異世界の罠
家族のバッシュ視点です。
今朝は、セルドル公爵である我が叔父と夫人が、養子縁組みの話で、朝食をともにすることになっている。
勇姫も同席させるつもりなので、今は勇姫の待伏せ中だ。
コツコツ―――
勇姫の部屋の方角から足音が聞こえた。
待伏せをしていたのではなく、今来た感じを装いながら、勇姫が到着するのを待った。
「あ、おはよう、バッシュ。」
今日も勇姫はかわいい。昨夜ももちろんかわいかったが、ドレスを着ていると、逆に中身を想像させる。なんとも言えない色香がある。
「うむ、おはよう。これから、客間に向かうのだろう?ともに行こう。イルミナ、ラシエル私がともにいるから下がって構わない。」
せっかくの二人っきりの時間、邪魔はいらん。城の警備は完璧と言ってよいし、勇姫は私が守る。
「ですが、なにかあったら危険です。騎士としてともに行くのが私の仕事です。」
ラシエルの目線が痛い。私のことを危険視しているな。
確かに勇姫はとてつもなくかわいいが、犯罪者になる気はないし、今朝は勇姫を娶るために重要な日であるといえる。我慢できる。
そういう意味合いを込めて、ラシエルに目線をくれてやった。
「下がれと言っている。」
「……はい、失礼させていただきます。」
「では陛下、失礼します。ラシエルともに行きましょう。」
二人とも理解してくれたようだ。我が城に努めるものは優秀だ。
「うむ、いったな。さぁ、勇姫行こうか。ん……どうしたんだ勇姫?」
勇姫に視線を向けると、なんだか不機嫌であるようだ。そんな姿もかわいく見えるから、私もどうかしている。
「むー、女の子にあんなに怒るなんて、バッシュはどういうつもりなの。」
どうやら先ほどのことで、ご機嫌がななめらしい。
「あれは、国王である私の命令を無視したんだから、仕方あるまい。」
「でも、あれは王様であるバッシュのことを心配して言ってたんだよ。あんな言い方しなくてもいいじゃない。ラシエルはがんばってるもん。またこんなことがあったら、バッシュのこと嫌いになるからね。」
き……嫌いになるだとーーーー!!!
間違ってもそんなことはさせん。
それに先ほどのは、私を心配したんではなく、主であるお前を心配していたんだ。
うむ、それを考えると、先ほどのラシエルの行動は騎士として褒められるものであろう。
「すまなかった、勇姫。今度から気を付ける。後でラシエルにも言っておこう。……だから、嫌いになるだなんていうな。」
勇姫に嫌われたら生きていけない。勇姫以外娶る気もないから、後継ぎがいなくなって国も亡びる。
「うぅん。わかってくれたならいいよ。嫌いになるなんて言ってごめんね。お客様が待っているんでしょう?早く行こう。」
勇姫はなんて優しいんだ。人をすぐに許すことができる素直さ、周囲に気を使うこともできる。
私の伴侶は本当に素晴らしい。
「ああ、わかったよ。私が悪かったこともちゃんとな。そうだな、これ以上客を待たせるわけにもいかないから行くか。」
「うん」
***
コンコン、ギィー―――
「入るぞ、セルドル公爵。公爵も夫人もよく来てくれたな。」
「陛下がお呼びとあらば、私も妻も喜んで参りますよ、かわいい甥っ子のために。それに、今日はかわいい娘にもあえることですし。」
食えぬことをいう。
叔父は政敵にはならないが、決して味方にもならない。
今回は、夫人たっての希望と、自分の欲望を叶えたのであろう。愛妻家というのは周知の事実であるから。
「……むすめ?ねぇ、バッシュどういうこと。」
そういえば、勇姫にはまだ何も話していなかったな。
「ああ、勇姫紹介する。セルドル公爵とご婦人だ。そして今日からお前の両親になる。」
「初めまして、勇姫ちゃん。ラドクリフ・フォン・セルドルだよ。今日から君のパパになるんだ。こっちは妻のサーシャ・モルト・セルドルでママだよ。パパ、ママって呼んでね。」
