No.43 〜another story〜
No.43 〜another story〜
あれから4年
星華は6歳になった。今年で星華と裕翔は初等部を卒業する。
星華と裕翔の成績はというと、全体でも医学部コースでも星華が首席と裕翔が次席だ。
そんな8月のある日…
2週間後に職業説明会が開かれることになった。
ー藍沢家では
星華「お母様」
亜依「なに?」
星華「今度、職業説明会が学校であるんだ」
亜依「そうなの?星華は何を聞くの?」
星華「フライトドクターについて」
亜依「フフッ。楽しみね」
星華「うん!そう言えば、翔南の先生が来て下さるって先生が言ってたんだけど誰が来るの?」
亜依「えっ?私、聞いてない」
星華「なら、お母様じゃないのかな」
亜依「そうかもね。でも、翔南の救命の先生が話すなら誰が話しても同じことを言いそうだわ」
星華「そうだね」
そこに、『ただいま』と耕作の声が聞こえた。
2人「おかえり〜」
そして、ご飯を食べてお風呂から上がった耕作にさっきの話をした。
亜依「誰が行くか知ってる?」
耕作「あぁ」
亜依「教えて!」
耕作「ダメだ」
亜依「なんで!」
耕作「部長命令だ」
亜依「なんで耕作は知ってるの!」
耕作「医局に入ったら橘先生が電話を受けてるところだった」
亜依「それで?」
耕作「じゃあ、だれだれを送りますよって言ってたんだ」
亜依「なるほど、私も早く知りたいな」
耕作「明日には分かる。橘先生が言うと言ってた」
亜依「じゃあ、楽しみにしとこ♪」
耕作「そうしてくれ」
そして次の日のカンファレンス
橘「実は『翔華大学附属英徳学園』の初等部で職業説明会が開かれることになったんだが、ドクターヘリやフライトドクター、救命医について講義をして欲しいと依頼が来た。そこで今回は藍沢に講師として行ってもらおうと思う。誰に藍沢のフォローをしてもらうかは検討中だ。質問あるやつ」
全員「…」
橘「じゃあ、藍沢よろしく」
藍沢「はい」
田中「はい」
橘「田中?」
田中「あ、何でもないです」
橘「いや、田中、お前が耕作先生のフォローに入ってくれ」
田中「私がですか?!」
橘「あぁ、お前が入れば藍沢との連携も上手くいくから講義もしやすいだろ?なぁ、藍沢?」
藍沢「そうですが…」
黒田「こっちなら心配いらないぞ」
藍沢「黒田先生」
黒田「俺がスタッフリーダー代理ぐらいやってやる」
藍沢「すみません」
黒田「気にするな。たまにはやりたくなる」
田中「ありがとうございます」
黒田「いいよな?橘」
橘「はい」
黒田「決まりだな」
そして、カンファのあと
田中「耕作だったのね」
藍沢「あぁ」
橘「電話を受けてた時に目の前にいたからな。ついつい名前を出してしまったんだ」
田中「なるほど」
橘「まぁ、うちには藍沢先生が二人いるからなw」
黒田「ちゃんと2人で伝えてこい」
2人「「はい!」」
そして、藍沢夫婦は医局で準備をすることになった。
亜依「どこまで進めたの?」
耕作「だいぶ進めた。原稿を見てくれないか?」
亜依「わかった」
そして、私は耕作から原稿を受け取り、90分の講義用の原稿に目を通し始めた。
その間、耕作はカルテの整理をしている。
私は読み始めて数分で楽しくなってきてしまった。テンポよく展開される翔南救命とドクターヘリ、フライトドクター、フライトナースについての話。
途中で私は気がついた。この講義原稿は、高校の授業のような展開の仕方なのに医学書のようにわかりやすい。
初等部に通う子達は高校のような授業形式で医大レベルの授業をしている。
つまり、この形式ならあの子達には普段の授業と何ら変わらないのだ。
このやり方は恐らく、この前の授業参観に行ったから気がついたのだろう。
そして、全て読み終わる頃には耕作もカルテの整理を終えて、コーヒーをいれてくれていた。
