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明治「再」起動 ―暴君が塗り替える近代史―  作者: tky@複数作品を同時連載中
第4章:無限の宙と未知なる文明

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第68話:神の設計図、質量という名の重力子

本日2話目

【1876年夏:アイアン・パレス 科学アカデミー特別講義室】


地球上の全拠点が完全に同期し、パレスによる「完璧な秩序」が世界を覆ってから数ヶ月。


九条魁斗の視線は、すでに雲の彼方、漆黒の宇宙空間に浮かぶ白銀の死の世界――月へと向けられていた。


アイアン・パレスの最上層に設けられた特別講義室。 そこには、地球側からスカウトされた一人の若き青年が、極度の緊張で震えながら立っていた。


彼の名は、レオンハルト・シュタイン。 欧州の大学で当時の最先端物理学を修め、「大気圏外への飛行」という論文を書き上げた天才である。


しかし、教育・洗脳を統括するアテナによってパレスへ招かれた彼が直面したのは、己の知性を根底から粉砕されるほどの、圧倒的な科学の深淵であった。


講義室の教壇には、九条魁斗が静かに立っている。 その傍らには、世界情勢と統計データを俯瞰する老参謀、オーディンが重々しく控えていた。


「マスター。この世界は、現在『燃焼』と『蒸気』という極めて原始的な物理法則の枠内に囚われております。我々の論理を理解するには、まず世界の成り立ちから再定義する必要があるかと存じます」


オーディンが、しわがれた声で進言する。


「ええ、オーディンの言う通りです。レオンハルト、あなたが夢想する『宇宙への旅』は、現在のあなたの知識では、ただの自殺行為に過ぎません。宇宙には空気がなく、人間は窒息し、太陽の熱で焼け焦げる……あなたの認識は、その程度で止まっているはずです」


魁斗の穏やかで冷徹な声が響く。 レオンハルトは息を呑み、小さく頷いた。


「はい……。気圧の低下と温度差。それが、生命を拒絶する宇宙の壁だと考えておりました」


「それは表層的な問題に過ぎません。真の脅威は『目に見えない弾丸』――宇宙放射線です」


魁斗が指を鳴らすと、空中に美しい青い地球のホログラムが投影された。


「レオンハルト、なぜこの星には生命が溢れているのか、考えたことはありますか? 太陽からは、光や熱だけでなく、光速に近い速度で飛来する荷電粒子――強烈な放射線(太陽風)が絶えず吹き付けています。これを直接浴びれば、生物の細胞は数時間で破壊され、死に至ります」


「放射……線……? 光以外の、破壊的な粒子が、太陽から……?」


当時の科学では到底知る由もない事実に、レオンハルトは目を見開いた。


「地球の内部には、液状の鉄が対流する巨大なコアが存在します。その対流が巨大な発電機となり、地球全体を包み込む『磁場』を形成している。これが、太陽風の荷電粒子を弾き飛ばし、我々を守る『星の盾』となっているのです。我々はこれを『地磁気』と呼んでいます」


魁斗の説明に合わせ、ホログラムの地球の周囲に、磁力線のヴェールが可視化される。


「……なんという、奇跡のバランス……!」


「奇跡ではありません。物理の必然です。そして、月にはこの磁場がない。だからこそ、パレスは月面基地において、この地球の磁場を局所的に人工再現します」


ここで、熱源・動力統括のカグツチが一歩前に出た。


「マスターの設計通り、基地の中央コアに超伝導コイルを配置します。強力な磁気圏を形成し、電荷を持った放射線を偏向させ、居住区の外へ逃がす。さらに、月の砂を焼結し、数メートルの多層物理防護壁を構築します。これで、月面はパレスの安全な温室となるのです」


「人工の磁場を……しかし、それほど巨大なエネルギーを、石炭や石油でどうやって生み出すのですか!?」


レオンハルトが、己の常識にすがりつくように叫んだ。


「化石燃料の燃焼などという、化学反応のレベルで宇宙は拓けません」


工学・機関統括のノアが、誇らしげに鼻を鳴らした。


魁斗はホログラムを切り替え、極小の「原子」の構造を空中に描き出した。


「物質を構成する最小単位、原子。その中心には、さらに小さな『原子核』が存在します。この原子核を人為的に分裂させる、あるいは融合させるとき、質量のわずかな欠損が、莫大なエネルギーへと変換される。我々の演算が導き出した『質量とエネルギーの等価性』です」