……このおっさん……本当に何考えてんだ……。
「よろしくね、勇姫ちゃん。それにしても、こんなにかわいい娘で、私、うれしいわ。」
夫人も笑顔で、何を考えているかつかめないが、娘の誕生を喜んでいるのだと思う……。
ところで、勇姫が何の反応も示さないがどうしたのだろう。
「…………バッシュ、どういうこと……。」
…………言葉の端々にとげがある……。先ほどの可愛らしいご機嫌斜めと違い、勇姫の背後からなんだか黒いものが…………。
「……く……詳しい話は朝食を食べながらにしよう。」
***
「―――というわけだ。」
「わかった。要は私がセルドル公爵家に養子に入ることで、戸籍を作るってことね。」
「そういうことだ。勝手に決めて悪かったな。」
「私のことを思ってのことでしょう。ありがとね、バッシュ。」
そのありがとうの笑顔に多少の、罪悪感を覚える。
勇姫を娶るための養子縁組みでだが、幸せにすると、心の中で誓う。
「この3枚の書類にサインしてくれるか?特にこの1枚は正式な名前で頼む。」
「正式な名前?」
「勇姫の名前は、勇姫の国の言葉で書いてほしいんだ。」
「漢字ってこと?」
「カンジがなんだかはわからんが、正式な文字がそうならそれだ。」
「ん、わかった。」
正式なサインが必要な書類はこの国では、婚姻届だけだ。養子縁組みの書類に混ぜて出したので、勇姫は疑っていないようだ。
勇姫がサインしようとしたその時、公爵夫人が声をかけてきた。
「私たち娘がほしかったの。でも、主人との間には息子しか生まれなくて……。3人も作ったのに全部息子。かわいくもなんともないわ。でも、陛下に声をかけていただけて一も二もなく返事をしたわ。」
「はぁ……。」
「これからよろしくね、勇姫ちゃん。」
「はぁ……よろしくお願いします。ところで、サーシャさんはお幾つなんですか。」
「ママって呼んで。」
「あの……サー」
「ママ」
「……ママはお幾つなんですか。」
「主人と同い年よ。42歳。」
「よんじゅーに……。」
言いたいことはわかるぞ……私もこの人が信じられないからな……。
「あー、サーシャだけママって、呼んでもらってずるいぞ。勇姫ちゃん、私のこともパパって呼んで。」
本当にこの人は何を考えているんだ。
そんな目で見たら勇姫が、断れるはずないだろう。
「……パパ……。」
ガバ―――
勇姫がセルドル公爵の希望をかなえた瞬間、あろうことかおっさんは抱きついていた。
「もう、 勇姫ちゃん超かわいい。こんな娘ができて本当にうれしいよ。」
「まぁ、パパずるいわ。私も仲間に入れてくださいな。」
あまりのことに思考が停止している間に、夫人も参戦。
人間サンドの完成だ。
私の勇姫に何をしてくれる。
「仲良くなるのは結構だが、勇姫を返してもらおう。」
私だって、起きてる勇姫を抱きしめたことはまだないんだ。そんなうらやましいこと、他人にさせてたまるか。
「なんで?両親ができたってことは、私、お城を出て、セルドル公爵家のお家に行くんじゃないの?」
勇姫が恐ろしいことを言う。そんなことさせるわけがないだろう。
「勇姫を外に出すわけないだろう。それにこの世界での勇姫の家はここだ。」
勇姫の家はこの先ずっとここだ。
「勇姫ちゃん。陛下がケチだから一緒に生活はできないけど、今度家にもおいで、部屋も用意してあるから。ここだけの話、家出してきてもいいんだぞ。」
「そうよ、勇姫ちゃん。絶対にいらっしゃいね。そのとき息子たちを紹介するわ。」
息子を紹介するだと!!!私のいないところで、勇姫に男が近づくなんて許さん。
「家出なんてさせるかー。」
私が騒いでいる間に、勇姫は書類を完成させていた。
養子縁組みの書類は、戸籍を管轄している役所に出すとして、婚姻届は、勇姫の17歳の誕生日まで私が大切に保管することに決めた―――。
セルドル公爵の趣味は、甥っ子であるバッシュをいじることだと思う。