耕作「どうだ?」
亜依「いいと思う、進め方も内容も」
耕作「そうか」
亜依「資料、用意しないとね」
耕作「そうだな」
そして、藍沢夫妻が資料の印刷をしていると藤川夫妻と橘夫妻、新海夫妻が入って来た。
藤川「お、もう資料の印刷しちゃってるのか?」
藍沢「悪いか?原稿は既に出来てたんだから普通だろ」
緋山「はっ?もう出来てんの?」
田中「うん!藍沢先生ってホントに凄いよね」
橘「藍沢、俺に一応聞かせてくれ」
藍沢「わかりました」
新海「講義に行く前に俺にも聞かせてくれよ」
藍沢「何故お前に?」
新海「いや、救命の勉強もしとかないと奥さん支えられないだろ?」
藍沢「俺の今回の講義で勉強になるというなら、お前の頭は6歳児と同レベルか」
新海「6歳児?聞いてないぞ!うちの付属の医学部コースに講義に行くんじゃないのか」
藍沢「行く」
新海「6歳児?」
藍沢「ハァ…初等部の医学部コースだ」
新海「あぁ、なるほど」
藍沢「分かったか」
新海「だとしたら尚更だな。俺は救命に関しては初歩の初歩だからまず藍沢の講義を受けて知識、いれないとな」
藍沢「なら、当日来い」
新海「はっ?当日?」
藍沢「救命に興味がある新人や院内の医師も当日参加する。お前も正規ルートで参加すればいい」
橘「そうだな。新海、そうしろ」
新海「なぜです、橘先生」
橘「当日の方が緊張感のある中で講義を受けれるだろう」
新海「わかりました、西条先生に休暇申請して来ます。藍沢、楽しみにしてる」
藍沢「あぁ」
そして、新海が医局を出ていった。
彼からLINEで当日に休暇が取れたと連絡があったのは医局を出て行った10分後だった。
いよいよ明後日は講義の当日。
今日は会議室を使って橘、三井、黒田、西条、緋山、横峯、今井、谷口の前でリハをやることになっている。
8人の前に立ち、藍沢が話し始める。
藍沢「翔華大学附属南部病院救命センターから来ました。フライトドクターの藍沢耕作です。そして、本日は私のサポートをしてくれるのが」
田中「田中です」
藍沢「彼女はあとで紹介していますがスタッフリーダーを務めています。では、これから資料の確認をします…」
ここから藍沢の講義が始まる。
40ページに渡り印刷されている基本資料が1冊、次にドクターヘリが表紙の『翔南救命について』と言うのが1冊、最後に『翔華大学附属南部病院フェローシップ』についてという1番薄い冊子だった。
藍沢「3冊ない人はいますか?」
8人「…」
藍沢「では、始めます」
そして、藍沢の講義が始まった。
西条先生も含めて全員が救命経験者であるが藍沢の講義は考えさせられるものが多かった。
しかも、彼の講義は一瞬でも気を抜くと次の話についていけないのだ。
8人は途中、ちょっと気を抜いても救命医として同じ現場や似た現場を経験しているから分かるものの体験したことのない人にはきっと分からなくなるぐらい具体性のある話だった。
藍沢は主に話を進め、田中が横のPCでスクリーンに関連資料を出していく。
その連携はまさに初療室や現場での2人の処置を見ているようだった。
そして、スピードを保ちながらグループワークの時間をとり、考えさせながら進む藍沢の90分の講義が終わった。
藍沢「さて、時間となりました。以上で講義を終わります」
すると8人から藍沢と田中に拍手が送られた。
藍沢「亜依、ありがとう」
田中「お疲れ様」
藍沢「どうでした?」
藍沢のその問いに1番最初に答えたのは2人の指導医だった黒田だった。
黒田「よく出来てる」
田中「えっ…」
藍沢「…」
2人はフェローの時に『よくやった』と言われた時のような顔で信じられないとでも言うように黒田のことを見ている。
黒田「このままで俺は問題ないと思うが、お前たちはどうだ?」
西条「脳外の範囲も問題ない」
