13 ◇◆ 幸せな夢に別れの日
〈注意事項〉
【この話に限り、バッドエンドです。】
過去の話ではありますが、バッドエンドが苦手な方はこの話を飛ばしてお読みください。読まなくても前後は繋がると思います。
悲劇のあの日に起こっていた、幸せな日常の話。
この町の女子はほとんど全員、ゼンが好き。
ナナリーも、メラちゃんも、ルッティさんも……とにかくみーんな、ゼンが好き。
……はぁーあ。
みんな本当に見る目がないと思う。
ゼンなんて、おじさんに似てちょっと顔がいいだけのガサツで野蛮なただの馬鹿じゃん。
しかもナナリーと明らかに両思いのくせに自分から告白もしない超ビビり。確信持てるまで動けないの?ナナリーに言われるまで待ってんの?超かっこ悪い。
そりゃ、私も5歳くらいの頃はゼンのことが好きだったけど……でもそんなのはもうノーカウント。そんな小さい頃の好き嫌いなんて、あってないようなもんでしょ。私の従兄弟の4歳のカタフなんて、一日ごとに「サラねえとけっこんする!」と「サラねえきらい!こっちこないで!」を繰り返すし。私もそんなもんだった。
でも私はちゃんと5歳で気付いた。ゼンのクソさと自分の見る目のなさに。
この町の女子はみんな見る目がない。
でも別にそれでいい。その分だけ、私のライバルが減るから。
◇◆◇◆◇◆
「あ、ゼン!ちょっと待って!」
ちょうど家のドアを開けたところで、ほぼ同時にお隣の家からゼンがひょっこり出てきた。ゼンは私に気付いた瞬間、露骨に嫌そうな顔をして逃げようとしたから、私は慌てて呼び止めた。
なんなのあの態度。まじムカつく。ナナリーにバラそっかな。
「…………何。」
なんなのその態度。まじムカつく。ナナリーの前でも同じことやれよ。
「家の前じゃちょっと。ねえ、あっち行こう。噴水のところ。」
返事を聞かずに私はゼンの腕を引っ張っていく。どうせゼンは私に逆らえないし。
私はナナリーの親友だから、ちょっとそれを振り翳して脅せばすぐに大人しくなる。
私とゼンは近くの広場……の端の茂みにある、枯れた噴水のところに並んで仲悪く腰掛けた。みんな意外とここには来ない、内緒話の穴場スポット。
私はさっそくゼンに質問した。
「ねえねえ!一昨日私があげたクッキー、食べてくれた?」
「クッッッソ普通の味だった。」
「は?!ゼンが食べたの?!最悪なんだけど!ってかゼンの感想なんて聞いてない!」
ゼンがうんざりしたような顔で私を見る。
「っつーかテメェが直接渡せよ。毎回俺を経由すんな。」
ゼンに言われなくても分かってる。うっさい。
「でも仕方ないじゃん。だってユン、全然家から出てこないんだもん。」
「じゃあ家に来て渡せよ。」
「おばさんにバレるじゃん!嫌だよそんなの!」
「俺はいいのかよ。」
「ゼンは脅して黙らせればいいんだもん。」
「うっざ。」
ゼンは溜め息をついて、私に嫌そうに教えてくれた。
「俺が『サラからもらったからお前にやる』っつったら、『えー?せっかくもらったものをそんな風に言っちゃダメだよ。兄ちゃんが食べなよ。』っつってた。」
「ええー!?ユンめっちゃいい子ー!優しいー!」
「『サラがお前にもって言ってた』っつったら、『え!いいの?やったー!誕生日にサラ姉のクッキー食べれるなんて思わなかった!得したー!』って一個食ってた。」
「キャー!バレてる!けどバレてない!偶然だと思ってんの?!かわいー!!」
私はそわそわしながらゼンに聞く。
「ねえ!ユンどれ食べてた?どれ食べてた?」
「カエルのやつ。」
は?
「ネ!コ!どう見てもネコでしょ!!カエルじゃない!!アンタ目おかしいんじゃない?!」
せっかく頑張って作ったのに!何それ!カエルなわけないじゃん!
私が思わず声を荒げると、ゼンがめっちゃ意地悪そうにニヤニヤしながら言ってきた。
「ユンが言ってたんですぅー。『俺、このカエルのやつにしよー』って。ハイ馬鹿ー引っかかってやんのー。」
「は?!」
「あーあ。ユンに言っとくかー。『あれカエルじゃなくてネコらしいぜ。お前が間違えててサラが超キレてた。』って。ユンの奴、落ち込むだろうなァー。」
「やめてやめて!なんでそういうこと言うの!馬鹿!」
そういえばユンって、絵がけっこう下手なんだよね。
うまく頭の中にあるものを描けないだけかと思ってたけど、もう目で見る段階から事故ってたんだ。誰がどう見たってネコだったじゃん。……でもユンだから許しちゃう。
「ユン、なんて言ってた?美味しがってた?」
「『サラ姉って料理も上手なんだね!美味しかった!ありがとうって言っておいて!』だって。」
「えー!好きぃーーー!!」
ゼンと血が繋がってるとは思えない!超かわいい!
「でもその後、体調崩して寝込んでた。お前、毒でも盛ったんじゃねえの?」
「黙れ!!」
本当、ユンと血が繋がってるとは思えない!コイツまじでムカつくんだけど!
……でも心配だな。ユン、本当にいつも寝てばっかりなんだもん。
「ねえ、ユンって何か特定の病気ってわけじゃないんでしょ?」
「そうらしいな。」
「じゃあ何が原因なんだろう?」
「知らねえよ。分かってたら苦労しねえよ。」
実は私には、ちょっと思い当たるものがあった。
「……もしかして、この土地の『空気』が合わないんじゃない?」
「…………は?」
ゼンが「意味がわかんない」って顔をしながら、私の方を向いて首を傾げる。
「この前、診療所の看護師のケイさんが言ってたんだよね。『病気を治すために、空気のいい田舎に引っ越して療養する人もいるんだよ』って。
ほら、最近珍しくこの町に引っ越してきた人いたじゃん?なんだっけ……名前、えーっと……」
「ガランっつったっけ?くたびれたジイさんだろ?」
「そうそう!その人。その人も『療養』のために引っ越してきたんだって。」
ゼンは私の話を聞いて眉を顰めた。
「じゃあ逆じゃねえか。ウチはど田舎で、わざわざ療養にくるほど空気いいってことだろ?」
まあ、そうなんだけど。
「でもさぁ、その逆ってこともあり得るんじゃない?ほら、ウェルナガルドって周りが山ばっかで、王国ではここら辺にしかないらしい夢見杉の花粉も飛ぶしさ。近くに鉱山もあるし。」
「夢見杉の花粉って別に吸ってもいいやつだろ?鉱山も人体に影響ねえってみんな言ってんじゃん。」
「だーかーらぁー!ゼンは馬鹿なの?!そんなの人によるじゃん!この町でユンだけが体質的に無理って可能性もあるでしょ?!
