緊迫する世界情勢と俺の関係について
木曜日
で、今日の昼休みも、パン食いながら食堂でボケッとしてるワケだが、食堂の雰囲気はいつもと違っていた。
いつもは元気で騒がしい位の移民や出稼ぎの皆さんが、何やら神妙な感じでモニターのニュースを眺めていた。何時もの大声での雑談は無く、母国語で何やらヒソヒソと話している。
一体何事かと思って、俺も思わずニュースを見てみると、モニターは画面一杯にアメリカの何て奴だっけ? ……とにかく、アメリカ大統領の暑苦しい赤ら顔が大写しになっていた。
……ニュースを要約すると、西アジアを起点にした紛争が周囲に飛び火して、国連はこれに対処する能力を持っていない。だからアメリカは、平和と国益を守る為に、有志連合を更に発展させた国連に換わる“新しい同盟”を必要としている何て事を、国連総会の演説でブチ上げたらしい。
切り替わった画面は、演壇の大統領にブーイングや怒号を上げる各国の代表たちを映し出している。その一方で、演説に拍手を送る代表なんかもいて、今度は代表達の間で激しい口論が始まった。
怒号と拍手と口論の飛び交う、収拾が付かなくなりつつある国連の議場から画面はスタジオに戻り、そのままキャスターと評論家の解説に移った。変わって今度は食堂の移民さん達が、母国語で何やらガヤガヤと話し始めた。
何て言ってるのかは解らないが、時おり“ニューリーグ”とか言う単語が聞こえたので、今のニュースについて議論しているのだと察しが付いた。恐らく、今のニュースで言ってた紛争地帯が彼等の故郷か、その近くなのだろう。
モニタに写ってるの論説委員だか評論家だかのオッサンによると、今世紀の半ばから事実上機能停止してる国連には、確かに、この紛争を始めとする諸問題を解決出来る能力は無いので、このままだとアメリカ主体の新同盟の結成と国連離脱は現実味を帯びてくる。
日本はこうした際には、良かれ悪しかれアメリカの意向を汲んで来たのだが、この件ではアメリカでも賛否が完全に別れていて、基より政情不安が続くアメリカでも、この件で合衆国が分裂しかねないと言う状態ではどうしたら良いのか、外交経験の浅い現政権は右往左往している云々と解説してる。
なるほどね。前々から国連と、国連内のアメリカを中心とした有志連合との間で、不毛なイザコザが起きてたけど、いよいよそれが表面化したって事か。で、紛争当事国やその周辺国、あと国連と有志連合……つまり今の演説で言う所の新同盟……との間で右往左往してきた日本が、今後どうするかってな話しなワケだ。
まあ、故郷が戦場になるかも知れない移民さん達はともかく、俺にとっては正直どうでも良いってか、どうにもならない話しかな?
確かに、レビューを書く時なんかは政治に絡めた文章を書いたりするが、所詮、下級国民に過ぎない俺に、天下国家の政策をどうこう出来る訳も無いしね。俺も自分で文章を書いてる時には、自分の文章に興奮するタチなんで、レビューに織り込んでる主張は満更ウソッパチってワケでも無いんだが、その一方で自分の無力さもよーく解っている。
幸い、俺には妻子は居ないし、施設暮らしの不仲だった親とは何年も没交渉だ。正直今すぐ突然死しても、自分も誰も困らない。そんな木っ端クズみたいな人生でしかないが、せめて俺が死ぬまでの間は、安酒とVRゲームが楽しめる社会でいて欲しいモノだ。
んで、今日の俺はと言えば、絶好調と言って良いくらい体調が良い。アロマを付けっぱなしで寝たのも良かったが、朝食代わりに飲んで来た、ミードゴールドって新しいエナドリがまた良く効いている。お陰で心身共に良い感じだ。
Stormでも良く宣伝してたし、きっと神経が磨耗するVRゲーマーにとって良い成分が入っているんだろう。ロータスと共に勧めてくれたサキトに感謝だな。
そう思って、お礼のメッセージでも送るかとパーソフォンを取り出すと、アルベルトからメッセージが入ってるのに気がついた。アルベルトも、一昨日の九玄太のBANについて触れていたが、その中身はサキトとはやや異なっていた。
……
メッセージを送るのが遅れてしまいましたが、一昨日の清論亭さんの件では大変でしたね。まあ、彼は暴力行為こそ無かった物の、あの慇懃無礼な態度と、自分の気に入らないゲームやレビュアーに対する攻撃的かつ侮蔑的なレビューは、かなり目に余る物がありましたから、いつかはSteamをBANされていたでしょう。
ただ気になるのは、あの消えかたです。貴方も見たと思いますが、あの消えかたは普通のBANには見えませんでした。あの翌日、他のSteamユーザーの知り合いに聞いてみたのですが、普通はBANはその対象者がログアウトしている間に行われる物で、あの時みたいな暴力行為による緊急性の高いBANにしても、いきなりパッと消滅する物で、あんな時間を掛けて消える事は無いみたいです。
それに……貴方も、彼の普段の和服が、時々あのゲームのそれに置き換わっていたのを見たと思います。それに貴方の首を絞めながら呟いてたあの譫言めいた言葉……
ガリンペイロ。貴方は笑うかもしれませんが、私にはあのゲームに何か良くない物が隠されてる気がしてならないのです。幸い、私にはその方面のツテがありますから、少しこのゲームとメーカーを調べてみるつもりです。それまでは何かが判るまで、あのゲームはしない方が賢明です。
おそらく、数日中に何かが判ると思います。それで何も無かったら、どうぞ私を思いっきり笑って下さい。お詫びに、あのラウンジで一杯奢りますので。
あと、サキトにもこの件でメッセージを送ったのですが、返信が有りませんでした。もし彼に会ったら、私が探してたと伝えて下さい。また何か判ったら連絡します。それでは。(発信者:アルベルト)
……
うーん……。Stormでしか会う事は無いが、アルベルトとは結構付き合いは長い。だから、俺を担ぐつもりで、こんなメッセージを送ってくるようなヤツじゃ無いのは解ってる。だから、アイツがあのゲームに変な疑念を持ってるってのは、多分本当なんだろうが……
いやいやいや。ゲームや漫画じゃあるまいし、考えすぎでしょ。この二十二世紀になろうかと言う御時世に“呪われたVRゲーム”なんて怪談、小学生でも鼻で笑うネタでしょ。まあ、VR悩力開発とか素直に信じてる奴だし、そんな妄想に捕らわれたりするものかね。
……でも、確かにあの九玄太のBANされる直前の言動は、単にロータスやドラッグのやり過ぎでは片付けられない、一種の凄みがあった。
それに、あのノイズと共にアバターがあのゲームの探検服に変わるバグ? も、あれも俺だけじゃ無くて、アルベルトも見てたって事は、俺の勘違いじゃ無いって事になる。そして、九玄太が消える前に俺に言ったあの戯言……ひょっとすると本当にあのゲームには、名状しがたい秘密が?
午後の始業を告げる予鈴のベルが鳴って、俺は急に思索から引き戻された。まさかね。ゲームやラノベじゃあるまいし。所詮は只のVRゲームに過ぎないさ。俺は午後の仕事が始まるまでの短い時間で、アルベルトには考えすぎじゃないか? と言う趣旨の返事を、サキトには昨日のサプリのリストのお礼と、アルベルトがお前を探してたぞ。と言う返事を素早く書いた。
……だが、その後も二人から返事が返って来ることは無かった。