橘「大丈夫だと思います」
三井「産科の範囲も大丈夫だと思います。ね、緋山」
緋山「はい」
黒田「そういうことだ、しっかりやってこい」
2人「「はい」」
そして、藍沢と田中のリハーサルは終わった。
藍沢と田中が片付けていると、新海がやってきた。
新海「藍沢」
藍沢「なんだ」
新海「西条先生に予習しとけって言われたんだが、何を見ておけばいい?」
田中「予習?」
藍沢「フッ、そういう事か」
田中「どういう事?」
藍沢が急に悪戯する前の少年のような顔してニヤッと笑った。
新海「藍沢?」
藍沢「予習だろ?」
新海「あぁ」
藍沢「しなくてもいいぞ」
新海「西条先生がお前の講義を聞いて帰って来たと思ったら何も言わずに医局に入ってきて、俺に向かって明後日のために予習しろって言ったのにか?」
藍沢「お前も医大で救命については勉強しただろ?それに、脳外である前に外科医だろ?」
新海「それはそうだが…」
藍沢「そんなに心配か?」
新海「普段と分野が違うからな」
藍沢「西条先生から大きな封筒を貰わなかったか?」
新海「貰った」
藍沢「あれを読破しとけば問題ない。英徳の初等部の娘に読ませても理解出来るレベルで書いてあるからお前は分かるはずだ。分からないことがあったら緋山に聞いてくれ」
新海「了解…って待て、藍沢!」
藍沢「なんだ」
新海「あの封筒に入ってたの全てか?」
藍沢「そうだ。全て講義で使う。読破しとけよ」
新海「…」
藍沢「お前はウチの娘や藤川の息子よりも救命の知識が無さそうだからな」
新海「わかった」
田中「藍沢先生、言い過ぎ!新海先生だってねぇ」
新海「いや、藍沢の言う通りですよ。きっと星華ちゃんや裕翔くんの方が救命の処置とかそういうのは知ってますよ」
田中「えっ…」
新海「自分は脳ばっかりでしたから。予習しときます」
そして、新海が会議室を出て行った。
田中「新海先生ってそんなに救命の知識無いの?」
藍沢「あぁ、無いな。外来なら対応できるだろうが現場で脳以外を見てくれって言われたらフェローと同じかそれ以下のスピードだと思うぞ」
田中「ウソ…」
藍沢「だからこそ、救命の応援として現場に行った時に西条先生や俺みたいに脳以外も診れるように西条先生がこの講義にあいつを行かせようとしてるんだ」
田中「そうなの?」
西条「そうだ」
田中「西条先生」
藍沢「お疲れ様です」
西条「あぁ。本当はネタばらししたくないが、仕事が定時で終わったあとに俺と藍沢で新海に救命の処置を教えてる」
田中「えっ?」
西条「いつまでも俺が助っ人でヘリに乗るわけには行かないだろ?あいつを俺と藍沢で鍛えてる途中だ」
田中「大変そう…」
西条「骨盤骨折の固定、VT・VFしたときの対処はもう現場に出ても良いレベルになった。あと2週間しないうちに心嚢穿刺も現場レベルになるだろう」
田中「…」
西条「まぁ、血管縫合はできるが普通の縫合をもう少し教えないとな」
田中「えっ?縫合??」
藍沢「今のあいつが縫合して腹を閉じたら、傷跡が必ずハッキリ残る」
田中「それはまずいね」
藍沢「あぁ」
西条「今回の資料には配合の仕方も心嚢穿刺の仕方も脱気の仕方も説明するだろ?丁度いい機会だ」
田中「なるほど」
西条「頼んだぞ?」
田中「フフッ、予習しろって西条が言ったんですよね?新海先生が言ってましたよ」
西条「あぁ、あいつには予習無しじゃ無理なレベルの講義だ」
田中「予習しろと言ったのは西条先生なんですから予習に付き合ってあげてくださいね」
西条「はっ?」
藍沢「俺は予習しなくてもいいと新海に言ったんですけど、あいつは西条先生が言ってたからと言ってましたから。講義についてこれるレベルに新海をしておいて下さいね」
西条「…わかった」
そして、3人は会議室を出て救命の医局へと足を進めた。
西条「藍沢」