医療の世界では時には常識を疑うことも必要なの!患者個人に合わせてあらゆる可能性を考えなきゃいけないんだから!」
「急に賢ぶってんじゃねえよ。無理すんな。看護師の受け売りってバレてんぞ。」
でもゼンはそんなことを言いながらも、ちょっと真面目に私の言っていることを考えるような素振りをした。
「んー……まあ、親父とお袋に言ってみるか。一応。」
「うん。そうしなよ。もしかしたら、それでよくなるかもしれないよ?」
私が頷くのを見て、ゼンは微妙に納得がいっていなさそうな変な顔をしながら訊いてきた。
「っつーか、もしそれで本当にユンが引っ越しちまったらどうすんだよお前。」
ゼンは「お前はユンが好きなんだろ?それでいいのかよ。」って言いたいんだと思う。
……ゼンって、自分のことだけじゃなくて他人の恋話ですら「好き」って単語一つ言わないんだよね。本当見た目と違って恥ずかしがり屋っていうか、チキンすぎる。
「どうもこうもないよ。だってそれでユンが元気になるなら、その方がいいじゃん。
ユンはおじさんとおばさんの子で、ゼンの弟だよ?絶対に運動神経いいに決まってるし。身体動かせるようになったら絶対にもっと強くなるし、格好良くなる!」
「………………。」
「それにさ、山を何個か越えて大きい街に出ちゃえば、学校もあるし。ユンは勉強ができるから、絶対に学校に通った方がいいよ!
そしたらお医者さんとか、学者さんにもなれちゃったりして。超〜お金持ちになっちゃうんじゃない?
ただ運動神経がいいだけのアホなゼンより、運動ができて頭も良くて優しいユンの方が百万倍いいじゃん。療養になればそれが一番だけど、そうじゃなくてもユンは街に出た方がいいと思うんだけどなぁ。勿体無いよ。」
この町の女子はみんな分かってない。
ユンは今はただ体調が悪いだけ。だから頼りなく見えるだけ。元気になったら絶対にゼンよりも格好良くなる。
文字も書けるし本も読めるし、魔法で何か発明までしちゃう超天才。将来性の塊。この町で一番の可能性を秘めてると思う。
それに……みんなはユンを「チビで弱くて女っぽい」って馬鹿にするけど、全然そんなことない。
顔はたしかにおばさんそっくりで本当に女子みたいだし、私も2年くらい前まではなんなら「かわいい『妹』」って感じで接してたけど。
……でも気付いちゃったんだよね。
ユンって、意外と性格は男前。外見だけ荒くて中身はビビりなゼンとは真逆。歳下だけどゼンよりしっかりしてるし、何気なく当たり前のように「可愛いね」とか「素敵だね」って褒めてくれる。そういうことができる人の方が、一緒にいて頼りになるし幸せにしてくれるんじゃない?──って。
そのことにいち早く気付いた私は天才だと思う。
それに大人になれば、おじさんにも似てくるかもしれないし。
……まあそこは分かんないけど、おじさん似でもおばさん似でも、どっちでも絶対にイケメンになることは確定してる。おじさんとおばさんは誰もが認める町一番の美男美女夫婦だから。
「それでぇー、私も大人になったらユンと大きな街で暮らすの!ユンはきっとお金持ちになるから、領主様よりも大きな家を建てちゃったりして!大ーっきなキッチンがある家!そこで毎日私が料理をして『美味しいね。サラの料理は世界一だね。』なんて言われたりして。ッ、キャーーー!!
それでそれでぇ、猫を飼って、犬も飼っちゃおうかな。動物がたくさんいる家にするの!」
「妄想きんもっ!
テメェもついていく前提だったのかよ!きんもっ!」
ゼンが本当に気持ち悪そうな目で私を見てくる。
うっざ。誰もゼンとのことなんて考えてませんから。関係ないんだから放っておいてよ。
「しかも全然家業を継ぐ気ねえんじゃん。サラ、テメェは親不孝でバアさん不孝な奴だったんだな。」
「継がないなんて誰も言ってませんー!私はその街で刺繍のお店を開くんですぅー!
それで、ウチの伝統の柄を外の世界に広めるの。王国中に流行らせて、いずれは王子様と王女様にも着てもらえるくらいのすんごい綺麗な騎士服とドレスを作るんだから!」
「お前そこまで妄想してんの?きめぇ通り越して怖えよ。……ユン、まじで逃げた方がいいぞ。コイツやべえわ。」
「あ!ちょっと!絶っっっ対にユンには言わないでよ!?言ったらナナリーにバラすから!!」
「チッ!クソが。」
ゼンが舌打ちする。
舌打ちしてくるような奴の方がよっぽどヤバいじゃん。ナナリーこそ逃げた方がいいよ。
「っていうかさぁ!ナナリーにもうさっさと告白しちゃえばいいじゃん!いけるんじゃない?まあ知らないけど。」
本当は「いける」って知ってるけど。
ナナリー、ゼンのことが好きだって女子の前でははっきり宣言して周りを牽制してるし。それもナナリーがやると不思議と嫌味じゃない。むしろ必死でかわいいんだよね。
……でもゼンがムカつくから言ってやんない。
「テメェこそさっさとユンに言えよ。自分のこと棚に上げてんじゃねえよ。何で隠してんだよ。」
あーあー。そうやってすぐ切り返して誤魔化してくる。本当にビビりなんだから。
「私は決めてるの。『ユンが元気になるまでは告白しない』って。」
「は?なんで。」
「だって、ユンは優しいから絶対にこう言うもん。『ありがとう。すっごく嬉しい。でも、俺みたいな病弱な奴より、サラ姉にはもっといい人がいるよ。』って。」
「………………。」
「ほら。ゼンもそう思うでしょ?」
「お前、妄想はきめぇくせにユンの理解度は高えな。」
そりゃそうだよ。だって好きだもん。
ユンは家からあんまり出られないこともそうだけど、周りからそういう病弱なところを馬鹿にされているのも、本当は気付いて気にしてる。
ユンを馬鹿にするようなことを言うヤツは、私は見つけ次第殴ってる。ゼンも見つけ次第殴ってる。そこに関してだけは、私たちは共闘する同士。
……でも、私やゼンがいないところで、言うヤツは言うんだよね。それでユンが傷付いてるのが、本っ当に悔しい。いつか絶対に見返してやりたい。
みんなユンが頭が良くて魔法が使えるから妬んでるだけなんだよ。ユンはそんなこと気にする必要ないのに。
……はぁ。
私はちょっと沈んだ気を取り戻すために、ついでにお気楽なゼンのことも考えてあげることにした。
「私、ゼンの理解度も高いよ?
