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大騒ぎの日

最初に謝っておきます。

全世界の皆様ごめんなさい。天にまします偉人の皆様ごめんなさい。

東洋の無知な黄色い猿が酔っ払って居酒屋の片隅で騒いでいただけなんです。ただそれだけなんです。信憑性もないです。投石ヤメテ。

ネタ自体はちょっと前の話なんで古いです。

ここだけの話、フィクションということでお願いします。


「次長! 長年お疲れ様でしたー!」

「また明日からよろしくお願いしまーす!」

今日も今日とて大型書店の文具カウンターの面子はとある居酒屋でジョッキをぶつけている。いつもと違うのはなじみの『満天』ではないということ、そして次長課長アンド取引先の社長や卸会社のメンバーが含まれていることだ。

実は次長が定年ということで、忘年会も兼ねてお別れ会が開かれた。といっても「次長」から「調査役」に役職が変わるだけ。本人は明日も普通に出勤してくるし、別に送別会なんて開かなくてもいいじゃないか、という村田君の意見は北さんと遠野さんに却下された。

「けじめが大切なんですよ」

「それに堂々と店長賞が使えるしっ!」

ああ、そうか。ちみちみ積み立てていた店長賞(大入り袋)を経費として使う気か。なるほど、忘年会と送別会をいっぺんにしてしまった方が二度手間にならなくて済むし、アシは少しは出るだろうが主役が主役だ、その分はおっさん連中が気を使って出してくれる(はず)。

幹事を買って出た遠野さんは、そこそこ安めで近場のチェーン店を確保し、参加者の日程を調節し、おっさん連中のお財布にも響かない金額を叩きだした。

彼女はこういう時だけ生き生きと働く。その情熱をもうちょっと、もうちょーっとだけでも仕事に生かせればいいのに。

「ひっひっひっ、お代官様。タダ酒ですよ、タダ酒」

「お主も悪よのう」

遠野さんと村田君はカウンターの片隅で黒い笑みを交わし合った。


で、その晩。

基本貧乏のアルバイターたちがタダ酒をたらふく飲めるのである。ジョッキはいつもの2倍速で消費されピッチャー登場、コース料理も魔法のごとく現れては消えた(なぜかサラダだけはいつまでも残っていた。へたれたレタスが悲しかった)。

ちなみに村田君は遅番で遅れてくる北さんから、遠野さんを監視するよう指令を受けている。

以前、遠野さんはヘベレケに酔っ払って、取引先の社長のハゲ頭を撫でくり回したあげく、ペチペチ叩いて「ハロゲンライトー! ここにハロゲンライトがー!」と絶叫した恥ずかしい過去がある。


「では次長。先の短い人生、精一杯輝いて燃え尽きてください」

アルバイター代表の村田君による失礼極まりない締めの挨拶後、いっせいに拍手がおこった。その部屋の隅っこで遠野さんは必死に金を数えている。

前後に揺れているのは酔っ払っているからだろう。

ちなみにアルバイト軍団の全員がヘベレケだった。まあ、あんだけハイスピードでビールを流し込んだのだから当たり前っちゃあ当たり前かもしれない。

「二次会いくー?」

「どこいくのー?」

おじさん連中を見送り、というより若者特有のだらけぶりで店をでてからも、しばらくその場でグズグズしていた軍団達である。

村田君はガードレールにもたれて缶コーヒーをすすり、上野は彼女のテンちゃん(本日はお休み)と携帯でしゃべっており、和泉いずみ君は道のど真ん中、仁王立ちして両掌を空に向けていた。

「すごーい! 和泉さんの腹筋、めちゃくちゃ堅いですぅー!」

大橋嬢がはしゃぎながら、その腹にパンチを喰らわせており

「当たり前だよ。ぼくは王子だからね」

平然とした顔で和泉君が微笑んだ。

「おい。ペが貴公子から王子に進化したらしい」

村田君の言葉に遠野さんがパチンと携帯を閉じながら、どうでもよさそうに答えた。

「わーお、ダーヴィンも真っ青だね。それより『満天』オッケーだったよ。座敷開けて待っててくれるって」

「サンキュー。……おーいみんな、移動するぞー。『満天』で二次会だー!」

「おーう!」

酔っぱらいの面々は元気の良いお返事をして、ネオン溢れる歓楽街を歩き始めた。


第二次飲み会開始から一時間経過、すでに盛り上がりから緩やかな下降線をたどり、まったり雰囲気に突入。その彼らを再び大騒ぎさせるきっかけを作ったのは自称ロマンチスト通称オタク、現在絶賛恋愛中の上野。

「皆さん!」

やおら立ち上がって鼻息荒く問いかけた。

「青少年育成条例改正案って知ってますか!?」

「知らない」

全員が首を振った。

「なんで知らないんですか、信じられない! 18以下の性描写や暴力のアニメやゲーム、他モロモロを抹消するって法案ですよ」

「ふうん」

全員が首を傾げた。今ひとつピンとこなかったのである。

「いんじゃない、別に」

「よくないですよ! 全てが消えるんですよ、日本の文化が!」

「日本の文化って18以下の性描写と暴力で成り立っていたんだ」

「怖いねぇ」

「んなわけねーだろ、ばーか。どうせアニメに限ったことだろう?」

「いいえ! 文学も適応になります」

「マジで!?」

遠野さんが真っ青になった。

「じゃあじゃあじゃあ、司馬遼太●の『項羽と劉●』も消えちゃうの!?」

「あれってそんなシーンあったっけ?」

「あるよ。項羽君は愛人の虞美人ちゃんにお手付きしたのは初潮後だったんだから! くるまでちゃんと待っていたんだから! えらそうなおっさんがさあ、虞美人ちゃんだけにはメロメロでさあ、……もう……くふ、うふふふふ」

