盾のない距離
朝は来たが、安心は来なかった。
霧が低く垂れ、地面と空の境が曖昧だった。
新兵は歩いていた。
盾は背負っている。
外してはいない。
だが、前に構えてもいない。
敵は散っていた。
隊列を組むほどでもない。
小さな遭遇が、点のように続く。
合図はない。
出会った者から、戦いになる。
足音。
気配。
新兵は止まらない。
槍を低く構え、
正面を外し、
横へ流れる。
敵が気づく。
剣を抜く。
一歩、下がる。
二歩、斜め。
距離が合わない。
敵が苛立つ。
その距離では、
盾は前に出せない。
新兵は、背中の重さを感じた。
――いらない。
盾を外し、
地面に落とした。
音は、乾いていた。
それだけ。
槍を、両手で握る。
軽い。
腕が、自然に前に出る。
敵が踏み込む。
剣が来る。
新兵は下がらない。
半歩、横。
投げ槍が飛ぶ。
当たらない。
だが、敵の足が止まる。
その一瞬。
新兵は、踏み込んだ。
突き。
深くはない。
致命でもない。
それでいい。
敵は下がる。
体勢を崩す。
もう、追わない。
生きている距離。
ここまで。
矢が飛ぶ。
新兵は伏せる。
盾はない。
だが、当たらない。
立ち上がる。
視界は、遮られていない。
足音。
味方だ。
「今の、見たか」
誰かが言う。
新兵は答えない。
息を整える。
足元を見る。
少し離れた場所に、盾がある。
拾わなかった。
その日、
新兵は三度、戦った。
どれも短く、
どれも生きて終わった。
夜。
焚き火のそば。
誰かが、ぽつりと言った。
「盾、持ってへんな」
新兵は、初めて答えた。
「……距離が、見えるんです」
誰も笑わなかった。
盾は、
そのまま置かれていた。
拾うかどうかは、
まだ、決めていない。