ゼンはね、態度がでかいだけのビビリなアホだから、賢くてしっかり者のユンがいないとこの町からも出られないし、ましてや頭のいい仕事なんてできないの。
だから、この町でおじさんを継いで猟師にでもなるんじゃない?いいんじゃない?似合ってるよ。毎日泥だらけになって猪とか鹿とか熊とかひたすら狩ってなよ。」
「テメェ、俺の親父のこと馬鹿にしてんのか?」
「馬鹿にしてないよ。おじさんは強くて格好いいじゃん。それに頭もいいし。この前ウチに新しい銃買いにきたとき、銃の仕組みや狩りのコツをいろいろ教えてくれたもん。
おじさんは賢くて強くて格好いい猟師だけど、ゼンはただ力でゴリ押すだけの無茶苦茶な猟師になるって言ってんの。」
「……いい加減にしろよ。」
ゼンが本気でキレそうな雰囲気を出してきたから、ちょっとだけゼンのことも褒めておく。
「まあでも、それでもしこの町でゼンがナナリーと結婚したらさ、ゼンのおじさんとおばさんみたいに『町で一番の美男美女夫婦』になるんじゃない?
いいじゃん。それはそれで幸せじゃん。」
悔しいけど、それは認めざるを得ない。
ナナリーは本当にかわいい町で一番人気の女の子だし、ゼンは……悔しいけど、顔は整ってる。顔だけ。
「だから頑張って!ゼン!
ゼンとナナリーが結婚したら、私とユンからプレゼントあげる!大きな街じゃないと買えないすっごく高級ないい生地を使った、ウェルナガルドの刺繍入りの超〜豪華な結婚式の衣装!
感謝してね。王室御用達の超〜売れっ子の私の刺繍入りだよ。」
ゼンはキレる代わりに呆れたような目で私を見た。
さすがに言い過ぎちゃったかなーって思っても、こうやってちょっと誤魔化すだけで、意外とゼンはキレてこない。
まあ……なんやかんやゼンも優しいっちゃ優しいんだよね。ユンと血が繋がってるから。
「ユンの金持ち妄想とテメェとユンの結婚妄想とテメェが店開いてる妄想は前提なのかよ。まじキモ過ぎ。いらねえし。」
前言撤回!優しくない!コイツ最悪!「いらねえし」って何?!ゼンの方こそ、ウチの家業のこと馬鹿にしてんの?!
ゼンの家のおじさんはウチで彫りを入れた銃を買ってくれてるし、おばさんはウチの刺繍が入った服をよく着てくれてるのに。
ゼンだけだよ!そんな風に言ってくんの。
ユンなんて、この間「見て見て!サラ姉!俺、サラ姉ん家の伝統工芸の柄を描けるようになった!これ、合ってる?」って言って私にたくさんの紙を見せてきた。あのときは驚いた。
全部合ってたから。……めっちゃ下手だったけど。
私はおばあちゃんに教えてもらっても、複雑すぎて、理解して描けるようになるまで半年はかかったのに。
私が驚きながら「合ってる」って言ったらユンは「やった!」って無邪気に喜んでた。「ウチの誰かに教わったの?」って聞いたら、首を振って、照れくさそうに顔を赤らめながら笑ってこう言ってた。
「ううん。自分で見て調べた。俺、この柄、綺麗で面白くて好きだから。描けるようになって嬉しい。」
って。
私はユンのこういうところが好き。
ゼンは「いらねえよ」とか言ってくるし、そもそも何かを素直に褒めるなんて全然しない。でもユンはウチの工芸品を「綺麗で面白くて好き」って言ってくれて、しかも描けるようになるまで観察して練習してくれたってことでしょ?本当に超かわいい。しかも自力で理解しちゃうなんて、やっぱりユンは超天才。
あのときは本当に胸がギューってなって、思わずユンを抱きしめたくなっちゃって、我慢するのが大変だった。
ユンのことを好きになる前の、2年くらい前の私なら、何も気にせず「ユン〜!んも〜かわいいんだからぁ!」とか言ってハグしてあげたり撫でてあげたりできてたのに。恋って本当に難しい。
まあ、ユンが紙に描いたやつは綺麗──ではなかったけど。面白くはあった。……ユン、何であんなに絵が下手なんだろう。
でも下手なのに「描けるようになって嬉しい」って笑ってるユンがかわいすぎて、そこは突っ込めなかった。
「あーあ!本当ゼンとユンって似てない!ユンと結婚したらゼンが義理のお兄さんでついてくるなんて最悪!」
「テメェの妄想に俺まで巻き込んでんじゃねえよ!まじでやめろ!」
私はゼンをじっとりと睨む。
「ねえゼン。さっきから妄想妄想って、やめてくんない?
これはね、乙女なら誰しもが思い描く未来の幸せな『夢』なの。」
「未来の!幸せな!夢!!テメェが乙女!!」
ゼンが私を思いっきり馬鹿にして爆笑する。
私はそんなゼンの脛を思いっきり蹴りつけた。
「っ!イッテ!!」
「ゼンの馬鹿!人の夢を笑うヤツは呪われちゃえ!!」
ゼンは一生、悪夢でも見てろ!!
