講義中の居眠り
火曜日
最初から仕組まれていたんだろうか?
大半の移民や出稼ぎ達が居なくなって、閑散としてしまった職場の食堂で、今日も俺はパンをかじりながら昨夜ゲーム内で体験した出来事について考えていた。
昨夜から続くダルさと眠気のせいで、モニターが垂れ流すニュース番組の内容もマトモに頭に入って来ない。ミードゴールド御自慢の神経活性化成分も、俺の磨耗した感覚と気力を完全に目覚めさせるには至らない様だ。それでも半分眠りかけた脳ミソを必死に回転させて、ここまでに知り得た情報を整理してみた。
……ベアード・バトラー。VRゲームの黎明期に、大作VRMMO“ドリームランド・コンクエスト”を製作し、例のVR内の事故によって最初の会社を倒産させた十年後に、新たに会社を立ち上げて、VR脳力開発ホラーRPG“コズミック・ラビリンス”を創った人物。
……セバスチャン教授。VRゲーム配信サイト“Storm”のラウンジにおける有名人。大規制以前からの豊富なVRゲームに関しての知識を有し、またVR空間適応脳力開発の必要性を、広く熱心に訴える人物。
二人は同一人物なんだろうか? 俺は寝ぼけ眼で、パーソフォンの画面上のバトラーの顔をじっくりと見つめてみた。
これは、S・W・E社の公式サイトに貼ってある、おそらく最も最近の彼の顔写真だ。昨夜見た、ドリコンの発表会の記事……約十年前の彼の顔と比較してみると、人の良さそうな陽気な態度は変わっていない様に見えるが、十年分の加齢を考慮に入れても、かなり老け込んで見える。若干顔色も悪いし、何か病気でも患っているんだろうか?
だが、こっちの顔の方が昨夜髭を書き加えてみた十年前の写真よりも、教授の顔に近く見える。
これは、どう言う事なんだろうか? ベアードがセバスチャンに成り済まして、眼を付けたユーザーに脳力開発の必要性を訴えかけ、言葉巧みに自分のゲームに誘導していると考えれば、一応の辻褄が合う。
「……と言う事で、来月より歌舞伎座で公開されるオペラ“黄の王”の日本初上演について、監督の……氏にお話を伺いました」
不意に耳に飛び込んできたニュースの音声で、一旦思考が中断されてしまった。よく聞こえなかったが、オペラなんて興味無いし、おゲージュツなんて上級国民だけが楽しんでりゃいいだろ。そんなムダな情報を公共の番組で放送すんなっつーの。
で、何だったっけ? ああ、そうだ。教授の話だ。
その一方で、本当に二人が同一人物なのかと言う疑問もある。昨夜、パーソフォン上のベアードの顔写真に自分で髭や眼鏡を描き加えてみた所、教授の顔に本当に似てしまったので、もしや……と思っては見た物の、一方で顔の半分近くを髭で塗りつぶして、さらに眼鏡まで書き加えれば、どんな顔だって教授の顔になるわなぁ……とも思ってしまうのだ。
そして何よりも致命的なのは、教授の顔は単なる“VR空間上のアバター”に過ぎないって事なんだよな。仮に、いつだったかの九玄太みたいにStormのラウンジで教授に飛びかかり、髭と眼鏡をむしり取って、その下からベアードの顔が出てきたとしても、「偶然似ていただけ」とか「ベアードにあやかって、そっくりにアバターを作った」とか言われてしまえば、それまでだ。
Wikiでベアードの項目を見ても驚く程情報が少ないし、彼の項目のページに貼ってある顔写真も、例のS・W・Eのサイトのあるのと同じ物だ。アメリカのボストン生まれで、病弱な為に地元からほとんど出ずに生まれ育ち、ボストン大を出て、G・G・Gの起業から倒産を経て現在に至るまで、人前に出る事は稀だと言う。
項目の最終更新は二年前で止まっていて、S・W・Eの起業には全く触れられていないあたり、業界でも“終わった人”扱いになっているんだろうか?
「……観光地として開発が進むポンペイ島で先週起きた、日本人観光客を多数巻き込んだ今回の無差別テロは、カルト教団による儀式的殺人であるとの見方が強まり……」
ああもう、うるせーな! 今時イカれカルトのテロなんざ、珍しくも無いだろ! しょーも無いニュースで人様の思考を中断するんじゃねーよ!
とは言え、ネットで軽く調べて判るのはこの辺が限界か。そろそろ昼休みも終わるし、夜の事を考えても少し寝ておいた方が良いだろう。そう思うのと同時に食堂のテーブルに顔を沈めて、うとうとと微睡みに落ちる。
「……次は特集です。いよいよ、日本でも取り沙汰されているVRメディアの大幅規制緩和を前に……何が問題だったのかを、VR技術の歴史を振り返りながら論じて行きたいと……本日は専門家の……教授をスタジオにお招きして……」
何かニュースでやってるけど、半分眠りに落ちているせいで良く聞こえない。キャスターとゲストが交互に話してるのがボンヤリと耳に入って来る。
「……では、リアル過ぎた事によるショック死の多発が、当時の大規制に結びついたと……」
「……無論、それだけが原因とは言えませんが、まだフルダイブ型VRの体験に対して未熟だった当時の脳力の限界が……」
その話、もう知ってる。いいから寝かせてくれよ……
「……それにしても、今世紀に入ってから急激にVR技術が進化しているんですね」
「一般に知られていないだけで、フルダイブVR技術に必須な、人脳に対して電気的な手段で情報をやり取りする基礎的な技術は、既に二十世紀初期には……」
「……例えばどの様な?」
「……技術の黎明期には良く……違法ではあった……残念ながら犠牲者は多数…………例えば、その二十世紀に入ったばかりの頃に極秘で行われた……スレイター氏に対しての、夢に……する個人的な人体実験……」
「脳に……を加えるだけで、……が可能になったと?」
「左様。更に……で行われたティリングハースト実験によって……機械的なアプローチによって人間の脳は新たな……の獲得を……」
「そんな昔に、既にそこまでの技術が……」
「実は人間の脳は複雑に見えて、ある部分では結構単純で…………それはまるで……の図の様で…………簡単な電気修理や電子工学の技能さえ有れば充分に…………ただ、そこに脳が…………そこで、我々は…………」
ZZZZZ……
「「おい! 聞いてるのかガリンペイロ? 君の為にワザワザ時間を割いて教えてるんだぞ!」」
ぅあ!?
ニュースの音声で思わず飛び起きて、モニタを注視した。
「……では、次はお天気情報です。急速に勢力を拡大しつつある、台風二十七号“海神”は、次第に本州に向けて進路を……」
気のせいか。何か呼ばれた様な気がしたのだが……。まあ、いいや。寝よう。