「その目と手がエロいっすねー。てゆうかキモい」

「『燃えよ●』もやばいかもしれないですね」

「おっ、和泉くん、君も司馬遼太●ラバーかい。よおし、こっちゃこい! しっぽりと語り合おうではないか」

「はあい、和泉くん3番テーブル御指名入りましたー!」

「はじめまして、 当店ナンバーワンのイズミです♡」

「この人、自らナンバーワンとか言ったよ!」

「さすが『離れ小島のペ』!」

「ねえ、ロミジュリも危なくないですかぁ」

高橋嬢が腕を組んで考えるように言った。

「たしかロミオ君16、ジュリエットちゃん14じゃなかったですっけ。しっかりやることやっていたような気がしますぅ」

「ええー! やってらっしゃったの!? てゆうか16と14ってガキの恋愛じゃん! どんだけロングランに語り継がれてんの!? さっすがシェークスピ●!」

「原作の方はあまり覚えていないんですけど…。昔の映画で、朝日に輝くロミオのケツが…」

「ロミオのケツなんぞどうでもよろしい。だったら『不思議の国のアリ●』も引っ掛かるんじゃねえか」

「へ? なんで??」

「作者がロリコン」

「マジですか!? ロリコンが作った話があんな名作に!」

「変態万歳!」

「いやいやいや、それよりもすごいお方が我が国にいる」

「なんだ、だれだ、それは」

「光源氏の君に決まってるじゃないか」

「おお! 古代ハーレム男!」

「幼児誘拐して自分好みに育てちゃうしなあ。島流し先でもちゃっかり女つくるしなあ……。すごいよなあ、光君。ツンデレからヤンデレまで。幼女から老女まで」

「ねえねえ、光君ってバブル期の男みたいだよね。あのイケイケっぷりが。薫君は草食男子みたいだけど」

「だけど、そんなものまで対象になるなんて」

「だったらメロスはどうなるんだよ。ラスト、すっぱだかなんだろ」

「っていうかメロスって何歳だっけ?」

「どうすんだよどうすんだよ」

「文学全滅じゃん」

「えらいこっちゃえらいこっちゃ」

座敷の中は酔っぱらいのテンションのまま、訳の分からないグダグダ盛り上がりで最高潮に。

その時だった。


「せっからしいわぁーーーー!!」


スパーンとふすまが開いて雷のような一喝が下りた。

「なんだなんだ?」

「雷さまだ!」

「雷さまは北さんだった!」

振り向けば開いた襖の中央、遅番あがりの北さんが憤怒の形相で腕を組んでいる。怒りを纏うそのお姿は黒き風雲を纏っており、背後には幻想かしらん虎竜相撃つ猛々しい乱舞。

全員の酔いが一気に冷めた。

「おっお疲れ様です!」

「とにかく北さん、駆け付けいっぱい!」

「『鬼嫁』下さい。ロックで」

厳かに店員に注文すると、北さんはコートも脱がず、そのままの体勢でみんなに向きあった。

「さっきから聞いていたらなんなんですか、あなたたちは。餌に群がる猿のようにギャーギャー騒いで神聖なる文学を冒瀆して。まず、遠野さん!」

「へゃあい!」

突然、名指しされて遠野さんは奇妙な声を出して飛び上がった。

「当時の時代考証もせずに、すべて現代の常識に当てはめて想像するのは止めなさい。大橋さんも光源氏君も同様です」

光君はここにはいないんだが……っていうか物語の主人公なんだが……と、その場にいる全員が思ったが、黙って大人しく頷いた。

「それからドジソンはロリコンではありません」

「でもさあ」

発言者の村田君は、不満そうに口を尖らせた。

「ちっちゃい女の子にコスプレさせた写真とってんだぞ。それにヌードだってあったらしいじゃん、それってやっぱりロリコンじゃねえか?」

「『キャロル神話』でしょう」

受けて立つぜ、というふうに北さんはゆっくりとコートを脱いだ。

「伝記作家による誤まった見解と、『ヴィクトリア期の倫理観に対する無理解から生まれたもの』との主張もありますけど?」

そこへご注文の焼酎がやってきた。北さんはそれを一気に飲み干すと(「あのまま空のグラスをパアンって叩き割るんじゃないかって思った」と後に遠野さんは述懐する)、

「そもそも」と村田君の前に座り込んだ。再度かんぱいをしようとグラスを手に取ったみんなはタイミングを逃し、気まずげにグラスを置いて2人の論争を大人しく拝聴していたが、その内飽きてきて勝手にしゃべりだした。

村田君と北さんは相変わらず激しく語っている。大橋嬢は注文の為店員を呼んでいる。和泉君が煙草に火を付けながら、他スタッフの冗談に笑った。上野は先程の熱はどこへやら、隅っこの方で一生懸命メールを打っている(おそらくテンちゃんに違いない)。


楽しいなあ。


遠野さんはこっそり頼んだ日本酒をなめながら、そんな面々を眺めてうふふと笑う。

永遠に続くとは思わないけれど、いつかみんなバラバラになっていくけれど。

それでも一緒に働いている人たちと楽しい時間を共有できるって、なんて愛おしくて素晴らしいことなんだろう。


大騒ぎの日はこうして夜に更けていった。



モデルになった売り場は、今は改装でなくなりました。そこで働いていたスタッフも、あるものは移動になり、あるものは辞め、あるものは昇進し、あるものは入院したりして、もう会うこともなくなりました。

それでも作中で遠野さんが言うとおり、あの時、あの面子で働いたりバカ騒ぎしていた時間は、わたしの中でとても愛おしいものとして残っています。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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