第二十話 リリアの提案
ビルセイヤが作り上げた包丁は、エメラルド・グリーンに小さな衝撃を与えていた。
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そして翌日――。
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鍛冶師ギルドの特別工房には朝から多くの人が集まっていた。
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鍛冶師たち。
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商人たち。
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そして料理人ギルドから派遣された料理人たち。
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昨日完成した包丁の噂が、一晩で街中へ広がったのである。
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「本当にそんなに凄い包丁なのか?」
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「鍛冶師たちが大騒ぎするほどか?」
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料理人たちは半信半疑だった。
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料理人にとって包丁は命だ。
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だからこそ簡単には信じない。
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だが――。
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「使えば分かる」
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ガルドが腕を組んで言った。
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「儂も最初は信じなかった」
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「だが今は違う」
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ギルドマスターの言葉に料理人たちは顔を見合わせる。
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そして試作品の包丁が手渡された。
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まずは野菜。
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次に肉。
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そして魚。
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数分後――。
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「なっ!?」
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工房に驚愕の声が響いた。
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切れ味が違う。
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まるで刃が食材へ吸い込まれるようだった。
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野菜の断面は美しい。
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肉は潰れない。
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魚の身も崩れない。
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「なんだこれは……」
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年配の料理人が震える声で呟く。
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長年料理を続けてきた。
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だからこそ分かる。
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この包丁は別格だ。
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「欲しい!」
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「売ってくれ!」
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「いくらだ!?」
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次の瞬間、料理人たちが殺到した。
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完全に目の色が変わっている。
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その様子を見たギルバードは確信した。
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勝った。
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商人としての勘が叫んでいる。
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これは大成功する。
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一方その頃。
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騒がしい工房の片隅で、ビルセイヤは次の図面を書いていた。
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包丁の改良案である。
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その隣にはリリアが座っていた。
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セシリアとエミリアは料理人たちの対応。
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ガルドと職人たちは包丁の構造研究。
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結果として二人だけの静かな時間が生まれていた。
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「リリア」
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「はい」
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ビルセイヤは二枚の図面を差し出した。
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「どっちが使いやすそうだ?」
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一つは標準型。
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もう一つは軽量型。
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リリアは真剣な表情で見比べる。
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職人ではない。
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だが毎日料理をする者だからこそ分かることがある。
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「こちらですね」
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指差したのは軽量型だった。
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「理由は?」
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「長時間使っても疲れにくいと思います」
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「女性にも扱いやすいですし」
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ビルセイヤは感心する。
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職人視点では出てこない意見だった。
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切れ味。
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強度。
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耐久性。
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鍛冶師はそこばかり見てしまう。
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しかし実際に使う人は違う。
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使いやすさも重要なのだ。
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「なるほど」
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図面へ書き込む。
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するとリリアが少し遠慮がちに口を開いた。
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「あの……」
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「うん?」
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「持ち手を少し細くできませんか?」
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ビルセイヤの手が止まる。
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「女性には少し太い気がします」
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「小さな手だと握りにくいかも」
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しばらく沈黙。
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そして。
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ビルセイヤは笑った。
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「助かる」
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「え?」
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「そういう意見が欲しかったんだ」
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リリアの頬が少し赤くなる。
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また感謝された。
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また頼りにされた。
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それだけで胸が温かくなる。
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ビルセイヤは気付いていない。
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だが彼の何気ない感謝の言葉は、少しずつリリアの心を変えていた。
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「ビルセイヤさん」
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「ん?」
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「凄いですね」
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ふと漏れた言葉だった。
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ビルセイヤは首を傾げる。
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「何が?」
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リリアは優しく微笑んだ。
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「皆を笑顔にしているところです」
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料理人たち。
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鍛冶師たち。
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商人たち。
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そして自分自身も。
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ビルセイヤは照れ臭そうに頭を掻いた。
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「俺一人じゃ無理だよ」
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「皆がいるからできるんだ」
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その言葉にリリアは小さく頷く。
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この人はきっと変わらない。
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強くなっても。
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有名になっても。
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偉くなっても。
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だからこそ人が集まるのだろう。
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そして。
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これからも傍で支えていきたい。
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そんな想いが胸の中で少しずつ大きくなっていた。
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一方その頃――。
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「百本ですぞぉぉぉぉ!!」
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ギルバードの絶叫が工房中に響いた。
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「百本の予約が入りましたぞぉぉぉ!!」
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料理人たちによる争奪戦が始まっていたのである。
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ガルドは大笑いし。
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職人たちは呆れ顔。
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そしてビルセイヤは苦笑するしかなかった。
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こうしてビルセイヤ製包丁は、エメラルド・グリーンで空前の大ヒット商品となる。
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そして鍛冶革命編は、新たな局面へと進んでいくのだった。
第二章 第二十話
「リリアの提案」
――第二章『鍛冶革命編』へ続く。