「原子が……割れる? 質量が、エネルギーに……?」


レオンハルトの頭脳はオーバーヒート寸前だった。


「核分裂と核融合。これがパレスの心臓部で脈打つ『原子の火』です。石炭の数百万倍のエネルギーを、わずかな燃料で生み出す。この究極の熱サイクルがあるからこそ、我々は宇宙に進出することができるのです」


魁斗は、さらに続けた。


「レオンハルト。重力とは、高い所から低い所へ落ちる力だと認識していますか?」


「落ちる……あるいは引き寄せられる力だと思っています。」


「その認識は違います。重力とは、質量の大きさに応じて空間が歪んだ結果、生じる現象に過ぎません。これは光の進み方を観測すれば分かる事実ですが、本題はこの先ですので割愛します。」


九条魁斗の声が、静かな講義室に響く。

若き天才、レオンハルト・シュタインは、その言葉の一片も漏らさぬよう、震える手で記録を取っていた。


「我々の核融合技術が、質量を膨大なエネルギーへと変換するプロセスであるならば、反重力はその逆――エネルギーを一時的に『擬似的な質量』へと再構築するプロセスです」


魁斗は、空中に浮かぶ輸送船の模型を指し示した。


「船体の周囲に配置された高出力エミッターが、エネルギーを物質化の一歩手前で凝縮させ、局所的に強烈な重力場を発生させる。これをナノ秒単位で繰り返すことで、空間の歪みを任意に操作するのです。つまり、船の進行方向に『崖』を作り、常にそこへ落下し続けることで、燃料も爆発も必要としない、文字通りの『滑空』を実現しています」


「エネルギーから、質量を……。空間を、意のままに……!」


レオンハルトは、己の知性が焼き切れるような衝撃を受けていた。

パレスの科学とは、自然を観察するものではなく、自然の法そのものを書き換える神の業であった。


講義を終えた魁斗が、プライベートなサロンへと足を向けると、そこにはパレス・オリンピア以前からこの場所で過ごしてきた五人の令嬢たちが待っていた。


アリス王女、イザベラ、ルイーゼ、アナスタシア、メアリー。

彼女たちは、地球統治の象徴としての務めを果たしつつも、その本質は「魁斗の所有物」としての安らぎと寵愛を競い合う女性たちであった。


「魁斗様、お疲れ様でございます。本日の講義も、あの方には少々刺激が強すぎたのではないかしら?」


英国のアリス王女が、優雅な所作で魁斗の隣に腰を下ろし、特製の紅茶を差し出す。

彼女の指先が、さりげなく魁斗の手の甲に触れる。


「あら、アリス。紅茶だけでは、魁斗様の脳の疲れは癒せませんわ。私がお持ちしたこのドレスの生地、触れてみていただけますか? 魁斗様の視覚を最も喜ばせる色彩を、パレスの色彩工学で計算させたのです」


フランスのイザベラが、自らの肢体を強調するように寄り添い、挑発的な視線を送る。


「……装飾は無用だ。魁斗様が求めておられるのは、完璧な休息だ」


プロイセンのルイーゼが、冷徹な軍人のような佇まいで、魁斗の肩を解きほぐすように揉み始めた。

その指先の力加減は、パレスの生体データに基づいた完璧な「最適解」であった。


「ふふ、皆様賑やかですね。私は……魁斗様が宇宙を見上げる際、その足元を温める毛皮を新調しましたの。ロシアの冬よりも温かい、パレス製の人工真綿ですわ」


アナスタシアが、魁斗の足元に膝を突き、その脚を包み込むように跪く。


「ちょっと、みんな抜け駆けは禁止よ! 魁斗様、今夜はアメリカの最新の娯楽をお見せする約束でしたよね?」


メアリーが魁斗の腕に抱きつき、その豊かな胸の感触を押し当てる。


魁斗は、彼女たちの甘美な香りと、計算し尽くされた献身に包まれながら、静かに目を閉じた。

彼女たちの争いですら、パレスという閉鎖系における「心地よいノイズ」の一つに過ぎない。


「皆、ありがとう。月への旅が始まれば、しばらくはこのサロンも離れることになります。今夜は、ゆっくりと語り合いましょう」


魁斗のその一言で、令嬢たちの間に走っていた火花は、一瞬にして深い安堵と悦びに変わった。

彼女たちは、この世界の創造主から与えられる、わずかな視線と愛撫を求めて、今日もその魂をパレスに捧げ続けていた。

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