◇◆◇◆◇◆
「はーぁあ。馬鹿なゼンの相手をしてたらけっこう時間経っちゃった。」
「テメェが呼び止めたんだろうが!っつかほとんどテメェが話してたんじゃねえか!」
横で文句を言うゼンは無視して立ち上がる。
「さーてと!私はナナリーのところにでも行こっかなー。ゼンは?そういえばどこ行くつもりだったの?」
するとゼンは口を尖らせてすこぶる嫌そうな顔をしてぼそっと呟いた。
「お袋にパン買ってこいって頼まれた。」
今度は私が思いっきりゼンを揶揄いながら爆笑した。
「キャー!ゼン!だからあんなに嫌がってたの?!
えー!行こ行こ!一緒に行こ!ナナリーの家のパン屋さん!!」
「うっっっざ!コイツまじでムカつく!!ついてくんな!!」
「えぇーえ?だってぇー、私の方が先に『ナナリーのところに行く』って言ったんだよー?」
「じゃあ先行けよ。さっさと行け。」
「いいけどぉー。じゃあ、ゼンがくるまでずーっとナナリーと話しながら待ってよっかなー。ゼンがいない間にいろいろ話しちゃおっかなー。」
私がニヤニヤしながらゼンの顔を覗き込むと、ゼンはほんの少しだけ耳を赤くしながら私を睨みつけてきた。
「テメェ……まじで覚えてろよ。今日家に帰ったらユンにあのことバラすかんな。今決めたわ。」
「え゛?!」
「別に『テメェがユンに惚れてる』って話以外なら隠してねえんだろ?じゃあ問題ないよな。」
「は?!」
「ユンの奴、さすがにアレ知ったら、サラに幻滅すんだろうなー。……俺には関係ねえけど。」
「やめて!!!」
結局、私とゼンはギャーギャーと攻守交代しながらお互いを罵り合い牽制し合いつつナナリーのパン屋に行った。
◇◆◇◆◇◆
「あ!サラゼン!いらっしゃい!」
「「まとめて呼ぶな。」」
カウンターでにっこり微笑むナナリーに、私とゼンは同時に突っ込んだ。
この町のみんなは、私とゼンのことを「サラゼン」ってまるで一人の名前みたいに呼んでくる。私とゼンが毎回頑張ってやめろって抗議してるのに、全然みんな聞いてくれない。ナナリーでさえそう。ゼンのことが好きで、私の親友でもあるのに。
しかもそのせいで「私とゼンが付き合ってる」とか「私がゼンを好き」とか「ゼンが私を好き」って噂までちょいちょい流れている。本気で吐き気がするからやめてほしい。
現にナナリーは私とゼンの第一声を聞いて「相変わらず息ぴったり!」って言って笑ってるし。
「ねー!ちょっとナナリー聞いて!?ゼンがさっきすっごいひどいこと言ったの!もう聞いたらびっくりするよ!?血の通った人間とは思えない!」
「あ゛?テメェの方がクソだったろ!……おい、ナナリー。お前まじでコイツと縁切った方がいいぞ。確実に精神が汚染される。」
「はいー?!何それ!ねえナナリー!ナナリーの方こそゼンと縁切った方がいいよ!ゼンは確実にナナリーを不幸にする悪魔!」
ナナリーはそんな私たちの話を聞いてクスクスと笑った。
「ふふっ!はいはい。いいからさっさとパン選んで、精神が汚染された悪魔のお二人さん。」
「「………………。」」
ナナリーって、本当にぽやぽやっとしてて毒気が抜かれるんだよね。町の聖女様って感じ。
私とゼンはそれぞれ大人しくパンを選んで会計をする。
ゼンのことをいろいろ揶揄うつもりだったのに、あっさり用事が終わっちゃった。
「んじゃ、帰るわ。」
ナナリーに惚れてるくせに即帰ろうとする意気地なしのゼン。いつもだったら私が一声かけてもう少しいさせるところだけど、今日は違った。
「あ、待って!ゼン!」
珍しくナナリーがゼンを呼び止める。その声を聞いて、ゼンは「どうした?」って不思議そうに振り向いた。
……私のときは「あ゛?」っつって振り返るか、振り返りもせずに無視するくせに。きんもっ!
ナナリーは頬をぽっと赤らめて少しだけ恥ずかしそうにして、でも一生懸命笑顔でいようと口角を上げながら口を開いた。
全然自然じゃない。めっちゃ不自然な笑顔。でも本当にかわいくて、私が横でキュンときちゃった。
「あの、もし明日何も用事がなければなんだけど……明日、私たち3人で一緒に町のはずれの丘にピクニックに行かない?
今、ちょうどいろんな花が満開で、すっごく景色が綺麗なんだって。」
「行く行くーーー!!」
私は間髪入れずに食いついた。ナナリーからのお誘い!?そんなの行くに決まってんじゃん!
ゼンの方を見たら、顔に思いっきり「なんでテメェが真っ先に返事してんだよ」って不満が書いてあった。
ゼンがナナリーに見とれて返事が遅かったからいけないんじゃん。しかも誘われてるのは3人だし。私が返事して何が悪いの?
ナナリーはゼンをちょっとだけ不安そうに見ながら「ゼンは?行く?」って聞いていた。それに対して、ゼンは照れを隠すように軽く口を尖らせながら「行く。」ってぼそっと返事した。
……まじヘタレすぎ。コイツ。
弟のユンを見習え!ユンならこういうとき絶対「いいの?やったー嬉しい!誘ってくれてありがとう!楽しみだなぁ!」って喜びと感謝と期待を全部ちゃんと伝えてくれるぞ!!