藍沢「何でしょう」
西条「使用予定の症例報告と近況の救命の症例報告をこっちに送っておいてくれ」
田中「近況の症例報告は回数順でいいですか?」
西条「あぁ、回数も記入しておいてもらえるか?」
田中「わかりました」
そうこうしているうちに救命の医局に着いた。そこには新海がいた。
西条「新海。お前、どうしてここにいるんだ?」
新海「予習です」
西条「俺が教えてやる」
新海「ここでですか?」
西条「そうだな」
田中「すぐに症例報告を西条先生の端末に送りますね」
西条「悪いな」
田中と藍沢が症例報告を西条に徐々に転送していく。
藍沢「救命での脳外の症例報告はいりますか?」
西条「それは講義が終わってからでいい。今は脳外以外のを送ってくれ」
そして、西条の端末には
鎖骨骨折、胸骨骨折、骨盤骨折、開放骨折、心筋挫傷、腸管損傷、出血性ショック、臓器損傷、緊張性気胸、肺挫傷、心タンポナーデ…
西条「新海、お前の端末に転送する」
新海「はい」
症例報告が西条から新海の端末に転送される。
新海「西条先生?」
西条「最近の救命の症例報告だ。多い順にピックアップしてもらった」
新海「…」
西条「新海、予習始めるぞ」
新海「はい!」
新海は正直驚いていた。
なぜかと言うと、救命の扱う症例の多さにだ。自分は昔から脳を専門でやっているが、自分の上司やライバルは救命の出身なのだ。しかも、どちらもフライトドクターだ。
藍沢の西条への話し方からしてこの症例報告はまだまだ一部なのだろう。そう考えると寒気までしてきた。
一体、救命はどれ程の症例からその患者の症状に合わせて治療をしているのだろう。
しかも、救命に運ばれてくる患者は状態が悪いのが基本だ。即座に判断し、素早く処置を開始し、的確な処置を施さなければならない。
自分が身を置いている脳外科はどんなにいい条件だろうか。
事前に症状が分かっている。
検査も詳しく出来る。
手術はオペ室でちゃんと出来る。
急に患者が何人も来ることもない。
基本的にシフト通りに上がれる。
西条「新海?」
新海「あ、はい」
西条「なんだ、目、回してんのか?」
新海「あ、いや。多いですね」
藍沢「まだまだ少ないぞ」
新海「やっぱりそうか」
田中「ねぇ、私達ってどれくらいの症例を扱ってるのかな?」
藍沢「どれくらいだろうな、数えたくはないな」
田中「そうね」
藍沢「お前はまずそれだけ覚えれば大丈夫だ。お前の現場での役割は基本的に脳の患者を診ることだからな」
新海「これだけってなかなかの量だぞ?」
橘「これくらいでギブか?まだまだだぞ?」
黒田「これくらいの症例なら藍沢は最初にここに来た時はもう1人で対応出来てたぞ?」
新海「嘘だろ?」
三井「事実よ」
藍沢「俺は2年長岡にいた。だからだ」
新海「…」
黒田「まぁ、フェローでもそれくらいは出来る。練習しとけよ」
新海「はい」
黒田「新海」
新海「はい」
黒田「実地をやる時は連絡してこい。西条じゃなくて俺と藍沢でみてやる」
西条「おい!黒田!」
黒田「わかったな」
新海「はい」
16:00
あれからお昼休憩以外、非番とコールの西条と新海は症例報告を使って座学で予習をしてこの時間になった。
西条「黒田」
救命の医局で新海の予習をみていた西条がそう言った。
黒田「なんだ」
西条「一通り終えた。実地頼む」
黒田「俺と藍沢が組んで新海を教えていいんだな」
西条「俺も行く」
黒田「わかった。藍沢!行くぞ」
藍沢「どっちにですか?」
黒田「ホントのトレーニングルームだ」
藍沢「えっ?」
黒田「どれぐらい出来るのか分からないだろ?再現して、やらせるぞ」
藍沢「わかりました」
黒田「大野、来れるか?」
大野「はい」
そして、4人はトレーニングルームへと来た。その部屋はヘリの運転席以外の治療をするスペースか同じスケールで用意されており、そのヘリの模型?の横に人体模型があった。
