オリヴィアのふたつめの恋*オリヴィア視点
オリヴィアとリチャードとマーティナとお父様しか出てきません。
私はオリヴィア・カールトン。
第一王子殿下と婚約を解消し、今は婚約者がいないという状況だ。
どこからどう見ても私は優良物件だ。
何故なら、私の世代で最も素晴らしい淑女は私だと言われているのだから。
婚約解消だって私の有責ではないので大した瑕疵にはならない。
ということで、私の元には大量の釣り書きが届いている。
「お父様は高位貴族ならば誰でも良いと仰るのです」
私は親友のマーティナ・ウォルシュ侯爵令嬢に言い、溜め息を吐いた。
「あら、良かったではありませんか。何が問題なのですか?」
「私、本当はもう結婚も恋愛も、今はもう考えることすら嫌なのです」
ああ、とマーティナ様は苦笑する。
私が愛していた人に裏切られたことを、誰もが知っている。特にマーティナ様は婚約解消にも協力してくれた人物だ。
「やっぱりそうですよね……」
「何かありますの?」
マーティナ様が少し口籠る様子を見せた。
尋ねると躊躇いつつ口を開いてくれた。
「うーん……義姉妹になれたらと思ったのですけれど」
「義姉妹というと……そういえばマーティナ様にはお兄様がいらっしゃいましたわね」
「はい。まだ婚約者もおりませんし、妹から見るとかなり優良物件かと。ただ、しばらくは考えたくないというオリヴィア様の気持ちはよく分かりますし、気にしないで下さいませ」
どうやら今日紹介してくれるつもりだったらしい。
マーティナ様のことだから、勿論ウォルシュ侯爵家のためもあるだろうけれど、私を思って言ってくれているのだと思う。
その気持ちを無駄にしたくなかったのは、やっぱり感謝があるからだろう。
「本日いらっしゃるのですか?」
「え、ええ」
「是非紹介していただけませんか?婚約に至るかは別ですけれど」
私が微笑みかけると、マーティナ様は驚いたように目を瞬かせ、そして笑みとともに彼女の兄を呼んだ。
まるで待っていたかのように、彼女の兄はきちんとした格好ですぐに現れた。というか多分待っていたのだろう。
私はさっと立ち上がる。ただ、礼をしたのは彼女の兄が先だった。身分が下の者から挨拶をするのがこの世界の貴族のマナーだ。
「ご無沙汰しております。ウォルシュ侯爵が長男、リチャード・ウォルシュと申します」
「王家主催のパーティー以来ですわね。カールトン公爵が長女、オリヴィア・カールトンと申します」
カーテシーで礼を返す。
マーティナ様の兄リチャード・ウォルシュ様とはパーティーの挨拶程度でしか話したことがない。殿下方ほどではないけれどかなり整った顔立ちの男性だ。
「申し訳ありません、少々席を外させていただきますわ」
マーティナ様がにこりと微笑む。お見合いの席で仲介人が席を離れるときの決まり文句だ。
残った紅茶を飲み干し、マーティナ様は侍女を一人引き連れて部屋を出ていった。
それを見送り、リチャード様が口を開く。
「カールトン嬢は、犬と猫、どちらが好きですか?」
「オリヴィアで、結構ですわ」
女性と男性が初めてまともに話すときの話題にしては突飛すぎて、私はぽかんとしてしまった。普通そこは花とかではなかろうか。
呆然としてしまったせいで、完全に無意識で名前呼びを求めてしまった。勿論場繋ぎのための言葉だ。友人の兄上に対しての言葉ならば不自然ではないが、もし私が王子妃だったならば完全にアウトだ。
まあ、今の私は王子妃ではないので問題はない。どうやら王子妃を降りて、気が抜けてしまったらしい。
「ではオリヴィア嬢と。私のこともリチャードとお呼び下さい」
「わかりました、リチャード様」
リチャード様が美しいお顔に笑みを浮かべる。
「それで、犬と猫、どちらの方がお好きですか?」
うわあ話題が戻ってきた。
「そうですね……どちらも好きですが、強いて言うなら猫でしょうか」
「ふむ、どうしてですか?」
「ふわふわなので」
家では動物は飼っていないが、友人の家で犬も猫も抱っこしたことがある。
犬も魅力的だが、やはり猫のふわふわ感には勝てない。犬派の人ごめんなさい。
「リチャード様は如何ですの?」
「私もどちらも好きですが、強いて言うなら猫ですね」
「あら、どうしてですか?」
「貴方と同じです。もふもふは正義です」
リチャード様は変わらない笑みを浮かべつつ、その瞳はうっとりとしている。
「確かウォルシュ侯爵家では猫は飼っていらっしゃらないのではありません?」
「そうですね」
頷いたリチャード様が言葉を続けることはない。
沈黙が落ちる。
何この人!私と話す気あるの?