「ありがとう!じゃあ、明日の朝……10時くらいに、サラゼンの家の前に集合でいい?」
「「まとめて呼ぶな。場所と時間は了解。」」
………………。
「被せんな!!」「テメェがだろ!!」
「ふふっ!二人とも息ぴったり!」
そんなナナリーの笑い声を聞いた悪魔のゼンは、聖女ナナリーに一瞬で浄化されたらしく、諦めたように溜め息をついて頭を掻いた。
「はぁー……サラうっざ。帰る帰る。また明日な。」
「うん!また明日ね!」
「あ、ちょっと待ってよ!ゼン!」
私がゼンを追いかけようとすると、ナナリーが小声で「サラ!」って私の名前を呼びながら袖を引っ張って引き留めてきた。
「何?ナナリー。」
私が訊くと、ナナリーはちょっと顔を赤くしながらコソッと「今日お店閉めた後、ちょっと会えない?サラに相談したいことがあるの。」って言ってきた。
……ははーん。
私はピンときた。ナナリーは明日のゼンとのことで相談したいことがあるってわけね。
私は小声で「わかった!じゃあ、一旦家に帰って、早めに夜ご飯食べてきちゃうね!またここに戻ってくる!」ってナナリーに返事をして、それから何事もなかったかのようにゼンを追いかけた。
ゼンと一緒に帰りたいわけじゃない。でも、ゼンと一緒に家に帰れば、ちょっとだけユンに会える確率が上がるから。
◇◆◇◆◇◆
ゼンに追いついて、またくだらない言い合いをしながら帰ったら、何故かゼンの家にだけ土砂降りの雨が降っていた。
「え、何あれ?」
私が戸惑っていると、ゼンが呆れたように溜め息をついて家の2階に向かって叫んだ。
「おいユン!やめろ!家に入れねえだろうが!」
するとピタッと雨が止んで、2階の窓が開いてそこからひょっこりとユンの顔が出てきた。
「おかえり兄ちゃん!あ、サラ姉も一緒だったんだ!」
私に気付いたユンが嬉しそうに笑う。
えー!超かわいいんだけどー!
ユンは「ちょっと待ってて!」って言って顔を中に引っ込めた。それから、ゼンの家の中から微かにトントン足音がして、すぐに玄関から笑顔のユンが出てきた。
「ねえサラ姉!一昨日サラ姉が兄ちゃんにくれたクッキー、俺も一枚お裾分けしてもらったんだ。ありがとう!すっごく美味しかった!」
えー!何?!わざわざそれ言いに降りてきたの?!めっちゃいい子ー!
でも誤解がひどい。私は不本意すぎるユンの勘違いを指摘した。
「いや、あれゼンにあげたわけじゃないから。ユンとおじさんとおばさんにあげたやつだからいいんだよ、ユンも食べてくれて。」
ユンにあげたやつ……とは言えないから、おじさんとおばさんもさりげなく付け足す。ゼンの存在はさり気なく差し引く。
それを聞いたユンは「そうだったの?でも兄ちゃんがその日中に全部食べちゃってたよ。そのくらい美味しかったんじゃない?兄ちゃんも。」って言いながらゼンににっこり笑いかけた。
は?何?結局ゼンがほとんど食べちゃったの?!最悪!
クッキーなら日持ちするんだから、何日かに分けてユンにももっとあげてよ!食い意地はるな!
私が心の中でゼンに文句を言ってたら、ゼンが私を見下ろしながらニヤニヤして「美味かった美味かった。特にカエルのやつな。」って言ってきた。
……ッ!コイツっ!!
私はゼンをこの場で怒鳴りたかったけど、ユンがコテンと首を傾げながら「あれ、それぞれ味が違ったの?」って不思議そうにしてたからぐっと我慢した。
しかもその後、また嬉しそうに笑って「兄ちゃんがそう言うなら、俺もカエルの選んでよかった!」って言うからゼンのクソ煽りも含めて全部許した。
ユン〜〜〜!も〜〜〜!
ゼンは悪魔だけど、ユンは小悪魔だよ〜!!
◇◆◇◆◇◆
せっかくユンが降りてきてくれたのにあっさり会話を終えるなんて勿体無さ過ぎだったけど、私にはナナリーとの約束があったし、ちょうどユンとゼンの家の中からおばさんの「ゼン!帰ってきたの?そろそろご飯できるわよー!」って声が聞こえたから、私たちはそこで別れた。
まあ、いいよね。別に明日だって明後日だって、話す機会はあるんだし。ユンに会えただけ運がよかった。
私は自分の家に入って、お父さんとお母さんとおばあちゃんに「ナナリーとこの後約束してるんだ!」って言って急いで夕ご飯を食べ終えた。……っていうより、準備中のご飯をつまみ食いしまくった。
お行儀が悪い!って叱られたけど、ナナリーの相談のためだから仕方ない。
それからもう一度外へ出た。空はほんのちょっとだけ暗くなり始めていて、いい感じに涼しい風が吹いてて気持ちよかった。
チラッとお隣のユンとゼンの家を見たら、屋根にはうっすらと虹がかかってた。
……あれ、きっとユンが魔法で雨を降らせてたんだ。
自分で虹を作っちゃうなんて、ユンは本当に超天才。
そんなことを思いながら見ていたら、通りの向こうから「なんでウチにだけ虹がかかってんだ?またゼンかユンが何かやったんか。」って笑う声がした。
「あ、おじさん!」
私は声のする方を見て手を振る。仕事から帰ってきたおじさんだった。今日は狩りで山に入ったんじゃなくて、町の畑の見回りをしてくれてたんだろうな。銃は腰につけてるけど、割とあっさりとした格好だった。
「サラか。今から出かけんのか?」
「うん!ナナリーと約束してるの。」
「お前ら相変わらず仲良いなぁ。」
「親友だからね。」
おじさんは笑顔で軽く私の頭をポンと撫でながら言った。
「ま、あんまり遅くならねえように気をつけろよ。」
私は「はーい!」と素直に返事をする。
まったく同じ顔なのに、ゼンとは全然違う優しくて格好いいおじさん。こうして話をするたびに、ちょっとドキドキしちゃうんだよね。
あーあ。ゼンも大きくなったらこうなんないかなぁ。
……って無理か。今さら軌道修正できないよね。もう手遅れか。
そんなことを考えながら、私はもう一度ナナリーの家のパン屋さんに向かって走った。
◇◆◇◆◇◆
「ナナリー!お疲れ様!」
「サラ!ありがとう!早いね!急いで来てくれたの?」
私が着いたのは、ちょうどパン屋さんが閉まったタイミングだった。ナナリーが頭の三角巾を取りながら私の方に駆け寄ってくる。
店の中からナナリーの家のおばさんが「ほら!あんた達せっかくなら売れ残りのやつ持っていきな!ナナリーはこれで夕飯にしな!」って、豪快にパンをいくつか紙袋に突っ込んで、牛乳瓶二つと一緒に渡してきた。
ナナリーが恥ずかしそうにしながら「え?いいよ。こんなにいらないよ。」っておばさんに抗議してたけど、私は「ありがとうございます!」って受け取った。
ナナリーの家のおじさんが焼くパン、美味しいんだもん。いくらでも胃に入っちゃうし。タダでもらえるなんて最高じゃん。
おばさんに「あんた達、調子に乗って遅くまで遊んでくんじゃないわよー!」って豪快に送り出される。ナナリーがそれにも恥ずかしそうに「分かってるよぉ!」って振り向いて抗議をしてた。
ナナリーって全然おばさんに似てない。でも、おばさんもナナリーもすっごくいい人だから、やっぱり親子なんだよなぁ。
私はまた広場に歩いていって、今日ゼンと座っていた枯れた噴水のところに今度はナナリーと並んで仲良く腰掛けた。
それからちょっとナナリーの方に身体を寄せて、当然周りには誰もいなかったけど、それでも小声でこそこそ話しかけた。
「ね、ナナリー。相談って何のこと?明日のゼンとのピクニックのこと?」
私がそう聞くと、ナナリーは目を丸くして顔を赤くした。「何で分かったの!?」って。
いや、そんなの分かるに決まってるじゃん。ナナリーって分かりやすいんだよね。そこがかわいいんだけど。
相談って何かな?プレゼントでも用意したとか?それとも明日持っていくお昼ご飯の内容とか?
