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第三十話 クランという未来

 ツバサの日本刀を研ぎ直してから三日後――。


◇◇◇


 エメラルド・グリーンの街は今日も活気に満ちていた。


◇◇◇


 市場では商人たちの威勢の良い声が響き。


◇◇◇


 鍛冶師ギルドからは金槌の音が聞こえてくる。


◇◇◇


 スタンビートの傷跡はまだ残っている。


◇◇◇


 それでも人々は前を向いていた。


◇◇◇


 街は生きている。


◇◇◇


 人々は未来へ進んでいる。


◇◇◇


 そんな平和な朝だった。


◇◇◇


 ビルセイヤは屋敷の庭で木剣を振っていた。


◇◇◇


 シュッ――


◇◇◇


 シュッ――


◇◇◇


 無駄のない剣筋。


◇◇◇


 毎朝欠かさない鍛錬である。


◇◇◇


 前世で剣道を学んでいた頃から続く習慣だった。


◇◇◇


 どれほど強くなっても。


◇◇◇


 どれほど経験を積んでも。


◇◇◇


 基礎を疎かにはしない。


◇◇◇


 それがビルセイヤの信条だった。


◇◇◇


「相変わらずですね」


◇◇◇


 柔らかな声が聞こえる。


◇◇◇


 振り返るとリリアがお茶を運んできていた。


◇◇◇


「休憩してください」


◇◇◇


「ありがとう」


◇◇◇


 木剣を置き、湯気の立つ茶を受け取る。


◇◇◇


 リリアは最近、屋敷のことを積極的に手伝ってくれていた。


◇◇◇


 食事の準備。


◇◇◇


 掃除。


◇◇◇


 帳簿の管理。


◇◇◇


 気付けば屋敷に欠かせない存在になっている。


◇◇◇


「鍛錬は楽しいですか?」


◇◇◇


「楽しいというより習慣かな」


◇◇◇


「鍛錬は裏切らないからな」


◇◇◇


 そう言って笑う。


◇◇◇


 リリアもつられて微笑んだ。


◇◇◇


「そういうところがビルセイヤさんらしいです」


◇◇◇


 その時だった。


◇◇◇


 屋敷の門の方から声が聞こえる。


◇◇◇


「ビルセイヤ様」


◇◇◇


「お客様です」


◇◇◇


 使用人がやって来た。


◇◇◇


「誰だ?」


◇◇◇


「ツバサ様です」


◇◇◇


 ビルセイヤは少し驚く。


◇◇◇


 そしてすぐに頷いた。


◇◇◇


「通してくれ」


◇◇◇


 やがて庭へ現れたツバサは、どこか決意を秘めた表情をしていた。


◇◇◇


 腰には日本刀。


◇◇◇


 ビルセイヤが研ぎ上げた愛刀である。


◇◇◇


 その刀はこの数日で数々の成果を見せていた。


◇◇◇


 丸太を切れば抵抗なく両断。


◇◇◇


 魔物の骨すら滑るように断ち切る。


◇◇◇


 まるで別物になったかのようだった。


◇◇◇


 ツバサは改めて理解している。


◇◇◇


 目の前の男はただの鍛冶師ではない。


◇◇◇


 ただの冒険者でもない。


◇◇◇


 本物だ。


◇◇◇


「話がある」


◇◇◇


 席へ着くなりツバサが言った。


◇◇◇


 その声は真剣そのものだった。


◇◇◇


 ビルセイヤも表情を引き締める。


◇◇◇


「聞こう」


◇◇◇


 ツバサは一度深呼吸した。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


「クランを作らないか?」


◇◇◇


 その言葉に場が静まる。


◇◇◇


 リリアが目を丸くした。


◇◇◇


 セシリアも興味深そうに眉を上げる。


◇◇◇


 エミリアは静かに耳を傾けていた。


◇◇◇


「クランか」


◇◇◇


 ビルセイヤが呟く。


◇◇◇


 ツバサは力強く頷いた。


◇◇◇


「スタンビートで確信した」


◇◇◇


「個人には限界がある」


◇◇◇


「パーティにも限界がある」


◇◇◇


「だが組織なら違う」


◇◇◇


 あの日の戦場。


◇◇◇


 街を守れたのは一人の力ではない。


◇◇◇


 冒険者。


◇◇◇


 兵士。


◇◇◇


 商人。


◇◇◇


 補給班。


◇◇◇


 皆が力を合わせたから勝てた。


◇◇◇


「もっと大規模な依頼を受けられる」


◇◇◇


「スタンビートにも対応できる」


◇◇◇


「多くの人を守れる」


◇◇◇


「だからクランが必要なんだ」


◇◇◇


 ツバサの言葉には実感が込められていた。


◇◇◇


 戦場で得た答えなのだろう。


◇◇◇


 ビルセイヤは黙って聞いていた。


◇◇◇


 そして問い掛ける。


◇◇◇


「具体的には?」


◇◇◇


 ツバサの表情が少し明るくなった。


◇◇◇


「まずは俺とお前」


◇◇◇


「セシリアさん」


◇◇◇


「エミリアさん」


◇◇◇


「そしてリリアさん」


◇◇◇


 突然名前を呼ばれたリリアが慌てる。


◇◇◇


「えっ?」


◇◇◇


「わ、私は戦えませんよ?」


◇◇◇


 ツバサは首を振った。


◇◇◇


「戦うだけがクランじゃない」


◇◇◇


「補給担当も必要だ」


◇◇◇


「会計も必要だ」


◇◇◇


「生活基盤を支える人も必要なんだ」


◇◇◇


 リリアは目を瞬かせた。


◇◇◇


 今まで自分は守られる側だと思っていた。


◇◇◇


 だが違う。


◇◇◇


 自分にも役割がある。


◇◇◇


 必要としてくれる人がいる。


◇◇◇


 その事実が少し嬉しかった。


◇◇◇


「確かに」


◇◇◇


 ビルセイヤも頷く。


◇◇◇


「リリアにはいつも助けられている」


◇◇◇


「いなかったら困るな」


◇◇◇


 リリアの顔が一気に赤くなる。


◇◇◇


「そ、そんな……」


◇◇◇


 俯きながらも嬉しそうだった。


◇◇◇


 その様子を見てセシリアがクスリと笑う。


◇◇◇


「私は賛成よ」


◇◇◇


「面白そうじゃない」


◇◇◇


 エミリアも静かに頷く。


◇◇◇


「私も異論ありません」


◇◇◇


 自然と全員の視線がビルセイヤへ集まる。


◇◇◇


 ツバサは改めて実感した。


◇◇◇


 この人が中心だ。


◇◇◇


 この人の周りには人が集まる。


◇◇◇


 だからこそクランが形になる。


◇◇◇


「どうする?」


◇◇◇


 ツバサが尋ねる。


◇◇◇


 ビルセイヤは少し考えた。


◇◇◇


 そして笑う。


◇◇◇


「悪くない話だな」


◇◇◇


 その一言で空気が和らぐ。


◇◇◇


 ツバサも笑った。


◇◇◇


 こうして――。


◇◇◇


 後に王国中へその名を轟かせる伝説のクラン。


◇◇◇


 数々のスタンビートを鎮圧し。


◇◇◇


 大迷宮を攻略し。


◇◇◇


 王国の歴史に名を刻む組織。


◇◇◇


 その第一歩が静かに踏み出されたのである。


第二章 第三十話


「クランという未来」


――続く。

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