そう思いつつ、顔には出さずにこれ幸いと話題を変える。
「リチャード様は趣味などございますの?」
「領地経営ですね。父から次期当主として教わっているところなのですが、それも佳境に入りまして。領地経営とはなかなか楽しいものです」
おおう……。
なかなか聞かない趣味がきた。
ただ私も次期王位がほぼ確定していた元王子の元婚約者。王不在のとき、国の指揮を執るのは王妃であり、次期王妃に最も近い女性だった私は、国家経営の導入として領地経営も学んでいる。
恐らく、私や現時点で次期王位がほぼ確定しているラファエル第二王子殿下の婚約者くらいしか、この国でリチャード様の趣味の話に付き合える人はいないだろう。
因みに私は知らない話だが、リチャード様は普通の令嬢に趣味を聞かれた際は乗馬だと答えている。
「理解できる気も致しますが、リチャード様はどういったところが楽しいのですか?」
「私は元々ボードゲームが好きなのです」
リチャード様が挙げたのは、この国の貴族ならば誰でも知っているボードゲームの名前。お手軽に領地経営を学べるとして、一家に一つは必ずあり、だがかなり面白いので子供は誰もがやったことがある筈だ。かく言う私もかなりやりこんだ過去を持つ。
「実際の領地経営はあのボードゲームよりも不規則です。現実には不確定要素が多すぎる。ボードゲームよりも遥かに難しい。けれど、難しい方が面白いですよね」
リチャード様のように、現実とゲームの違いが理解できているのなら良いのだが、たまにそれを理解できない人間がいる。そういった人間が領主になってしまえば、その地域は終わりだ。そんな危険性を孕んでいるゲームでもある。
「それは分かります。ただ私はごろごろ寝ているのが最も楽しいので、わざわざ領地経営に携わりたいとは思いませんが」
そう言ってやると、リチャード様は笑った。
「私は出仕する予定はないので、領地経営は私に任せておいて下さい。妻はベッドでごろごろしていてもらって構いません。領地の状況を把握しておいて頂けるなら、領地経営にも手を出して下さって結構ですが」
ん?
『妻』に『貴女』という副音声がついて聞こえたのは気のせいだったのだろうか。うん、気のせいに違いない。
「どうです?私なんかは優良物件だと思いますが」
微笑みにどこか黒いものが見えるのも、きっと気のせい、だよね?
「確かに優良物件かもしれませんわ」
私は笑みを浮かべながら明言を避ける。
「まあ、少し考えてみて下さい。一応今日中に申し込みの手紙は送るつもりですが、返事はゆっくりで構いません」
「ではお言葉に甘えて」
けれど、私の心は決まっているも同然だった。
リチャード様の言った通り、その日中にウォルシュ侯爵家からの縁談が届いた。
「お前の友人の家だったな。今日紹介でもされたのか」
「はい」
お父様が指先で手紙を挟んでひらひらと振る。
「それで?どうだったんだ」
「お受けしようかと。お父様は如何お思いですか?」
一応尋ねてみると、珍しくお父様が微笑んだ。
「あまり親交のない家だし、ただそこそこ影響力もある家だから繋がることができるならうちはありがたいがな。家のことは気にせんでいい。何ならずっとうちにいてくれても構わん。王命は流石に違えられんが、そうでないなら私はお前が一番幸せになれる道を行けば良いと思っているからな」
お父様は割と毒舌だしぐさぐさ刺さることも言ってくるけれど、きちんと私を愛してくれていることは知っている。
だがこんなに明確にデレたのは初めてで、流石に私も照れてしまった。少し火照った頬を隠そうと俯く。
「ありがとうございます……」
「今日話してみて、坊主はお前を大事にしてくれそうだったか?」
「……はい」
坊主、だって。
そんな言葉普段なら使わないのに。
「それなら、お前の好きなようにしなさい」
「はい……お受けすると、お返事をさせて下さい」
「勿論だ」
お父様が寂しそうに笑うのを見るのも、初めてだった。
数日後、私は再びリチャード様と対面していた。
場所は私の家。先程、婚約宣誓書にサインをしたところだった。
「それでは改めて。私はリチャード・ウォルシュ。私のことはリックと呼んで下さい」
「オリヴィア・カールトンと申します。敬語は結構です。私のことは……そうですね、愛称で呼ばれたことがないのです。オリヴィアだと、オリィかヴィアになるのでしょうか」
「私に敬語がいらないのなら、君も敬語はいらないよ。そうだね……私としてはヴィアが一番呼びやすいかな」
そう、私には愛称というものがない。
父にも、母にも、兄にも、ルシフェル殿下にも、オリヴィアと呼ばれてきた。
だがリチャード様が愛称で呼んで欲しいと言うのなら、私も愛称で呼んでもらうべきなのだろう。
「それではヴィアでお願いします――じゃなくて、お願いするわ」
「うん」
にこりと笑うリチャード様、いやリックは相変わらずイケメンで、実は私のタイプだったりする。