ゼンはああ見えてけっこう甘いの好きだし、パンにジャム挟んだの持ってけば喜ぶんじゃないかな。
ま、ナナリーから貰えるものならきっと何でも喜ぶよ。ナナリーかわいいから。んで、ゼンはチョロいから。
私がそんなことを考えながらそわそわしていると、ナナリーは意を決したようにキュッと真面目な表情を作って、私にはっきりと宣言した。
「……私、明日ゼンに告白する。」
「え?!?!」
「ちょっ!サラ!声大きい!」
ナナリーが慌てて私を揺さぶる。
「ハッ!ごっ、ごめん!……でも、びっくりしちゃって!」
予想のもっともっと上だった。ナナリー、いつの間にそんな決心してたの?!
ナナリーはどっちかっていうと、自分から行くようなタイプじゃない。これまでも男子たちから告白されまくってて、でもそれを「ごめんなさい」って全部ちゃんとお断りしながら健気に本命のゼンからの告白をずっと待ち続けてた。
でも……ゼンはゼンで超奥手のチキン野郎だから、私が煽ったくらいじゃ動こうとしなくって、何にも進展しなかった。それでも一応今日まで煽り続けてきたけど。
もうこの二人は本人たちに任せてるだけじゃ永遠にくっつかないんじゃないかなーって実はちょっと思ってたんだよね。
だから私の中では、私とユンが付き合い始めたら、ユンと一緒に協力して二人をくっつけてあげるつもりでいた。
それなのに……本当びっくり。ナナリーすごい。
「え、でも、本当にナナリー、どうしたの急に?」
ナナリーは恥ずかしそうにしながらも、でも覚悟が決まっているのか、開き直ったように堂々と私に話してくれた。
「私、ずっとゼンに『好き』って言ってもらいたいなーって、期待して待ってたんだけど、でもそれじゃダメだって気付いたの。
あのね、ちょっと前にキミちゃんが言ってたんだ。『再来月のお祭りのときに、ゼンにプレゼントを作って、それを渡して告白する。』って。」
「え!?キミちゃんもゼンが好きだったの?!」
キミちゃんはすっごく大人しい、でもすっごく美人で綺麗な黒髪の女の子。恋話してても全然乗ってこないから、そういうの興味ないと思ってた。
「うん。『ナナリーはゼンが好きって言ってたから、伝えておこうと思って。』って。『恨みっこなしね』って言われちゃった。
だから私、焦っちゃって。キミちゃんに聞いたの。『キミちゃん、そんなこと私に伝えちゃっていいの?それで私が先に告白しちゃったらどうするの?』って。」
「……そしたらキミちゃん、何だって?」
「『いいよ。私は私で、後悔しないようにしたいだけだから。ナナリーが私よりも先に告白してゼンと付き合ったら、私とゼンは縁がなかったんだなって思うだけ。私はゼンも好きだけど、ナナリーも大好きだから、ナナリーに黙って抜け駆けするようなことしたくなかったの。』って。」
「キミちゃん……。」
キミちゃん、大人すぎるよ。格好良すぎる。
それにナナリーも。優しすぎるよ。
私がもしキミちゃんに同じように「私、今度ユンに告白する」って宣言されたら……私だったらまずキミちゃんに「ユンって実はダメダメなヤツだよ。やめといた方がいいよ。私も最近気付いたんだけど。」って嘘ついてユンを諦めさせて、それからこっそりキミちゃんに黙ってユンに告白するけど。
それでユンと付き合えたら、ユンに「恥ずかしいから」って理由でお願いして、ユンの方から私に告白したってことで口裏を合わせてもらうかな。
キミちゃんには「ユンが『どうしても私と付き合いたい』って5回くらい粘ってきたから、私も本当に悩んだんだけど……ごめんね。」とか言っちゃって。
……えっ?もしかして私って、最低?
