退きながら、生きる
角笛が鳴った。
短く、鋭く。
――撤退。
隊は、後ろへ流れ始めた。
秩序はない。
あるのは、焦りだけ。
盾兵が前に集まる。
守りながら退くためだ。
だが、足が遅い。
敵は追ってくる。
数は少ない。
だが、距離を詰めてくる。
誰かが転ぶ。
盾が地面に当たる音。
列が止まる。
止まった瞬間、追いつかれる。
「下がれ!」
新兵の声だった。
自分でも驚くほど、はっきり響いた。
新兵は、列の外へ出た。
盾はない。
槍だけ。
投げ槍を一本、放つ。
当たらない。
だが、敵の足が止まる。
もう一本。
地面に突き立つ。
敵は踏み込めない。
その間に、盾兵が下がる。
倒れた仲間を引きずる。
新兵は、退かない。
前にも出ない。
距離だけを保つ。
敵が一人、踏み込んだ。
新兵は半歩、前へ。
突き。
深い。
敵は崩れた。
追わない。
すぐに下がる。
それを、何度も繰り返す。
敵は、ついに止まった。
追う意味が、なくなった。
夜が来る。
撤退は、成功していた。
焚き火のそば。
盾兵が、新兵を見る。
「さっき……助かった」
新兵は首を振る。
「倒してません」
古参兵が言った。
「それでええ。
退く戦いができる奴は、少ない」
新兵は、地面を見る。
そこに盾はない。
だが、恐怖もなかった。
その夜、
彼は初めて知った。
生き延びる戦い方は、
前へ出ることじゃない。
退きながら、
誰かを生かすことだ。




