灰色の魔法使い、情緒不安定
ジャックは屋敷の柱に掴まり、嵐の夜が終わるのを待っていた。
兄であるルリエルが荒れ狂っている。
予想される事は一つ、ルリエルが『花嫁』と呼ぶ女に何かあったのだ。
ジャックは彼女と一度会っている。
荒野で一人彷徨っていたのを拾ったのか拾われたのか。女は迷子の癖に座り込むジャックを心配して声を掛けてきたのだった。
女はルリエルと居るのが嫌になったのだろうと思う。
弟のジャックから見ても、兄のルリエルはおかしい。血縁でもない彼女からすれば、会ったばかりで突然好意を寄せてくる魔法使いは疎ましかったのだろう。ルリエルの性質がもう少し人の心に寄っていたらまた違ったのだろうが、ルリエルは今迄そんな事を気に留めたことが無かった筈だ。
付け焼き刃で人に寄り添おうとしても、空回るのは目に見えている。
信じるかは兎も角、異世界から来て、宿無しの彼女だ。
女がルリエルを一時的に拒否したのか、はたまた逃げたのかは分からないが、手に入れた衣食住を捨てる位には疎ましかったのだろう。
しかし、それはそれ、これはこれで、荒れに荒れているユリエルを放置していったのはいただけない。
ジャックは嵐が収まるのを待って、ルリエルの元に走った。
ルリエルの部屋のドアは開いていた。
全ての窓は閉まっているはずなのに、部屋から強風が吹き付けてくる。
ジャックは、風に煽られながら歩を進める。
「兄貴、どうしたんだよ!嵐で街が滅茶苦茶だよ」
ジャックは何も無い自室で、床に伏せるようにして呻き声を上げている兄を見る。
透き通るような灰色髪が床に散らばり、人の声とは思えない音を出すルリエルは、幽鬼の様である。
部屋には風が吹き乱れ、所々、火花が散っている。
「ううう、花嫁が、奪われた!ああ!殺したい!全部、全部、壊してしまいたい!何もかもが許しがたい!」
「やめろよ!やるんなら一人でやれ!街が壊れる!」
ジャックが強風に煽られながら、大声で叫ぶ。
「はは、ああ、そうだなぁ。いつも忌々しい奴等だ。丁度いいじゃないか」
「よくねぇよ!そんなんだから花嫁にも逃げられんだろっ!」
「……ジャック、お前、随分と知ったような口を聞くね」
轟々と風が吹く中で、ルリエルの声だけが明瞭に響いた。怒っている。それが何だか悲しくなって、ジャックは静かに言った。
「兄貴よりはあの人の気持ち分かるよ」
「何だ、何が足りない?僕は彼女が喜ぶ事をした筈だ」
「魔法で脅かしながらか?そんなんであんたのこと好きになるはず無いだろ!怖いだけだ!」
「煩い!じゃあどうすれば良いんだ?僕にはそれ以外、無いんだよ!お前だって知ってるだろ?僕は魔法を使う以外、なんにも上手く出来ないんだから!」
ルリエルが髪を振り乱しながら立ち上がる。青い澄んだ目には涙が溜まっている。やっている事は子供の駄々だ。
「やる前から、何を言ってんだ!兄貴は、人に合わせようとか、相手の気持を慮るとか、した事ねえんだから当たり前だろ!みんな失敗しながら丁度いい距離感を掴むんだよ!全く!あんた俺より長生きのはずなのに、ずっと子供なんだから!」
ジャックはどうにでもなれと叫ぶ。言いたいことを言って、兄に殺されるのならば仕方あるまい。この兄に何かを言ってあげられるのはジャックだけなのだから。
ジャックは雷鎚が落ちるかと思って構えたが、その気配は無かった。
ルリエルは、ぽろぽろと涙を流していた。これにはジャックも呆れ返る。兄がこんなにも幼気な人だとは思っていなかったのだ。
薄い唇を噛みながらルリエルが言う。
「うう、どうすれば良いんだ?教えてくれよ、弟よ」
「はあ、とりあえずこの嵐を止めてくれ。落ち着いて話もできない」
「ああ、少し待ってくれ、魔力が上手くコントロール出来るようになるまで……」
「ふう、何時もそれくらい俺の話を聞いてくれればいいのに」
ジャックがヤレヤレと肩を落とすと、ユリエルが涙を拭きながら答える。
「何時も聞いているじゃないか」
「マジで言ってる?」
「ああ、お前は僕の弟だもの」
本気で言っているらしいルリエルの顔を見て、ジャックは大きな溜息をつく。
「頭痛くなってきたわ」
「魔法で治そうか?」
「いいよ、いらない」
「そうか?」
魔法使いの兄と、魔法の使えない弟が並んで床に座り込む。
随分と久し振りに話をする気がした。




