コズミック・ラビリンス(CHAPTER5:3)
扉の先は、また巨大な石組みの通路が続いていた。今度はおどろおどろしい壁画の類いも無く、ただ切り出した巨石を無造作に積み上げた様にも見える。
何の文明をモチーフにした背景なのかも判別出来ず、いよいよ人智の及ばぬ迷宮の最奥に差し掛かって来た感がある。
例によって随所に松明が灯されてはいるが、これまでと違って明かりの間隔がまばらで暗闇の場所が多い。アルベルトから貰った“攻略法”のお陰でここにも何が出るのかは判っているのだが、相手が相手だし、念のために懐中電灯も点灯させた。
念のために周囲を照らすが、何者もいないし何かが物陰に潜んでいる様子も無い。攻略法によれば、このエリアに出る敵はたったの一体だけだ。しかし、その一体と言うのが……
突然、一陣の突風が吹き抜けて、同時に俺の頭上を黒い影が横切った。間一髪で床に転がったために、その影とはかすっただけで済んだが、もう一瞬おそかったら頭を喰い千切られてたかもしれない。
すぐに立ち上がり、片手で拳銃を構えて奴の姿を探す。……いた。すぐ目の前の通路の先、五十メートルも離れてない。奴も、床に着地してこっちに向き直ったばかりの様で、俺たちは真っ向から対峙する格好になってしまった。
通路の松明の明かりで辛うじて見える、ボンヤリとした大きな黒いシルエット。背中から延びる一対の巨大なコウモリみたいな翼。嗜虐と餓えに満ちた獣の唸り声。そして、チャプター3からずっと感じていた、もはやお馴染みとなった独特の気配……
魔犬だ。とうとう俺の後を付け回すのに飽きて、俺を喰い殺す事に決めたらしい。
だがこいつは、ついさっき……と言ってもログインする前の事だから、結構前の事の様に感じるが、とにかく俺を魚人野郎達の襲撃から救ってくれた。今度はどうだ? 案外友好的な反応をしてくれても……
俺の願いも空しく奴は一際大きな唸りを上げると、猟犬めいた姿に相応しい速度でこっちに駆け出した。やっぱりな。リアルで現れたのは俺をこのゲームの中に戻す為の監視役であって、魚人達を殺したのはその一貫に過ぎず、ゲームの中ではあくまで敵キャラと言う訳か。
俺と奴との距離はすぐに縮まり、そのまま大きな口を開けて俺の喉目掛けて飛び込んでくる。俺は威嚇で拳銃を一発発射して……あくまで威嚇だ。狙わなくても良い。どのみち予想以上の速度で狙う暇が無かった……また床に転がって回避した。
幸運にも、今の銃撃は奴のどこかに当たってくれたらしく、怒りの咆哮を上げながら床の上でのた打っている。俺はこの隙を逃さずに素早く立ち上がると、今度は狙いをつけてもう一発銃弾をお見舞いしてから、後も見ずに通路の先へと一目散に駆け出した。
攻略法によれば、銃弾は奴を怯ませたり足止め程度の衝撃を与えるだけで、ダメージは与えられないらしい。さっきの二発目も時間稼ぎに撃っただけだ。
だが、これで奴とは結構距離が取れた。背後からは早速奴が動き出した気配がしたが、慌てずに最初の十字路を直進する。
今のところ良い感じに進んでいる。これまでに鍛えられた脳力とアロマの効果が無ければ、こうは行かなかっただろう。だが奴は仕様上死ぬことが無いし、疲労の概念も無いらしいので、出来るだけ早くカタを付けなければならない。
その手段は二つ。一つは、どうにか奴を振りきってこのエリアから脱出する事。そしてもう一つは、俺の首から下がっているこの護符を、このエリアのある場所に納める事だ。
前者の方が簡単なのだが、そうすると奴は次のエリア……最終エリアまで追ってきてしまう。そこの難易度とラスボスの存在を考えると、魔犬の乱入はゲームクリアの可能性を大幅に下げるだろう。なら、やはり多少のリスクを追っても奴はここで倒さねばならない。
不意に背後から微かな風が吹いてくるのを感じ、同時に翼の音が僅かにだが聞こえてきた。
来たな。飛んできたと言うことは、最初に見せた方法で襲ってくるつもりだな。俺は背後を確かめる事もせずに風と翼の音でおおよその間合いを想像しながら、通路を一直線に突っ走る。
やがて、通路は再び十字路に差し掛かる。同時に風の勢いが強くなり、翼の音に混ざって唸り声が聞こえてきた。
今だ!
床の上に飛び込む様に伏せるのと同時に、頭上を轟音と突風の塊が飛び越えて行った。その勢いは止まる事無く十字路の直線方向に飛び去って行く。
これでまた時間が稼げた。今度は左側の通路へと向かう。壁に血か何かで書かれた矢印と“P”の文字が手がかりだ。これもピルグリム博士が書いたのだろうが、矢印も文字も変に歪んでいる。まるでタコかイカが触手で書き殴ったような感じだ。
通路の先は円形の広間になっていて、扉を備えたアーチが十数ほど不規則に並んでいる。扉は、ある物はピッタリと閉ざされていて、またある物は完全に開放されている。
正解は、唯一半開きになっている扉のアーチだ。ギリギリ人が入れる程度の隙間から通路に入って、この重い石の扉を閉じてやれば、奴もしばらくは追ってこれない。さあ、この間に更に距離を稼がないと。
通路の先は円筒状の吹き抜けになっていた。吹き抜けは地下に向かって延びていて、階段が壁に沿って螺旋状に降りている。底の方に明かりが灯っていて、そこまで十メートル強と言った所か。
まあ、そのまま階段を降りて行けば良いのだが、アルベルトの攻略法は、ここで一つのアドバイスをくれているのだ。
この吹き抜けは魔犬にとっては狭いらしく、飛んで吹き抜けの底まで移動出来ないので、階段を伝って降りてくる。もし、ここまで十分に魔犬との距離が取れているなら、チャプター4で入手したロープを階段を支える支柱に結びつけて、素早く降りる事で更に安全に距離が稼げる……らしい。
とは、言ってもなあ……
改めて吹き抜けを覗いてみると、底まで結構距離がある。幾ら脳力の強化でVR身体能力が上がっていても、落下ダメージは普通に喰らうハズだ。そして、俺にはロープで昇り降りしたり、ロープをしっかりと結んだりした体験は無い。
まだ奴が追ってくる気配は無いし、万全を期して階段を使う事にした。しばらく降りて行くと、階段の中程で、壁面に隙間がある事に気がついた。何気なく手を掛けてみると壁の石が音もなく横にスライドして、人がどうにか通れる程度の通路が現れた。
なんだコレは? 攻略法にはこんなの無かったぞ?
怪しみながらも通路に入ってみると、すぐに小さな部屋に行き当たった。中央に小さな台座があって、他には何もない。そして、その台座の上には例の粘土板の最後の欠片が置いてあった。
こんな所に……。罠を警戒しながらゆっくりと欠片を手に取る。どうやら何の罠や仕掛けも無かった様だ。急いでバックパックから粘土板を取り出して破片を繋げた。これで完成だ。
すると粘土板の楔型文字が白く輝き、数秒後にその光が消えると、すり減ってロクに見えなかった文字がくっきりと読み取れる様になり、同時に日本語の翻訳字幕がその上に浮かび上がった。
これは……
この呪文は……




