表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/67

コズミック・ラビリンス(CHAPTER1:1)

 タイトルロゴの後に、漆黒の空間に字幕が浮かび上がり、ストーリーを解説し始めた。


 せっかちなゲーマーは、こうした演出を“テンポが悪い。イライラする”として、さっさとスキップしてゲーム本編に移行するのだが、俺はこういう冗長な演出も、ゲームの一部として楽しめる余裕を持ち合わせているつもりだ。


 ……


 それでも、やたらと長く感じるストーリーによると、舞台は二十世紀初頭。主人公(俺)はミスカトニック大学による遺跡発掘調査の為、同僚と共に西アジアの某所へと探検隊を率いて、古代オリエント文明の遺跡の発掘作業に従事していた。しかし、同僚にして親友であるピルグリム博士が、当初の目的の遺跡とは全く異なる……有り得ない程の太古の時代に建造されたとおぼしき、広大にして巨大な地下迷宮を発見した。


 この遺跡に不吉な物を感じた現地のガイドや人足は、その夜の内に脱走してしまい、不毛の荒野に取り残された探検隊は、一旦探索を中断して救助を待つべきだと主張する俺と、世紀の大発見を前に足踏みをするのは学者の態度では無い。救助を待つ間にも調査は進めるべきだ……とする、ピルグリム博士との間で意見が二分してしまった。


 次第にピルグリム博士の主張が探検隊の主流を占め、彼等はこの迷宮の最深部に、かの呪われた古書ネクロノミコンに記された、旧支配者を崇める為の隠された地下神殿があると主張して譲らず、その最深部を発掘する事こそが自分達の使命である……とさえ言い放った。


 日毎(ひごと)にカルト化して行く探検隊の中で、俺は次第に孤立を深めて行ったが、ある夜、俺が寝ている間にピルグリム博士は残りの人員を引き連れて、地下迷宮へと侵入したらしい。ご丁寧に無線機まで破壊されて、救助の連絡も取れなくなった俺は、孤独に耐えきれず、懐中電灯を手にピルグリム一行の後を追って、禍々しいレリーフの施された迷宮の巨大な関門を潜り抜けた。


 その瞬間、大規模な地震がこの迷宮を襲い、俺は激しい衝撃と共に石畳の床に叩きつけられ、何か大きな物が崩れ落ちる轟音を聞きながら、意識を手放してしまった……


 ……


 ストーリー解説が終わると同時に、全身を軽い振動が襲う。ストーリーにあった地震の衝撃を再現したつもりなのだろう。勿論、実際の地震の衝撃とは比べるべくも無い、わずかな振動にすぎない。まあ、このご時世にしては頑張ってる方だろう。


 振動が止むと、石畳の上に寝そべってると思しき自分を認識した。目の前には点灯したままの懐中電灯が転がっている。とりあえず、俺は懐中電灯を拾って起き上がった。


 ……いやに頭が重い。二日酔いとも寝不足とも違う、何とも名状しがたい倦怠感が付きまとう。


 既にゲームは始まっているらしい。俺は懐中電灯で周囲を照らし出した。ここは広大な地下通路の真ん中である様だ。前方に通路が遠くまで延びていて、懐中電灯の明かりでも奥まで照らし出せない。背後は瓦礫で埋まっていて、引き返す事が完全に不可能であることが一目で解った。


 通路そのものは、天井が高く……八メートルくらいか? 両端に石柱が規則正しく並ぶ通路の幅も同じくらいある。そして、その天井や壁面、列柱の表面には楔型文字に似た謎の文字や、巨大な怪物を象った、古代オリエント風のレリーフで埋め尽くされていた。


 オープニングのストーリーは、ラヴクラフトの代表的な長編「狂気山脈」を少し連想させる筋書きだったが、この遺跡の内装は「無名都市」と言う短編の舞台となった、地下遺跡を彷彿とさせる。

 あるいは彼の弟子の一人である、R・E・ハワードが著した短編「アッシュールバニパルの炎の石」に出てくる遺跡の方か? どちらにしても、中々によく出来た演出だが、所詮は作り物に過ぎない。俺はそう考えて、内心を覆いつつある恐怖心や不安感をムリヤリ抑えつけた。


 何度も言ったが例の大規制によって、目に見える風景の解像度は、一目でCGと判るレベルに落とされている。それは、他のVRゲームがそうで有るように、このゲームも例外では無い。例えば壁のレリーフを間近で眺めれば、テクスチャを構成するピクセルがハッキリと見えるだろう。所詮は、そのレベルでしか無い。


 しかし懐中電灯が照らす範囲外を占める、塗り潰す様な漆黒の闇。ときおりパラパラと天井から砂が落ちる音が聞こえる以外は、音一つしない全くの静寂。そして、その中に自分だけが孤立していると言う不安感が、この作り物めいたゲーム空間に奇妙なリアリティを与えている。


「ステータス・オープン」


 俺はとりあえず不安を誤魔化す為に、ステータスウィンドウを開いて自分の能力を確認しようとした。だが、ウィンドウには能力値やスキルの表示が一切無く、それどころかアイテム欄も何も無い。ただ、自分の現在のアバターを表示する画面しか存在しない。


「マジかよ……」


 ステータスウィンドウを開いた事で、逆に新たな不安と恐怖が俺を襲った。


 今までのVRゲームでは、例えばRPGなんかでは具体的な能力値やスキルが設定されていて、それがある程度自分の強さや能力を教えてくれる。つまり、今までのゲームプレイ経験の積み重ねで、どのくらいの無茶が利くか、どのくらいのモンスターとなら互角に戦えるのかが、何となく判る。


 特に、HP(ヒットポイント)ゲージの存在が重要だ。これが有ればこそ、例えばHPが大幅に減少している状態で、それでも危険を侵して目の前のモンスターと戦うかべきか否か……とか言った、判断の大きな目安になるのだ。


 しかし、全くどんな内容のゲームか全く解らない状況下で、自分の現状(ステータス)が一切判らない……と言うのは、VRに限らず、現在のビデオゲームに慣れた身としては、まるで野獣が潜む未知の荒野で、地図もコンパスもナイフも無い、完全に身一つの状況に置かれたかの様な不安を強く覚えるのだった。


 それにしても、せっかくクトゥルフ神話をモチーフにしているのだから、TRPG(テーブルトーク)版にちなんで、STR(筋力)やDEX(敏捷・器用度)みたいなのはともかく、SAN(正気度)くらいは有った方がそれらしいのに……


 ……待てよ?


 もしかしたら、VR空間適応脳力を鍛える目的を持つこのゲーム内で、実際にクトゥルフ神話に出てくる様な、おぞましい姿の怪物や邪神に出くわしたら、俺自身のSANが無くなったりするんじゃ……


 いや、まさかね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