「ヴィアと婚約したことを家族に言ったら皆諸手を挙げて喜んでくれたよ。特にティナの喜びようはすごかったね。『オリヴィア様と義姉妹になれるのですね!』って言ってここ最近ずっとご機嫌だよ」
「まあ!とても嬉しいわ」
「因みに決め手は何だったの?ティナ?それともゴロゴロ生活かな?」
リックがくすりと笑って言ったが、生憎どちらでもない。
「リックと話しているのが楽しかったからよ」
突拍子もないところが、特に。
あまりルシフェル殿下と比べるのはよくないけれど、あの人は私の好む話題を的確に選んでくれる人だった。でも、そうじゃないのだ。そういうのは私はいらない。会話していて楽しいのは、私にとってはリックのような人だった。この前リックと話してそう気付かされたのだ。
まあ、マーティナ様と義姉妹になれるのが魅力的だったのも事実だし、リックと結婚すればゴロゴロできるのも魅力的だ。
ただ多分、私はちょっと、腹黒いというか、ちょっと黒いところを抱えている人が好みなのだと思う。話していて楽しいという点の次に来るのはこれかもしれない。
「光栄だね。でもどうして?」
「最初のつまらない男アピールは、私を試していたんでしょう?」
私はくすくすと笑ってみせる。
趣味の話から、リックは一気に饒舌になった。そして多分こちらが素。
「ん、バレていたんだ?」
「当たり前ね。私を誰だと思っているの?」
「元王妃候補のオリヴィア様だね」
リックも声を立てて笑う。
ちょっと揶揄うような物言いも、結構好みだった。
「そうよ、舐めないで欲しいわ」
「これはこれは申し訳ございません、姫」
つんと澄ましてみせるとリックも笑いながら慇懃に返してくる。
ああ、可笑しい。
ああ、楽しい。
「君が私を選んでくれて本当に良かったよ。どうせなら話していて楽しい人がいいよね。どうやら私には普通の令嬢は合わないみたいなんだよ」
「そうでしょうね」
令嬢が好むのは、ルシフェル殿下のように女性主体で話を進めてくれる人。
となると、私はルシフェル殿下とは合っていなかったのかもしれない。
そう考えついたとき、私のルシフェル殿下に対する、残っていた僅かな感情がすっと消えていく気がした。
「政略以上恋愛未満の結婚だけれど、上手くいきそうでよかった」
不覚にも、私は微笑んだリックに見惚れてしまった。
何か事件が起こることもなく、順調に私達は時を過ごし、入籍した。
私がリックに惚れてしまうことも当然で、けれどリックは私に恋愛感情は抱いていないみたいだった。夫婦になったのだから今更告白なんて、とか、私が告白したら今の穏やかな関係は崩れるんじゃないか、とか、そんなことを考えてしまって私はずっと告白できずじまいだ。
――その日、リックは付き合いでお酒を飲んでいて、少し酔っていた。
「ああヴィア、会いたかった。早く帰りたかったのに、あの狸、放しやがらない。いつか復讐してやる……」
「リック!?」
家に帰って来たリックは、へらへら笑いながら私にしなだれかかってきた。
「ふふ。可愛い。ほんと好き。大好き。あー可愛い、私の嫁ほんと可愛い」
「ちょ、リック、重い」
「愛してるよ」
ぎゅーっと私を抱き締めたリックは、啄むようなキスを何度も仕掛けてきた。
「っん、お酒臭い……」
「可愛い」
私の眉間に寄ってしまった皺をリックがつんつんとつつく。
初めて見る甘え姿はとても可愛いけれど、酔っているからそんななのだろう。
素面のときに言ってくれれば、本気にできたのに。
しかし翌日、いつもは私が目覚めてすぐにベッドを出るリックが私から離れなかった。
「その……ヴィア。ずっと言ってなかったことがあって」
「うん?何?」
「昨日のは、お酒が入ってたからとかじゃなくて。お酒の勢いだったのは否定できないけど、嘘は一つも言ってないんだ」
リックが真面目な顔になった。改まったようなその仕草に少し身構える。
「ヴィア、私は、ヴィアを愛してる。一人の女性として。言おう言おうと思いながら、言ってしまえば関係が崩れるんじゃないかとか色々考えてしまって、勇気もなくて、結局言えないままずるずるここまで来てしまった。好きだよ、ヴィア」
すっと髪を撫でられる。感覚がない筈なのに、触れられた髪が熱くなったような気がした。
「わ、私も、リックが好き。愛しています」
言葉にするとすごく恥ずかしい。
やることはやっているのに、今更言葉如きでこんな恥ずかしくなるなんて思わなかった。
――ルシフェル殿下のときにこんな気持ちにならなかったのは、あまりにさらりと愛を告げられすぎていたのかもしれない。だがこのときの私はリックのことで頭がいっぱいで、過去のことなんて欠片も思い出さなかった。
「そ、か。ありがとう」
リックは安堵の笑みを浮かべて私を強く抱き締めた。
人肌が心地良い、とうっとりしていると、リックの手が不埒な動きを始めた。
「え、ちょっとリック」
「恋愛成就の記念に、ね」
しばらく拒んでいた私だったが、結局流されてしまう。
けれど愛してるという言葉を交わしながら彼を受け入れていると、いつもよりもずっと幸せな気持ちになった。
次回リチャード視点