「私ね、なんだかキミちゃんが『だからさっさと告白しなよ』って私に言ってるような気がしたの。図々しいかもしれないけど。
みんなの前でみっともなく『私はゼンが好きだから』って言って、みんなに『ゼンが好き』って言いにくくさせて……それでいて私は待ってるだけなんて、そんなのずるいよね。私、キミちゃんのことずっと苦しめちゃってたんだ。
そのことに気が付いたの。」
私は力強く首を振る。
「ナナリーはずるくなんてないよ。キミちゃんはすごいえらい。けど、ナナリーだって正々堂々としてたじゃん。どっちも悪くない。二人とも格好いいよ。」
ずるいっていうのは、私みたいなクズい発想の女のことを言うんだよ。
……っていうか、ゼンだよ。ゼン。ゼンがずるくて全部悪い。
「だから、私キミちゃんに言ってきたの。『キミちゃん教えてくれてありがとう。私、今度ゼンに告白する。だからキミちゃんよりも先に言っちゃうけど、ごめんね。』って。
そしたらキミちゃんが笑って『頑張ってね。』って言ってくれたの。
だから、私はもう決めたんだ。これで振られちゃっても後悔しない。私、頑張る。」
ナナリーもキミちゃんも、本当に本当に格好いい。
私は嫌なヤツだから、今真っ先に「ナナリーとキミちゃんが私のライバルじゃなくてよかった」って思っちゃった。だって、私は絶対に勝てないもん。こんないい子たちに。
この町の女子はみんな、見る目がない。
……でも、見る目がなくて助かった。ゼンばっかりが目立っててくれて、助かった。
「ナナリー、絶対に大丈夫だよ。ナナリーなら絶対にいける。私、ゼンとナナリーが世界一お似合いだと思ってる。」
私は本心から思っていることをそのまま伝えた。
ゼンはムカつくけど、ゼンとナナリーは絶対にお似合い。それ以外の組み合わせは考えられない。たとえキミちゃんでも。
ナナリーはこんなに優しくて強い子だし、ゼンはムカつくけどナナリーにだけは優しいもん。ムカつくけど強いし。
ナナリーは私の方を見て、照れくさそうに笑った。
「ありがとうサラ。サラにそう言ってもらえると勇気が出る。だから明日、見守ってて。」
「もちろん!全力で応援するよ!絶対大丈夫!なんなら私、ちょっと離れててあげよっか!」
「ふふっ!いいよ、そんなことしなくて。ゼンと一緒に私の告白を聞いてて。私、サラがいてくれた方が頑張れる気がするの。」
「……っ!ナナリぃ〜〜〜!!」
私はナナリーに抱きついた。
ナナリー本当にかわいくてかっこいい!最高の親友!
そんな私を笑って受け止めながら、ナナリーは少し悪戯っぽく私に言ってきた。
「サラが言うように私とゼンが上手くいったら、そしたら次はサラの番ね?」
「えっ?」
抱きついたままキョトンとする私をナナリーはわざとらしく煽った。
「キミちゃんすっごくいい子だから、もしゼンがダメになっちゃっても、きっとすぐユンの良さにも気付いちゃうんだろうなー?」
「……えっ?」
「あ、私がもしゼンに振られちゃったら、私も次の恋を見つけなきゃ。誰かいい人いないかなー?」
「は、……はっ?!」
「ゼンもいいけど、ユンも負けないくらい素敵だよね。町で一番頭がいいし、優しいし、魔法も使えるし──」
「ちょっ、ナナリー!!」
私が焦ってナナリーを揺さぶったら、ナナリーは「あははっ!」と声をあげて笑った。
「私は気付いたの。『まだ大丈夫。明日がある。いつでも言える。もうちょっと待ってから──』って思ってちゃダメなんだって。だって明日にはもう、誰かが先に告白しちゃって、二度と言えなくなっちゃうかもしれないんだもん。
だからサラも『ユンが元気になったら』なんて言ってないでさ、私と一緒に頑張らない?
私、サラだったらユンのことも元気にできちゃう気がする。知ってる?サラ。サラと一緒にいると、誰だってみーんな元気になっちゃうの。ユンの一番の薬は、サラかもしれないよ?」
…………ナナリー。
「………………私のこと、巻き込もうとしてない?」
ナナリーは「あはは!バレちゃった?」って言って笑った。でも私と違って全然クズくなかったし、ゼンと違って全然ムカつかなかった。
多分、ナナリーは半分巻き込もうとして……でも、半分は本心で私に言ってくれてる。
──私は大切なことに気付けたから、サラも気付いて。サラも、後悔する前にちゃんと動いて。
って。親友として、私に教えてくれてるんだ。
ナナリーは空を見上げた。
いつの間にか、もう空はだいぶ暗くなってて、星が見え始めていた。
「もし私の告白が上手くいって、それでサラもユンと付き合えたら……それで、私とゼン、サラとユンが結婚したら……私たち、姉妹になれるね。義理の姉妹。」
私はナナリーのその話に目を輝かせて飛びついた。
「やっぱり!?ナナリーもそういうこと考える?考えるよね?!」
ナナリーは私の食い付きっぷりに驚いたように目を丸くして、それからすんごいかわいく笑った。
「え?当たり前だよ。誰だって好きな人ができたら、『付き合えたらこんな風になりたいなー』とか、『将来結婚したらどんな風になるかなー』って考えるんじゃない?」
「だよね?!だよね?!」
ほら聞いたか?!ゼン!
お前の好きなナナリーがこう言ってるんだぞ!
お前はナナリーの前でも「妄想きんもっ」って言えるのか?!「未来の!幸せな!夢!!」って笑えんのか?!やってみろやコラ!!
何だか私も告白する覚悟を決めた人のような気分になっちゃって、私はさっきゼンに笑われた夢をナナリーにも熱く語った。
「私はね、ユンは大きな街に出て、学校に行った方がいいって思ってるの!頭がいいから!
それで、ユンは将来はお医者さんか学者さん……うん、でもユンは学者さんかな。学者さんになって大金持ちになるの!」
さっきの雨と虹を見て思った。
ユンはお医者さんじゃなくて、すごい魔法やものを発明する学者さんだ。世界がびっくりするものを、その天才的な頭脳で閃いちゃうんだ。
ナナリーが笑いながら「ユン、この前ものすごい威力の魔法の爆竹作ってたもんね」って言って頷いてくれる。
そういえばそうだった!ユンが魔法を込めた爆竹を作って、それをゼンが町の外れの空き屋敷に投げて、空き屋敷が丸々一個ぶっ飛んじゃったんだった。おばさんが見たこともない勢いで二人のことを叱ってた。
……たしかに、ユンはやっぱりお医者さんには向いてないな。病院ごと爆発させちゃうよ。
でも、そんなワイルドなユンも好き。
病弱って言って馬鹿にしてくるヤツも、あれで全員ぶっ飛ばしちゃえばいいのに。
「でね!私はその大きな街で刺繍のお店を開くの!おばあちゃんに教わってるウェルナガルドの伝統の柄を、王国中に流行らせるんだ!