黒田が症例報告書のカルテ番号をトレーニングマシーンに入力する。
黒田「ヘリだと思ってそこに座って現場と連絡を取るところから始めろ。ヘリ担は藍沢、大野そして新海だ」
藍沢「はい」
すると、練習用のホットラインが鳴り、黒田かわ出る。
黒田「翔南救命センターです」
早川「辰巳消防よりドクターヘリ要請です」
黒田「どんな患者ですか」
早川「船をクレーンで浄化中、留め具が外れて船が落下、近くにいた30代女性と子供にぶつかったとのことです」
そして、藍沢がフライトドクター席、大野がフライトナース席、新海がフェローの場所に座った。
藍沢「こちら翔南ドクターヘリ、患者情報入ってきてますか」
消防「すみません、負傷者2名とお伝えしましたが、もう1人いました。母親と7歳の女の子、4歳の女の子、姉妹のようです。船とぶつかったようで上のお子さんは腹痛を訴えています。下のお子さんは意識レベルほぼクリア。呼吸は安定してます」
藍沢「了解しました」
新海が藍沢を見ている。
藍沢「患者が3人に増えた」
新海「1人は俺が」
藍沢「いや、3人任せる」
新海「はっ?」
藍沢「いい機会だ。お前1人で3人全員をどうにかしろ」
新海「いや、でも」
新海は目を見開いて藍沢のことを見ている。
藍沢「フライトドクターはお前だ。俺はただの付き添い。お前の指示に従う」
そこまで藍沢が言うと…
黒田「じゃあ、お前達はVRグラスかけろ」
3人「はい」
そして、目の前にあの時の患者が現れた。
まずは7歳の女の子だ。
少女「いたい、いたい…」
新海は1度藍沢の方を見たが藍沢は手を出す気がないようだ。
新海「聞こえるか?」
少女「いたい…いたい」
新海「お名前は?」
少女「いたい…いたい…」
新海「ごめんな」
新海が聴診器を服の上から当てる。
そして、隊員に報告する。
新海「腹部に圧痛、胸部、骨盤には異常ない。バイタルもう一度測ってください」
隊員「わかりました」
救急車の横扉に行きかけて、名前を言っていないことに気がついた。
新海「新海です」
隊員「はい」
大野は患者に一言声をかける。
大野「心配しなくていいからね」
そう言って、大野も横扉から救急車を降りていく。
藍沢「お願いします」
そして、母親の救急車へと移る。
新海、大野が後ろから乗ったので、藍沢は横扉から入った。
新海「翔南救命センターの新海です。どこか辛いところはありますか」
新海は真っ先に母親を診察し始めた。
藍沢は横に座っている女の子に目を向けるとすぐに新海が診ている患者に目を向けた。
母親「私は大丈夫ですから娘達の方を」
新海「失礼します」
新海は聴診器を服の上から当てる。
新海「バイタル異常ありません」
藍沢「…」
『ダダン…』
すると、さっき藍沢が目を向けていた女の子が倒れた。
新海「大丈夫か!」
母親「あゆか!」
新海「あゆかちゃん!」
新海は瞳孔を確認し、藍沢は足の下に毛布をいれ、回復態勢にする。
新海「意識レベルが悪い」
藍沢「それで?」
新海「…それで?」
藍沢はまた沈黙した。
新海は焦って次に何をしたらいいのか分からない。
藍沢「まずは順番を決めろ」
新海「順番…」
新海は3人の状態を考え直す。
新海「まず、この子をヘリで運ぶ。タッチアンドゴーでピストンして7歳の子もうちに。その間に母親を近くの病院に搬送する」
藍沢「悪くない、だが7歳と4歳だ。母親も一緒の方がいいだろう。黒田先生にベットの空きを確認して母親もうちに搬送しよう」
新海「わかった」
そして、新海は黒田に電話をかける。
黒田『構わん。母親も運んでやれ』
新海「はい」
ストレッチャーを押しながら藍沢と新海が話している。
新海「左側頭部に血腫がある。EDHかSDHだろう、病院着いたらすぐにCT撮っておかないとな」
