋯⋯そうだ。エントワがナッツを食べたいと言ったからアビリートが死んだんだ」と答えた。
この瞬間からアビリートを殺したのはエントワだと私もブルーノも思い込むようになった。
あれほど気にかけていたエントワのことを疎ましく思うようにもなった。
私かブルーノが必ずエントワの部屋に居たのに今では寄り付きもしなくなってしまった。
アビリートが死んだからなのか、それ以外の理由があるのかわからないけれどエントワは風邪一つひかなくなった。
殆ど教育していなかった貴族としての立ち居振る舞いを覚えさせるために家庭教師を雇った。
学園に入るまでになんとか仕上げて欲しいと頼み込むと「お任せください」と心強い言葉をいただいた。
エントワは朝起きてから夜寝るまで家庭教師が付きっきりで教育してくれた。
家庭教師がいる間はエントワに関わらずに居られることにホッとした。
エントワが学園に行くようになったある日、ブルーノが「エントワにこの家の跡を継がせるわけには行かない」と言い出した。
「エントワは学園の授業についていくだけでやっとになるだろう。
今まで何も教えなさすぎた。
エントワの為を考えるなら甘やかしてくれる包容力のある男のところに嫁がせるのがいいのではないだろうか?」
「そう、ね⋯⋯。そうだわ」
「今まではエントワに手がかかって子供を作ることを諦めていたが、エントワに手がかからなくなった今なら子供を作れるんじゃないか?」
「でも、私、もういい歳よ?」
「少し試してみないか?」
そう言われてその気になると、すぐに妊娠した。
そして待望の男の子を産んだ。
そのうえエントワとは違い元気な子だ。
大きな声でよく泣いてよく笑う。
アビリートが死んでこの家も死んだように静かになっていたけれど、エクサリアが生まれたことで家も蘇った。
エクサリアを産んだことで妊娠しやすくなったのか、翌年も男の子、フィリックが生まれた。
アビリートとエントワの時のような失敗をしないように二人を平等に気にかけて育てている。
元気に育っている。
子育てに毎日毎時間毎分毎秒の心配は必要ないと思わせてくれる。
伸びやかに愛してあげればいい。
エントワが学園を卒業した。
アビリートが生きていれば⋯⋯本当ならアビリートが生きていてエントワが死んでいるはずだった。と涙がこぼれる。
アビリートとの思い出はこれから作るはずだったのに!!
エントワのせいでアビリートが死んでしまった!!
エントワのためにブルーノがいい結婚相手を見つけてきてくれている。
もうエントワに煩わされることもないのだと思うと清々しい気持ちになった。
少し年上だけれど、貴族教育が足りなくて、子供が産めるかどうかもわからないエントワを受け入れてくれると言ってくれるとてもいい人だ。
これでエントワは幸せになれる。
そんなふうに思っていたのに、エントワは結婚して直ぐに妊娠して流産してしまったのだそうだ。
やっぱりエントワは子供を生むことは叶わないのだと思った。
そのうえ残念なことに同時に子宮も失ってしまい、その後エントワは心を病んでしまったとエントワの夫から連絡が来た。
自室に引きこもり部屋から一歩も出てこなくて心配なので、一度様子を見に来てくれないかと書かれていた。
エントワは私たちが行っても喜ばないと思うとブルーノが返事をした。
アビリートが死んでからというものエントワは私たちの愛情を疑っていたから、会うと余計に苦しめると思った。
エントワは結婚して一年ほどで離縁され屋敷に戻ってきた。
またエントワに煩わされるのかと嫌な気持ちになった。
エントワの姿は何もかもを呪っているかのような陰鬱な様子で、エクサリアやフィリックに会わせられるような状態ではなかった。
私たちは急いでエントワを受け入れてくれる相手を探した。
私たちよりも年上の人だったけれど、愛妾としてなら受け入れてもいいと言ってくれる人が見つかったので「子宮もない教育もなっていない娘ですがよろしくお願いします」とエントワを預けた。
「これで一安心ね」
そうブルーノと話してエントワの笑顔を思い出して笑っていられたのも半年ほどだった。
エントワが王宮警邏隊に捕まったと連絡が来た。
エントワの前の夫とその子供たちを殺そうとしたのだというのだ。
実行前だったため修道院で心の病を治療するという処罰で済んだのは幸いだった。
数ヶ月程で出てこられると思っていたのだけれど、エントワは一年経っても二年が経っても出てこれなかった。
エクサリアとフィリック二人にはエントワのような失敗はしてはいけないと、貴族子息としての教育を厳しくしている。
7歳になったエクサリアには領主教育も少しずつ始めている。
エクサリアの後ろでフィリックも聞いていて、覚えようとしているのが可愛らしい。
エクサリアが成人したら直ぐに跡を継がせることになるだろう。
私たちはもういい年だから。
跡を継がせた後「手助けできるように長生きしなくてはならないわね」とブルーノと話し合っている。
エントワのときには心配だという話ばかりで未来を見ることはできなかったけれど今は違う。
楽しい未来を夢見ることができる。
今は幸せだと、心から思う。




