表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜海は、誰が為に想ふ。  作者: 朝霧唯凪
第一章 : 巫、現世に在り
PR
9/22

7、常世の寂寥

小夜は、巫殿の扉を開ける音で目が覚めた。月一回のこの日が来てしまったことに憂鬱な気分になる。


─朧が帰ってくるまで後二十四時間。


重い体を起こすと、掛けてある普段着に着替える。


─剱持さんに挨拶をしなければ。


気が付かずに寝たままで一回嫌味を言われたことがある。早く支度をしなければならない。

足音が小夜の部屋に近付いてきた。小夜は慌てて部屋を出る。ちょうど剱持が姿を見せた。


「お、おはようございます……」


挨拶を口にしたものの、反応は一瞥もなく、無言のまま素通りされる。

小夜は唇を噛み締め、胸の奥がちくりと痛んだ。

その冷たい距離感に、彼女はどうしても居場所のない孤独を感じずにはいられなかった。


「あ、あのっ、朝ごはん、用意しますね……!」

「必要ないです」


勇気を出して声をかけたものの、即答されてしまった。


「その様子じゃ朝食もとってないんでしょう。はやくとって境内の掃除でもしてきたらどうですか。」

「ごめん……なさい」


小夜は拳を握りしめると、ダイニングテーブルへと向かった。テーブルの上には、ラップがかけられた食パンが用意されている。


─朧が用意してくれてる。


小夜は胸をじーんとさせ、トースターで食パンを温めると食べ始めた。

食べ終わると、シャツ姿になった剱持がやって来た。まだいたのか、というふうに小夜を見て舌打ちをつくと、ソファに座って書類仕事をし始めた。


「わ、私、境内の掃除して、きます」


一言声を掛けるも、また無視されてしまった。小夜は厚手の上着を羽織って巫殿を出る。


「うっ、さむ……」


外は冷気が漂っていた。本殿を抜け、境内に出る。歩いてきた小夜を見て、お喋りをしていた巫女たちが逃げるように去って行った。小夜は気にせず、掛けてある竹ぼうきを手に持った。落ち葉を集めながら、ふと遠くにそびえ立つ朱色の鳥居を見つめる。神祇以外は、鳥居の外に出ることは許されていない。


─あの鳥居を抜けたら自由になれるんだろうか。


そんな中、鳥居の向こうで一人の少女が小夜を見ていることに気が付いた。


─何だ?


見間違えかと思ったが、小夜は視力がいい方だ。こちらを見ていることは確実だった。

小夜は立ち上がって階段を駆け下りた。ビクッと少女が体を震わせる。しかし、彼女は逃げなかった。小夜はその少女に声をかけることに決めた。


「どうした?」


小夜は鳥居の中に手招きする。外では話すことができない。


「えと……」


少女はもじもじすると、鳥居の中に足を踏み入れた。


「とこよのかんなぎさま、っていますか?」


たどたどしい言葉で少女は、小夜を見上げた。


「いるけど、どうしてだ?」

「あの……お願いがあって」


少女は俯いたまま、指をこねくり回す。

お願いをされるなんて初めてだ。小夜は少女の目線に合わせて座った。


「お願いって?」

「……お父さんを死なせてほしいんです」


その願いに、小夜は息を呑んだ。


「……何か、あったのか?」

「お母さんが死んでからお父さん寂しそう。一緒に天国行ったら幸せになれるんじゃないかなって」


純粋な瞳で少女は言う。何も理解していない幼さが、小夜を惑わせた。


「……あのな、常世の巫は願いを叶えることはできない」

「なんで?毎晩人の命を奪ってるんでしょう?」


命を奪う。その言葉が小夜の胸に突き刺さった。


「確かに……確かにそうだよな。人の命を奪ってるんだよな」

「お姉ちゃん……?」


─なんで無意識に正当化しようとしてたんだろう。奪っているも当然なのに。


「けど、ごめんな。人はいつ死ぬか決まっている。例え巫であっても人の人生を操ることなんてできないんだよ」


そう言うと、少女の瞳に涙が浮かんだ。一滴涙が赤い頬を流れ落ちた。


「え、えと……」

「なんで……なんでお父さん助けてくれないの?いつも泣いててかわいそうなのに」


小夜は戸惑って少女を見つめる。こんな小さな子供と接するのは初めてで、どうすればよいのか分からなかった。


「どうしたんですか」


背後から声がかかって小夜は振り向く。不機嫌そうな剱持が立っていた。


「あ、この子が……」


剱持は小夜に向けて舌打ちをつくと、少女の目線に合わせて話しかける。


「君どこの子?早く帰った方がいいですよ」

「そんな言い方……」


小夜は剱持を止めたが、彼は無視して少女の手を引っ張る。


「ここにいると穢れますよ。早く帰って風呂にでも入りなさい」


それでも泣きじゃくる少女に、剱持は苛立つ。そこへ、鳥居の前を老婦人が通りかかった。この状況を見てギョッとしている。


「すみません、この子家に帰してもらえませんかね」


嫌悪感が漂う剱持と、穢れていると噂されている常世神社に怯えつつ、老婦人は少女の手を取った。少女は早足の老婦人に連れられ、去って行った。姿が見えなくなると、剱持はため息をつく。


「……そんな綺麗事言って過去を清算するつもりですか」


小夜は思わず息を止めて剱持を見た。


「どうやら朧さん知らないみたいじゃないですか。言ってないんですか?嫌われるのが怖いから」

「過去……」


小夜は十三歳までの記憶が抜け落ちている。そう言われても分からなかった。


「あの、私の過去って……」


剱持は小夜の顔を見つめて、またため息をついた。


「そうか、覚えてないんですね」


不安げな顔をする小夜を見て剱持は笑った。


「恐れなくて大丈夫ですよ。あなたを人として好く人なんてこの世にいませんから」


そんなことは理解している。朧が仕事だから自分に接していることも、その優しさが義務の上に成り立っていることも。

彼が鎮守人でなかったら穢れていると噂されている自分に、わざわざ近づくことはないだろう。


「期待すると後で苦しくなるだけ。常世の巫なんて一人で死ぬべきなんです」


剱持はそう言い切ると、去って行った。小夜はしばらく動くことができなかった。


─常世の巫は一人で死ぬべき。


冷たい言葉が胸に突き刺さった。

いつも側にいて優しくしてくれる朧。彼がいなくなっても自分は生きていけるのだろうか。


「……っ」


考えると胸が苦しくなった。階段を登る剱持の後ろ姿を見る。一方的に心を切り裂いておきながら、去りゆく男の足音には微塵の躊躇いも混じっていない。



─傷つく側の悲鳴など、傷つける側にとっては気にする価値もない、ただの雑音に過ぎないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