それでそれで、学者さんのユンと一緒に大きなお屋敷に住んで、犬と猫を飼って、楽しく暮らすの!」
あ、でも……
「でも、そうしたら私たち、ナナリーやゼンとは離れちゃうかなぁ。」
せっかく義理の姉妹になれるのに。
そうしたらナナリーは笑って「そんなことないよ!」って言ってきた。
「私びっくりしたもん。『サラもこの町を出るつもりだったんだ!』って。」
「え?!」
驚いてナナリーの方を見る。ナナリーもなの?!
ナナリーは恥ずかしそうにしながら「笑わない?絶対に笑わない?」って確認をしてきた。
私は全力で「笑わない!絶対!」って頷いた。それを見たナナリーは、照れながら、ナナリーの夢を教えてくれた。
「私……王都に行きたいんだよね。国王様たちが住んでるお城があるところ。」
「え!」
「それで……私、ゼンはお城の騎士様……とか、いいんじゃないかなって思うの。
王国の騎士服を着て、国王様や国民を守る、格好いい騎士様。ゼンは背が高いし強いから、絶対に似合うと思う。」
「ゼンが!王国の!騎士様!!」
「ちょっと!笑わないって言ったじゃん!サラの嘘つき!」
「はっ!ごめんっ!」
ナナリーが「もー」って頬を膨れさせる。でも全然怒ってなくて、すぐに夢の続きを話してくれた。
「ねえ、サラ。サラもどうせなら大きな街ってだけじゃなくて、一緒に王都まで行かない?
それで、ゼンは騎士様で、ユンは学者さん。
サラは刺繍のお店でウェルナガルドの刺繍の服をたくさん作って、私がそれをお客さんに売るの。
私はお父さんみたいにパンは作れないけど、でもお店に立って物を売るのが好きだから。売るならサラの刺繍がいいなって。どう?」
「何それ!!最高じゃん!!」
私は興奮して立ち上がる。
「最高!ナナリー天才!!私もうそれしか考えられないかも!!」
大天才の学者さんのユンと結婚して、ナナリーと一緒に刺繍のお店を開く。ナナリーは美人だから、ナナリーが店頭に立ってくれたら絶対に飛ぶように売れてすぐに王国中で流行っちゃう。それで、騎士服を着たゼンのことは毎日思いっきり笑ってイジってやったりして。
……何それ。すっごく楽しそう。
最高に幸せな未来じゃない?
私たちはそれから一緒にパンを食べながら、あれこれと未来の夢を膨らませた。
私たちの家はお隣にして、刺繍のお店は王都で一番の大通りに出しちゃう。屋根の色は迷うけど、やっぱり赤かな。目立ってなんぼ。
休日はそれぞれ王都のお洒落なお店でデートをしたり、お家でゆっくり過ごしてもいい。でも月に一回……ううん、二回は4人で遊びに行きたい。
王都からウェルナガルドまでは遠いけど、でも年に二回は絶対に帰省する。それで、王都のお土産を町の人にたくさん持ち帰る。私は学者さんのユンの発明が載った新聞と、売れっ子刺繍店の紹介が載った新聞をウチのみんなに見せびらかす。私は字が読めないけど、ユンに読んでもらって。でも、王都に出れば私もそのうち読めるようになっちゃうかもしれないな。
ナナリーは王都の美味しいお菓子をたくさん買っておじさんとおばさんにあげるんだって。「ゼンも甘いもの好きだし、ナナリーとゼンの二人で、おじさんとおばさんにあげるお土産のお菓子を選んだら?」って私が言ったら、ナナリーは「それ素敵ー!」って叫んでた。
幸せ。幸せ。すっごく幸せ。
想像しただけで、こんなにも幸せになれるなんて。
「ねえナナリー。私もやっぱり、ユンに『好き』って言っちゃおうかな。」
──ユンのことが好きだよ。私と付き合って。
って。
ユンはきっと「サラ姉にはもっといい人がいるよ」って悲しそうに首を振るけど、もしそう言われたら私が今話した夢をユンにも語って、希望を持たせてあげよう。それでユンに意地でも頷かせるんだ。
ただの私の勘だけど……でも、ユンは絶対にこの町を出たら元気になる。
私は自分で語ってるうちに、そう確信した。
ナナリーは私の決意を聞いて嬉しそうに笑った。
「うん!一緒に頑張ろう!サラ!
まずは私だね。明日、絶対に隣で応援してね!」
◇◆◇◆◇◆
ナナリーとの話で盛り上がっていたら、なんだか遠くから騒がしい声がした。
よく分からないけど、町の外れの方で誰かがわーわー叫んでるみたい。
「……なんだろう?ちょっと騒がしくない?」
私が首を傾げると、ナナリーは不安そうな顔をした。
「もしかして、畑の方に熊が出たのかな。やだ、怖いね。
……ねえサラ、もう暗くなっちゃったし、危なくなる前にそろそろ帰ろう?」
私はナナリーの言葉に頷く。
「そうだね。じゃあ帰ろっか。」
私とナナリーは立ち上がって、あっさり別れの挨拶をした。別に名残惜しくない。だってまた明日の朝、すぐに会う約束をしてるから。
「じゃあね!サラ!来てくれてありがとう!」
「うん!ばいばいナナリー!気をつけて帰ってね!」
私は暗くなった広場を駆け抜けた。
だんだんと騒ぎが大きくなってるみたい。町の人たちの声が聞こえてくる。
……なんか、やだな。怖いな。早く帰ろう。
そして家の前の通りに着いて、私はほっとした。
私の家と、ゼンとユンの兄弟の家。いつも通りに並んで明かりがついていた。
ゼンとユンの家は、1階の窓から明かりが漏れているだけだった。2階のユンの部屋の明かりは消えていた。
みんなで1階にいるのかな。それとも、ユンはまた具合を悪くして寝ちゃってるのかな。
そう思いながら道を渡って家に帰ろうとしたそのとき、私の目の前に、真っ黒い大きな影が現れた。
────それが、私の最期だった。
こちらの話が他に比べて長めなので、次回の投稿は1〜2日あけさせていただきます。




