コズミック・ラビリンス(Easter egg)
眼を開くと、俺はちょっとした広さの……神殿? 聖堂? とにかく、そんな感じの広間に立っていた。さっきまでの疲労や体の重さがウソみたいに軽くなっている。
壁も床も壁際に並ぶ列柱も、全て大理石を思わせる光沢を持った乳白色の石材で出来ていて、ここまでに見てきた様な恐ろしげな装飾は勿論、一切の装飾を省いたシンプルかつ荘厳な造りになっている。
天井を見上げても、無機質な石の天井が見えるだけでシャンデリアの類いも無く、柱の傍らにも燭台やランプの一つも無い。なのに、ここは明かりを一切必要としない位の明るさに満ちている。強いて言うなら床や壁そのものが優しい光を発してる様に見える。
なんだここは? 明らかにこれまでに見てきた背景と異なる空間に戸惑った俺は、まず背後に脱出口が無いか確認した。
だが、俺の背後も同じ石壁が立ちはだかっていて、ちょうど俺の眼の高さにさっきの紋章が刻まれているのが見えた。
思い出した。これは、このゲームを作ったメーカーの“スターリィ・ウィズダム・エンターテインメント(S・W・E)”のロゴマークだ。ゲームのタイトル画面や、ダウンロード画面で見た記憶がある。多分、これに触れれば元の場所に戻れるって寸法だろう。ひとまずそう仮定して、改めて広間に向き直った。
ここは特にシンプルな造りになっていて、壁際の列柱の他には、自分のいる壁面の対面にあるステージ上の広い台座と、その上に鎮座する白いモノリスしか見えない。
一応警戒してランタンを置くと、拳銃と古の印を手に慎重に台座に近づいた。柱の陰を特に警戒したが、結局、台座に着くまでに何かが襲ってくると言うことは無かった。そのまま備え付けのステップを上って、モノリスの手前まで無傷でたどり着く。
モノリスも白い大理石で出来ていて、高さは三メートルくらいか? 表面にはやっぱりアルファベットが刻まれている。……何々?
……
☆STAFF
Producer:Beard・Butler
Director:Beard・Butler
GameDesign:MR.Fishman
……以下、ゲームスタッフの役職と名前がズラズラと並んでいる。
タダのスタッフロールかよ!
これはアレか。所謂イースターエッグ、隠しメッセージの類いってヤツか。確かに、ゲームのエンディングでは無く、こう言う形でスタッフロールを表示するゲームってのは結構有るけどさぁ。これまでに無かった演出と空間だっただけに、思いっきり肩透かしを食わされた気分だ。
しょーもない。がっかりして部屋を出ようとしたが、ふと思い付いた事が出来て再び踵を返した。そうだ。俺がこのゲームに隠された呪いなり陰謀なりに辿り着くには、ただゲームを解くだけでは足りないかもしれない。
ひょっとして、このスタッフの名前の中に手がかりが無いとも限らない。そう思って、今度は熱心にスタッフの名前を一つ一つ調べて行った。
……だが、その努力はスグに無駄だと判った。ほとんどのスタッフの名前が単なるイニシャルか、あるいは明らかに偽名と分かるフザけた名前で埋め尽くされていたからだった(例えばゲームデザインのミスターフィッシュマン等)。
昔のゲームなんかだと、引き抜き防止の為に、スタッフにこんな風な偽名を名乗らせた……なんて話を思い出した。ここに来て急にインディーズ臭さを出して来たな。
かろうじて名前っぽく見えるのは、この最初にクレジットされてるベアード・バトラー氏だけか。スタッフロールを見るに、プロデューサーとディレクターだけじゃなくて、ゲームのメインシナリオも担当し、あとゲームシステムとサウンドにも少し関わっている。働き者だな。
って、思い出した。前にこのS・W・E社のサイトを見たときに、この名前を見たぞ。確か、このゲーム会社の経営者でもあったハズだ。いや、それ以外でもこの名前を見たような……
……いや、ダメだ。思い出せない。まあ、今はいいだろう。おや、スタッフロールの下にも何か書いてあるな。面倒臭いので、翻訳モードの字幕のみを眼で追う事にした。
……
☆原作者
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
クラーク・アシュトン・スミス
ロバート・ブロック
オーガスト・ダーレス
……等など、HPLを始めとした作家の名前が列挙されていた。このゲームのネタ元ってか。ザッと見た限りでは、全ての作家がパブリック・ドメイン扱いになってる物ばかりだ。少なくとも、二十一世紀にデビューした作家の名前は見当たらない。まあHPLの“原典”と、ここに書いてあるメジャーな弟子の“古典”さえ覚えてりゃ何とかなるだろう。
で、最後の項目は?
