コズミック・ラビリンス(CHAPTER3:4)
その後も、随所にトラップが仕掛けられた迷路を慎重に進む。途中で何度かネズミの襲撃を受けたが、その都度ナイフや古の印で退けた。
とっさの襲撃に対応出来なかった事もしばしばで、これまでに身体の数ヵ所をかじられてしまったが、今の所行動に支障は無いし、所詮はVRゲーム中のダメージだから痛みも全く無い。
ここまで順調に進んでるし、ロータスが効いているとはいえ、いい加減かなりの奥地に入り込んでしまっている。そろそろキリの良い所でセーブして落ちたい所だが……
俺が歩くと、壁の中からネズミが駆け回る様な物音が聞こえる事に気がついた。この壁面も隙間や穴で一杯だし、壁石の裏側にはきっと、あの人面ネズミどもが自在に行き来できる通路が、アリの巣みたいに縦横に巡らせてあるのだろう。
うぇ、気持ち悪い! 想像するんじゃ無かった。だが、一回意識してしまうと壁の中のネズミが這う音が、一層耳障りに感じてしまう。いっその事、壁に埋め込まれてる骨を全部取っ払って、裏側に潜んでるネズミどもをナイフと銃で皆殺しにしたい衝動に駆られたが、すんでの所で、ピルグリム博士の手記にはネズミには関わるな……と書かれていた事を思い出した。ならばきっと、この音は無視して先に進むべきなのだろう。
だが、壁の向こうの物音は、ガサゴソと大きさを増していく。まるで見えないネズミの大群と一緒に歩いてるみたいで、通路を進む度に正気を削られて行くような感覚さえ覚えてしまう。プレッシャーに耐えられず、再び壁の向こうのネズミを何匹か殺せば、残りは逃げて行くのでは無いかと考えて、それを実行に移したい衝動に強く駆られる。
……ふと気が付くと、右手に拳銃を握って壁の頭蓋骨に手を掛けている自分がいた。
あぶない! 骨の山の奥に奴等の濃厚な気配がする。おちつけ。只でさえ多勢に無勢だ。こちらから刺激する事は無い。壁から離れ、脳内にロータスの清浄な香りをイメージしながら、何度も深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。
もういい加減通路を歩き通しだし、そろそろ何か新しいイベントが起こる頃合いだろう。もう少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせて、さらに通路を進むと、不意にネズミの足音と気配が消え、同時に新しい大広間に入った。
セーブポイントの石板があった広間よりは狭い感じだ。今までよりも壁面一杯に骸骨が敷き詰められて、まるで骨で出来た部屋みたいだ。
床一面に、探検服の切れ端と赤黒い染みと一緒に、真新しい人骨が散らばっている。この骨どもの由来は、言わずもがなってヤツだろう。なら、ここにもネズミどもが潜んでいるって寸法だ。ここまで来るまでに付いてきた群れと合流したのなら、きっと膨大な数になっているだろう。
だが、今のところ広間はシンと静まり返り、物音一つ感じない。じっと息を潜めて俺のスキを窺ってるのか、それとも前の落とし仔の間みたいに、もっとヤバい奴が潜んでいるのか……
慎重に広間の真ん中まで来ると、ランタンの明かりに反射して、何かが突き当たりの壁で僅かに光った。近づくと、壁に埋め込まれた頭蓋骨の一つが、緑色に煌めく小さなメダル状の細工物をくわえているのが見えた。
あれか。ピルグリム博士が手記に書いてた翡翠の護符ってのは。これ見よがしに置かれてるのが気になる所だが、ワナでも仕掛けてあるのか? 床にも天井にも、それっぽい仕掛けは見えないが……
まあ、案じても仕方ない。グズグズしてると、ネズミどもが痺れを切らして襲って来るかも知れない。落とし仔の間の要領で、素早く護符を取って来た道をダッシュで引き返そう。そうと決めたら実行あるのみ。俺は覚悟を決めて護符を引っ掴んだ。
だが、その瞬間、頭蓋骨の眼窩に潜んでいた小ぶりなネズミが飛び出して来るなり、護符に手を掛けた俺の右手に噛みついた。
