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第二十話 リリアの提案

 ビルセイヤが作り上げた包丁は、エメラルド・グリーンに小さな衝撃を与えていた。


◇◇◇


 そして翌日――。


◇◇◇


 鍛冶師ギルドの特別工房には朝から多くの人が集まっていた。


◇◇◇


 鍛冶師たち。


◇◇◇


 商人たち。


◇◇◇


 そして料理人ギルドから派遣された料理人たち。


◇◇◇


 昨日完成した包丁の噂が、一晩で街中へ広がったのである。


◇◇◇


「本当にそんなに凄い包丁なのか?」


◇◇◇


「鍛冶師たちが大騒ぎするほどか?」


◇◇◇


 料理人たちは半信半疑だった。


◇◇◇


 料理人にとって包丁は命だ。


◇◇◇


 だからこそ簡単には信じない。


◇◇◇


 だが――。


◇◇◇


「使えば分かる」


◇◇◇


 ガルドが腕を組んで言った。


◇◇◇


「儂も最初は信じなかった」


◇◇◇


「だが今は違う」


◇◇◇


 ギルドマスターの言葉に料理人たちは顔を見合わせる。


◇◇◇


 そして試作品の包丁が手渡された。


◇◇◇


 まずは野菜。


◇◇◇


 次に肉。


◇◇◇


 そして魚。


◇◇◇


 数分後――。


◇◇◇


「なっ!?」


◇◇◇


 工房に驚愕の声が響いた。


◇◇◇


 切れ味が違う。


◇◇◇


 まるで刃が食材へ吸い込まれるようだった。


◇◇◇


 野菜の断面は美しい。


◇◇◇


 肉は潰れない。


◇◇◇


 魚の身も崩れない。


◇◇◇


「なんだこれは……」


◇◇◇


 年配の料理人が震える声で呟く。


◇◇◇


 長年料理を続けてきた。


◇◇◇


 だからこそ分かる。


◇◇◇


 この包丁は別格だ。


◇◇◇


「欲しい!」


◇◇◇


「売ってくれ!」


◇◇◇


「いくらだ!?」


◇◇◇


 次の瞬間、料理人たちが殺到した。


◇◇◇


 完全に目の色が変わっている。


◇◇◇


 その様子を見たギルバードは確信した。


◇◇◇


 勝った。


◇◇◇


 商人としての勘が叫んでいる。


◇◇◇


 これは大成功する。


◇◇◇


 一方その頃。


◇◇◇


 騒がしい工房の片隅で、ビルセイヤは次の図面を書いていた。


◇◇◇


 包丁の改良案である。


◇◇◇


 その隣にはリリアが座っていた。


◇◇◇


 セシリアとエミリアは料理人たちの対応。


◇◇◇


 ガルドと職人たちは包丁の構造研究。


◇◇◇


 結果として二人だけの静かな時間が生まれていた。


◇◇◇


「リリア」


◇◇◇


「はい」


◇◇◇


 ビルセイヤは二枚の図面を差し出した。


◇◇◇


「どっちが使いやすそうだ?」


◇◇◇


 一つは標準型。


◇◇◇


 もう一つは軽量型。


◇◇◇


 リリアは真剣な表情で見比べる。


◇◇◇


 職人ではない。


◇◇◇


 だが毎日料理をする者だからこそ分かることがある。


◇◇◇


「こちらですね」


◇◇◇


 指差したのは軽量型だった。


◇◇◇


「理由は?」


◇◇◇


「長時間使っても疲れにくいと思います」


◇◇◇


「女性にも扱いやすいですし」


◇◇◇


 ビルセイヤは感心する。


◇◇◇


 職人視点では出てこない意見だった。


◇◇◇


 切れ味。


◇◇◇


 強度。


◇◇◇


 耐久性。


◇◇◇


 鍛冶師はそこばかり見てしまう。


◇◇◇


 しかし実際に使う人は違う。


◇◇◇


 使いやすさも重要なのだ。


◇◇◇


「なるほど」


◇◇◇


 図面へ書き込む。


◇◇◇


 するとリリアが少し遠慮がちに口を開いた。


◇◇◇


「あの……」


◇◇◇


「うん?」


◇◇◇


「持ち手を少し細くできませんか?」


◇◇◇


 ビルセイヤの手が止まる。


◇◇◇


「女性には少し太い気がします」


◇◇◇


「小さな手だと握りにくいかも」


◇◇◇


 しばらく沈黙。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


 ビルセイヤは笑った。


◇◇◇


「助かる」


◇◇◇


「え?」


◇◇◇


「そういう意見が欲しかったんだ」


◇◇◇


 リリアの頬が少し赤くなる。


◇◇◇


 また感謝された。


◇◇◇


 また頼りにされた。


◇◇◇


 それだけで胸が温かくなる。


◇◇◇


 ビルセイヤは気付いていない。


◇◇◇


 だが彼の何気ない感謝の言葉は、少しずつリリアの心を変えていた。


◇◇◇


「ビルセイヤさん」


◇◇◇


「ん?」


◇◇◇


「凄いですね」


◇◇◇


 ふと漏れた言葉だった。


◇◇◇


 ビルセイヤは首を傾げる。


◇◇◇


「何が?」


◇◇◇


 リリアは優しく微笑んだ。


◇◇◇


「皆を笑顔にしているところです」


◇◇◇


 料理人たち。


◇◇◇


 鍛冶師たち。


◇◇◇


 商人たち。


◇◇◇


 そして自分自身も。


◇◇◇


 ビルセイヤは照れ臭そうに頭を掻いた。


◇◇◇


「俺一人じゃ無理だよ」


◇◇◇


「皆がいるからできるんだ」


◇◇◇


 その言葉にリリアは小さく頷く。


◇◇◇


 この人はきっと変わらない。


◇◇◇


 強くなっても。


◇◇◇


 有名になっても。


◇◇◇


 偉くなっても。


◇◇◇


 だからこそ人が集まるのだろう。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


 これからも傍で支えていきたい。


◇◇◇


 そんな想いが胸の中で少しずつ大きくなっていた。


◇◇◇


 一方その頃――。


◇◇◇


「百本ですぞぉぉぉぉ!!」


◇◇◇


 ギルバードの絶叫が工房中に響いた。


◇◇◇


「百本の予約が入りましたぞぉぉぉ!!」


◇◇◇


 料理人たちによる争奪戦が始まっていたのである。


◇◇◇


 ガルドは大笑いし。


◇◇◇


 職人たちは呆れ顔。


◇◇◇


 そしてビルセイヤは苦笑するしかなかった。


◇◇◇


 こうしてビルセイヤ製包丁は、エメラルド・グリーンで空前の大ヒット商品となる。


◇◇◇


 そして鍛冶革命編は、新たな局面へと進んでいくのだった。


第二章 第二十話


「リリアの提案」


――第二章『鍛冶革命編』へ続く。

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