藍沢「西条先生にコンサルしてお前はタッチアンドゴーで現場に戻れ」
新海「わかった」
藍沢「母親はどうする」
新海「母親はバイタル安定してる。FASTでも所見はみられなかった。母親の管理は救急隊員に任せる」
頷きながら藍沢が聞いていると、大野がやって来た。
大野「お姉ちゃんはまだ腹痛を訴えてます」
新海「藍沢、お前は7歳の子の救急車に乗ってくれ」
藍沢「病院までできるだけ近づいておく」
新海「頼む!」
新海は持っていた治療バックを藍沢に渡しながら言ったのだった。
その後の処置も出来たことは出来たがフェローと同じレベルだった。
黒田「終わりだ」
西条「特訓だな」
新海「はい」
黒田「初めてにしてはなかなかだ」
新海「はい」
黒田「だが、今のが本当の現場なら藍沢がいなければ患者は誰かしら死んでたな」
新海「…すみません」
黒田「お前が悪いと言ってるんじゃない。救命はチームだと言ってるんだ」
新海「えっ…」
黒田「まぁ、この言葉は受け売りだが、事実を言ってる言葉だ」
新海「はい」
黒田「西条」
西条「なんだ」
黒田「今日、当直か?」
西条「いや」
黒田「飲み行くぞ」
西条「わかった。新海、片付け終わったら帰れよ」
新海「はい」
黒田「確か、今日の当直は藍沢と田中と名取だったな」
藍沢「はい」
黒田「お前の家の執事、休暇中だよな、今日。田中は19:00から橘と会議に出席するから、お前が今のうちに星華の迎えに行ってやれ。お前が戻ったら俺も帰る」
藍沢「はい」
そして、西条と黒田は部屋を出て行った。
新海「藍沢」
藍沢「なんだ」
新海「正直言ってくれ」
藍沢は新海の言葉に一瞬躊躇ったが、すぐにズバリとフェローを指導する時のような声で言った。
藍沢「今のお前なら俺達が育てたフェローの方が現場では使い物になる。初めて翔南の初療室に入った時の俺より酷い」
新海「そうか…」
藍沢「悪い、言いすぎたか」
新海「いや、今日やっとわかったよ」
藍沢「…」
新海「救命のフェローが1ヶ月で他の科の何倍もの症例がきて、技術が上がるって訳が」
藍沢「そうか」
新海「最悪な状態で運ばれてくる患者を診るにはそれはスキルと知識が必要だ。何科という縛りがある訳でもない。そりゃ、あんな膨大な症例の中から1つを探すんだ。医者として覚悟があれば、救命以上にいい場所は無いな」
藍沢「あぁ。皆、最初はそれが理由で救命に来る。だが、途中で何の為に医者をやってるのかを考えさせられる時が来る。その時に本当のフライトドクターになれるんだ」
新海「お前や西条先生は元々救命だから脳以外も同じスピードで診れる。だが、俺はずっと脳外だ。脳以外は研修医並だ。俺もお前達のようになってやる」
藍沢「そうか…、奥さんに教えてもらうんだな。あいつの指導が甘過ぎるなら俺や黒田先生、橘先生が教えてやる」
新海「あぁ」
大野「整形のことならうちのを使ってもらって構いませんよ」
藍沢「大野」
大野「何なら私もフライトナースとしてシュミレーションは付き合いますよ」
新海「ありがとうございます」
大野「いえ、それより藍沢さん」
藍沢「なんだ」
大野「今日は当直だけど一時帰宅を命じられていますよね」
藍沢「あぁ」
大野「星華ちゃんと一緒に裕翔も連れてきてくれませんか?」
藍沢「わかった」
そう返事をして、藍沢は片付けを黙々としている。
新海「藍沢」
藍沢「なんだ」
新海「俺がやっとく」
藍沢「ダメだ」
新海「なぜ?」
藍沢「お前だけに任せたら、救命の器具を脳外の要領でしまおうとするだろ」
新海「まぁ」
藍沢「バックの中身は救命のなかで入れる場所が決まってるんだ」
新海「なるほど」
大野「私がやっておきますよ。お迎えお願いします。早く終わったら追いかけますね」
藍沢「わかった」