「うわわわわっ!」
ゲームなので痛みは無いが、代わりに強めの衝撃が手の甲に伝わってくる。慌てて護符から手を引っ込めたが、ネズミはスッポンみたいに手に喰らい付いて離れない。半ば混乱しながら壁に腕ごと叩きつけると、人間めいた悲鳴を上げて漸く離れてくれた。
だが、今の悲鳴が呼び水になったのか、頭蓋骨の眼窩や口の中、あるいは乱雑に積み上げられた肋骨や大腿骨の間から、殺意に満ちた表情の人面ネズミどもがゾロゾロと沸いて出てきた。
ヤバい! ランタンで辺りを照らすと、周囲の壁からも同じくネズミが沸き出してて、既に広間の出口には百匹近い群れがひしめいていた。
ここまでの数だと、拳銃やナイフでは撃退出来ない。なら、古の印しかない! そう思ってポケットから石を取り出した瞬間、今度は天井から二~三匹のネズミがボタボタと降ってきて、俺の右手に噛みついた。
その衝撃と心理的なショックで、思わず印を取り落としてしまった。慌てて拾おうとしたが、石は無慈悲にも石畳の上をコロコロと転がって行き、その距離をすかさずネズミどもが殺到して遮ってしまった。
これで万事休す。俺は広間の真ん中辺りで完全にネズミに包囲されてしまった。苦し紛れに拳銃を群れに向けて発砲してみたが、群れの中の一匹を殺しただけで、群れ全体も銃声に怯んで数メートル後ずさりした物の、再びジワジワと包囲を狭めて来た。
これでもダメか。銃声はネズミを怯ませる効果はあるが、一時しのぎにしかならない。残弾は四発。全弾撃ち尽くしても、突破口が開けるか微妙な所だ。それに、この広間を逃れても追撃があるかも知れない。そうなれば、今度こそ身を護る手段が無くなって一巻の終わりだ。
なら、どうする? またどっかに隠れた突破口があるのか? そう思って周囲をランタンで照らす。
ん? こいつら、拳銃を向けて無いのに俺と向き合うと、怯えたみたいに後ずさりするな。古の印も無いのに何に怯えてる? 拳銃じゃ無いなら、他に手に持ってるのは……まさか!
俺はランタンを手前の群れ目掛けて、思いきり叩きつけた。燃料式のランタンは粉々に割れて、周囲に引火した燃料を撒き散らした。その炎に引火したネズミどもが甲高い絶叫を上げながら駆け回り、その火がまた周りのネズミの毛皮に次々と燃え移って、たちまち俺の周囲はちょっとしたインフェルノと化した。
熱と、毛皮と肉が焦げる異臭に耐えきれず、思わず両腕で顔を被う。しばらくすると周囲に物音がしなくなっったので、恐る恐る腕の間から周囲を見ると、まだ燃え続ける炎に照らされて、おびただしい黒焦げのネズミの焼死体が散らばってるのが見えるだけで、生き残った群れはひとまず退散した様だった。
とっさの判断とは言え、上手く行った。俺はネズミの死体を蹴り分けて、壁の護符を素早く掴み取った。さすがに、追加の襲撃は無し。ならばと火が消えない内にと、懐中電灯を取り出した俺は、ネズミどもが態勢を回復する前に急いで来た道を引き返した。
……おっとと、忘れ物。広間に引き返して、探す事しばし……あった。俺は古の印を回収してポケットに納めた。
帰り道は順調に進み、行きほど時間を掛けずに石碑の間に帰りついた。キリも良いし、今夜はここまでにしよう。石碑にタッチしてセーブして、そのままログアウト。現実世界に帰った俺の鼻孔を、心地よいロータスのアロマが出迎えてくれた。
今回は、かなりこのアロマに助けられた。教えてくれたサキトには感謝だ。甘い香りと心地よい疲れが、たちまち眠気を運んで来る。俺はヘッドセットをテーブルに置いて、香炉のスイッチも切らずに、そのまま万年床に突っ伏して寝てしまった。
つけっぱなしのアロマのお陰か、今夜は久しぶりに悪夢を見る事もなくグッスリと眠れた。
……それでも、やはり深い意識の中で、また誰かに何度も俺の名を呼ばれた気もするのだが……
今回のラストで古の印を回収するのを忘れてました。
御指摘を受け、加筆致しました。
ご迷惑をお掛けします。




