29、宵に沈む
受験勉強で投稿をお休みにしてたのですが、夏休み限定ということで書き溜めていた16話分投稿します!書きすぎじゃい!ぜひお楽しみください(*´︶`)
それから数週間。 神社は相変わらず穏やかな日々を送っていた。 小夜も以前と変わらず笑っていた。
ただ──。
時折、何かを考え込むような表情を見せることがあった。 朧はその度に小さな違和感を覚えたが、深く気にすることはなかった。
* * *
「あ、十六夜」
仕事で神祇統監機構に立ち寄った帰り、顔見知りの職員に声をかけられた。朧は立ち止まって振り返る。
「もう帰りか?」
「ええ」
朧が頷くと、職員は手に持っていた書類をズイっと差し出した。
「悪い、至急なんだ。帰り際に統制局寄って出してきてくれ」
─帰り道とは逆方向なんだが……。
しかし、相手は朧より上の立場。断ることはできない。
「……分かりました」
渋々朧は受け取った。
* * *
車を走らせること三十分。治安統制局に着いた朧は受付に書類を提出する。受付嬢は書類をもらって礼を言うと、すぐに仕事に戻った。
─帰るか。
やっと帰れる、朧が踵を返した時。
ジリリリ──!
館内に緊急招集の警報が鳴り響いた。
久しく聞いていなかった音に、朧の心臓は嫌なほど大きく跳ねる。
周囲の隊員たちが一斉に動き出し、ざわめきが広がっていく。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら窓の外へ視線を向けると、ちょうど部隊が出動するところだった。しかし、その姿を見た瞬間、朧の表情が僅かに曇る。
剣を腰に携え、軍服のような装束を纏った者たち。 彼らは普通の隊員ではない。
─特務部隊か。
特務部隊。 それは、数ある異能者の中でも特に優れた力を持つ者だけが集められた、対禍専門の部隊。
おそらく街のどこかで禍が発生したのだろう。
朧は静かに視線を落とす。
自分の手を見つめた瞬間、脳内に幼少期の苦い記憶が蘇ってくる。
朧はその記憶を脳内から追い払うと、治安統制局を後にした。
* * *
神社に着き、車を止めた瞬間胸ポケットに入れていた携帯が振動した。朧の母からだった。
「……」
朧は画面を少し見つめてから応答ボタンを押す。
「……はい」
聞こえてきたのは珍しく慌てたような母の声だった。
『あ、朧!』
「どうかしましたか?」
『大変なの。今、今ね。結界が……』
─結界?
余程慌てているのか、母が何を言っているのかが分からない。電話の向こうでガサガサと音が鳴り、相手が変わった。
『兄さん、聞こえてます?』
声の主は弟の朔だった。
「あぁ」
何事かと朧は顔を険しくする。
『よく聞いてください。今"門"の結界の状態が悪化してます』
その言葉に朧は息を呑んだ。
「結界が……?」
『ええ、なんとかもってますが、もっても数日でしょう。今すぐ奉納に来てください』
「本当なのか?この前奉納したばかりだろう」
『俺にもさっぱり分かりませんよ。いいから早く来てください』
その言葉には有無を言わせない強さがあった。
現世とあの世を隔てる結界である"門"。機能しなくなったら大量の禍が溢れ出すだろう。
そして奉納は、国から十六夜家に任されたもの。ここに私情を挟んでいては、国が滅びてしまう。
「分かった……今から向かう」
声を絞り出すと、朧は通話を切った。
急いで巫殿に向かうと、ソファで本を読んでいた小夜が「おかえり」と声を掛けてくれた。
「ただいま」
慌てた様子の朧を見て、小夜は顔を上げた。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
「ちょっと後で説明するので待っててください」
どのくらい滞在するのか分からない。自室で数日分の服を鞄に詰めていく。
─神祇統監機構にも電話をしないといけないな……。
やることは次から次に山積みだ。すると、部屋がノックされた。
「朧」
小夜が顔を出す。
「大丈夫か?」
「あぁ、すみません。実家に戻らないといけなくなって」
「……何かあったのか?」
小夜は不安気な声を出す。朧は「いえ……」と口を開く。
「十六夜家の問題なので大丈夫ですよ」
─十六夜家の問題。
小夜の胸がズキリと痛む。その言葉は優しさではなく、線を引くためのものに聞こえた。
「すみません。ちょっと電話します」
パタンと、目の前で扉が閉められる。
事情を何も教えてくれない朧に、小夜は微かにわだかまりを感じ始めていた。
電話をしている部屋の前で小夜は待つ。何回も謝る朧の声が聞こえてくる。
「……」
─どうして、一人で抱え込むんだろう。
自分を巻き込まないように朧が配慮してくれているのは知っている。けど、全てを抱え込もうとする朧が小夜にはもどかしい。
電話が終わったらしく、朧の声が止んだ。部屋の中から出てくる。まだそこにいたのか、という驚いた目で見られた。
「大丈夫だったか?」
「ええ、すみません。しばらく実家の方に滞在することになりました」
「……分かった」
沈黙が落ちる。
「……朧」
そう呼ぶと、彼は優しい眼差しを向けてくれる。
一体何があったのか。本当に大丈夫なのか。
ちゃんと訳を聞きたい。しかし、踏み込んで欲しくなさそうな朧の顔を見ると、聞けなかった。
─やっぱり、踏み込むべき関係じゃない。
「……なんでもない」
そう小夜が呟くと、朧は微笑む。
「今日は剱持さん来られないようなので、御影隊長と霊山に登ってもらえますか?」
「あぁ」
「本当にすみません」
「そんなに謝らなくても大丈夫だよ」
申し訳なさそうな顔をしている朧に、小夜は笑いかける。
「御影さんと朧のこと話しとくからさ」
「それはちょっと……」
「ほら早く行け。急いでるんだろ」
半ば小夜に急き立てられるようにして、朧は巫殿を出る。
「護衛陣にもこの話を共有してるので安心してくださいね。後、明日の神祇の護衛とかは御影隊長に聞いてください」
「分かった分かった」
「では……」
「じゃあな」
名残惜しさを胸に抱えながら、朧は巫殿を後にする。背中が遠く離れていく。
次会えるのはいつなんだろう。
─行かないでほしい。
そう言えば、彼を困らせてしまう。
想いを必死に殺した小夜は、背中を見送る。
さっきまでは平気だったのに、いきなり静寂が気になり始めた。