……
☆スベシャル・サンクス
エジプトの黒いヤツ
夢見るカーターおじさん
きのこの山派の皆さん
and YOU……
……
はいはい。全く、ヒントになったのか成らなかったのか。他には何も見当たらなかったので、ランタンを回収して再び星形のマークに触れて元の部屋に戻った。
いきなり身体に疲労と倦怠感が身体に戻って来た。時間から言っても、今夜はここまでが限界だ。まだ、魔犬が野放しになってるのが問題だが、どの道この体じゃ戦えないだろう。それに俺には、多分今日~明日位は大丈夫なんじゃないか……と言う根拠の薄い確信があった。
だから、今夜は落ちても大丈夫だろう。俺は一応もう一回石碑に触れてセーブして、ゲームを終えた。続きは明日だ。俺はヘッドセットを脱ぎ捨てて、そのままうつ伏せになって眠りに落ちた。
……
……
……
……
……思い出した!
俺はあの石碑で見た人物の名前が引っ掛かる理由に、完全に眠りに落ちる前に気がついて、万年床から飛び起きると、テーブル上のパーソフォンを引っ付かんで“ベアード・バトラー”の名前で検索した。
目当てはS・W・Eのサイトじゃ無くて、もっと昔のニュースサイト……あった!
それは十年以上前……まだVRMMOが世間に発表された頃の、VRゲーム関連サイトの記事。当時、新進のVRゲーム開発メーカーだった“G・G・G”がリリースした大作VRMMO“ドリームランド・コンクエスト”の製作発表会のインタビュー記事だ。
そこで、顔写真付き(動画じゃ無いとは珍しい)でインタビューに答えているのがG・G・G社の最高経営者にして、ドリームランド・コンクエスト……ドリコンのゼネラルプロデューサー兼ゲームデザイナーのバトラー氏だった。
昔、VRMMOが大規制を受けた原因を探る為に、過去のネットニュースを調べた時に、確かこの記事を見た記憶がある。変な既視感を覚えたのは、これが原因か。
確か、この会社も例のVR空間内の事故で大量の死傷者を出して、倒産したハズだ。ほとぼりが冷めたので、小さな別会社を興して出直しってところか?
いや。この写真から感じる強いデジャヴは、それだけじゃ無い気がする。
俺は記事の写真に写るバトラーの顔をじっくりと見つめた。人の良さそうな、三十代くらいの白人男性。赤毛のやや薄くなった髪を後ろに撫で付けて、微笑を浮かべた口元に、同じ色の口髭がある。
激務の為か少々やつれて見えるが、それでもインタビュアーの質問に上機嫌で答えている風に見える。若干芝居じみた、オーバーリアクション気味のポーズで……
……わかった。
パーソフォンを操作して、バトラーの顔写真をダウンロードしてから画面一杯に引き伸ばす。そして机の上に転がってた専用のタッチペンを取って、画像をお絵描きモードにして、上からペンで落書きの要領でバトラーの顔に色々描き足してみる。
目尻と口許にシワを描いて……
口髭を大袈裟なカイゼル髭の形に描き足して、同じ色で顎髭を顔の下半分一杯に描き加えてやる。
そして最後に丸い眼鏡を描いてやると、予想通りの顔が画面に現れた。
「セバスチャン教授……」




